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2020年2月21日 (金)

宵闇迫るルクソール神殿、そして再びライトアップされたカルナック神殿へ!

ナイル川クルーズ船に乗船・チェックインして昼食となった。

レストランは乗降口を一階とするとB1階だ。

丸窓が喫水線ぎりぎりのところにあり、ナイルの水しぶきが見えた。

広々とした食堂だ。

ビュフェでは口に合わないものはなかった。まずまずだ。

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大河はこれまでもいくつか訪れた。でも何日もかけてクルージングするのは初めてだ。

ラオスでメコン川に繰り出したのは中型のボートだったし、上海では外灘から黄浦江と長江をめぐる遊覧船に乗船した。せいぜい3時間から4時間だった。

ナイルも中流域まで来ると大河と雖も、接岸の場に大きな桟橋があるわけではない。

防波堤のようなところに一艘停泊させると、それでスペースをすべて使ってしまう。

数艘が同時に停まろうとするときは上写真で見られるように、川岸から順次船首を進行方向の上流にむけて並ぶように停泊するのだ。そして川の中央に近い端の船から出航していく。旅客が端の船に行くには岸壁の船から乗り、通り抜けていくのだ。

壇ノ浦海戦における義経の八艘飛びのごとく飛び渡った。

この時、我がクルーザーは翌日までの停泊予定もあり一番岸寄りに接岸していた。出航時にはすでに川中央に移動していて、観光後の乗船の際八艘を飛び越えたのだ。

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ナイル川東岸から見える西岸

さあ、ルクソール遺跡だ!

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ルクソール神殿はカルナック神殿の副殿だ。建設にかかわったのは王で言えばアメヘテプ3世とラメセス2世。

時代で言えばBC1300年代から1200年代。それにしても今から3000年以上昔の話。

でもすごい。

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そして宵闇が迫った!

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ルクソールに火が灯り、遺跡が浮かび上がった。

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何十体ものスフインクスが参道をなしていた。

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オベリスク上に上弦の月。なかなかいい。

ちなみに、かつて対になって並び立ち上がっていたオベリスクのもう一つは、現在フランスパリのコンコルド広場に屹立しているのだ。

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これから、カルナック神殿での光と音のショーの観賞だ。

バスで移動した。

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ショーは参道入口から開始された。

当初イメージしていたものは「光と音」だというので遺跡をレーザー光線などの照明機器で浮かび上がらせ、そこにダンサーとか歌手が登場しパフォーマンスを披露してくれるものと思っていた。

ところが、そんなに安直なものではなかった。

光と音を使いながら遺跡を浮かび上がらせるまでは良かったのだが、その続きはナレーションが入り歴史を語るものだった。

ダンサーなどいない、まさに光と音による歴史劇だった。

若干期待はずれのところもあったがそれはそれで学ぶことができた。

それにしても、寒かった。

北半球でもあり、冬であることは承知していたが、昼間の陽光の下では暑く夏そのものだった。ところが夜はまさに冬だ。

アドバイスもあったのでアトラクションに参加するにあたって日本の冬支度で出かけた。それでも寒かったのだ。

砂漠特有の温度変化だろうがすごい寒暖の差であった。

そしてクルーザーに戻った。

ショーが待っていた。

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ベリーダンス。

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どこかのナイトクラブのような奇をてらうものでなく純粋に民族舞踊として舞っていた。

続いての演目は少年演者による回転ショー。

彼は20分ぐらいだろうかひたすら回転し続けた。

トルコの旋回舞踊「セマー」なのかな?

一説によると、万物は回転しているのだということを基底にした教え(宗教?)で、分かりやすく説くと、地球が太陽の周りを回ることや自転しているように、さらには、人間の体の中でも血液やリンパ液が体内をぐるぐる回っているように、基本は回転なのだそうだ。しかも、これらは神の采配であるから、人間も邪念を捨て、神との一体化を求めるのならば回転をするのが大事だというのだ。(かなり雑な私の解釈)

面白い。

踊っている彼もまさに、回転しながら次第にトランス状態に入っていき、神と一体になっているかの恍惚とした表情に変わっていった。

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その中でこんな変化を見せた。

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神業の妙技だ!

踊り終わって拍手喝采を浴びたのだが、彼はふらりともしなかった。

私など5回転もするとまっすぐ立っていられないだろうと思うのだが。

長い一日だった。

さ、あすは死者の町だ!

 

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コメント

wokokoujiさん、こんばんは。

ナイル川のクルージングも悠久の歴史を感じることが出来たのではないでしょうか?
カルナック神殿の光と音のショーは凄かったのでしょうね。私が訪ねた30年前はそのようなイベントはなくてこれが見れたのは羨ましい限りです。

船上でのベリーダンスはこのような女性の姿をイスラムの国でみるなどとは当時は思ってもいませんでした。私も若かったので舞台に上げられてベリーダンスを踊った(踊らせられた)記憶があります😅

素晴らしい体験記、ありがとうございます。次も楽しみにしています。

omoromachiさん!コメントありがとうございます。
旅先で、突然引っ張り出されるというか、誘われて晴れ舞台に出ることがありますね。私も、トルコ旅行の際、革製品(革ジャン等)のファッションショーで舞台に上がらされ衣装をまといモデルまがいのポーズで歩いたことがありました。恥ずかしかったけどいい思い出です。光と音のショーで感じたのは、3000年前の漆黒の闇の中での光の効果です。
神殿だけが炎に照らされ神々しく輝いていただろうと想像し、庶民はそれを見て王族や神官などを否が応でも畏れ多い者たちと感じたのではないか思いました。

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