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2017年4月23日 (日)

台湾旅行準備で映画を見る④セデック・バレ 一部、二部

長尺ものの「セデック・バレ」であったが一部、二部、 しっかり観ることができた。

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          映画「セデック・バレ」タイトル

なかなか感慨深い映画だった。

台湾について持っていた私的イメージがそれなりに変更をされることとなった。

また、台湾原住民族について認識を新たにした。

私たちが難しい議論の場ではなく普通の会話の中で「台湾は親日的だ」と話をする。

でも、異民族に支配された人々の思いは、支配の側にあった者が思うほど単純ではないだろう。

現実に大日本帝国の軍隊と警察に抵抗した人々の史実に基づいたこの映画が台湾の観客動員数において過去最大という実績を残した。

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     1895年下関条約直後、台湾に入った帝国陸軍の様子(セデック・バレより)

これを裏付けるように第48回台湾映画祭の金馬奨では11部門にもノミネートされてグランプリン受賞もした。

また国際的にも高い評価を得た。

このことは、どうであれ台湾の多くの人々が歴史についても様々なことを考えていることを示唆している。

こんなことを書いていたら本日付朝刊(4月23日)国際面・「地球24時」というコラムで台北市の公園にある蒋介石像の首が切られたことが取り上げられていた。

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                           中正紀念堂の蒋介石像(2013年訪問時撮影)

像の台座に残された声明らしきものに赤ペンキで「228元凶」と書かれていたというのだ。

蒋介石・国民党による弾圧を忘れていないぞというメッセージに加え首切りというセッデク・バレに登場した原住民族の儀式的伝統もまだ引き継いでいるぞというアピールがあったかのようだ。

まさに、偶然であるがここに来て「台湾についての私的考え事」が映画・新聞記事も含めて収斂したかのようだ。

そもそも、台湾について映画を観ようとしたのは、台湾旅行に再度挑戦というのが第一義的理由であるが、それとともに今年2月に各紙がいつになく228事件を取り上げていたことが大きく影響した。

228事件は今年の2月28日が事件からちょうど70年という節目であった。

毎日新聞は2月22日の夕刊から25日まで4回連続で「台湾2・28事件 真相を求めて70年」という特集を組んだ。

また朝日新聞では2月27日 「『2.28』解釈 中台の火種 民衆蜂起を国民党弾圧 あす70年」という見出しで紙面の半分を使って特集していた。

このことに限らないのだが、あるものを意識し始めると関連するあれこれの情報が目に飛び込んでくる。

4月13日の朝日新聞では「中国攻勢、台湾『断交ドミノ』懸念」と中国の外交攻勢により世界の中で中国との国交を回復する一方で台湾と断交する国が増えている事実があり、台湾政府が懸念していることをとりあげていた。

4月22日には台湾の動物保護法が改正され「犬や猫の肉を食べたら罰金90万円」となったことが報じられた。

これには「えー」と反応するしかなかったけど。

そして、もどって4月17日に台湾で日本人像の首が切られたことが報じられ、今回の蒋介石像破壊につながった。

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          セデックの人々の狩猟(映画の一場面より)

台湾映画・香港映画を紹介してきた。

その中で親日、反日、抗日という語を使ったが、「反日」と言うとどうもヘイトスピーチ的な「反日」のイメージでとらえられやすい。

セデック・バレを観てイメージが違うと強く感じた。

反するのは「日本」でなく理不尽な支配とそれを担う末端の者も含めて横暴な者への反発、そして人間としての当然の憤りでしかないと思った。

連綿と続いてきた民族の習わし、そして誇り。

それが支配者が変わることによって「つまらぬもの、おぞましいもの」として反故にされてしまう。

たとえば「セデック・バレ」とは「真の人間」という概念をもった言葉のようだが、映画の中で語り手 が次のように伝承を朗誦する。

そこから何を古来綿々と伝えてきたのかが見えてくる。

「この大地に生きる者たちは神から限りある命を与えられている。

だが我々は真の人(セデック・バレ)だ。真の男は戦場で戦って死ぬ。そして祖先の霊が住む天上の家へと向かう。

先祖の家の周りには美しく豊かな狩場がある。真の男だけがこの先祖の狩場を守る資格を持つ。

真の男が祖先の家へ行くときは、大きな虹の橋を渡って行くのだ。

橋を守る祖先の霊がお前に尋ねる。

手を見せてごらん。

男が手を開くと洗っても落ちない血の痕がある。

それを見て祖先の霊が言う。

“まさしく真の男の手だ”

”橋を渡るがいい“

“お前は真のセデックだ”

”祖先の家に入ることを許す“

“名誉ある狩場を永遠に守るにふさわしい”

そして真の女は戦う男のために赤い布を織らねばならん。

女たちが虹の橋を渡るとき手を見せると、こすってもとれないタコができている。

さあ 渡りなさい。

お前こそ真の女だ。

そして橋を守る祖先の霊が言う。

祖先の家に入ることを許す。

今度は自分のため、虹のように美しい服を織るがいい

彼らはたとえばこのような規範を大事にしてきた。

部族の頭領は受け継ぎ守る人でもあった。

ところが1895年突然、日本が支配者となった。そして変わらざるを得なくなった。

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    日本政府は軍隊を山に分け入らせ進駐させた(セデック・バレより)

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          集落に駐屯した

郵便局を作り、銀行を作り、そして学校も作った。

文明開化だとして喜ぶ者もいた。

しかし、そこでなされた諸行為は統治者の利益につながることでしかなかった。

彼らの伝承は否定され、その守り手であり長であった頭領が侮辱された。

狩場の森も鉱物採掘のために荒らされた。

学校では皇民化教育がなされた。

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  原住民族の子供たちの学校は 蕃童教育所と名付けられた

たとえば最近話題の教育勅語。

4月20日付朝日新聞(声)欄に短文ではあるがしっかり本質をとらえた投稿があった。

吉田さんが書かれた文章だ。

「教育勅語には徳目としていいものがあるという人がいて具体的に『父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し』を例示する。

一読して「みんな仲良くか」などと受けとめ、もっともだと思ってしまう。

しかし、戦前の学校で、教師はこれをどう解釈し教えたのか。

『父母に孝に』は親には絶対服従。『兄弟に友に』は『長幼序あり』つまり弟は兄に従うこと。『夫婦相和し』は『夫唱婦随』、夫に妻が従う姿こそ美しい。等々封建的な家族制度を厳しく教え込まれた。」とあった。

「真の人」の教えで自ら律してきた人たちにとってその教えは自分たちの命を守り育ててくれた森を子々孫々にそのまま引き継いでいくために大事なものであった。

それを上記のような異民族の創作に従うことにいきなり切り替えられ、同族の「教え」を野蛮なものとして切り捨てられたとしたらどうだろう。

それらを恫喝や実際の暴力で強いられたとしたらどうなのだろう。

悲しいものである。

教育勅語については4月23日付朝日新聞三面「日曜に想う」というコラムに編集委員の大野博人さんが「4拍子のワルツで踊る勅語」との表題で書かれている。

これも面白かった。(ここでは内容に触れず紹介だけです)

映画に戻ろう。

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      日本軍は砲撃を開始した

第一部の「太陽旗」では忍従してきた頭領の我慢が限界に達してから蜂起に至るまで。

「文明が我々に屈服を強いるなら俺たちは野蛮の誇りを見せてやる。」

 「セデックの魂は死んでも滅びはしない」

そして火蓋は切られた。

第二部の「虹の橋」は勇猛に戦うセデックの人々だが圧倒的な火力と人数で勝る日本軍に追い詰められ敗北するまでが描かれた。

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         空襲をした。

男たちは戦い抜き、また女たちは戦士の食糧を確保するためにと口減らしを計り自決していった。

セデックを殲滅した日本軍の指揮官が戦場を離れる際に部下の前で述懐した。

「300人の戦士が数千人の大軍に抵抗して、多くが戦死し、また戦死しないものは自決した。日本からはるかに遠いこの台湾の山岳で我々大和民族が100年前に失った武士道の精神を見たのだろうか」とセデックの勇猛ぶりを讃えた。

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        集落は焼き尽くされた

辛酸をなめさせられるのはいつでも庶民だ。

太平洋戦争末期における沖縄も満州も本土でもそうだった。

セッデク・バレを観て従来の教科書的な学習がいかに浅薄なものであるかを痛感した。

下関条約で清国から日本へ台湾が割譲されたと覚えてしまうと思考停止したままとなり、台湾に関する認識も「敗戦を迎え日本統治は50年間となった」との教科書記述で完結してしまうのだ。

これまでにも旅する都度、台湾のみならず何ヵ国もの民族舞踊を楽しんできた。

でも日本舞踊を見るような目で鑑賞し、せいぜい往時はこうだったのかといわば古来の風俗をしのぶ程度であった。

今度はきっと違うぞ!

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          男たちも女たちも、そして子供も虹の橋を渡っていった

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          我が家のつつじも咲き始めた

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