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2017年4月 8日 (土)

台湾旅行準備で映画を見る ② 悲情城市(2・28事件)

映画「悲情城市」は国際的にも評価されている。第46回ヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞を受賞した。

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舞台は1947年の台湾。

この年の2月27日 台北市内で統制品の煙草を闇で売っていた女性が官憲から暴力を受けた。その際関係のない市民が射殺された。

これに怒った市民が翌28日からデモを繰り広げた。

台湾人による大陸・外省人に対する抗議行動となって台湾全土に広がっていった。

国民党軍は本土からも応援を呼び台湾人(内省人)に弾圧を加えた。

映画はこの歴史的事実を背景に基隆(キールン)で暮らす人々をめぐる出来事を描く。

静かで美しいたたずまいの基隆の海、山、畑。

一見のんびりして穏やかな風景の中で悲惨な事件が続く。

「悲情城市」のオープニング、まだタイトル名が出てくる前から低く独特な抑揚の声が流れている。日本語だ。

日本天皇の終戦の詔勅だった。

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いろいろな映画で敗戦場面にこの声が流されるのだがこんなに長く続くのは他にはあまり記憶にない。

最初の場面は道教と思われる祭壇の前での祈りだ。

商売繁盛と無事の出産を祈っている。

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夫であろう人が待つ部屋はまだ灯火管制の被いが裸電球の傘にかぶさられていた。

無事出産。なぜか上空からB29爆撃機と思われる爆音、そしてオギャーの産声とともに機銃掃射の連続音。

日本統治の50年。そして最終局面に日本国皇民一兵卒として戦地に赴き、敗戦の憂き目を見た台湾人のことをまずは表現したのだろうか。

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2・28 台北の事件は台湾全土のものとなり1947年3月9日に戒厳令が布告された。

この時、戒厳令はそれから2か月後の5月には解除されたが国共内戦で追い詰められた国民党軍は戦時体制維持もあって 、改めて 1949年5月19日 戒厳布告をした。すでに国民党軍の配色は濃くなっていた。

1949年10月には中華人民共和国が成立した。12月、国民党は実効支配困難になった南京を捨て台北に遷都し中華民国臨時首都とした。

そして戒厳令は1987年7月15日に解除されるまで続いた。

20世紀を通じて世界最長の戒厳令となった。この間2万8千人の市民が白色テロなどにより殺されたそうだ。このあと李登輝が登場するのだ。

以前から気になっていたことがあった。

事件当時 1947年(昭和22年)台湾人の国籍はどうなっていたのだろうか。

50年間も日本人として過ごした。最終版には徴兵にも応じた。

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           生活の様式も、漢台日折衷が見られた。映画の一場面

台湾を50年間にわたり統治していた日本は1945年8月、ポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦に敗北した。

台湾にいた旧日本軍は連合国軍の委託を受け進駐した中国国民党政府の軍や官僚によって武装解除された。

日本本土・沖縄では米軍政がはじまり、台湾は1945年10月25日の台北での降伏式を経て中華民国国民政府の主権下に置かれた。

諸説あるが、一つはここで台湾人は中華民国人となったという説がある。

しかし、 日本国憲法第10条の国民の要件に基づいて制定された国籍法 11条に「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得した時は日本の国籍を失う」とあるように、本人の意思が確認されないまま国籍が変わることに異論を唱え訴訟をした台湾人も出た。

また、もう一つ、1951年9月8日調印されたサンフランシスコ平和条約だ。

翌52年4月28日発効。(沖縄や奄美が日本から切り離され、アメリカ施政権下に置かれた日でもある)

この平和条約で台湾については条約発効に伴って下関条約(日清戦争の講和)締結前の状態に復し、日本国籍を離脱するとなった。

はっきりしないけど、1947年に事件の当事者となった台湾の人々は日本国籍を持っていたのではないか。つまり日本人だった。

この映画「悲情城市」は事件の現場をそのままには描いていない。

普通の生活が描かれ、また地元のヤクザの抗争が描かれる。しかし関係する人々が一方で国民党の圧政や腐敗に憤り何かをしなければと少しづつ行動をする。

しかし、そんなささやかな抵抗も発覚し弾圧され、銃殺される人も出た。

親日と言われる台湾であるが、歴史的背景も少しは頭に入れておいたほうがいいかもしれない。

さて次に観る台湾関連映画は二本。

今回の2・28事件に至る前の日本統治時代の物語。

親日のこともわかるかも知れない。

歴史も知ってみると結構面白いものだ。しかも映画がいいね。

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