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2020年4月

2020年4月24日 (金)

コロナ禍で不安を掻き立てられる最中だけれど一縷の希望が見えた!

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我が家の楓の若葉と青空

こんな禍の中で希望などと云うと不謹慎だとお叱りを受けるかもしれないけれど、Sponichi annexのニュースを見て前途に光が射したのだ。

インド・ニューデリーでこの3月25日からロックダウン(都市封鎖)が開始されたのだが、スモッグが激減したというのだ。

ニュースの見出しは「ロックダウンでインドの自然環境が劇的な改善、スモッグ消滅」だった。

具体的な数字として空気中の微粒子状物質PM2.5が22%減少し、さらに二酸化窒素濃度が15%ダウンしたという。

モヤが晴れ渡っただけでなく、ガンジス川の水質までもが改善したようだ。

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2005年3月 インド・バラナシのガンジス川にて

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地球環境の悪化はもう後戻りできないのではないかという将来への危惧が常にあった。しかし、ここに来てコロナ禍による工場などの操業停止をはじめとする人間活動の減少が生じさせた結果なのだが、人間のやりようによってはまだ環境の保全が可能なのだということをインド報道は示してくれた。暗い現実が取り巻いているが前途に光明を見出したような思いになった。

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もちろんコロナは猛威を振るっている。

インドで3月25日時点では700人弱であった感染者が、一ヶ月も経たない4月22日には2万178人となり、2日前よりも2,500人近く増加した。(読売新聞オンライン 4月22日)

ちなみにアメリカは82万5,306人の感染者と4万5,675人の死者とひどい状態だ。

 

こんな惨状であるにも関わらず、光が射したなどとふとどき発言をしたのは先の個人的な感想とともにワケがある。

実は、たまたま放送大学の『「人新世」時代の文化人類学』第二回講義を視聴したばかりだったからだ。(BS放送大学4月11日録画)

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放送大学は、無料で視聴できる。

科目テーマごとに15回に渡って講義があり、なかなか面白く基礎的であるがしっかり体系的に学ぶことが出来る。私は、年度初めなどに番組表(カリキュラム)を見て興味あるものを録画し、気分が向いたときに視聴するのだ。決して単位を取れるような見方でもないしテンポじゃないけれど。少なくともTVニュースを視聴するだけより納得したような気分になる。

この4月に始まった講義ではこの「人新世」に加えエジプト旅行の繋がりで「中東の政治」を選択し毎週予約で録画セットした。

ともに大変面白い。

「人新世」第二講でどんな話を聞いたかというと、現在の地球温暖化や種の絶滅の危機など環境に関わる問題の始まりと現在についてであり、なによりも人による地球環境改変を放置できないという話だった。

歴史上この危険な地球環境改変が推し進められたのは18世紀後半からの蒸気機関活用と工場制生産システムなどが急展開した産業革命や資本主義体制の確立以降だった。

さらに改変の大加速化が始まったのは第二次世界大戦後の1950年代であり、改変のカーブを右肩上がりの急上昇にしたのが1990年代に始まったグローバリゼーションだというのだ。

この推移をグラフで見ると取り巻く環境について改めて恐ろしくなるほどよく分かる。放送大学の話の中でもグラフが使われていたが見づらかったので別のグラフで見てみよう。

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国連人口基金ホームページより:世界人口推移

1950年と2011年の比較でも世界人口は3倍近くになっている。

エネルギー消費量を見るとまさに似たような曲線を描く。

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NIRAエネルギーを考える未来の選択・エネルギー消費量の変化

18世紀半ば頃から上昇が始まり、20世紀に入るやとどまるところを知らなくなる。

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「人新世時代の文化人類学」より

二酸化炭素濃度を見てみよう。

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1960年から2015年までのCO2濃度と気温の変化グラフだ。(日刊温暖化新聞アーカイブより)

そして動植物の絶滅はどうなっただろうか?

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学研キッズネットより

100年前までは絶滅する生き物は一年間で一種類だったのに。今じゃ40,000種だという。

恐ろしい。

こんな話をじっくり聞かされたので、インドでのできごとは病で苦しんでいる人が居るとは言えど朗報に聞こえてしまったのだ。

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我が家の玄関前に咲く「都忘れ」

ところで、「人新世」ってなんだろう。ブルーレイを早戻してもう一度見てようやく少しわかった。

ちょっと大ごとだった。前にも触れたように人類の活動が地球に対して、大きな影響を与え地球環境の改変までしてしまっているのだが、それが地球の地層レベルまで達し、地層に跡が残るというのだ。私もそこまでのスケールでは考えてもみなかった。

そこで改めて地質年代を見て何となく分かった。古生代カンブリア紀とかジュラ紀などは聞いたことがある。ジュラ紀などはアンモナイトの化石などが多産する地層として覚えていた。その流れの中で「新世代」という区分に行き着く。そして新しい地質時代としての「人新世」に続くようだ。放送では「人間活動の地球への影響を表した概念」と説明していた。

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満開になったドウダンツツジ

講義の中でもう一つ興味を引く話があった。

1990年代に人間の活動がさらに急激な地球環境改変を進めたのは、その当時に台頭してきた新自由主義とそれによるグローバリズムのようだ。

そしてそれぞれの定義が面白い。

新自由主義とは「最小限の政治組織による最大限の統治」であり、グローバリズムは一般論としては地球共同体主義的に理解されてもいいものなのだが、実態としては「地球市場の統合化であり、富と権力の集中による経済格差、弱肉強食化を産み、貧困層が使い捨て労働化され(不安定な雇用・労働状況における非正規雇用および失業者)、そして経済を最優先するばかりに社会、文化、福祉をおろそかにするイデオロギー」という事のようだ。

アメリカではコロナの犠牲者の総数は初めにも触れた通りであるが、その中身を見ると犠牲者の多くは黒人であったり、ヒスパニックの人々だ。

昨年のハリケーンの犠牲者の多くも同様だったと聞いている。

日本で言えば、小泉内閣の時の行政改革も新自由主義の流れの中で断行された。郵政改革のみならず今問題になっている保健所や医療機関の統廃合などもその流れに続く。

どうも、今の流れは地球や人類という大きな枠組みのみならず、日々の暮らしにもよくないようだ。

コロナ明けにどうなるだろうね?せっかくの光明も従来の流れが変わらなければ風前の灯のようにかき消されるか?そのまま流され藻屑となるか?いや消されたくないし、藻屑にもさせたくないね!

 

 

 

 

2020年4月17日 (金)

ひたひたと、深々(しんしん)と、いや粛々と(?)飢えが迫っているのじゃないよね?

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(株)ミツカンの納豆 帯フイルム

 

我が家では朝食時に海苔や目玉焼き、ウインナーなどと並んで納豆が食卓に並ぶことが多い。

もちろん、これが常に全部揃っているわけじゃない。

昨日の朝、その納豆について奥様が言っていたことに驚かされた。

スーパーで買い物していたら「納豆は一家で2パックだけ」という張り紙があったというのだ。

マスクに始まり、トイレットペーパー、そして体温計が陳列棚から消え、さらに除菌スプレーと続いていたが、この流れから、いずれ食品も必要なものが手に入らなくなる日が来るのではと思っていた。そうなると弱者は飢えてしまう。

早その日がやってきたのか。

今感じるのは、歴史の中で人々を苦境に追いこむことが何度もあったが、今回もそんな事態の一つにカウントされるのかもしれないということだ。

でも、もしかしたら、始まりはいつもこのようだったのかなと現在の私たちを取り巻く状況を見て思う。

緊急事態だと警鐘乱打されており、直接の罹患者や商売が立ち行かなくなった人々はかつてなく大変な思いをしているのは確かだが、そうでない人々にとっては家に引きこもらされた不自由、あるいは必要なものが買えないなどの不便を感じていることは間違いなくとも、明日の自分がどうなるかというような逼迫した不安は、まだそれほどに感じていないかもしれない。

多分、日中戦争から始まった第二次世界大戦の時も、そうだったのではないだろうか。

大きな変化は忍び足でやってきて、気が付くと渦中にあってどうしようもなくなっているということだろうか。

ひたひたと、深深と、やってくる。怖い怖い!

菅さんに「粛々」と強権的貧窮化政策を執行されてはもっと困るけどね。

 

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朝日新聞4月15日付朝刊2面

コロナ禍により人間がウイルスに襲われ人々の交流も絶たれ、経済も破壊されようとしているみたいだ。

健康保険をめぐる事情が日本とは違うアメリカや政情不安定な国が多く存在するアフリカ大陸にもしウイルスが広がったら大変な事態になると2月頃から言われていた。それがまさに現実化してきている。

アメリカでは今の時点で1700万人もの失業者がいるそうだ。日本でも急増中だ。

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朝日新聞4月15日付朝刊一面

IMFの経済見通しでも言っているように1929年秋のニューヨーク証券取引所の株暴落に始まり1930年代まるごと人々の疲弊・貧窮を招いた大恐慌に匹敵する世界同時不況が始まったんじゃないだろうね。

杞憂に終われば良いのだが食料調達困難も「中(あた)らずといえども遠からず」とならないとも限らない。

その兆しが納豆限定販売じゃなければ良いのだがね。利幅の少ないビジネスは海外へという動きの中で食糧自給率が下がっていることは事実だ。大豆の輸入はどうなった?

お上の言うことが二転三転することもパニックを招き、品薄状態を作りかねない。

二週間で沈静化するはずがプラス10日になったり、小さな布マスクを一家に2枚で国民が喜ぶだろうとアドバイスする官僚がいたり、所得制限を設けての30万円給付かと思ったらそれを反故にして全ての国民に一律10万円給付に切り替えたりと朝令暮改もいいところだ。(先ほどニュースを見たら麻生のお父さんが10万円の扱いについてまた違ったことを言い始めていた)

これに加えてアドバイスする官僚の頭でっかちで世間知らずが星野源さんとのコラボをめぐってさらけ出されたね。

いいかげんにしろと言いたくなるが、でも不思議なことに支持率は下がったと思うとまた上がるのだね。

この10万円給付についてある大学教授が良いことを言っていた。

今回の措置は金持ち家族だろうと、たった今食べることさえ苦労している人たちであろうと同じように給付するというものだと伝えられているが、(これを麻生さんがそうじゃないと言い始めたのだが)教授は、この措置実施に合わせて税制を変えれば良いと仰っていた。どういうものかと言うと、累進課税の強化だ。

つまり金持ちの税率を上げて、低所得者の税率を下げることになる税率体系だ。そうすれば、所得制限・基準なしに10万円給付しても納税の際に金持ちに給付したものは高税率で取り戻せるというのだ。もっともだ。賛成!

やはり格差社会を放置してはいけないね。雇用が増えたといっても圧倒的に非正規労働者が増大しているし、年金受給可能年齢をいじくろうとしたりとよく見るとほっとけないことが多いな。そういうことが今回のようなウイルス蔓延やら経済危機などに直面したときに大変な事態に繋がる要素の一つでもあるからね。ホームレスの方のみならず、派遣労働者の方などが路頭に迷いつつあるとのニュースも流れている。

参考に累進課税の推移を下に載せた。

 

2015年~2019年 所得税率

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ブログ「神の右」より引用しました

1987年~1988年の所得税率

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1974年~1984年の所得税率

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最高75%の税率だったのが今は45%。

そして素寒貧から大富豪まで同じくかかる消費税が3%から10%へ。

くわばらくわばら!

社会の富は社会への還元も含めて適切に再配分されればいいと思うのだがね!

 

 

2020年4月11日 (土)

そこに立ちそこで考えたエジプト4500年の歴史、すごかった!

7日目。いよいよエジプトの最終日となった。

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朝6時30分:ホテルの部屋からの眺め

エジプトではどこも晴れわたり、殊に朝陽、夕陽に照らされる風景は絶品だった。

この日は一般開館前のエジプト考古学博物館に朝一番で特別入館できた。(旅行社の手配)

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エジプト考古学博物館正面

今、ギザに新規建造された大エジプト博物館がオープン前の大詰めに入っているところだ。この新博物館には古代エジプト考古遺物が10万点以上収蔵展示される。現在考古学博物館に収蔵されている遺物が移送されるのだ。そんな事を聞いていたので果たして現行の博物館に何が残っているのかと気になっていた。

しかし、大丈夫であった。ツタンカーメンの黄金のマスクも他の財宝もまだあった。

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オープンを待つ大エジプト博物館

ツタンカーメンについて私などがイメージできるのは恥ずかしながら黄金のマスクだけだった。だいぶ前、上野の森美術館でのツタンカーメン展に行ったが当時は噂になっていた呪いに惹かれただけだったかも。(2012年開催)

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考古学博物館入場券

マスクだけでも凄いと思うのだが、実際に遺跡を見て、また未盗掘で発見された宝物を見て17歳でなくなった王の、というよりも当時の王家(ファラオ)の凄さを思い知った。

驚いたのは玄室にあったという厨子だ。

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ツタンカーメンの柩・ミイラが納められていた厨子

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厨子が四重の入れ子構造であるばかりでなく人型棺も三重の入れ子なのだ。

しかも、見てわかるように金箔といい、構造といい今の時代に作られたといってもうなずける出来だ。

これが紀元前1352年に王が亡くなった後に作られたのだから3500年も前の製作品だということだ。

ツタンカーメンが同時代で異端視されていたがゆえに名も抹消され盗掘者にも気づかれず私たちが目にすることができるのだが、そうなると他の盗掘された正統派の王墓にはいったいどんなものがあったのかと思いを巡らしてしまう。

今となっては想像するしかないのだが。

でも、発掘された造形品には魅力的なものがたくさんあった。

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現代のアニメに登場してもおかしくないね。

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この像など縄文土器に似ているではないか。

他にも動物のミイラなども展示されていた。

ゆっくり館内をめぐり、昼食後にピラミッドに向かった。

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近づくと。

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なかなかすごい。私たちはこの岩を登りピラミッドの中に入った。

狭い上昇通路を抜けると大回廊に至った。なかなかの急坂で大変であった。

帰り道で狭いところにさしかかり頭を二回も打ち付けてしまった。(まあ、思い切りでなくひょっと頭をもたげた時だけど)

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馬や駱駝が一生懸命働いていた。

ここで旅行社の計らいがあって民族衣装ガラペイヤが配られ羽織ることになった。

アラブの民となったのだ。

その時、思わぬことが発生した。

近くにいた姫君たち三人が次々一緒に写真を撮ってくださいと願ってきたのだ。

ここのところ女性からそんなことを言われることは久しくなかったのだが、まさにエジプトの青天に鳴り響く霹靂(急激な雷鳴)だった。

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まあ、自分で見ても現地の人だね!

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じっくりギザを楽しみ勉強して、最後の夜はカイロ市内の市場で過ごした。

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コロナ禍が寸前に迫っていた時だった。

それにしても、世界で、日本で大変な事態が展開している。

しばらく徘徊は自重しよう!

 

2020年4月 3日 (金)

コロナの猛威はエジプト・ピラミッドをも閉鎖させた!そこに私たちは少し前にいた。

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エジプト6日目。

私たちはアブシンベルから車でアスワンに戻り、空路カイロに向かった。

夕食後、ギザのホテルにチェックインした。

その夜、ピラミッドを舞台にした音と光のショーを楽しんだ。

ピラミッドやスフィンクスにライトやレーザー光線を照射し画像や文字を浮かび上げらせるものだ。

荘厳な一時を過ごすことができた。

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ところがである、WEBNEWS(3/24)で驚かされた。

エジプト当局はコロナ対策のために3月23日からピラミッドを含む観光施設を閉鎖したというではないか。

31日のニュースではピラミッドが私たちの楽しんだ光と音の舞台ではなくレーザー光線による「コロナウイルスと闘う人々との団結と連帯」のメッセージが投影・照射されるスクリーンとなった。

(メッセージは以下の文章)

[Stay Home、Stay Safe、Thank you to those keeping us safe]

エジプトでの新コロナ感染者の最初の一人は私たちが滞在した2週間後に発表された。そして二人目は3月2日。このふたりは外国人だった。3月5日になって初めてエジプト人の発症者が出た。そして3月末には発症者数は656人にもなってしまった。3月25日からは夜間の屋外移動禁止が発表された。これに違反したということで数百人が逮捕されたというから驚く。

少し時間を巻き戻そう。

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アスワンに向かうハイウエーは砂漠を貫ぬく一本道

アブシンベルからアスワンへは280kmの道のりを3時間30分かけて走った。

その間、ほとんどが砂漠であった。砂漠といっても写真のとおりで乾燥した大地が広がり、所々に岩山だろうか小高いところがあった。

しばらく行くと道路脇にパトカーを止めて軽機関銃を構えた兵士のような人たちがいた。

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日常では「軽」とはいえ機関銃など間近に見ることのない日本人は法を犯していなくても緊張する。

一見強面の彼らだったが、すごくフレンドリーだった。

カメラを向けるなどとてもできないと思っていたところツーショットをオッケーしてくれたり、嬉しそうにモデルになってくれた。さらに蜃気楼のビューポイントを教えてくれ、一緒に眺めた。

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向こうに見えるのは川でも、湖でもない、蜃気楼なのだ。

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アスワンハイダムを見学し、飛行機で最後の滞在地カイロに向かった。

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さあ、エジプト滞在は明日までだ!

 

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