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2020年10月

2020年10月30日 (金)

再び富士へ!でも、山は風まかせだった。だけど、行けば何かある!

先週、富士山の追っかけ行動を開始したばかりだが、はたと思いついた。

せっかくだから富士五湖の全湖岸から富士を眺め、撮影してみようと。

天気予報はあまり良くなかったが、まずは河口湖を目指した。

今回は違うルートをたどった。小山町(静岡県)からの峠越えだ。

ディスタンスはオーケーだ。

人は道路工事のおじさんやらお兄さんだけで他に見当たらない。

車もたまにすれ違うだけだ。

富士山が見えてきた。後続車もいないので少し停車し、フロントガラス越しに撮影した。

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一週間で雪が幾分か増えたようだ。

これなら、いけるかな。期待がいや増す。

ところがである、峠を越したところで仰ぎ見た富士山は異形だった。

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ほとんどが雲に覆われていた。指で掴まれているかのようだ。

車を進め峠を下ると湖畔につながる道との交差点に出た。

筋向かいに看板が見えた。「山中湖 花の都公園」とある。

一気に頭を切り替えた。雲に覆われた富士山では河口湖に行っても思い描くようにはカメラに収まらない、迷う事はない、行くべきは「花の都」と即断した。

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初訪問だ。こんな所があったのだ。

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訪れている花見客もいたが、100平方メートルに4~5人ぐらい、つまり花園の人は点在するのみで安全は確保されている。

こんな二人連れもいらっしゃった。

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花に振袖、いいじゃないか。

この公園は30万平方メートルもの広さがあるのだ。

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派手さはないけれど、季節ごとに花を愛でたり、ゆっくり散策するにはいいところだ。

奇抜ではないが自然と人工を織り交ぜた癒しの場になっている。

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北海道富良野を思い出した。

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渓流に少し手を加えた滝。

園内をゆっくり散策した。

空気は冷たくなっているのだが、少し汗ばんできた。

久しぶりにソフトクリームを食べた。

🍦 🍺 🍦 🍺 🍦 🍺

酒飲みなのだが甘いものも受け付けるのだ。

車に戻った。

雲はまだ富士山から離れきれていない。

河口湖は次の機会にしょうと思い「花の都」を後にした。

ちょっと進むと山中湖畔への道先案内が見えた。

決めた!! 山中湖に再挑戦するぞ。前回の東側とは反対の西側から臨むことにした。

 

富士山方面を見渡すと、天孫降臨の直前だ。光輝が放射状に湖面を照らしている。

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でも、雲は動く。待ってみよう。

そして角度を変え、さらに頭も変えると別のものが見えてくる。

水辺りに沿って遊歩道が続いていた。

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湖上には白鳥型遊覧船が浮かぶ。

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岸辺では本物が優雅に横切る。

人に慣れているのか恐れを知らないようだ。

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富士に雪が見えるというのにマリーンスポーツだ。

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楽しそう ❗

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先週には見えなかったものが見え、改めて山中湖を見直した。

雲も少しながれた。

これはこれでなかなか趣がある。

今日も良かった。

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 山中湖データ:富士五湖最大の湖。面積6.57k㎡ 周囲14km 

湖面標高980.5m 水深13.3m。

所在地:山梨県山中湖村

 

 

2020年10月23日 (金)

富士山に雪が見えたぞー! そばで見たいー!

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十里木高原にて(静岡県裾野市)

 

日曜日、天気予報では関東も、東海も曇りだった。

空を見上げると一面を雲が覆っている。

でも前方に見えたのだ!

頭に雪をかぶった富士山が見えるではないか。

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十里木から見た富士山の頂き

 

秋の空なのだ。

「天高く馬肥ゆる秋」なのだ。本来は澄み渡って高く晴れてということのようだが、雲も高いところにあるのだ。

低いところにも雲がたなびいていたが、天空を覆う厚い雲は3776メートル以上にあったのだ。

そのため富士山のてっぺんが見えた。

見つけたからには、もっと間近に見たくなった。出掛けることにした。

東名高速道路裾野インター近くから十里木を目指した。

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途中の道路は森を切り開いて出来たような感じ。

真っ直ぐばかりでなく九十九折のようなところもあった。

森や林を抜ける間は富士山は一切見えない。

そして時々ぱっと開ける。

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十里木高原ではトップの写真のような富士が見えた。

もっと良いビューポイントがないかと進んでいったところ十里木別荘地に入り込んでしまった。

大木が林立し何も見えない。

さらに樹海を進むと、大海原を越えたわけでないのにイースター島に着いてしまった。

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なかなか立派な面構え。

迷路のような別荘地で右往左往しても富士山を見るという目的は達成できない。

そこで富士五湖の東端に位置する山中湖を目指すことにした。

カーナビをセットすると40分ぐらいで着くと表示された。

ここからは、全く初めてのコース。何処を走っているか皆目見当がつかない。

でも、ところどころで富士山を仰ぎ見ることができた。

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しばらく行くと篭坂峠に通ずる道に出た。

ここからは知っている道だ。

登山道須走口のある富士浅間神社富士山東口本宮で少し休んだ。

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ここからの富士山はまた違った趣だ。

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あとしばらくで山中湖だ。

着いた!

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そして、湖を右回りに少し回ると富士山が見えてくる。

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そして陽は沈んだ!

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思い切って、来てよかった!空には三日月が!

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2020年10月16日 (金)

総合的、俯瞰的あるいは鳥瞰的に見てみると路傍の花は美しいのだ!

この前の日曜日、台風一過の昼下がりだった。夫婦で近場を歩いた。

勿論、マスクを携えて。

お互いに体脂肪、内臓脂肪が気になっていたのだが、ウオーキングというほどには力まず、ゆったりと散策することにした。

どうせなら、道端の花々を観察しながら行こうと歩き始めた。

歩いてみて改めて歩道や花壇の手入れが行き届いていることに驚いた。

心意気ある方々のまごころによるところだろうか。

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ショッピングセンターの入口に咲いていた向日葵

しっかり前を見て脇目も振らずでなくて、総合的俯瞰的にのんびりとあたりを見渡しながら歩を進めた。

道端に咲く花々は生命力旺盛だ。

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車道と歩道の間に芽を出した花。たくましい。

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コンクリートとアスファルトの間が住処だ

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こんなに狭い石の間で一輪咲く

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住宅街でも塀越しに花が

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まあ、何事も総合的かつ俯瞰的に見ると普段見えていなかったものが見えてくるもんだ。

私などは歩くことより車での移動が多い。

車窓からの流れる風景や、バックミラーに映る去りゆく景色などと、歩くことで見えてくるものとはすごく違う。

ところで最近、「総合・俯瞰」を話に混ぜて、煙に巻くみたいなことが流行っているようだけれど、今回の私は散歩スタイルを表現するために使った。まあ、普通、散歩のことではあまり使わないと思うけどね。

でも、本当はどういうことなのかな?

先ずはオーソドックスに辞書からアプローチしてみるか。

❰広辞苑❱

[総合] ①個々別々のものを一つに合わせまとめること。

   ②原理から出発してその帰結に至ること。

   ③弁証法で、相互に矛盾する定立と反定立とを止揚すること。

      ✳(定立とは ある命題を肯定的に提出すること。)

[俯瞰] 高い所から見おろすこと。全体を上から見ること。

❰明鏡国語辞典❱

[総合] ①広辞苑と同じ

   ②哲学で、いくつかの要素を結び合わせて、一つの全体に統一すること。また、その結果。

[俯瞰] 広辞苑と同じ

とりあえずは日本語としては分かった。

最初この言葉を耳にしたのは10月5日のTV ニュースで首相がインタビュー問答の中で、この言葉を5回も繰り返し使った時だった。6人を任命しなかったことについて「総合的、俯瞰的活動をする観点から判断をした」と説明した。

最初は、自らが結論を出した方法論、ざっくばらんに自身の選択観点として言っているのかと思った。しかし、報道のしかたにもよるのだが徐々に変化し、選ばれる対象に求める資質と行動のあるべき姿になっていった。そして、さらに変化し続け「学術会議」の組織問題になってきた。

説明の変化は次のように表れた。「総合・俯瞰的」とは「広い視野に立ってバランスの取れた活動を行い、国の予算を投ずる機関として国民の理解をいただく存在だ」(10月9日毎日新聞、朝日新聞、時事通信第二回グループインタビュー)と言うように。

でも、新聞報道などで見る「粛々」とだとか「スピード感」を持って「善処します」などと同じように、具体性に欠け、どのようにも解釈できたり、あるいは無視しても構わない単なる枕詞、責任のない決まり文句のように聞こえてしまうなあー。

巷間ささやかれ始めた流行語大賞候補として確定するかなあ?

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果実もたわわに

鳥瞰といえば驚かされたことがあった。

スーパーマーケットの前に差し掛かった時だ。

小鳥たちのさえずりがただ事でないように聞こえてきたのだ。

上を見ると電線に何十羽もの小鳥がびっしりと止まっていた。

さらに近づいて吃驚した。

車が出入りするゲート脇の並木に、電線上どころでない数の鳥が、ひしめくように止まり、飛び交っていたのだ。

さえずりは、「ピーチクパーチク」どころでなく「ピチピチパチパチザワザワ」とメロディもリズムもなく楽器が一斉に奏でられているかのようだった。人やら車など物ともせず気ままな様子だった。

まさに鳥たちが天高いところから鳥瞰して自分たちの居場所を見つけたのだろう。

歩道と車道との間の花壇

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可憐だ!

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そう言えばユーチューブを見ていたら「粛々」おじさんについてあれこれのコメントが入っていた。

一番、面白かったのは権力を恐れない浜矩子さんの弁だ。

時の首相を捕まえて、再びその政策に命名した。「スカノミクス」だ。面白い。

この名を思い付くに至った怒りの大元は首相就任直後に発した「自助、共助、公助」についてだった。

ある方は「公助」の最高責任者でありながら「まずは自助」を掲げる首相に対し怒りを覚えると語っていた。そして憤りはそのままに、続く発言で「では、みんなが自助で生きられるような社会にしてください」と要求し提起されていた。ごもっとも!

浜矩子さんはもっと痛烈。現首相は「弱いものいじめが濃厚で許しがたい」と言い「スカノミクス」は怒りを込めてのネーミングだと語っていた。

「まずは、自分の力でなんとかしろ、それがダメなら身内を頼れ、それでも、どうしてもダメなら、しょうがないから政策で何とかしてやる」という考えだそうだ。

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すごい葉だね

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これは実なの?

首相等がこの考え方に至る根拠は文部科学省が理解する「共生社会」があるようだ。

「『共生社会』とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人びとの多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。」(文部科学省 共生社会の形成に向けて・・・冒頭部分)

一見尤もな一般論を述べているようだが捉え方によってはハンディを抱えたものであっても自発的に自助的に「積極参加・貢献」していくということがひとり歩きしそうにも見える。

浜さんも共生社会を訴えている。

でも、文部科学省と一緒にされるのはあまりにも心外!と仰って、自説をお話なされた。

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浜先生の解説。(yahooニュース FLASH 10/12配信)

” 共生・・・共に生きるとは

 ○他人の苦痛に思いを馳せて涙する 「共感性」

 ○江戸時代の長屋社会のような 「開放性」

 ○人びとが相互に受け入れ合う 「包摂性」

 ○多様な人びとがお互いに頼り合う 「依存性」

この四つの条件が満たされた社会で受容し合いながら生きていくこと。”

でした。

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コスモスも見つかった!

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歩くとまだまだ発見があるな! 路傍の花は美しいぞー!

 

突然ですが、さっき聞いたニュースだけど、福島の原発廃棄物処理水が海に流されるんだって?

共生できないじゃー!!

2020年10月 9日 (金)

思いがけず坂口安吾を読むことになった!お久しぶり!

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夕焼けに染まる富士山・・箱根を下山して伊豆ゲートウエイから

思いがけず坂口安吾との出会いがあった。

前の週に、いつものことであるが溜めどりドラマを見た。

このところ刑事ものが続いた。見終わったばかりの番組は東山紀之が主人公の「刑事7人」だ。

今回は素人である私にもよくできた筋立てだと感じることができた。

基本的には一回完結話なのだが、初回の事件が全九回分の伏線になっており個別の事件が解決するものの謎が深まっていった。

初回に警察車両から盗まれた書類と各回で発生する殺人事件ごとに現場に残された数字が絡んでいた。そして大団円を迎える。面白かった。

これまで「捜査一課長」や「未解決の女」「絶対零度」など刑事ものを見てきたが捜査目が肥えてきたかな。

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伊豆ゲートウエイから

坂口安吾に戻そう。

ドラマを見終へて明日からは何を見ようかということになった。

夫婦の議論が深まり答えが出た。久しぶりに芝居を見ようということになった。

ひとつは野田秀樹にしよう。そしてもう一つは少しお気軽に中井貴一や吉田羊の演技を見ようかということになった。

それが「贋作 桜の森の満開の下」と「風博士」だ。

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見終わるまで坂口安吾作だとは頭の片隅にもなかった。

エンドロールにいたり、気がついた。なんと二作品とも彼の作品が元になっていた。

「贋作 桜の森の満開の下」は「桜の森の満開の下」(1947年6月初出)と「夜長姫と耳男」(1952年6月初出)の二作品が原作になっていた。ともに終戦後の作品だ。

そして「風博士」は1931年12月初出の同じタイトルの作品。昭和で言えばまだ6年。坂口はこの作品で高い評価を得たようだ。

まあ、そういうことだが野田秀樹さんは演出もしながら俳優としても出ていた。

限られたスペースの中で物語のあれこれを表現する手法にはいつも感心する。

また、二つの原作から得たインスピレーションを昇華し舞台で表現する・・すごいものだ。

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桜と鬼、長い紙を使って風や野を表現し話が進んだ。

もう一つの「風博士」は台本を劇作家の北村想さんが書き、演出は寺十吾(じつなし さとる)さん。

時代は敗色濃い戦時中。大陸中国。中井貴一や吉田羊の舞台での芝居は初めて見た。面白かった。

そして、この御縁から坂口安吾を久しぶりにいくつか読んだ。

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風博士(16)、桜の森の満開の下(53)、堕落論(22)、続堕落論(22)、新しき文学(14)、安吾下田外交史(9)以上なんと6作品。

でも、そんなに大層なことではないのだ。タイトルの隣に括弧書きしてある数字はページ数なのだ。

短いのは9ページ、長くても53ページだ。これなら読める。

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これらタイトルは書店に行っても見つからない。デジタル庁が出来る前だけれどデジタル書籍で読んだのだ。タブレットで青空文庫を利用させてもらった。

とても素晴らしいコンテンツ。古典的な書籍を読もうと思ったらほぼ読めるのだ。

ありがとうございました。

「堕落論」は本当に久しぶりなのだが、改めて、書いてあることに「そうだなー」という感想を持った。

 

2020年10月 2日 (金)

手弁当で箱根の御山まで小トリップだ!

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東京発着のGO TO TRAVELが開始された。

観光地では期待半分不安半分だろうな。

経済を回すには、致し方のないことでもあるんだけれど、コロナがたいへん気になる。

テレビ報道で見られた駅や空港の人波に「大丈夫かー?」と声をかけたくなるほどだった。

私は、その事を見越してじゃないのだが、一足先の9月中にソーシャルディスタンスの理(ことわり)を遵守して、どこの売店・飲食店にも立ち寄らず弁当持参で、しかも密閉された愛車で箱根までの小ドライブを試みた。

9月28日には富士山で初冠雪が観測されたが、私が行ったのはまだ雪のない富士山だった。

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ススキが風に揺れていた。

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芦ノ湖に着いた。

穏やかな湖面に見惚れ、癒された。

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海賊船も運航していた。

乗船客もいたが、三密になるような具合ではなかった。

ただ、驚いたことに、というか、ありがたいことに外国からお見えになったと思われる方々が何組かいて、楽しそうに下船してきた。渡航が自由でない今だから、国内で働いていながら帰国できなかった人々かな。

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岸壁では何人かが釣りを楽しんでいた。

服装を見れば推察できるように風はかなり冷たかった。

私は、灼熱の下界からそのまま来たので、半袖のTシャツ一枚。

少し寒かった。

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小舟で釣り糸を垂れるのもいいね。

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思い立つ日が吉日。

危険を省みずでなく、相応の準備やら装備が整うならば蟄居生活でなくてもいいのだ。

病む前に動きはじめるか。

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 でも、気になることは間違いない。

五里霧中・暗中模索の私に伝わる川柳があった。

朝日川柳より 「大渋滞 二週間後の 棒グラフ」朝日新聞9月23日 (京都府 高橋真理さん作品)

道路に長く続く車列が途方もなく高い感染者数を示す棒グラフに見えた? 恐いね! 引き締めていこう!

 

たった今情報が入った、アメリカ大統領が陽性だって!

 

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