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2020年10月16日 (金)

総合的、俯瞰的あるいは鳥瞰的に見てみると路傍の花は美しいのだ!

この前の日曜日、台風一過の昼下がりだった。夫婦で近場を歩いた。

勿論、マスクを携えて。

お互いに体脂肪、内臓脂肪が気になっていたのだが、ウオーキングというほどには力まず、ゆったりと散策することにした。

どうせなら、道端の花々を観察しながら行こうと歩き始めた。

歩いてみて改めて歩道や花壇の手入れが行き届いていることに驚いた。

心意気ある方々のまごころによるところだろうか。

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ショッピングセンターの入口に咲いていた向日葵

しっかり前を見て脇目も振らずでなくて、総合的俯瞰的にのんびりとあたりを見渡しながら歩を進めた。

道端に咲く花々は生命力旺盛だ。

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車道と歩道の間に芽を出した花。たくましい。

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コンクリートとアスファルトの間が住処だ

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こんなに狭い石の間で一輪咲く

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住宅街でも塀越しに花が

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まあ、何事も総合的かつ俯瞰的に見ると普段見えていなかったものが見えてくるもんだ。

私などは歩くことより車での移動が多い。

車窓からの流れる風景や、バックミラーに映る去りゆく景色などと、歩くことで見えてくるものとはすごく違う。

ところで最近、「総合・俯瞰」を話に混ぜて、煙に巻くみたいなことが流行っているようだけれど、今回の私は散歩スタイルを表現するために使った。まあ、普通、散歩のことではあまり使わないと思うけどね。

でも、本当はどういうことなのかな?

先ずはオーソドックスに辞書からアプローチしてみるか。

❰広辞苑❱

[総合] ①個々別々のものを一つに合わせまとめること。

   ②原理から出発してその帰結に至ること。

   ③弁証法で、相互に矛盾する定立と反定立とを止揚すること。

      ✳(定立とは ある命題を肯定的に提出すること。)

[俯瞰] 高い所から見おろすこと。全体を上から見ること。

❰明鏡国語辞典❱

[総合] ①広辞苑と同じ

   ②哲学で、いくつかの要素を結び合わせて、一つの全体に統一すること。また、その結果。

[俯瞰] 広辞苑と同じ

とりあえずは日本語としては分かった。

最初この言葉を耳にしたのは10月5日のTV ニュースで首相がインタビュー問答の中で、この言葉を5回も繰り返し使った時だった。6人を任命しなかったことについて「総合的、俯瞰的活動をする観点から判断をした」と説明した。

最初は、自らが結論を出した方法論、ざっくばらんに自身の選択観点として言っているのかと思った。しかし、報道のしかたにもよるのだが徐々に変化し、選ばれる対象に求める資質と行動のあるべき姿になっていった。そして、さらに変化し続け「学術会議」の組織問題になってきた。

説明の変化は次のように表れた。「総合・俯瞰的」とは「広い視野に立ってバランスの取れた活動を行い、国の予算を投ずる機関として国民の理解をいただく存在だ」(10月9日毎日新聞、朝日新聞、時事通信第二回グループインタビュー)と言うように。

でも、新聞報道などで見る「粛々」とだとか「スピード感」を持って「善処します」などと同じように、具体性に欠け、どのようにも解釈できたり、あるいは無視しても構わない単なる枕詞、責任のない決まり文句のように聞こえてしまうなあー。

巷間ささやかれ始めた流行語大賞候補として確定するかなあ?

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果実もたわわに

鳥瞰といえば驚かされたことがあった。

スーパーマーケットの前に差し掛かった時だ。

小鳥たちのさえずりがただ事でないように聞こえてきたのだ。

上を見ると電線に何十羽もの小鳥がびっしりと止まっていた。

さらに近づいて吃驚した。

車が出入りするゲート脇の並木に、電線上どころでない数の鳥が、ひしめくように止まり、飛び交っていたのだ。

さえずりは、「ピーチクパーチク」どころでなく「ピチピチパチパチザワザワ」とメロディもリズムもなく楽器が一斉に奏でられているかのようだった。人やら車など物ともせず気ままな様子だった。

まさに鳥たちが天高いところから鳥瞰して自分たちの居場所を見つけたのだろう。

歩道と車道との間の花壇

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可憐だ!

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そう言えばユーチューブを見ていたら「粛々」おじさんについてあれこれのコメントが入っていた。

一番、面白かったのは権力を恐れない浜矩子さんの弁だ。

時の首相を捕まえて、再びその政策に命名した。「スカノミクス」だ。面白い。

この名を思い付くに至った怒りの大元は首相就任直後に発した「自助、共助、公助」についてだった。

ある方は「公助」の最高責任者でありながら「まずは自助」を掲げる首相に対し怒りを覚えると語っていた。そして憤りはそのままに、続く発言で「では、みんなが自助で生きられるような社会にしてください」と要求し提起されていた。ごもっとも!

浜矩子さんはもっと痛烈。現首相は「弱いものいじめが濃厚で許しがたい」と言い「スカノミクス」は怒りを込めてのネーミングだと語っていた。

「まずは、自分の力でなんとかしろ、それがダメなら身内を頼れ、それでも、どうしてもダメなら、しょうがないから政策で何とかしてやる」という考えだそうだ。

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すごい葉だね

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これは実なの?

首相等がこの考え方に至る根拠は文部科学省が理解する「共生社会」があるようだ。

「『共生社会』とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人びとの多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。」(文部科学省 共生社会の形成に向けて・・・冒頭部分)

一見尤もな一般論を述べているようだが捉え方によってはハンディを抱えたものであっても自発的に自助的に「積極参加・貢献」していくということがひとり歩きしそうにも見える。

浜さんも共生社会を訴えている。

でも、文部科学省と一緒にされるのはあまりにも心外!と仰って、自説をお話なされた。

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浜先生の解説。(yahooニュース FLASH 10/12配信)

” 共生・・・共に生きるとは

 ○他人の苦痛に思いを馳せて涙する 「共感性」

 ○江戸時代の長屋社会のような 「開放性」

 ○人びとが相互に受け入れ合う 「包摂性」

 ○多様な人びとがお互いに頼り合う 「依存性」

この四つの条件が満たされた社会で受容し合いながら生きていくこと。”

でした。

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コスモスも見つかった!

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歩くとまだまだ発見があるな! 路傍の花は美しいぞー!

 

突然ですが、さっき聞いたニュースだけど、福島の原発廃棄物処理水が海に流されるんだって?

共生できないじゃー!!

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今日は。一生懸命生きている植物たちをあらためて尊敬を以て
拝見させて頂きました。
2枚目の背高泡立草は、他のの植物の発芽を邪魔する
科学物質を拡散させて分布を拡げているのだとか・・
”自助”あるのみ。この自助のあり方・・生き残りの原点かもしれませんね。

10枚目も外来種のオキザリス。葉を畳む姿から日本では
"片喰み”(カタバミ)の名で呼ばれています。
路傍の植物がどれほど一生懸命生きているかを思うと
人間は・・・
人間はもはや園芸種植物ですね・・
水を与えられ、肥料を与えられ、自身を蝕む害虫の駆除も出来ない。
今回は本当に考えさせられました・・
そして一時代前の日本人の死生観にも思いを巡らせました。
きっかけを下さって有難うございます。

紫の実はたぶん刺繍菊(しもつけ)の実かと・・
さみし気な花です。
来年花季にはぜひupして下さい。

むうさん、コメントありがとうございます。
名を知らぬがたくましく生きる草花と見ていましたが、名を知り由来が分かるとまた愛おしくなって来ます。
刺繍菊の花も見つけてみます。

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