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2020年7月

2020年7月31日 (金)

リュウゼツラン~数十年ぶりに開花した・・・見てきたよ!

リュウゼツランが数十年ぶりに開花したと新聞に出ていた。

でも、名を聞いただけでは何もイメージが浮かんでこない。

私はこの植物名を知らなかった。

我が連れ合いは知っていた。とても珍しい稀なる現象のようだ。

それでは、行ってみようということになった。三密を避けることは当然とし、マスクをしっかり付けて車に閉じこもりながら行ってきた。

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まずは、どんな植物だろうか?

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これか!

公園など少し広い庭園に行くと、よく見かけるではないか。

でも、花など見たことはなかった。

メキシコ原産で英語ではセンチュリープラントと呼ばれているという。

まさに「世紀の植物」・・・100年に一度花を咲かせる・・という意味を含んだ名前なんだ。

それではどのように花を咲かすのだろうか。

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遠目に見た時、上手く剪定された針葉樹の一種かと思った。

近づいてみて初めて分かった。肉厚の葉の間からニョキッと茎のようなものが伸びている。

そして、上部に一見、松かと思わせるようなものが茂っている。

実は、下の写真がその正体。

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どうも、花の盛りは過ぎたように見える。

数十年に一度とはいえ花を咲かすにあたり茎をこんなにも伸ばす植物など初めて知った。

聞く所によると、開花の決意が固まると一日に10センチほどずつ茎を伸ばし、場合によっては7~8メートルにもなるのだ。

そして劇的というか壮絶なのは花を咲かしながら根元に子株を残し、花枯れと共に本体も枯れ死するのだそうだ。

ちなみにこの驚くような伸びをする茎が酒造りに役立っているのだ。

メキシコの酒といえば塩を舐めつつ飲むと言われるテキーラ。この茎の基部の汁から作るんだって。

ついでに言えば塩を舐めるのは大酒飲みがつまみ無しでも酒と塩さえあればというのでなくて、塩を舐め唾液の分泌を促進して喉を守るためだそうだ。

なにしろこのテキーラのアルコール度数は35%~55%と法で定められているそうだ。55%はきついね。

ついでに私ごとだけれど、昔、今よりもうちょっと若い頃、中国雲南省昆明に行った時、白酒(パイチョウ)の50度をストレートで舐めた。飲んだのではないが一発で喉が燃え上がったかのようだった。

続いて北条氏の実家跡地へ

ここは伊豆の国市。

となれば2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で中心人物となる鎌倉幕府二代目執権北条義時が頼朝の妻となる政子とともに育った市内韮山にある館跡地を見ることとした。

現在は痕跡さえもないけれど、旧伊豆長岡にある守山を囲む広大な土地に館を構えていたようだ。

現在も国道136号線沿いにある成福寺などの境内もその土地の一部だったようだ。ちなみにこの寺の住職の苗字は北条なのだ。

守山の横を流れる狩野川沿いの屋敷跡地傍の公園駐車場に車を止めた。

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車は何台か駐車しているが外を歩くものは一人もいない。

狩野川は雨続きの中で増水したまま流れていた。

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この地、2年後の大河ドラマ放映時までにどのように変わっていくのかな。

あれこれ、自然をいじらないほうがいいと思うのだが。

跡地に立ち、来し方行く末に思いを巡らせばいいじゃないのかな。

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守山ふもとの館跡地とされているところ。

そして守山の登頂口。

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振り返り川原を見ると川には釣り合わないものが鎮座していた。

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なぜ、こんなところに井戸?

私も座り、じっと思いを巡らした。

 

2020年7月24日 (金)

さあ、GO TO 開花だ!

ひとしきり目を楽しませ、心を癒してくれたアジサイ群もこの間の大雨収束とともに開花期を終えた。

梅花以来切れ目なく庭を彩り続けた花々も、さすがに暑さを避けたのか人目に触れなくなったと感じていた。

ところが、なんと連休が始まった昨日の朝のこと、朝刊を出すため玄関を開けるや目に留まるものがあった。

赤い大輪が空を仰いでいる。タイタンビカスだ。蕾がついたのには気がついていたのだがまだしばらく先かと思っていた。

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一年ぶりの再会だ。

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深遠なのだが命短く僅か一日の美しさなのだ。

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そんなことを思いながら、手に持った新聞を見た。

一面トップに「感染拡大(全国一日最多795人 22日現在)、GOTOは開始」とあった。そして夕方(23日)の報道に驚いた。東京で366人の感染者が確認されたというのだ。これまでの最多だ。

まあ、商売がストップしていたら今後糧食を絶たれ、場合によっては経済的事情によって路頭に迷い、さらには命を失う事態に至る方々が続出する可能性もある。政府や財界などが手を打とうとすることはわかる。

他人事ではない!私も路頭を彷徨う一人かも知れないぞ!

しかし、GOTOも含め時宜を得ず二転三転しながら打つ施策が一つとして有効打とならず、ただ注ぎ込まれる税金の嵩がますばかりだ。来年度以降の税収減も含め財政逼迫は必死だと素人も考える。

おまけにと言うか、本筋である感染の終息が全く見えないという事態はどうなるのか。

まあ、旅が趣味の私達家族としては、終息してなおかつこのGOTO制度があるならば大いに活用したいところだ。

しかし、今、私の抑え難い欲求と雖もアンダーコントロールだ。

「Go to 開花」を静かに見まもりたい。(英語的に開花はcome into flower)・・・ヤフーニュースでgo to travelは英文法的におかしいという指摘があったので。(蛇足)

それで、庭と隣近所を巡った。

あったあった。

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七変化の花は数ヶ月にわたって咲いてくれる。蝶もアゲハのみならず多種が飛来し蜜を吸う。

夏の虫と言えばやはりセミ。

このところ曇天ばかりで陽が降り注ぐような日が少なかった為かいつもの年に比べセミの鳴き比べが聞こえない。

でも、見つかった。

五輪梅の葉の裏で幼虫の抜け殻が見つかった。

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俺もいるぞと姿を見せたカエル。

どこで生まれ育ったのやら。

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オシロイ花も季節感が漂よってくる。これは斜向かいの空き地に咲いていた。

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家の隅にも咲き始め、育ち始めの花草があった。

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側溝沿いでも咲き始めた。

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花を愛でつつ真夏を迎えるぞ!

 

 

2020年7月17日 (金)

温暖化のせい?盆栽系の木の成長が面白い!

木々がこのところ成長著しく我が家はジャングル状態だ。

温暖化の現れと説明されればそうかと納得してしまうのだが、例年に比べすごく伸びが大きいのだ。葉も多い。

桜も梅も、桃もそして花を咲かさずにシーズンを終えたツツジも一気に上背を伸ばし、葉を生い茂らせている。

アジサイの葉など、突然変異的に極大化した。

下の写真は普通に育ったアジサイと比較したもの。

左側が変異した葉、右側が近くで咲いていた紫陽花の枝葉を切って並べたもの。

葉の長さで2倍強、幅で3倍ぐらいだろうか。

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ジャングルというか、あれこれ混在し、どんな種の芽が伸びてくるか分からないという自然状態が私の好みなのだが、一方で木々は剪定してスッキリさせたいと云う思いも当然ある。

園芸本によると梅や桃は秋まで切ってはダメだと説かれている。

花芽を育てるためだ。切ると花芽が育たず、さらに新たな枝が延び放題になってしまうのだ。桜は言うまでもなく樹液が多く、この時期に切ると切り口から腐るそうで葉が落ちるまでダメ。

ツツジはというと前年花芽を切ってしまった失敗経験から剪定を控えているといった具合だ。

生育がよいのは、気温や雨量等が木々にはとても良かったのかな。

生物の北限がさらに北に移動しているみたいだけれどその証か?

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今年もオニユリが咲いた

そんな状況の中で、「えっ?」と不思議なことに遭遇した。

木々の先祖返りだ。

貝塚伊吹などは庭木として植栽され普通であれば鱗片状の葉が柔らかな手触りで生垣にいいのだ。我が家でもそうしてきた。それが、ある日突然トゲトゲに変身するのだ。我が貝塚も数年前に変異した。

今も、木の上部で育っている。

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やわらかな鱗片状の葉

これが突然下のように変異する。

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バラの刺ほどではないのだが触れると痛いのだ。

同じ木から出ていると思えない違いぶりだ。

この木はヒノキ科のビャクシンの園芸品種だそうで、自然種とは違い改良されたものだ。きっかけがあると先祖返りするのだ。

きっかけとなるのは剪定しすぎたり、水や日光不足、そして老木化などだ。

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盆栽から先祖返りして別物になった桃

上の写真は今年咲いた桃の花。

友人の母君からもらった時には上背が50cmほどの濃い桃色の八重の花を咲かす盆栽だった。

しばらくして地に下ろした途端、元気に枝が延び、それが主木となった。

すると新しい枝から全く別の花が咲いた。そして、面白いことに元の盆栽の幹は成長が止まり、ついに今年は蕾もつけなかった。

これは単純な先祖返りでなく、接木によって生まれた「接木キメラ」というものらしい。

台木と接ぎ穂の接点に生ずるもので親たちの中間的性質を持つようだ・・・・これは説明の通りだが、素人的に見ると台木が息を吹き返し接木を征したというのが本当でないのかな。

やはり先祖返りだ。

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今年はこんな実が豊作だ

そして、この週報に記録したいと思ったのは実は次の写真の楓だ。

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これはホームセンターで身の丈40センチメートルぐらいの時に購入し、盆栽でも良かったが最初から地に植えた。

今では3メートルほどになる。

これが不思議な成長過程をたどった。

まずは健やかに成長し、冬場には綺麗に紅葉した。

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切込が比較的浅い葉だ。そして紅葉もなかなかだ。

それが突然下の方から枝が伸びてきた。そして違う葉をつけたのだ。

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切り込み深くまさに「もみじ」が似つかわしい葉だ。

これは先祖返りなのだろうか。最初は徒長枝だろうと切るつもりでいたのだが、葉が違うので思い留まった。

面白い造形美を作り出している。

そして今年、さらに先々代まで戻ったかの葉が出現した。

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いや、自然に任せるというか、あるがままに  let it be!  は面白い!

 

 

2020年7月11日 (土)

特別養護老人ホームから緊急搬送の連絡が!期せずしてコロナの今を感じた!

突然、特養から「○○さんが熱を出し救急車で救命救急センターへ運ばれました」と連絡が入った。

○○さんとは義理の叔父だ。

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実は7年前に叔母が急逝し、叔父がひとり取り残されたのだ。

まだ70代だった。しかし、叔父は子供も含めて近親者がおらず単身生活を余儀なくされた。

あえて言えば義理の甥にあたる私と私の家族がいるだけだった。私の兄弟や従兄弟達はいるが一切繋がりがなかった。

つながりがあるとは言っても、私も日常的にはほとんど接点がなく、さかのぼっても10年ほど前から叔母との関係でたまに顔を合わせる程度だった。

その時点では夫婦お二人ともに年金をそれなりに受け取り、元気に悠々自適な生活を送っていた。

ところが、叔母が自宅で急死した時から状況は変わった。

その日朝早く、叔父から電話が入り、「警察の検死の立会が・・・」と言ってきたのだ。

なんのことかわからないのでとりあえず駆けつけた。

叔母がその日の朝、畳の上で倒れていたのだ。救急車を呼んだのか救急隊員もいて、さらに警察官もいたのだ。

既に死亡していたことから、結果として検死に立ち会うことになった。

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公園を歩いていたら、老人が倒れていた・・のでなくこんな仮面が。

それから数年、何事もなく過ぎた。4年前の5月頃だったか、今度は地域包括センターから電話が入った。

包括は、しばらく前から叔父をサポートしていたそうだが、交通事故絡みで相談したいとのことだった。

話を聞いて驚いた、少し前に一日に三ヶ所で交通事故を起こしていたのだ。幸いに人身事故はなく車やブロック塀を壊していた。

叔父は認知症がかなり進行していた。

ここから、地域包括と交通事故担当の警察官が私を連絡窓口にしてきた。

端折って話すとそれから数ヶ月の間に交通事故の処理は賠償も含めて済ませ、叔父の生活の場も特別養護老人ホームに移った。

この間つくづく感じたのは官公署の動きが私のそれまでの認識と違ったということだ。と言うのは一市民が単独で窓口に行っても「たらい回し」にされてしまいそうなことが、行政の者が出向して長を勤める包括支援センター員とともに動いたことから、あらゆる手続きが嘘のようにスムーズにできた。

叔父は健康保険証から免許証、預金通帳など全てなくしていた。

健康保険証など窓口に行ってすぐ再発行され、嘘だろうと思ったのは銀行預金通帳再発行及び印鑑変更も行ったその日のうちにできたのだ。

私は血のつながりのない三親等の姻族だけれど近親者として成年後見人のような役割を担うことになった。

そして今回の緊急搬送。

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運ばれたのは病棟がいくつもある大きめの病院。

たまたま行ってコロナ感染の今を実感した。

先ずは受付窓口に行くのに正面玄関を使えなかった。

警備室で検温などをしてからでなければ入れないのだ。

それもその筈。

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私は「当院からの要請」ということで入った。

それでも警備室の裏の方で待たされた。その時もこんな張り紙があった。

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カタカナ言葉は好きでないけれどソーシャルディスタンスはわかる。

帰りに遅い食事を取った。

ラーメン屋に寄ったのだが、そこにもこんな張り紙が。

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私が案内された席は、4人席のカウンターだった。真ん中の二つの席に上の張り紙があって両端のみ座れるようになっていた。

ピリ辛味のつけ麺は美味しかった!

話は戻って、しばらく待って担当医と会った。

病状は分かった。でも、あす一番でやることはコロナの検査だということだ。

そして医者に言われて驚いたのは、いきなり「延命措置はどうしますか」という問だった。

そんな病状かと聞いたら、検査いかんでどうなるかわからないので聞いたとのことだった。

まあ、最善を尽くしてくださいとしか応えようがなかった。

それにしても、感じたのは独居老人が増えており、その中には認知症を患っていらっしゃる方もいるのだが、どうサポートしていくのかだ。

事実、7月3日のニュースで警察庁発表として昨年中の認知症の行方不明者が前年より多い1万7479人だったと報道された。しかも遺体で発見された方が460人もいたということだ。

深刻な事態だ。公的機関や制度がしっかりすることは勿論だが地域住民の中でもなんとかしなくてはね!

すぐ答えがでないけれどね!

 

2020年7月 3日 (金)

日本の総天然色映画は「カルメン故郷に帰る」(1951年)からだって!テンポも良くて映像も綺麗だよ!

一部の古い映画を見るとシネマスコープだとか総天然色などタイトル表示の前に但し書きのような文字が出てくるものがある。

何なんだろう?

イメージするとしたら今の新しいテレビ・・4Kだとか8Kとまでいかずとも、今より少し前のテレビで再放送ドラマを見ると画面の両端が切れた正方形に近い画像が映されているのを見たことがあるよね。昔のブラウン管テレビ用に制作されたものだね。

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サザエさんのポスターから イーストマンカラー 総天然色

イーストマンカラーとはコダック社が1952年に発表した映画用のカラーフィルム。

映画館ではこのテレビの横長ディスプレイへの変化より先に映写スクリーンがそれまで続いた正方形に近いものから横に広く伸ばされたシネマスコープ用となり、特に西部劇など広い荒野を馬で駆け抜けるシーンなどで、よりリアルに感じさせ圧倒的な臨場感を獲得したのだ。

「総天然色」も映画がカラーだよというアピール。

今回は日本で初めての日本製による総天然色映画の話。

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前回1939年アメリカ製のカラー映画を見てその鮮明さと美しさに驚いたのだが、日本では1951年(昭和26年)になって、初の総天然色(カラー)映画が上映された。(純粋に日本製で作り上げた)それが「カルメン故郷に帰る」だ。まだ27歳の高峰秀子さんが主演をしている。

「風と共に去りぬ」を見て、昭和14年にこんな綺麗な映画が作られているのかという思いをし、日本はどうだったんだと気になっていた。

そんな時、今週月曜日の新聞に松竹映画の100周年が特集され、日本のカラー映画のことにも触れており驚いた。

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「カルメン故郷に帰る」は我が、録画ライブラリーに収蔵されていた。

2012年12月17日の録画だった。

NHKBSプレミアムで2011年4月から2013年3月まで放送された映画特集の中の一本だった。

その特集は「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」というもの。

家族編と喜劇編それぞれ50本ずつだ。

解説者として山本晋也監督が出演していた。

私も、この時は特集終盤近くなってこの番組を知ったようで、25GBディスクには2012年12月、翌年1月、2月の放映分3本が録画されていた。

その一本目が「カルメン」だった。参考まででに2013年1月は「豚と軍艦」(出演:長門裕之、吉村実子、南田洋子、小沢昭一等)2月は「夕陽に赤い俺の顔」(出演者:岩下志麻、川津祐介、小坂一也、平尾昌晃等)だった。

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「カルメン・・」(松竹映画)監督は木下恵介さん。

山本晋也さんが仰っていたとおり「この映画は、いよいよ戦後が始まるのだという日本人の気分をあらわした喜劇」だった。

新聞特集に戻れば、初めてのカラー映画ということでなかなか苦労したようだ。「明るさが白黒フイルムの4倍必要なため撮影時間は光量が豊かな午前8時から午後1時に限られていた」そうだ。

そのためかほとんどが外での撮影。場所は北軽井沢の浅間山の麓の村だ。昭和25~26年当時の軽井沢の周辺、そしてその地で暮らす人びとが描かれていて当時に思いを馳せた。

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カルメンたちはこの駅に降り立つのだが、彼女たちをここまで乗せてきてくれたのはトロッコ電車。

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この頃はまだ、各地ではSLが現役で活躍していたと思うが軽井沢を走る客車はトロッコと雖も電化されていたようだ。

少し見にくいけれど牽引する電車がすごい。

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駅から実家へはタクシーでなく荷馬車利用だった。

また、総天然色(カラー)といってもこの発色には相当苦労したようで撮影から現像まで職人的技が駆使されたようだ。

「風と共に・・・」もそうであったように、やはりこの映画でも同じように絵画を切り取ったような画面が随所に出ていた。

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ストーリーには触れなかったけれど、物語の流れやテンポ、そして画像の美しさも含め、とても楽しく鑑賞できた。

ちなみに山田洋次監督が選んだ100本のうち40本近くの映画が我が家のディスクに収蔵されていることも分かった。

あと数年続くかもしれないソーシャルディスタンス(カタカナよりも social distance 等の方が辞書を引きやすく、すぐわかる!)が求められる間に観ては感想文をこの電子版週記に書き留めていこう!

本日、東京都内で新たに124人ものコロナ感染者が出たそうだ!

えー?

 

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