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2019年5月

2019年5月31日 (金)

鯉泳ぐ 後楽園の 青天空!

ちょっと前だけど、後楽園に行ってきた。

巨人 VS 阪神 の観戦ではない。

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鯉のぼりを見にわざわざ行ったわけでもない。

でも、なかなかだ。こうも群れなして中空を泳いでいると壮観だ。

人々も負けじと、高いところから落下を楽しんでいた。

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一度ぐらいやってもいいけど、どうしてもやりたいものではない。

せめて、ジェットコースターぐらいならね。

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実は、アウトサイド・ジャパン展を観てきたのだ。

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櫛野展正さんがアウトサイダー・アートを紹介する展覧会だ。

アウトサイダー・アートとは美術の教育を受けていない人々の創作のことを指すのだそうだ。

代表的なところでは障害者の表現や、高齢者などによる作品などだ。

櫛野さん自身は自分もアウトサイダーであり、彼ら表現する人々の伴走者だと自己紹介している。

今回の展覧会では70人もの作品が展示され、それらの作者には床屋さんがいたり、地元でヤンキーで通っている人もいたりと多彩だったようだ。(朝日新聞 5月6日 ひと欄)

会場の係りの人に確認したら、写真を大いに撮って、拡散して欲しいとのことだったので何点か紹介させてもらう。

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バッチのようだけど拡大すると下のよう。

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なかなか面白い。でも、十分理解・納得・感服したかというとそうでもなかった。

人の感性やら、鑑識眼など多様だからね。

抽象画やらデフォルメされた作品などは余計そうだね。

今回の作品は抽象というよりも漫画化であったり、材料が甲虫であったりと想定外のユニークなものであった。

抽象画という点で、たまたま二、三日前から読み始めた「村上春樹 雑文集」で感じたことがあった。

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この作品「雑文集」となっているが編集者とのあれこれのやり取りの中でこの表題に落ち着いたそうだが、なかなか面白い。

と、同時に「なるほど」と思った。

かつて山梨県立美術館でピカソの初期のデッサンなどを観たとき、それから最近では神奈川県立近代美術館で萬鐵五郎の写実画を観たときと同じように感じたものがあった。

二人共抽象画で有名なのだが、ピカソはそれこそキュビズムの創始者であり、萬さんは日本人画家のなかでもキュビズムに挑戦した一人だ。

デッサンにしても、写実画にしてもお二人共さすが天才と思わせた。

村上さんに戻せば、この「雑文集」は結婚式での祝辞の原稿だったり、書評、そしてあれこれのエッセイなのだが、当然のように小説とは違う。

この間小説は何編か読まさせていただいたが、この「雑文集」はまさに写実画のようであり、「小説」は抽象画の作品であるかのように感じた。あらためてやはりノーベル賞候補だと思った。

この見方極端だけどね。

2019年5月24日 (金)

フレブル太郎、生まれて初めて、海を見てきました!

フレブル太郎が生まれて初めて大海に臨んだ。

かといって、目の前の果てしなく広がる光景が水で満たされてできているものだとは夢にも思わないだろうけど。

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今日は海に行くのだ!もう、寒くないのだ!

令和になったからではないのだが、初めての海は皇室の方々が遊んだ御用邸の海だ。

沼津の島郷海岸の砂浜だ。車にも酔わず、ここまで来たのだ。

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この広がりは何なんだ!

浮かんでいるものは何だ?

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この打ち寄せる水は何?

やっぱり帰ろうかな!

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でもな、あれ、いつもと草の匂いが違うぞ。

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改めて見ると人間いろいろやっている。

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何を運んでいるの?

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水の上に人が立っている。

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気持ちよさそうだ。

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海は広いな大きいな!

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「次は海に入るぞ!」と決意した。

 

2019年5月17日 (金)

映像「一つの国が消滅する瞬間」の場に立った!ホーチミン最終日!

1975年4月30日12時10分北ベトナム軍?、南ベトナム解放民族戦線?が南ベトナム大統領官邸に突入した。

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上の写真は、ユーチューブを検索していてようやくヒットした動画からの転写だ。

(Tien Ve Sai Gonと題されたユーチューブ映像より)

ちょうど44年前の出来事だ。当時、この映像が「一つの国が消滅する瞬間」と評されたそうだ。

今回ようやく念願かなってこの地に立つことができた。

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現在は統一会堂として一般公開されている。

ここの正門を戦車が突破した。

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一番のりしたのは中国製390号戦車だ。競ったのがソ連製843号戦車だったそうだ。

それが庭の一隅に並んで展示されていた。

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小学生の歴史勉強なのか、楽しそうに見学していた。

ベトナムがベトナム戦争を勝ち抜いた時代を背景にした映画はたくさんある。

戦闘ものでは「地獄の黙示録」「プラトーン」「グッドモーニング、ベトナム」などをはじめとして多くを生んだ。

また、その間の人々の悲哀を描いたものとしては「インドシナ」やミュージカル「ミスサイゴン」などがある。

そのような映像や舞台を見たとき人間のというよりも時の支配層の愚かしさや自己中を痛感した。

事もあろうに、「戦争で北方領土奪還」などと言う国会議員が現れた。ものごと、ましてや戦争までも図上での争奪戦としか捉えられず、人の命など考えもしない悲しい人物だと思った。

統一会堂の他に、戦争証跡博物館と旧アメリカ大使館(現在、アメリカ総領事館)にも行ってみた。

博物館では写真や実物で戦争の恐ろしさを伝えていた。

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こんなもので殺戮を繰り返したのだ。

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館内にあった写真パネルも凄惨な様子が捉えられていた。

仲間がウインドウショッピングなどをしながらホテルまで歩いて帰るということになったので、私は単独で旧アメリカ大使館に行くことにした。

博物館の外に出て、地図を見ながらどちら方向だろうと探っていると、反対側歩道で客待ちをしていた輪タクのおじさんが声をかけてきた。

傍まで行くと、何処へ行くのかと言ってきた。地図を見せながらアメリカ総領事館だというと、料金を提示してきた。

250,000ドンだという。私は高いと思ったので、「それじゃいいよ」と断ると、間を置かず値下げしてきた。「それでは、200,000万ドンでどうだ」と50,000ドン値下げしてきた。

まだ高い。渋っていると、とうとう100,000ドンでどうだと一気に最初より150,000ドンも下げてきた。

私も、地図を見ても方向がよくわからなかったので、利用することにした。

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輪タクのおじさんが撮影

ベトナムでは初めて利用したが、なかなか快適だった。

目的地近くの聖母マリア教会の裏手で着いたよと降ろされた。

いよいよ料金の支払い。多分前言を翻すだろうと思いながら約束の100,000ドンを支払った。

案の定である、あと100,000ドンよこせと言ってきた。

お互い言葉が通じない。片言の英語でのやりとり。私も約束通りしか払わないと、歩き始めた。

後ろから100,000ドンよこせと言っているようだった。でも、振り返ると笑顔があった。

多分、値切ったつもりでも、私は相場より多く支払ったのだろう。

アメリカ総領事館のそばまで来たものの姿かたちはどこにやら、探しながら歩かなければならない。

でも、歩けば見えてくるものもある。

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工事中のマリア教会の裏手。午前中は正面から訪れた。

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交差点の中心に置かれたオブジェ。

なぜか、happy new yearと幕が張られていた。

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ベトナムの旧正月(テト)の元日は今年は2月5日だった。

まあ、まだ一ヶ月しかたっていないのだ、いいことにしよう。

そういえば、思い出した。

テト攻勢だ。

1968年の1月30日未明から始まった南ベトナム全土での解放戦線の米軍への攻撃が「テト攻勢」と呼ばれていた。戦争の流れを大きく変える軍事行動だった。

少し歩くと書店街のようなところに出た。

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なかなか洒落ている。また、町ぐるみ画廊のような展示もあった。

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そぞろ歩きしているうちにアメリカ総領事館に到着。

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高い塀に囲まれていた。写真撮影をしていたら当然だろうけど注意された。

拳銃がぶら下がっていた。怖い怖い!

75年当時ここからヘリで脱出した人達もいたのだ。

目的達成。ぶらぶらとのんびり歩きでホテルに向かった。

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途中公園の中で兵隊さんだか、警察官だかわからないけど募集看板があった。

女性兵士かな。

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日本の人も商売しているのか?

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頑張ってください!

夜はこの旅で一番だと前触れされていた食事。

こんなパフォーマンスも見せてくれた。

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ベトナム滞在最終夜の乾杯!

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おやすみ!

2019年5月10日 (金)

久しぶり!メコン川!

メコン川の水を船上から見るのは、今回で2回目だ。

おまけを加えると3回目だろうか。

1回目は ちょうど10年前の2009年にラオスに行った際、メコン川をミャンマー国境に向け遡上した。

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ラオス・ルアンパバーン西のメコン川上流

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おまけの3回目というのは15年前の2004年にトンレサップ湖を周遊した時だ。

このトンレサップ湖は雨期と乾期で水位が変わるのだ。

実はこの湖、メコン川の水が出入りしており、川の水量によって湖面の高低が変化するとともに湖の広さも変わる。

雨期には乾期とは流れが変わりメコン川から水が逆流し、水深が8メートル増え、面積にいたっては6倍にもなるそうだ。

そんなことで、湖の水はメコンの水なのだ!メコンの水を見たのはこれで三度目なのだ。

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トンレサップ湖では水上生活をしている人たちがいた。

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この水上生活者は養殖もしていた。大きな魚だった。

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これは、食材それとも用心棒!

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さあ、いよいよメコンデルタに向かうぞ!

70キロ西のミトーを目指す。

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朝、8時半ホテル出発!

この時間になると、出勤ラッシュは治まりつつあった。

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ただ、珍しいものが走り出す。

古材のようなものを運ぶ前輪二つの三輪バイクだ。

朝から働いているのだ!

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さあ、メコンの波止場だ!

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中国から始まり、4000kmもの距離をゆったり流れここで南シナ海に到達だ。

メコンの河口は大きく4つ、細かく見ると5つある。それぞれ名前がついており、ミトーの街に面した支流はティエン川と呼ばれている。

地図で見ると日本の河口と変わらぬように見えるが川幅は3kmもあるのだ。

乗船!

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広い!

メコンデルタの中洲を目指す。

そこで、一休みしながらココナッツキャンディ作りを見学したり、ベトナム歌謡曲を楽しむ。

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キャンディ工場だ。

さあ、一休み。

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いよいよジャングルクルーズ。

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手漕ぎ船に乗船。

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結構渋滞!

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ニッパ椰子のトンネルを進む。

ただ、残念なのは開発が進み、この椰子は川沿いにしかなかったことだ。

見渡す限り生い茂るとジャングルだーということになるのだけどね。

あと、ペットボトルなどを捨てないようにしましょー!

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怪しいお姉さん達とすれ違った。

波止場についた。

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途中食事をとり都心に戻った。

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いや、やはり都会だね。

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宵闇が迫った。

ネオンが輝く!

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ゴージャスに乾杯!

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おやすみ!

 

 

 

 

 

2019年5月 3日 (金)

カンボジアからベトナムへ!およそ一時間、ひとっ飛びだった!

シェムリアップの空港喫茶ルームで体を休め、夕食はベトナムの街でとなった。

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なんとなく懐かしく、素朴な感じのカンボジア・シェムリアップ駐機場。

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飛行機に搭乗したのが午後8時すぎ。

 

そして「あれがサイゴンの灯だ」と声を出したいような灯りが目に入ったのが9時15分ころ。

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およそ1時間ちょっとでホーチミン市に着いた。

空港から車で移動している最中に目に入る光景は東京と大差ない街の様子だった。

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国境を越えたばかりだけど、時代が一足飛びに進んだかのようだ。

落差を感じてしまうのだが、カンボジアで見た光景で驚いたモノの一つが下の写真。

空港への道すがら、道路に沿って張られた電線の複雑な絡みようは何なんだ。

これが特定の場所だけでなく、街中にこんな感じで電線やら電話線が繋がっていた。

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日本のインフラをあたりまえに過ごしてきた者にとっては不安になる。

漏電はないのか、ショートはしないのか、事故はないのかと。

まあ、このことで事故があったとは聞いていなかったので、それなりのセキュリティシステムで管理されているのだろう。

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今回の旅は総勢7人の気心知れた仲間だった。

おまけに二カ国ともに専用車で移動ができ、我々以外に運転手さんと通訳ガイドの方が同乗しただけだったのであまり気を使うこともせずに済んだ。

通訳はの方々はカンボジアでもベトナムでも人当たりの良い個性的な人だった。多少の訛りというかアクセントに特徴があったが話はよくわかった。

カンボジアの通訳さんは40代ぐらいだったかな。

イクサが続いた大変な時代を過ごしてきた人だ。

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シェムリアップ空港内喫茶ルーム

1975年の4月、ベトナム戦争の終結と同じ頃、ポルポト率いるクメール・ルージュがプノンペンを制圧した。

そして1979年の1月に、カンボジア救国団結戦線とベトナム軍がカンボジアに侵攻して、プノンペンを陥落させるまで、カンボジアをクメールルージュが統治した。

その間のことは映画「キリング・フィールド」でも描かれた悪名高い残虐な時代だ。およそ170万人もの人々が殺された。

とりわけ、インテリ層が標的となり、医師や教師がいなくなったと言われていた。

通訳さんは、その影響が残る最中に中学を卒業したのだが、学校は教師不足で、彼は優秀だったのか代用教員として教壇に立たされ、ほぼ同年輩の子達に教えていたのだそうだ。

 

彼はポルポトについて言うことは抑えていたが、端々に大変だったこと伺わせた。

そんな時代を経たカンボジアだけれど複雑な政情も感じた。

空港内の書店になんとポルポト本が置いてあったのだ。

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真ん中のPOLPOTだ

どんな事が書いてあったのやら!

 

ベトナムでの最初の行動はレストランを探し、腹ごしらえすることだった。

初めての地、食事処など知る由もないので初対面の通訳さんにお願いし、なんとか手配してもらった。

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タクシーで乗り付けた。

先ずはベトナム到着に乾杯!

当然地ビール。サイゴンスペシャルだ!

つまみはやはり、春巻きだ!

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まあ、それなりにおいしく食べ、飲めた!

さあ、明日はメコンデルタのジャングルクルーズだ!

 

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