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2019年8月

2019年8月31日 (土)

嫌な事件が多いいね!忖度すり寄り、同調圧力、買い被り暴力。アンチテーゼになるか新海誠作品!

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BS日テレ 木曜シネマ☆イブ 予告編より

この数年の事件やら社会問題を見ると、誰でも感じるように(?)、そこには忖度や権力へのすり寄りが高じた結果であったり、買い被りが極端な承認要求となり放火やらあおり運転暴力に至ったかのようにも見える。

そして最近、何よりも感じるのはひたひたと押し寄せる同調圧力だ。特に外交問題などを見ていると感じる。

8月31日付け朝日新聞朝刊の声の欄に「戦争遂行した時代の空気をどう伝えるのか」という投稿の中で現在を憂う話があった。その中で「同調圧力」とは行動も考えも周囲と同じでなければ許されない「空気」だと述べていた。

そして末尾に皮肉的に「空気を読み、権力者の意向を忖度するのが上手な国民」とあった。

同感するところがあった。国民総体はともかくとしても、周りを見ると小さな「会」からはじまってちょっと大きめの団体までこの「同調圧力」を感ずることは、思い返せばしばしばあったな。

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そんな時に、新海監督の新作が発表され、たまたま私も新海作品を紹介する冊子を読み終えた。(入院時読書)

この津堅さんは新海さんを高く評価し、「彼は日本アニメ史から見れば、はっきりとその文脈に乗っかり、その延長線上にある一方で、まったく異質な側面も少なからず備えています。こんな監督は、日本アニメ史100年の中でも稀な存在です。」(本文204ページ)と記した。

また、新作「天気の子」がヒットしていることを受けて作品、監督に関わる論評も多く出てきた。

その中に、「天気の子は同調圧力へのアンチテーゼ」ということを書いたものがあった。ネット上で読めるものでは片岡徹也さんの論評を始めとし何人かのものがある。

私は、「天気の子」はまだ見ておらず、新海作品も3本しか見ていなかった。そこで、我がライブラリーにあった「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」を鑑賞した。そして、あわせて京都アニメの「響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ」を観た。

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「雲のむこう、約束の場所」より冒頭部分より

「雲のむこう・・」は2004年に公開された作品である。

描かれている時代はまさに今頃、しかし、状況は異なり第二次世界大戦後の戦後処理で日本が戦勝連合国により分割統治されて北海道が別の国になっているのだ。そのようなことで、事前の予備知識的説明を必要とすることもあり、全体として難解かなという印象を持った。

この戦後処理としての日本分割統治は実際検討されたことで1.北海道・東北はソ連統治、2.関東・中部はアメリカ統治など6地区に分割されたものだった。

アニメの描画は素人目にはなかなか美しいものだが、ただ「言の葉の庭」などを見たものにしてみると、生意気だが、まだその域に達していないなと思った。「新海誠の世界を旅する」の著者:津堅信之さんの評によれば「新海にとっての初めての長編であり、多くのスタッフとの共同作業となった。本人にとっては愛しさよりも巨大な反省が迫り上がった作品」だったようだ。

次に「秒速5センチメートル」を観た。

公開は2007年。全編63分の作品を三幕構成とした作品。

画像もぐっと超リアルになってきた。

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この作品については海外でも評価されたようだ。

中国人SF小説作家がいる。

本格SF小説「三体」が中国国内で累計2000万部という大ベストセラーとなっている劉慈欣さんだ。

彼は日本のSFでは小松左京などが気に入っているが、最近は小説の分野では小松に匹敵する人は出ておらず、どちらかというとアニメに注目しているとし、宮崎駿と並んで新海誠を取り上げ、特に「秒速・・・」が好きだと語っている。(朝日新聞8月13日)

最後に突然の悲報が届いた京都アニメーションの作品だ。

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「響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ」だ。

ここに総作画監督として名前の出ている池田晶子さんも放火事件の犠牲者の一人だった。まだ44歳だった。

描画の細かいことについては何も言えないが、キャラクターのつくりやストーリー展開、画面構成など素人目にもいいものだと思った。

7月19日の「天気の子」公開時のインタビューで新海監督も京都アニメに触れている。

この「天気の子」には京都アニメ出身のスタッフも参加していて「ここは京アニぽくしましょう」というような話をすることもあったようだ。

アニメの本質的なことについても語っている。「アニメーションはある種、人の欲望に忠実なメディアだと思います。見たいものを見せる、可愛いものを可愛く描く、人の想像力で形作られたもので、現実とは少し違います」と。

少しアニメを見始めると欲が出てきた。ちょっと遡って宮崎さんの作品も見直ししてみようかなと思い始めた。

 

2019年8月23日 (金)

「騎士団長殺し」の聖地巡礼で小田原の山に行ってきた!

8日間も入院して、しかも重篤でなければ使える時間はたっぷりある。とは言っても筋トレは鼻に響くし、病室から抜けられないからジョギングも無理だ。そうなると、うつらうつらとまどろむか、本でも読むしかない。

4冊持参した。一群は村上春樹さんの「騎士団長殺し」の第1部の下、第2部の上下(新潮文庫)、そして「新海誠の世界を旅する」(平凡社新書)。折もおり新海監督作品「天気の子」が7月19日に公開されて以来、現在までに750万人動員し、興行収入は100億円突破というからすごいね。(8/23 朝日新聞朝刊)

我が親族も初日に映画館に足を運んだ。

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文庫本カバー

とりあえず[騎士団長]は読み終え、[新海本]は4分の3ほど読んだ。

村上さんはノーベル賞候補にもなり、国外でもよく知られている。この半年の間に旅した香港、カンボジア、ベトナムでも日本人作家の代表のように書店の棚に並んでた。

でも、国内では評価は様々だ。評価といっても文学論的評価からはじまり、あまねく知らせる書評、読書感想文などなど、さらにはそれぞれの方法論についての流派もあるから多様であって当然だ。

私なんかは、面白けりゃいいのだ。私は最近の村上作品などはファンタジーのように読んでいる。地下に潜ったり、異世界やそこの住人と出会ったりと、「不思議の国のアリス」のようじゃないか。ある評論家は「なぜ、同じ話を書き続けるのか?」と提起しながら論じていた。大江健三郎なども四国の森が再々出てきたけどね。

他の小説でも同じように地下に潜り異世界と交流するのだが、今回は「主要登場人物」が画家であり、私の知ることのない画家の内面がさらけ出される。

描画に際しての対象との関係性やら、そこに至るまでの「段取り」など面白い。たまたま、この前読んだ原田マハさんの登場人物もキュレーターという絵画に関わる仕事をしていたので似たような登場人物というそれだけでも面白かった。

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文庫本帯1

もう一つ面白いなと思ったのは、登場する女子中学生と画家との会話だ。

他の小説などを読むと、いろいろな年齢やら人生経験を積んだ人たちが難しい話を誰彼構わず同レベルでする場面に出っくわすこともあったが、私などはこのシュチュエーションや登場人物の設定では「そんな小難しい話はしないでしょ」といつも思った。

ところが、この小説では私の内心を見透かしたかのようなやりとりがあった。

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文庫本帯2

画家と少女のやり取りでも何回かあったが、第四分冊の後半に出てくる少女と騎士団長のやりとりに次のような会話があった。

騎士団長「スズメバチにはくれぐれも気をつけた方がいい。それはどこまでも致死的な生き物であるから」

少女「チシテキ?」

騎士団長「死をもたらしかねないもの、ということだ」

騎士団長「ここはそんじょそこらの普通の場所ではあらないのだから。やっかいなものが徘徊しているのだから」

少女「ハイカイ?」

騎士団長「うろつきまわっているということだ」

まあ、こんなふうのやりとりが各所にあって私は「中学生には馴染みがない言葉だよな」と共感した。

もう一つ、興味を引きつけたのは舞台が神奈川県小田原市の山の中だということだった。

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小田原の街に近い山・・家が点在している

小説の中では主要な登場人物が、谷を挟んだ向こうの山に家を構えているという設定だった。

読み終わってすぐ、小田原だったら行けないとこでない行ってみようということになった。

ただし、山がどうなっているかは知らない。箱根山の登り口ぐらいかなという知識。

そこで思いついた。そうだ、秀吉の小田原・北条攻めの際の一夜城の山があるではないかと。

調べてわかった。笠懸山の山頂に構築された城跡があるところで、今は石垣山一夜城と呼ばれているところのようだ。

カーナビに導かれて行った。何回かカーナビが別のところを案内し、一度など箱根山の鬱蒼とした森の中に入ってしまった。

なんとか、たどり着いた。想像以上に良いところだった。

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ここを抜けると石垣が崩れたものの広いところに出た。

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こんなところを抜けて眺望のきくところに出ると見えた。城だ。

北条氏が見上げたと同じように、秀吉は小田原城を見ていたのだ。

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左に小田原城が見える。(但し、江戸時代のものの復元)

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思わぬところで、アニメでないのだが聖地巡礼をすることになった。

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小説の中でも出ていたが、同じ山の中の家でも、海の見え方で建物や土地の値が変わるのだそうだ。

これだけ見えると高いかな!

 

2019年8月16日 (金)

手術だ!滅多に感じぬ、この痛み!それを他所に庭に戯る夏の虫!

喉に痰がからみ声が嗄れるので、風邪かと思い掛り付け医に診てもらった。

その応えは「特に悪いとこないけど、咽喉科で診てもらえば、即診断されるよ、万が一もあるからね」と脅かされながら耳鼻咽喉科のある総合病院を紹介された。

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ハクモクレンの木でシャーシャーと羽を擦らすクマゼミ

早速行った。さすが即診断可能な設備が整っている。しっかりした電動の椅子に座らされ、グーっと高みに上がった。

喉をちょっと見られ、次に内視鏡のチューブを鼻に差し込まれた。横にあるモニターに鼻の奥が映し出された。

出た応えが、「喉ではないね、副鼻腔だ」であった。

診断名は慢性副鼻腔炎と鼻茸・・ポリープだった。そして続いた言葉が「薬ではどうにもならないから。取らなければね」だ。

初めて行った病院で、しかも診察を始めて10分も経っていないところで、いきなり「手術だ、入院だ」だ。青天の霹靂とはこのことだ。

結局、「何時頃にしますか」というから、どうせやるなら早いほうが良いと応えると、「それでは来週の月曜日から8日間入院してください。手術は二日目です」ということになった。お盆で予定も何もない、まあいいだろうということになった。生涯初めての長期入院の始まりだ!

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アブラゼミも負けてはいない。右のセミ、しつこかった。

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追いかけ始めた。どちらがオスかメスかはわからないけど。

 

急転直下であったけれど、医師の説明に思い当たるところがあった。

嗅神経をポリープが覆っているというのだ。臭いに関して鈍感になってきていたことは確かだった。おかげで臭い物に蓋をすることがなかったのだけれどね。

もしや、記憶力や思考力の低下もこれが原因?

それはないか、持って生まれた資質だよね。

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蜂が水を飲んでいた。フレブル太郎の散歩時の水飲み場だ

手術は全身麻酔下で行われたので、気がついた時には終わっていた。つまり、手術時はなにも痛まなかった。

午前中に執り行われたのだが夕方頃になって顔面全体が痛くなってきた。でも、まだ序の口だった。本格的に痛くなったのは二日後に副鼻腔に入っているガーゼを抜く時であった。まず驚いたのは、鼻の奥にこんなにもガーゼが入るのかということだ。容赦なかったのはこのガーゼを抜く時だ。長い棒状のもので引っ張り出すのだが、自ら絶対やったことのない鼻の奥(普通に言う鼻の穴でなく、さらに奥の腔)をかき混ぜられているかのようだった。

そして、抜き終わったのも束の間、今度は新しいガーゼを左右で6枚も入れられた。

悲しくもないのに、泣く意思もないのに、涙が溢れた。不思議なものだ。・・・感心などしていられない。これが三日間ぐらいやられ、退院までにさらに何回もやられた。(頓服を飲んで痛みは緩和されたけどね)

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入院病棟の東の廊下、西の廊下はこの倍以上あった

痛みと点滴による尿意促進効果かもしれないが、手術後二日間はあまり眠れなく夜中に何度もこの廊下を歩きトイレに行った。

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これにもたれながら歩いた

本日、退院後初の経過診察を受けた。順調な経過だそうだ。ホッとした。しかし、今日も責められ、不覚にも涙がポロリ。

でも、なんでも早期発見、痛くても早期発見、・・・さあ、でかけるぞ!

戻った家に川トンボも遊びに来ていた。

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このトンボ不思議なことに毎年、今頃になると出現する。

どこで繁殖するのかしれないけれど、風物詩の一つとして再会を楽しみにしている。

 

 

2019年8月 9日 (金)

覇者にならんとするならヤジ排除でなくてアジ(アジテーション)で勝負しよう!

韓国映画を見た。

イ・ビョンホン主演の「天命の城」だ。

面白いというより感心した。

イ・ビョンホンが登場するからには彼が英雄的活躍をするスペクタクルだろうなと思い視始めた。

ところが、活劇はあったものの、彼は地味な忠臣を演じ、その忠臣は死を賭しても戦争を回避することを使命としていた。

彼の新しい面を見たようだ。

映画自体についても、個々のセリフや役回りは創作であるのだけど、朝鮮が清に屈服したという一面屈辱的なことを、しっかり史実に沿って描き感心したのだ。

表題の「ヤジ、アジ」はこの映画そのものからでなく、朝鮮と清の歴史的一断片に接し、明、清、朝鮮の関係がどう変遷したのかに興味が湧き、周辺事情を探ってみたことからでた。

そこで登場したのが李自成であり、その彼がとった戦略・・・とはいっても本人は自覚していなかったかもしれぬが・・・勢力拡大の過程や農民大衆に向け発した言葉・スローガンに感心させられたことや、最近の選挙での出来事が重なり思いついたのが「ヤジ・アジ」だ。やはり、覇者となろうとしたら民衆の心をつかみ支持を得られなければね!今話題の山本太郎さんのご奮闘にも少し重なるのかな。

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「天命の城」導入部の時代説明

「天命の城」にもどる。

ときは1636年。満州にあった女真族の国である後金でホンタイジ(第二代)が即位し国号を大清と改めた年だ。

この時点では未だ中国全体は「明」の支配下にあった。

その20年前の1616年、女真の汗(ハン)であるヌルハチ(始祖・第一代)は全女真族の統一を実現し国号をアイシン国(後金)とした。

1619年にはサルフの戦いで明を破り遼東半島まで進出し、1627年には朝鮮に攻め入り制圧した後、後金を「兄」、朝鮮を「弟」とする和議を結んでいる。

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清の弓部隊・・・「天命の城」より

しかし、そんな和議を結びながらも朝鮮は宗主国である明に対して朝貢国であり続け、ホンタイジの求める清への臣従を拒み続けた。そこで業を煮やした清が攻め入ったのが1636年12月であり、映画の舞台・時でもある。(丙子の乱)

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大口径の大砲を操る清の砲兵部隊・・・・「天命の城」より

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400年も前にこんな装備で攻め込まれたらとても立ち向かえない。

朝鮮は降伏した。

ここでの判断、臣従にかかわって明朝から清朝にに変えることでの早目の選択が結局のところ朝鮮王朝を延命させたのかな?

この乱の時に李氏朝鮮を統治していたのは16代王仁祖(インジョ)だった。韓流ドラマで言えば、「馬医」の時代(このドラマも面白かった。現在もBSで放映中)。

李氏朝鮮は丙子の乱の後、清との冊封関係に入り1894年の日清戦争で清が敗北するまで続いた。

朝鮮王朝そのものは最後に国名を変える(大韓帝国)などもしたが1910年の日韓併合により27代純宗を最後の王(皇帝)に戴きながら終わった。

ヤジでなくアジとは?

朝鮮史を整理していたら長くなってしまった。(でも、なんとなく頭も整理された)

表題のことについて少し書こう。先にも少し触れたのだが李自成が登場するのだ。

彼は言わばヤクザの親分のような人だった。(NHK・BS 「中国王朝 英雄たちの伝説」の中での浅田次郎さんのコメント)

そんな彼がなぜ人々の支持を得て、反乱軍のトップになったのか、これについては同じ番組の中で筑波大学元教授の佐藤文俊さんが明快に答えている。端的に言ってスローガンの分かりやすさと魅力だったと言われた。

当時の中国は王侯貴族と宦官による政治腐敗が深刻な状況に有り、人びとは貧富の差と重税に喘いでいた。それに加え災害と飢饉により飢え死にする人が相次いだ。にも関わらず、明朝は東北地方における清との戦いで戦費を多く必要として、農民に田畑の収穫量を上回る税を求めてきた。こうなると飢え死にするか盗賊になるしかない。各地の反乱は当然のことく頻発した。

その反乱のなかで頭角を現したのが李自成だった。

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NHK・BS「反逆者北京占領 李自成の乱からドルゴンへ」より

 

李自成のもとには土地を奪われ流民となった農民たちが結集した。

それは李自成の掲げたスローガンとアジ演説?に惹かれたのだ。

一つは「均田免賦」・・・身分にかかわらず農地を均等に分け、一定期間は税も免除する。

二つは「追賍助餉」・・・大地主の財産を没収し、反乱軍の資金にあてる。

これらを掲げ進軍し1644年には40万の大軍を率いて北京に攻め入り明朝を滅亡させた。

しかし、反乱軍は政治も戦もプロではなかった。そのため摂政ドルゴン(ホンタイジは前年死去)の清軍や明の残党の連合部隊との戦闘であっけなく破れ、李自成も逃亡途中で殺された。ここから清の中国統治が始まった。

ところで山本太郎さん率いる「れいわ新選組」のスローガンと街頭でのアジテーションは、やはりわかりやすい。緊急政策一覧の一番に出ていたのが●消費税は廃止、下に続いていたのが●奨学金チャラ●全国一律最低賃金1500円●災害に備える●原発即時禁止・被爆させない、等など。

頑張ってください!

 

2019年8月 2日 (金)

海の賑わいを見てきたよ!

仕事がらみで伊東市(静岡県伊豆半島)に行ってきた。

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ハトヤホテル

伊東に行くならハトヤだよね。(TVコマーシャルで以前よく流れていた)

先般の舘山寺は静岡県の西の端で、伊東は東の端の温泉だ。

舘山寺はひっそりしていたが、こちらは息を吹き返したかのように賑わっていた。

感じたことはこの地では古くからの観光資源である旧跡や自然を大事にしながらも、新たな価値を付加し、上手く誘客していることだ。

ただ、この地ばかりの問題点ではないのだが、大手流通資本のユニーやらイオンなどの大型ショッピングモールの出店などもあり消費者の流れが変わり、昔からの商店街や繁華街が賑わいから取り残されているかのようだ。

でも、駅前の再開発やら沿道や中心市街地の整備など街おこしの声が反映され、少しづつではあるが前進し、街の変化を感じることができた。将来を期待できるのかな。

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温泉街を流れる松川。

この川沿の遊歩道でそぞろ歩きできるようにしたり、奥に見える廃業した老舗旅館を市が文化財として改修し観光客が見学できるようにするなど新たな観光資源作りも進んでいる。

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駐車場も満車に近かった「道の駅 伊東マリンタウン」。

道の駅も各地にできているが、立地とタウンの店舗構成、サービスの種類やテナントの品揃えなどによって地元の人々も立ち寄ってくれるところはいつも賑わいがある。

ここも成功している一つだろう。

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海岸沿いにあったモニュメント。

17世紀初め家康の外交顧問となった三浦按針(ウイリアム・アダムス)がこの地で日本初となる洋式帆船を建造した。

モニュメントは按針と帆船。

そんなことに感心しながら猛暑に汗をぬぐっていると賑やかな歓声が聞こえてきた。海岸線を見ると海水浴場が目の前にあった。

ここで、ふと考えが閃いた。

帰り道、海岸線を北上するのだが、伊東市から熱海市まで、出来るならば神奈川県に入り湯河原から更に東進して湘南の海水浴場を覗いてみようと考えた。

幸いに今日は平日。この地を通る国道135号線など土日ならばひどい渋滞で熱海につくかどうかのところで宵闇が迫って来るがこの日は退社時間に重ならないかぎりそれなりに進めるかもと考えた。

結論から言えば、意外に時間が掛かり、また夏休みに入ったこともあり海水浴客も多く駐車場が満車に近いことに加え、我が車を停めた駐車料金が殊のほか高かったのだ。結局熱海までが限界だった。

以下、北進しつつ途上にある海水浴場を写真を使って簡単に紹介してみる。

伊東オレンジビーチ

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海開き7月21日~8月26日

浜辺の長さ伊豆で4位(800m)。(以下すべて伊豆半島内での順位)

おすすめ海水浴場 2位。水質AAランク。

最寄り駅 JR伊東線伊東駅

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海の家も賑わっていた。水着を着てない私にも声をかけてきた。

呼び込み人「冷たいビールがあるよ」

私「いま運転中」

呼び込み人「ノンアルコールのジョッキもあるよ」と。

宇佐美海水浴場

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浜辺の長さ堂々一位(1500m)水質AAランク。

海開き7月20日~8月25日とされているのだが海の家もなく海水浴客も数人しか見あたらなかった。どうしてかな?

最寄り駅 JR伊東線 宇佐美駅

熱海・長浜海水浴場

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おすすめ海水浴場 1位。海開き 7月13日~9月2日

最寄り駅 JR伊東線 伊豆多賀駅

そして最後は

熱海サンビーチ

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品川からであれば45分ぐらいで熱海駅につき、そこから少し歩けば海岸。

好立地で、尚且つ街中にあるようでいて水質も悪くないのだ。

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この透明度どうだろう。

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水着で読書などもいいね。

 

そんなことからか来場者も海水浴場全体のなかで2位なのだ(昨年実績17万6千人)。

海開き 7月13日~9月2日。

最寄り駅 JR東海道線 熱海駅(在来線、新幹線)

今回はこのぐらいにして、次に機会があれば、湯河原をスタートし海岸線を走り抜け湘南制覇といきたいところだ!

 

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