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2021年2月

2021年2月26日 (金)

富士五湖を制覇した!西湖は雪国にあった。🗻

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朝霧高原からの富士山

富士山に雪が舞った。

昨年10月下旬から始めた富士五湖巡りも年内には四湖を訪れることができた。その証となる富士山と各湖のツーショットを撮ってきた。残るお相手は西湖だ。しかも次は雪化粧の富士山と決めておいた。

寒波が襲来し富士山周辺にも雪が少しだけれど降った。さあ行くときだ。

でも、雪道だとだめだ。恒例の長野白馬スキー行きがコロナ禍で見送りとなったため、例年今頃にはノーマルから切り替えてスノータイヤを履いているのだが未だ夏仕様。そこで、行くのは道路の除雪が済んでからだと見計らい一週間後の日曜日に出発した。

朝霧高原からの雪も見たいと思い新東名に入り新富士インターから北に車を走らせた。

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朝霧高原にも雪が残っていた。

ちょっと心配になってきたぞ。

でも、ここまで来たら行くのだ。

しばらく前進し、精進湖を通り過ぎた。

右手に樹海が広がり、もうすぐ西湖入口に着く。

道の両脇に雪が多く残っている。

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こんな感じなら大丈夫。西湖入口についた。

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なんか道の上にも雪が残っているぞ。

まあ、経験から判断すると坂道でさえなければスピードとブレーキに注意して走ればなんとかなりそうだ。

そして、湖手前の野鳥の森公園に着いて驚いた。

そこは、雪国だった。

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でも、こんないいところがあったのだ。

初めて知った。

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ここを訪問できただけでも来たかいがあった。

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さあ、いよいよ西湖。

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なかなかいいぞ!

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静かな佇まいを見せていた。富士山は南側(静岡側)より北側(山梨側)に雪が多く見えた。

逆さ富士も見えた。

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他湖と違った美しさを感じさせてくれた西湖だったけど、実は大昔の話になるが、今から1157年前のこと、ここは「せの海」という広大な湖だったとさ。それが富士山の貞観大噴火(864年)があって、溶岩流が流れ込み、湖を二つに別けたのだそうだ。そして西湖と精進湖がうまれたのだという。それまでは富士四湖だったのだ。

それはともかく、来てよかった!

 西湖データ  面積 2.1平方キロ、水深71.7メートル

2021年2月19日 (金)

初春令月 気淑風和

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我が家で開花した紅梅

 漢文調のタイトルをつけてしまった。それは・・・・梅の花とのご縁なのだ。

 

我が家の梅が例年より少し遅れて開花した。1月末のことだった。

紅梅が満開となり、二週遅れで白梅が綻んだ。なかなか綺麗。

もしかしたら、去年の剪定が上手くいったのかな。

週記「閑話世相雑感」にこれら梅花の成長記録を残そうかなと考え始めたころ、タイミングよく新聞で表題のフレーズ「初春令月・・・」を見つけた。

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なんと「万葉集」第五巻「梅花の歌32首」の序文なのだ。

読み下し文は次のとおり。

「初春の令(うるわし)い月、空気が淑(しと)やかで、風が和(やわら)かである」。

古文など縁のないお前が何故と言われそうなのだけれど、これは令和の元号を考案された国文学者中西進さんの読み下しだ。

実際のところ元号の「令和」はこの表現から生まれ、初めて国書が典拠となったと聞いた。

梅との関わりは、中西さんによれば「春まだ浅い頃、まず梅の花がほころぶのを見て、四季を巡らせる大きな力を感じる」というのだ。

感性豊かな天平の人々が梅花を愛でつつ歌ったのがこの第五巻の32首のようだ。

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白梅も開花した。

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中西さんの言葉は朝日新聞連載の「語る 人生の贈り物」の中で見つけた。

この連載、毎週火水木金の4日間掲載されていて、登場するのは各分野で活躍されてきた方々だ。

中西進さんは先に触れたように実績のある国文学者。連載に登場したのは2021年1月5日、それから2月14日までの20回に渡って様々なお話をされた。

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連載の中で興味をひいたのは、この万葉集のお話以外では、第14回にあった先般亡くなった半藤一利さんと一番の親友だったというお話と第16回の中で故平山郁夫さんに頼まれインド・ナーランダに国際的な大学を設立する計画に参加したというお話などだった。

ナーランダの話の中に仏教により国を治めたアショーカ王が登場したのだが「えーっ」と思うことがあった。

奈良県の明日香(飛鳥)はアショーカの名に由来するのだと言うのだ。

確かにアショカからアスカ、つながりそうだけれどね。

ま、仏教伝来が538年とも、552年とも言われているが、アショーカと同じように仏教を政治の要に置こうとした聖徳太子が摂政の任についたのが595年、そして十七条憲法制定が604年であるから、ありえないことではないのかな。・・・・私のような中学生以来の暗記史学から抜けられない者にはこのような初耳のことは半信半疑だけれどね。

確かなことは春が近づいていることだ。

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水仙も咲き始めた。水仙は属種を同じくしながらも花の外見も開花の時期も非常にバラエティだ。

我が家でも早くも盛りを迎え咲き誇るものがある一方で、ようやく芽が伸び始めたばかりというものもある。

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ちょっと遠慮がちだけど。

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我が庭で春を伝えてくれる花は、まだある。

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上に咲くのが「金のなる木」・・別名「成金草」、そして右下に咲くのが「カランコエ」、左下に見えるのが「アロエ」だが、アロエ開花はもう半月も前だったろうか、でも今年初めて花を咲かせてくれた。この三種に共通しているのは多肉植物で葉が厚い。まさに冬の花か。

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カランコエ

今のところはこんなところだけれど、これから桃、桜、ハクモクレン、ツツジと順次咲いていく。

その度ごとに、花ばなと共に喜びを分かち合いながら、この週記に書き込もう。

 

ところで冷蔵庫を見たらチョコレートボンボンがあった。

バレンタインデーは今週日曜日だったが、我が家では義理でも本命でもなく皆で食べるのだ。💝

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なんと今年のボンボンは日本酒大吟醸だ!

ブランデーボンボンと比べても遜色なかったよ!春間近に乾杯!

2021年2月13日 (土)

氷河崩壊!洪水で180人超不明。なんとガンジス河支流だったんだ!  そして何故かBeatlesへ!

前回ガンジス河での沐浴の見聞を記したばかりなのだが、突然凶報が入った。

2月7日、ヒマラヤの氷河が崩壊して氾濫を招いたというのだ。それがガンジス河支流だというので驚いた。

日本では信じられないような災害だ。

発生場所はデリーの北東に位置するウットタラカン州の標高約2000メートルの地点。そこにある二つのダムが破壊された。犠牲者の多くは水力発電所工事の現場労働者だった。

 

リアルタイムにこのような惨事が発生してしまったのだが、お悔やみをしつつもインド旅の話に戻らせてもらおう。

私は、ペナレスをあとにしてサルナートに向かった。ガンジスの河畔から北へ10キロメートルほど行った地点にある仏教の聖地だ。

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ダーメーク・ストゥーパ

ここは釈迦が悟りを開いてから、初めて教えを説いた故地だ。

ヒンドゥー教徒が敬虔な祈りの中で身を清めているガンジスのガートから遠くない所にこんな仏教遺跡が有り、なおかつ破壊されずに存るとは教徒の寛容な心の表れかとも思うのだが。

ところが、実はヒンドゥー教のあり方から来るようだ。ヒンドゥー教は布教がとても巧みなのだ。周辺で信仰の対象とされているものを取り込んでしまい異教徒であった者もヒンドゥーの神々の中に従前の祈りの対象がいることを発見し同じように祈れるのだ。・・・あまり正確な知識でないかも・・・。

釈迦も例外でなくヴィシュヌ神の化身となっていた。

そんなことで、私は巡礼者と思われる一団について聖地に入った。

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このようなことを書き始めたら2月8日の新聞に仏教に関して面白いことが書かれていた。(2021年2月8日朝日朝刊)

「災の時代に 日蓮の教え」という表題で日蓮が法然の専修念仏を批判をしていることを取り上げていたのだが、結論部分でビートルズが突然出てきて、日蓮とジョン・レノンは共通点があるというのだ。

面白いではないか!

法然は「南無阿弥陀仏」そして日蓮は「南無妙法蓮華経」。

私など異端者である者の理解は呪文の違いでしかなかったのだが、実はそんな単純なものではなかった。

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東芝EMI(株)   imagine      John Lennon

 

南無妙法蓮華経とか南無阿弥陀仏の南無とは帰依するという意味なのだ。

以前何かの本で読んだときの南無は「さん」と言いかえればいいのだと書いてあった。なるほど「阿弥陀さん」かと分かったつもりでいた。しかし、帰依とは「神・仏などすぐれた者に服従し、すがること。」(広辞苑)なのだが、この記事では帰依の対象が違うことで意味が大きく違ってくると言っている。身延山大学の木村中一教授は次のように仰っていた。「阿弥陀仏に帰依し救済を求めるのは他力本願だが、法華経に帰依、つまり信仰するのはあくまでも自分。日蓮は、あの世ではなく、この世を釈迦が住む永遠の浄土と記している。この世で救済されようというのが日蓮の根本理念」だそうだ。

そうか、阿弥陀仏に帰依するのは「仏さん何とかしてください」。

それとは違い、法華経に帰依するとは経典を自ら学び自ら精進することなのだ。

わかりやすい。

それではその日蓮とジョンレノンのどこが共通するのだ。

それは、日蓮が「あの世でなくてこの世」を良くしなきゃといったのと重なるようにジョン・レノンがイマジンの中で「天国はない」と言ったことだという。

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もっとも法然や親鸞はかつての仏教が金を持つもの、つまり貴族のように寄進できるものだけが極楽へ行けるというその当時の仏教に反発し、「そうじゃないよ、南無阿弥陀仏を唱えれば、身分に関係なく極楽へ行けるよ」と言ったそうだけれどね。

ビートルズに因んで振り返ると、忘れてはならないのがインド楽器・シタールを使った曲だ。

ジョージ・ハリスンがシタールを演奏しジョンとポールが歌っている。「ノルウェイーの森」・・・私は大好き。

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NORWEGIAN WOOD  George on Sitar

ビートルズ6枚目のアルバム(英国版)のRUBBER SOUL 14曲のうちの一曲だ。他によく知られているのでは「ミッシェル」や「ガール」、「ひとりぼっちのあいつ」などが収録されている。

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ビートルズアルバム RUBBER SOUL    EMIミュージック・ジャパン

サルナート仏教遺跡がビートルズ談義になってしまった。

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仏さんにご挨拶を済ませ、私はデリーへの帰途についた。

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夜行列車で行く。デリーにつくのは明朝だ。

駅では子供達が靴磨きなどで働いていた。人懐こっく声をかけてきた。

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電車もバスと同じく満員状態だった。

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翌日は一日中気ままににデリーを徘徊した。商店を巡ったり、映画も観た。夜にはインド流ライブハウスにも寄ってみた。

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街中だというのに、この木の枝には相当数の猿が遊んでいた。

映画館にも入った。日本と少し異なっていたのは料金によって入口が違い、たどり着くフロアーが別なのだ。

私が入ったところにはファーストフード店やら店がいくつか有り、休憩施設も整っていた。

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コロナ禍が収束したらもう一度インド旅に挑戦しょうかな!

2021年2月 5日 (金)

ガンジスの流れの中で小舟は揺れた!ここは異界だ!

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沐浴の場は想像以上の所だった。

車を降りてガンジス河に向かった。

軒が重なる狭い通路を通った。そこにも人は大勢いた。

今で言う、三密どころでない。

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ちょうど太陽が昇り始めたところだった。

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私は異教徒。というよりも無宗派の異国の者。

沐浴は遠慮させてもらい、邪魔せぬように船上から皆さんの敬虔な祈りを拝見した。

でも、祭りの縁日と同じかのように商売に徹する方々も多くいた。

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ガート(階段状親水施設)はずっと神聖な場だと思い込んでいた。

沐浴や葬礼が執り行われる場所であることは間違いがないが、多様に活用されているのが実態だ。物売りやら洗濯から始まり、異教徒としては躊躇してしまうのだが炊事の支度まで行われる場所のようだ。

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ここから乗船だ。

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ゆったりとした流れ。

清流とはいかない。

実際に水葬された遺体が流れてきた。布に包まれた長い塊のようなものがプカプカと。

一般的には火葬された遺灰を流すのだそうだけれど、貧しい方々や、毒蛇にやられて死に至った場合などは遺体がそのまま流されるそうだ。

ちょうど火葬の準備が出来たところがあった。

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我小舟の漕ぎてはこの船頭さん。

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川面には多彩な船が浮かんでいた。

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それにしても、庶民の質素な家に比してなんと豪壮な建築群であることか。

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ガートが(ガースではない)階段状になっているのはガンジスの水位が変化しようがいつでも沐浴ができるために考案されたとのことだ。

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異空間をさまようような一時だった。

21世紀もはや20年が過ぎた。伝統的な生活スタイルも意識も変わりゆくようだ。

先週、1月28日にNHKBS1で放映された「お葬式破産」(2017年インド)を観た。

ヒンドウー教徒が火葬から13日目に行う葬送儀礼「弔いの宴」により土地を手放すなど財産を失うだけでなく子供を人身売買するなど家族を破滅に追いやる人々がいるのだそうだ。これを良しとせず庶民の意識改革に努力する人が居ることを特集していた。決してゆとりがあるわけでないのに「家の誇り」を保持するために何千人にも招待状を出し振舞うのだそうだ。そのために借金して破産するというのだ。

また、翌日1月29日の朝日新聞朝刊で「スリランカ 火葬強制の闇」という論評がされていた。

スリランカは人口2200万の国で、そのうち仏教徒が7割、イスラム教徒が1割いる。スリランカ憲法では仏教を第一の地位に与えながらも、信教の自由を保障している。しかし、政府はこのコロナ禍の中、イスラムで禁じている火葬を強制し始めたのだ。

この記事の中でそうなのかと驚いたのだが、過激派仏教組織が裏で蠢きその策を推進しているのだそうだ。仏教の不殺生の教えが高じて牛肉処理をするイスラム教徒への反発からのことのようだ。

世の中、最近では過激派というとすぐイスラムと結びつけるようだがそうではないのだ。仏教徒の中にもいる。

そう言えば我が国でも平安から戦国にかけて僧兵が過激だったな。

ちなみにインドに戻るとヒンドウーにも「戦闘的反ムスリム運動組織RSS」が活動している。

イスラエルも過激だしな!宗教人が武装対峙するなど怖いね。

なかなか世の中複雑さが深化してきているみたいだ。

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ンド出発前に目を通したヒンドウーに関する書籍の一つ

旅に戻れば、私は次はサルナートの仏教遺跡を訪問し、オールドデリーでインド最後の日を過ごすのだ。

 

 

 

 

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