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2020年5月23日 (土)

グッドタイミングで観た!ドラマとドキュメント!メディアに携わる者が官僚や政権メンバーにいかに食い込むか!

一昨日、突然であったが東京高検検事長が新聞記者の方々と賭け麻雀をやり、せっかく定年延長になったお仕事にとどまる事ができず辞任されたとの報道がスマフォに入り、ついでテレビニュースで詳細を視た。

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二雨降ったら、いよいよ紫陽花がにぎやかになってきた

なぜ、グッドタイミングかと言うと、例のごとく晩酌時に貯め録画してあるドラマを見ていたのだが、それがWOWOWオリジナルドラマの「トップリーグ」だったのだ。

ドラマなど時間があれば一日に連続三話分を見ることもあるのだが、ちょうど前日にこれを視たばかりだった。その内容は、フィクションと言いながらも、リアルに感じさせる新聞記者と政権の中枢との深い繋がりを描いたものだった。ドラマは麻雀なんていうものよりもっとシリアスな展開だったけれどね。

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2019年10月~11月にWOWOW放映「トップリーグ」

トップリーグなどという言葉を日常感覚で聞けば、サッカーとかバスケットのリーグ戦の最上位レベルに参加できるいくつかのチームかなと思ってしまうのだが、実はある種の隠語らしくて新聞記者などの一部の人達を指し、それは総理大臣や官房長官、与党の幹部、また官僚のトップに食い込めている人達を指すようだ。

麻雀を共に楽しんでいた人たちは報道によれば産経新聞の記者と朝日新聞の元記者だったようだ。

こんなことで初めて知ったのだが、東京高等検察庁検事長は検察庁の序列では2番目であり、下世話な話であるが給料額も検事総長についで2番目なんだそうだ。この検事長が管轄するのは一都十県、北は新潟から東京を囲む関東各県。そして長野、山梨、静岡までなのだ。居住者で見ると日本の人口の半分近い。そしてこの職務経験者は1980年代以降だけ見ても多くが検事総長や最高裁判事となっていた。

まさに法務省のトップクラスなのだ。

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ガクアジサイもこれから七変化していく!

ご一緒に麻雀を楽しんでいた方々は、そんな職務職責をになっている人と徹マンする仲だったのだ。どれだけネタが取れたのかな?

ドラマ「トップリーグ」に戻ろう。

主人公の新聞記者は朝ドラでマッサンを演じた玉山鉄二が迫真の演技を見せ、同僚に池内博之、小雪がいて、政権の方を見ると官房長官は小林薫、首相は佐野史郎が好演した。

あと、事件を追う刑事を光石研がいい味を出していた。

原作者は相葉英雄さん。

ストーリーは主人公が新聞社経済部から政治部に異動になったことから始まり、官房長官の目に留まり、主体的に食い込んでいったつもりながらも、結果として抱き込まれて本来報道しなければならない記事を差し止めされ、替わりに政権の不安定化を招かないそれなりのスクープ種を与えられた。おまけに会社内での地位も裏の手が回され希望を叶え表面上のウインウイン関係を作っていった。

事件は時代など背景は異なるがロッキード・グラマン事件を彷彿させるもので、そこでの賄賂を巡っての与党の暗躍と、それらを白日のものにしようとする刑事や記者とのせめぎ合いだ。そして官房長官の関与が仄めかされる人の死も何件かあった。

五年は何事もなく過ぎ去り主人公は編集部でそれなりの地位を得ていた。しかし彼の記者魂は消えずに残っていた。記者は妻や同僚たちの後押しもあって反転攻勢に打って出た。真実を伝えることを決意した。というようなあら筋であったがまさに政界の魑魅魍魎と記者のどろどろであった。

現実の検事長をめぐる出来事がドラマの信ぴょう性を裏付けてくれた。

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我が家で二年目を迎えた柏葉紫陽花

その前に見ていたTVドキュメントはまさに現実であった。

実際のトップリーグの千両役者、ナベツネこと渡辺恒雄さんの回想記録および立志伝だ。

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この番組を3月の初めに録画してあった。

しかし、最近までずっと視ずにいたのだが、ちょっと気になり始めていた。

と言うのは、現在コロナ禍の中で、ドラマなども過去に放映されたものを再放送しているものが多いのだが、この番組がヤケに再放送を繰り返しているように感じたのだ。たまたま目に付いたのだが、こちらの勘違いなのか再放送の回数は数えてはいなかったけれどね。

そこで、観てみた。

なんとなく気づいた。

基本は渡辺恒雄さんの立志伝なのだが、穿った見方をしてしまうとコロナや検察庁をめぐる不安定な政局の中で野党の団結に楔を打ち込むような、というよりも政党間の対立を煽るのでなく野党連合などダメだという外野からの反対与論形成を促進するのではというようなものを感じた。どこかで忖度意思が働いて繰り返し再放送しているのではないかなと素人は思ったのだ。

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渡辺は未成年の頃から軍国主義を嫌っていた。そして現在までその意志を貫いた。保守に深く食い込んでいるように見えるがそこだけは譲らなかったようだ。1945年4月に東大に入学したが、すぐ徴兵され学徒出陣として近衛師団に配属された。南方には送られず二等兵として本土決戦の準備に当たらされた。ほどなく終戦となり東大に復学する。反軍思想もあって学生運動のリーダーになるが、内部闘争の結果離れ、卒業後読売新聞に入社した。その後、様々な取材活動の中で大野伴睦の番記者になり、右翼の大物の児玉誉士夫とも昵懇となり、中曽根元総理大臣とも親密になっていく。まあ、ドキュメント自体は面白く見たが、まさにトップリーグそのものであった。

たぶん、また再放送されると思うので続きはそれぞれの判断で!

それにしても、検事長が賭博をやりながらも無罪放免とは!巷では早、賭け麻雀は罪にならないんだーと喜んでいる人がいっぱいいると聞いた。

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雨粒を花弁にのせたカラーの花(サトイモ科)

 

 

2020年5月16日 (土)

10万円も、マスクもまだ届いていないけれど、生活様式を変えたよ!

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我が家に咲く可憐な野花・・・前回に続いて

緊急事態宣言の一部解除だと思ったら、いや第二波がくれば再び宣言だとか世の中かまびすしいのだが、我が家には未だにアベのマスクは届かないし、早く欲しい10万円の便りもない。

も、我が家では新しい様式による生活は先行しているのだ。

我が家のメンバーの一部が、コロナ禍の中で通勤方法の変更を迫られ別宅に移った。

その結果だが、夜の居間の利用方法に変化が生じ、夜の生活様式ががらりと変わった。

などと言うとなにか大ごとのように聞こえてしまうが、人ごみの中にはいかないことは確かだけど実は夕食時からソファーに座り溜めどり映画を観ながら、夫婦それぞれ手酌でほろ酔いになれるということなんだけどね。まあ、それが可能になったということ。

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この季節、アヤメだね・・・毎年芽を出し花咲かす!

そこで、空いた時間に録画映画を整理し始めた。

とりわけ整理しているのは、ブルーレイデスクの100GBが出始めた以降のものだ。このディスク、それまでの25GBに比べると4倍の容量なのだが、録画時に画像レベルを少し落とすとなんとNHK朝ドラを一年分すべてを収録し、なおかつ余りあるのだ。

そんな、録画を始めたのがちょうど2年前からだった。

一枚目のディスクを見ると最初に入っていた映画が2018年5月28日に始まった石井輝男監督、高倉健主演の「網走番外地」4本だった。他には劇場用アニメ「ドラえもんシリーズ」が9本。あとは洋画がたくさん。

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この間も映画に限らずドキュメントや音楽関係など、それなりにジャンル分けをして検索しやすいようにしてはあったのだが、ここで思い切って映画をもう少し見やすくしようと思い着手した。

映画は今までは有名監督作品、例えば黒沢、小津、少し時代を飛んで山田洋次、是枝裕和、大林宣彦などは監督ごとにまとめていたが、あとは俳優やシリーズもので分類するだけだった。

そこでこの機会に監督単位でまとめてみようと取り掛かった。

現時点ではまだどんな監督がいるかのチェックが終わった段階だ。でも、新しい発見があった。

邦画に手をつけただけだけれど、2年間の録画で監督が165人にも及んだ。その中で録画された作品が複数あった監督は43人もいた。

さらに日本映画であるにもかかわらず外国からお見えになり監督された方が7人もいらっしゃった。

ちょっと残念だったのは女性監督は8人のみだった。その中には河瀬直美さんやら安藤桃子さんなど注目の監督もいた。

あと意外だったのはシリーズもの等は、例えば「寅さん」のように山田監督が最初から終わりまで自らの作品として関わってきていて、それが当たり前だと思っていたのだが、必ずしもそうでないことがよくわかった。

例えば直近でコロナの犠牲となられた志村けんさんが活躍したドリフターズの映画は全部で21本あり、そのうち16作品は渡邉祐介監督によるものだがあと5本は別監督だった。

また、森繁久彌さんが主人公だった「駅前シリーズ」は豊田四郎監督が中心であったが他に6人が監督をされていた。

あと、有名なところでは加山雄三さんの「若大将」シリーズ17作品では岩内克己監督が「エレキの若大将」など6本を送り出したが、あと4人の監督が取り組んだ。

こんな、初歩的な整理だけれど、溜めどり鑑賞が楽しみになってきた。

徘徊せずに引きこもって新しい生活様式を潤いあるものにしようかな!

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今年、桃が満開だった。そして、今実がこんなにいっぱい!

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2020年5月 8日 (金)

合点いくね!「護られていたのだ だから 護らなくては 日本国憲法!」詩人・佐藤正子さん。

標題の言葉は5月3日の朝日新聞一面コラム「天声人語」で引用されていた故・佐藤正子さんの詩の一節だ。

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発見:キンカンの木の陰に隠れていたバラの大輪

天声人語でこの言葉の引用に至る先行文には彼女が善行や悪行でなく『愚行権』を見事に行使してきたと記し、それが赦されたのは親友や家族、時代のお陰だった。さらには《基本的人権》のお陰だったという内容の詩だった。

確かに、私なども他人様に迷惑をかけない程度の愚行の日々であったけれど、大きく咎められることなく生きてこれたのも日本国憲法《基本的人権》そして《国民主権》のおかげだったのかな。「護られていたから護る」腑に落ちた。

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小鳥が糞とともにハクモクレンの下に撒いてくれた五輪梅が今年も開花

そんな感慨にふけっていたところ、コロナの事態を受けて現政権内部から憲法に「緊急事態条項」を新設すべきだとの声が出てきた。

そのような発言が出るのは「緊急事態宣言」が出されているにも関わらず外出や営業の自粛、そして感染の広がり抑止がなかなか思ったとおりにいかないという現状を根拠にしている。

しかし、これらの発言に対し、市民からもあるいは識者からも疑問が出ている。

同じ日の読者の声欄では、たとえば「外出自粛を徹底するカギの一つは、今すぐ休業補償することである」(新潟・住安さん)と発言されていた。

穿った見方をすれば、と言うよりもこの政権の見え透いたやり口から当然のことか、「権限は知事にある」とかあれこれ言いながら緊急事態制限のうまくいかないことや内容があいまいなことを、憲法に緊急事態条項がないことに、かこつけるための一計をめぐらしたのではと思ってしまう。

前日2日の朝日新聞オピニオン欄「憲法を考える」に寄稿された憲法学者蟻川恒正さんは「その国の7年半」という寓話を導入部にして「脱法厭わぬ権力中枢、従う『配下』も共犯、法秩序ほとんど破壊」という見出しのもとに集団的自衛権を閣議決定だけで合憲へと解釈変更したことや検察官の定年延長を検察庁法の新たな政府見解を発しただけで変更したりといくつか挙げ、「憲法の基本原則を壊しているという大それた意識もなしに権力分立の根本を掘り崩している」と指弾していた。

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弟から預かっている柑橘類の花・・・名前はわからない?

そのような済し崩し的に憲法超えを繰り返しておりながら憲法改正を唱えている方々の本意がいつもぼやかされているような気がしてならない。

これについては昨年9月に「お友達内閣」に触れながらこのブログに書いた。

自民党には保守本流と自民党本流があって後者は自主憲法制定を党是としている。今の総裁は自民党本流の頭だ。

この自主憲法について2005年には「新憲法草案」として公表され、ついで2012年に「憲法改正草案」として公表された。

仔細に読むとよくわかるのだが、言葉をボカシながら、はっきりと「基本的人権」「国民主権」「立憲主義」を後退させている。

どんなボカシかというと、例えば現行憲法の「すべて国民は、個人として尊重される」とあるところを「全て国民は、人として尊重される」とされていた。現在の憲法学では「個人の尊厳」「人間の尊厳」「ヒトの尊厳」という区分と連関があるのだそうだが、「人」に改め限定すると様々な問題が生ずると言われている。いくつかの条項で、一見似た語句を使い、変わらぬ印象を与えながら、実は権力者に都合の良い解釈ができるようになるようだ。

そして、改正草案の柱の中には天皇の元首化、国防軍の設置そして緊急権条項があった。

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風に舞ってやってきた野花(我が家に自生)は踏まれても踏まれても!

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でも、幸いなことと言うか同日発表された世論調査では★「国会での憲法改正議論を、急ぐ必要があると思いますか」という質問に「急ぐ必要がない」と答えた方が72%いた。

続いて★「いまの日本の憲法は、全体として、よい憲法だと思いますか。そうは思いませんか。」という問には「よい」63%、「そうは思わない」27%だった。★「いまの憲法を変える必要があると思いますか。変える必要はないと思いますか」には「必要がある」が43%「必要がない」が46%と均衡状態だった。ま、自然破壊など環境問題で憲法に謳うべきものがあるという方もいる事を考えると大いなる議論が求められるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

2020年5月 1日 (金)

コロナは武漢の研究所からの漏れだと強弁してきたが、今度はUFOがばら撒いたことに?

トランプさんの言説として伝わる「コロナ禍沈静化より金回りを良くしろ」は彼がビジネスマンであり資産家であるということから言いそうなことだと理解できないことはない。勿論、真偽賛否善悪等私的判断を抜きにしてだけれどね。あまり強調するとフェイクニュースになるから単なる感想としておこう。

でも、トランプさん大統領選挙の形勢がどうも良くないようだ。最近公表されたロイター通信の世論調査ではトランプ40%の支持に対し、対抗馬の民主党バイデン氏は44%の支持を得ている。

その差についての論評を見ると、コロナウイルスへの対応を巡って、危機時のトランプの指導力への疑念が高まったからとの指摘もあった。 184312m-2

フリーイラスト素材・シルエット より

そんな記事を見ていたら突然UFOの話が出てきた。

4月27日にアメリカ国防総省がアメリカ海軍航空機の撮影したものとして動画を公開したのだ。公開された3本の動画は2004年と2015年に撮影されたものだ。そして正体はまだ分からないとしている。

まあ、政府が掴んだ情報をどう究明してきて、今現在はこうだと公表するのはこのところ私たちが見てきた秘匿のあれこれよりはましだとは思うのだが、なぜ今なのだと思った。まさか、コロナウイルスを宇宙人のせいにするんではないでしょうね。

このところトランプ大統領とその周辺の一部の人はコロナウイルスを武漢ウイルスと呼ぶなど、なんであれ中国が悪いとしたがっているように見える。

でも、4月30日にアメリカ国家情報長官室が「中国が起源である」ことは確かであるが「人工的なものでも、遺伝子組み換えでもないという科学的な総意に同意する」と陰謀説から少しニュアンスが変わってきた。

また、トランプ氏の発言に対しては「オオカミ少年トランプ」などというニュース見出しが出てきた。(朝鮮日報)

それは米韓防衛費分担をめぐって韓国が求められていたカネを出すことで合意したとのトランプ発言が事実と違うと否定されたことによるニュースの見出しだ。まあ、このことは日米安保をめぐる問題にも絡むけれどね。

Acomes_48617-2  映画に登場した宇宙船より

ま、ここまではハリウッドを抱えるアメリカのパホーマンスとしていいことにしよう。

なんだと思ったのは、アメリカ国防総省の映像公開に伴って敏感に反応した日本防衛省の河野太郎防衛相の28日の記者会見だ。

朝日新聞(4/28朝刊23面)にも米軍公表のUFO写真入りで「河野氏 UFO遭遇時の対応『しっかり定める』」とでていた。

あまり、アメリカのご機嫌をとって欲しくないのだけれど。日本にも韓国に負けず劣らない安保条約上の負担を要求しているからね。

日米地位協定だって何とかしてもらわなくちゃ。

でも、彼の発言には同意できるものもある。たとえばコロナウイルスをめぐって使われる用語にあまりにもカタカナ語が多いことに苦言を述べていた。

クラスターは「集団感染」、オーバーシュートは「感染爆発」ロックダウンは「都市封鎖」だと。このあたりは小池さんに直談判して欲しいと思うのだが、自民党の閣僚としては他に比べ少し期待してもいいのだけれど河野さんは時々私の想定外(当たり前だけれど)のパフォーマンスを出してくるから気になるけれどね。

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まあ、ここで緊急事態がまた一ヶ月伸びるようだけれど、早く終息して欲しいものだ。

この日記でなく、「週」記をなんであれ続けていくけれど、しばらく旅はできず、人ごみも避けなければならないので、しばらくは小徘徊のなかで見たこと聞いたこと、たまには机に向かって読書したこと、そしてライブラリーが充実しつつある映像(映画、ドキュメント、ミュージックライブ等)について観賞して感じたことを書いていこう。

もっと若い頃は日記などまったく書く事はなかったけれど、撮りためた画像などと併せて簡単なコメントを書きアップする事は持続している。

自分で読み返すとそれなりの行動記録になっているから面白い。

 

2020年4月24日 (金)

コロナ禍で不安を掻き立てられる最中だけれど一縷の希望が見えた!

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我が家の楓の若葉と青空

こんな禍の中で希望などと云うと不謹慎だとお叱りを受けるかもしれないけれど、Sponichi annexのニュースを見て前途に光が射したのだ。

インド・ニューデリーでこの3月25日からロックダウン(都市封鎖)が開始されたのだが、スモッグが激減したというのだ。

ニュースの見出しは「ロックダウンでインドの自然環境が劇的な改善、スモッグ消滅」だった。

具体的な数字として空気中の微粒子状物質PM2.5が22%減少し、さらに二酸化窒素濃度が15%ダウンしたという。

モヤが晴れ渡っただけでなく、ガンジス川の水質までもが改善したようだ。

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2005年3月 インド・バラナシのガンジス川にて

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地球環境の悪化はもう後戻りできないのではないかという将来への危惧が常にあった。しかし、ここに来てコロナ禍による工場などの操業停止をはじめとする人間活動の減少が生じさせた結果なのだが、人間のやりようによってはまだ環境の保全が可能なのだということをインド報道は示してくれた。暗い現実が取り巻いているが前途に光明を見出したような思いになった。

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もちろんコロナは猛威を振るっている。

インドで3月25日時点では700人弱であった感染者が、一ヶ月も経たない4月22日には2万178人となり、2日前よりも2,500人近く増加した。(読売新聞オンライン 4月22日)

ちなみにアメリカは82万5,306人の感染者と4万5,675人の死者とひどい状態だ。

 

こんな惨状であるにも関わらず、光が射したなどとふとどき発言をしたのは先の個人的な感想とともにワケがある。

実は、たまたま放送大学の『「人新世」時代の文化人類学』第二回講義を視聴したばかりだったからだ。(BS放送大学4月11日録画)

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放送大学は、無料で視聴できる。

科目テーマごとに15回に渡って講義があり、なかなか面白く基礎的であるがしっかり体系的に学ぶことが出来る。私は、年度初めなどに番組表(カリキュラム)を見て興味あるものを録画し、気分が向いたときに視聴するのだ。決して単位を取れるような見方でもないしテンポじゃないけれど。少なくともTVニュースを視聴するだけより納得したような気分になる。

この4月に始まった講義ではこの「人新世」に加えエジプト旅行の繋がりで「中東の政治」を選択し毎週予約で録画セットした。

ともに大変面白い。

「人新世」第二講でどんな話を聞いたかというと、現在の地球温暖化や種の絶滅の危機など環境に関わる問題の始まりと現在についてであり、なによりも人による地球環境改変を放置できないという話だった。

歴史上この危険な地球環境改変が推し進められたのは18世紀後半からの蒸気機関活用と工場制生産システムなどが急展開した産業革命や資本主義体制の確立以降だった。

さらに改変の大加速化が始まったのは第二次世界大戦後の1950年代であり、改変のカーブを右肩上がりの急上昇にしたのが1990年代に始まったグローバリゼーションだというのだ。

この推移をグラフで見ると取り巻く環境について改めて恐ろしくなるほどよく分かる。放送大学の話の中でもグラフが使われていたが見づらかったので別のグラフで見てみよう。

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国連人口基金ホームページより:世界人口推移

1950年と2011年の比較でも世界人口は3倍近くになっている。

エネルギー消費量を見るとまさに似たような曲線を描く。

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NIRAエネルギーを考える未来の選択・エネルギー消費量の変化

18世紀半ば頃から上昇が始まり、20世紀に入るやとどまるところを知らなくなる。

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「人新世時代の文化人類学」より

二酸化炭素濃度を見てみよう。

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1960年から2015年までのCO2濃度と気温の変化グラフだ。(日刊温暖化新聞アーカイブより)

そして動植物の絶滅はどうなっただろうか?

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学研キッズネットより

100年前までは絶滅する生き物は一年間で一種類だったのに。今じゃ40,000種だという。

恐ろしい。

こんな話をじっくり聞かされたので、インドでのできごとは病で苦しんでいる人が居るとは言えど朗報に聞こえてしまったのだ。

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我が家の玄関前に咲く「都忘れ」

ところで、「人新世」ってなんだろう。ブルーレイを早戻してもう一度見てようやく少しわかった。

ちょっと大ごとだった。前にも触れたように人類の活動が地球に対して、大きな影響を与え地球環境の改変までしてしまっているのだが、それが地球の地層レベルまで達し、地層に跡が残るというのだ。私もそこまでのスケールでは考えてもみなかった。

そこで改めて地質年代を見て何となく分かった。古生代カンブリア紀とかジュラ紀などは聞いたことがある。ジュラ紀などはアンモナイトの化石などが多産する地層として覚えていた。その流れの中で「新世代」という区分に行き着く。そして新しい地質時代としての「人新世」に続くようだ。放送では「人間活動の地球への影響を表した概念」と説明していた。

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満開になったドウダンツツジ

講義の中でもう一つ興味を引く話があった。

1990年代に人間の活動がさらに急激な地球環境改変を進めたのは、その当時に台頭してきた新自由主義とそれによるグローバリズムのようだ。

そしてそれぞれの定義が面白い。

新自由主義とは「最小限の政治組織による最大限の統治」であり、グローバリズムは一般論としては地球共同体主義的に理解されてもいいものなのだが、実態としては「地球市場の統合化であり、富と権力の集中による経済格差、弱肉強食化を産み、貧困層が使い捨て労働化され(不安定な雇用・労働状況における非正規雇用および失業者)、そして経済を最優先するばかりに社会、文化、福祉をおろそかにするイデオロギー」という事のようだ。

アメリカではコロナの犠牲者の総数は初めにも触れた通りであるが、その中身を見ると犠牲者の多くは黒人であったり、ヒスパニックの人々だ。

昨年のハリケーンの犠牲者の多くも同様だったと聞いている。

日本で言えば、小泉内閣の時の行政改革も新自由主義の流れの中で断行された。郵政改革のみならず今問題になっている保健所や医療機関の統廃合などもその流れに続く。

どうも、今の流れは地球や人類という大きな枠組みのみならず、日々の暮らしにもよくないようだ。

コロナ明けにどうなるだろうね?せっかくの光明も従来の流れが変わらなければ風前の灯のようにかき消されるか?そのまま流され藻屑となるか?いや消されたくないし、藻屑にもさせたくないね!

 

 

 

 

2020年4月17日 (金)

ひたひたと、深々(しんしん)と、いや粛々と(?)飢えが迫っているのじゃないよね?

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(株)ミツカンの納豆 帯フイルム

 

我が家では朝食時に海苔や目玉焼き、ウインナーなどと並んで納豆が食卓に並ぶことが多い。

もちろん、これが常に全部揃っているわけじゃない。

昨日の朝、その納豆について奥様が言っていたことに驚かされた。

スーパーで買い物していたら「納豆は一家で2パックだけ」という張り紙があったというのだ。

マスクに始まり、トイレットペーパー、そして体温計が陳列棚から消え、さらに除菌スプレーと続いていたが、この流れから、いずれ食品も必要なものが手に入らなくなる日が来るのではと思っていた。そうなると弱者は飢えてしまう。

早その日がやってきたのか。

今感じるのは、歴史の中で人々を苦境に追いこむことが何度もあったが、今回もそんな事態の一つにカウントされるのかもしれないということだ。

でも、もしかしたら、始まりはいつもこのようだったのかなと現在の私たちを取り巻く状況を見て思う。

緊急事態だと警鐘乱打されており、直接の罹患者や商売が立ち行かなくなった人々はかつてなく大変な思いをしているのは確かだが、そうでない人々にとっては家に引きこもらされた不自由、あるいは必要なものが買えないなどの不便を感じていることは間違いなくとも、明日の自分がどうなるかというような逼迫した不安は、まだそれほどに感じていないかもしれない。

多分、日中戦争から始まった第二次世界大戦の時も、そうだったのではないだろうか。

大きな変化は忍び足でやってきて、気が付くと渦中にあってどうしようもなくなっているということだろうか。

ひたひたと、深深と、やってくる。怖い怖い!

菅さんに「粛々」と強権的貧窮化政策を執行されてはもっと困るけどね。

 

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朝日新聞4月15日付朝刊2面

コロナ禍により人間がウイルスに襲われ人々の交流も絶たれ、経済も破壊されようとしているみたいだ。

健康保険をめぐる事情が日本とは違うアメリカや政情不安定な国が多く存在するアフリカ大陸にもしウイルスが広がったら大変な事態になると2月頃から言われていた。それがまさに現実化してきている。

アメリカでは今の時点で1700万人もの失業者がいるそうだ。日本でも急増中だ。

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朝日新聞4月15日付朝刊一面

IMFの経済見通しでも言っているように1929年秋のニューヨーク証券取引所の株暴落に始まり1930年代まるごと人々の疲弊・貧窮を招いた大恐慌に匹敵する世界同時不況が始まったんじゃないだろうね。

杞憂に終われば良いのだが食料調達困難も「中(あた)らずといえども遠からず」とならないとも限らない。

その兆しが納豆限定販売じゃなければ良いのだがね。利幅の少ないビジネスは海外へという動きの中で食糧自給率が下がっていることは事実だ。大豆の輸入はどうなった?

お上の言うことが二転三転することもパニックを招き、品薄状態を作りかねない。

二週間で沈静化するはずがプラス10日になったり、小さな布マスクを一家に2枚で国民が喜ぶだろうとアドバイスする官僚がいたり、所得制限を設けての30万円給付かと思ったらそれを反故にして全ての国民に一律10万円給付に切り替えたりと朝令暮改もいいところだ。(先ほどニュースを見たら麻生のお父さんが10万円の扱いについてまた違ったことを言い始めていた)

これに加えてアドバイスする官僚の頭でっかちで世間知らずが星野源さんとのコラボをめぐってさらけ出されたね。

いいかげんにしろと言いたくなるが、でも不思議なことに支持率は下がったと思うとまた上がるのだね。

この10万円給付についてある大学教授が良いことを言っていた。

今回の措置は金持ち家族だろうと、たった今食べることさえ苦労している人たちであろうと同じように給付するというものだと伝えられているが、(これを麻生さんがそうじゃないと言い始めたのだが)教授は、この措置実施に合わせて税制を変えれば良いと仰っていた。どういうものかと言うと、累進課税の強化だ。

つまり金持ちの税率を上げて、低所得者の税率を下げることになる税率体系だ。そうすれば、所得制限・基準なしに10万円給付しても納税の際に金持ちに給付したものは高税率で取り戻せるというのだ。もっともだ。賛成!

やはり格差社会を放置してはいけないね。雇用が増えたといっても圧倒的に非正規労働者が増大しているし、年金受給可能年齢をいじくろうとしたりとよく見るとほっとけないことが多いな。そういうことが今回のようなウイルス蔓延やら経済危機などに直面したときに大変な事態に繋がる要素の一つでもあるからね。ホームレスの方のみならず、派遣労働者の方などが路頭に迷いつつあるとのニュースも流れている。

参考に累進課税の推移を下に載せた。

 

2015年~2019年 所得税率

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ブログ「神の右」より引用しました

1987年~1988年の所得税率

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1974年~1984年の所得税率

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最高75%の税率だったのが今は45%。

そして素寒貧から大富豪まで同じくかかる消費税が3%から10%へ。

くわばらくわばら!

社会の富は社会への還元も含めて適切に再配分されればいいと思うのだがね!

 

 

2020年4月11日 (土)

そこに立ちそこで考えたエジプト4500年の歴史、すごかった!

7日目。いよいよエジプトの最終日となった。

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朝6時30分:ホテルの部屋からの眺め

エジプトではどこも晴れわたり、殊に朝陽、夕陽に照らされる風景は絶品だった。

この日は一般開館前のエジプト考古学博物館に朝一番で特別入館できた。(旅行社の手配)

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エジプト考古学博物館正面

今、ギザに新規建造された大エジプト博物館がオープン前の大詰めに入っているところだ。この新博物館には古代エジプト考古遺物が10万点以上収蔵展示される。現在考古学博物館に収蔵されている遺物が移送されるのだ。そんな事を聞いていたので果たして現行の博物館に何が残っているのかと気になっていた。

しかし、大丈夫であった。ツタンカーメンの黄金のマスクも他の財宝もまだあった。

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オープンを待つ大エジプト博物館

ツタンカーメンについて私などがイメージできるのは恥ずかしながら黄金のマスクだけだった。だいぶ前、上野の森美術館でのツタンカーメン展に行ったが当時は噂になっていた呪いに惹かれただけだったかも。(2012年開催)

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考古学博物館入場券

マスクだけでも凄いと思うのだが、実際に遺跡を見て、また未盗掘で発見された宝物を見て17歳でなくなった王の、というよりも当時の王家(ファラオ)の凄さを思い知った。

驚いたのは玄室にあったという厨子だ。

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ツタンカーメンの柩・ミイラが納められていた厨子

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厨子が四重の入れ子構造であるばかりでなく人型棺も三重の入れ子なのだ。

しかも、見てわかるように金箔といい、構造といい今の時代に作られたといってもうなずける出来だ。

これが紀元前1352年に王が亡くなった後に作られたのだから3500年も前の製作品だということだ。

ツタンカーメンが同時代で異端視されていたがゆえに名も抹消され盗掘者にも気づかれず私たちが目にすることができるのだが、そうなると他の盗掘された正統派の王墓にはいったいどんなものがあったのかと思いを巡らしてしまう。

今となっては想像するしかないのだが。

でも、発掘された造形品には魅力的なものがたくさんあった。

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現代のアニメに登場してもおかしくないね。

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この像など縄文土器に似ているではないか。

他にも動物のミイラなども展示されていた。

ゆっくり館内をめぐり、昼食後にピラミッドに向かった。

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近づくと。

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なかなかすごい。私たちはこの岩を登りピラミッドの中に入った。

狭い上昇通路を抜けると大回廊に至った。なかなかの急坂で大変であった。

帰り道で狭いところにさしかかり頭を二回も打ち付けてしまった。(まあ、思い切りでなくひょっと頭をもたげた時だけど)

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馬や駱駝が一生懸命働いていた。

ここで旅行社の計らいがあって民族衣装ガラペイヤが配られ羽織ることになった。

アラブの民となったのだ。

その時、思わぬことが発生した。

近くにいた姫君たち三人が次々一緒に写真を撮ってくださいと願ってきたのだ。

ここのところ女性からそんなことを言われることは久しくなかったのだが、まさにエジプトの青天に鳴り響く霹靂(急激な雷鳴)だった。

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まあ、自分で見ても現地の人だね!

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じっくりギザを楽しみ勉強して、最後の夜はカイロ市内の市場で過ごした。

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コロナ禍が寸前に迫っていた時だった。

それにしても、世界で、日本で大変な事態が展開している。

しばらく徘徊は自重しよう!

 

2020年4月 3日 (金)

コロナの猛威はエジプト・ピラミッドをも閉鎖させた!そこに私たちは少し前にいた。

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エジプト6日目。

私たちはアブシンベルから車でアスワンに戻り、空路カイロに向かった。

夕食後、ギザのホテルにチェックインした。

その夜、ピラミッドを舞台にした音と光のショーを楽しんだ。

ピラミッドやスフィンクスにライトやレーザー光線を照射し画像や文字を浮かび上げらせるものだ。

荘厳な一時を過ごすことができた。

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ところがである、WEBNEWS(3/24)で驚かされた。

エジプト当局はコロナ対策のために3月23日からピラミッドを含む観光施設を閉鎖したというではないか。

31日のニュースではピラミッドが私たちの楽しんだ光と音の舞台ではなくレーザー光線による「コロナウイルスと闘う人々との団結と連帯」のメッセージが投影・照射されるスクリーンとなった。

(メッセージは以下の文章)

[Stay Home、Stay Safe、Thank you to those keeping us safe]

エジプトでの新コロナ感染者の最初の一人は私たちが滞在した2週間後に発表された。そして二人目は3月2日。このふたりは外国人だった。3月5日になって初めてエジプト人の発症者が出た。そして3月末には発症者数は656人にもなってしまった。3月25日からは夜間の屋外移動禁止が発表された。これに違反したということで数百人が逮捕されたというから驚く。

少し時間を巻き戻そう。

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アスワンに向かうハイウエーは砂漠を貫ぬく一本道

アブシンベルからアスワンへは280kmの道のりを3時間30分かけて走った。

その間、ほとんどが砂漠であった。砂漠といっても写真のとおりで乾燥した大地が広がり、所々に岩山だろうか小高いところがあった。

しばらく行くと道路脇にパトカーを止めて軽機関銃を構えた兵士のような人たちがいた。

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日常では「軽」とはいえ機関銃など間近に見ることのない日本人は法を犯していなくても緊張する。

一見強面の彼らだったが、すごくフレンドリーだった。

カメラを向けるなどとてもできないと思っていたところツーショットをオッケーしてくれたり、嬉しそうにモデルになってくれた。さらに蜃気楼のビューポイントを教えてくれ、一緒に眺めた。

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向こうに見えるのは川でも、湖でもない、蜃気楼なのだ。

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アスワンハイダムを見学し、飛行機で最後の滞在地カイロに向かった。

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さあ、エジプト滞在は明日までだ!

 

2020年3月28日 (土)

昇る太陽も、沈む太陽もなんと美しいことか!やはりアッラーの成せる技か・・・。

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ナーセル湖の日の出・・・アブ・シンベル大神殿前からの眺望

モーニングコール朝5時。荷物出し5時45分。3泊したクルーズ船をチェックアウトした。

これから二日間かけてアスワン、アブ・シンベルを回る。

時間は前後するが、なんといっても感動したのはナーセル湖で見ることができた日の出だ。(クルーズ船下船の翌日)

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アブ・シンベル神殿に早朝行った。

あたりが仄かに明るくなってきた頃、どこで寝泊まりしていたのか野犬が数匹飛び出し、一斉に湖畔に向かった。

日の出を待つかのようにフェンスのコンクリートに足をかけ湖に臨んだ。

それを機に日が昇り始めた。

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犬たちは日が昇るのを認めるとどこかへ立ち去った。

朝日に照らされるアブ・シンベル大神殿。

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旅5日目のこの日、クルーズ船から遊覧ボートに乗り換えナーセル湖を巡った。

イシス神殿を観光しアスワン・ハイダムに向かった。

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船着き場でエジプト猫が迎えてくれた。

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乗船だ。

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神殿が見えてきた。

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イシス神殿はナーセル湖に浮かぶフィラエ島(旧名アギルキア島)にある。素晴らしいロケーションだった。

この神殿もアスワンハイダム建設に伴い移設された。

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ここでも猫神のお迎えか?

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そして中に入ると。

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猫神はやはり神殿の主だった。

 

晴れ渡る空、そして神殿とナーセル湖。

素晴らしかった。

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ひとまず遊覧船を下船し、車でアブ・シンベルに向かった。

砂漠地帯280キロのドライブだ。

途中エジプトランチとなった。

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コメと味噌煮のようなおかずが出てきた。

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でもSAKARAには良いつまみとなった。

アブ・シンベルに近づいたところで再び遊覧ボートに乗船した。

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そして湖から神殿に近づいた。

底に沈むはずだった神殿がこのように移転復活されているのだからすごい。

ここにも夕闇が迫った。

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私は知らぬ間にこんなに大きくなった。

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この日は近くのホテルにチェックインして、夜、ライトアップされた神殿を見学に来た。

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アブ・シンベル小神殿。

そして翌朝、冒頭の日の出となる。

 

2020年3月20日 (金)

歴史はゆったりと、しかし複雑に流れながら多様な今を創った。メイヤメイヤ!(アラビア語:とてもいい)

エスナを通過し、私たちが眠る間にエドフの岸壁に着いた。

行儀よく横に並んだクルーズ船。

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岸辺では馬車が列を作り客待ちをしていた。

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異国を感じる瞬間である。

馬車もそうであるが、建物も気になった。

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これは未完成の建物ではないのだ。

階下ではしっかり生活が営まれている。

この建物だけでない。

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屋上に当たる部分に鉄筋丸出しの柱が立っている。

このような風景を移動中に所々で目にした。

聞く所によると、仕事に励み、蓄えができたところで階上に増築するための建築手法だそうだ。

雨もほとんど降らぬという気象条件から鉄筋も錆びないのだね。

日本人の私、というか我が家では有り得ぬことである。また柱があまりにも細いことに不安になる。

一昨年、香港で見た高速道路の橋脚の細いことにもびっくりした。

 

煉瓦や、ブロックを積み上げることが基本の建築物は日常は問題なくとも地質にもよるだろうが脆い。

実際1976年に発生した中国・唐山大地震では住宅全壊率が94%と、恐ろしい被害だった。

また記憶の新しいところでは2015年のネパール・カトマンズ周辺の大地震でも多くの建物倒壊があった。

あまり気にするとどこへも行かず、引きこもることになってしまうから運を天に任せよう!

 

午前6時45分、ロビーに集合。さあ、私たちも馬車で出発だ。目指すはホルス神殿!

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我が馬車を牽引するのは名馬「モニカちゃん」だ。懸命に走ってくれた。

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朝日に照らされて疾駆するモニカのシルエットが美しい。

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街を駆け抜けて、遺跡へ!

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着いた!ホルス神殿だ。

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カイロからかなり南に来た。(矢印のところ)

ホルスとはハヤブサの神だ。

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なかなか威厳がある!どっちも!

ハヤブサは空を飛ぶ、それで天空の神様だそうだ。

神殿は200年近くかけてコツコツと造り続けられたようだ。左右の対称性が美しい。

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なによりも感心するのは紀元前の遺跡(BC237年~BC50年頃)であるにも関わらず、いたるところ、文字(ヒエログリフ)に埋め尽くされ、出来事をリアルに語っていることだ。

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柱頭の多様なタイプにも注目。

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再び乗船してコム・オンボに向かった。

その間、デッキでの昼食となった。

なかなか気持ちいい!

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禁酒の教えがあまねく行き届いているこの国だけど、最近はお酒を嗜む人々がふえつつあるとテレビで言っていた。

当然、私も飲む。本日はハイネケン。

ちょっと食べ過ぎだ。

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丘に遺跡らしきものが見えてきた。

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コム・オンボ神殿だ。

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この神殿はハヤブサの神に加え、ワニの神の2神に捧げられているとのこと。

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だからか、クロコダイル・ミュージアムがあり、なんとワニのミイラを見学した。

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ワニのミイラに別れを告げ、私たちはアスワンに向かった。

乗船後にヒエログリフの特別講座を受講し、授かった知恵をTシャツのデザインに生かした。

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デッキでゆったり過ごし、夕食後は民族衣装のガラペイヤパーティを楽しんだ。

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今日も、長い・・・でもなかなか充実した一日だった。

 

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