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2021年3月

2021年3月28日 (日)

月が見ていた? ミサイルの航跡!

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2021年3月24日 撮影

我がコンパクトデジカメでもお月様のクレーターが見えた。

ところで朝鮮半島の北部から日本海に向け、最初は巡航ミサイルそして次に弾道ミサイル2発が発射された。

月から高性能望遠鏡で見たらミサイルの軌道がよく見えただろうな。そして発射角度が少し変われば間違いなく惨劇が生ずる場所であることもすぐわかる。

日本政府は朝鮮民主主義人民共和国(以下北と略す)の核実験とミサイル開発を深刻な脅威という。

そしてその対応策として当初は陸上配備型イージスシステムを導入しようとして頓挫し、代わりにと言い出したのがイージス護衛艦の配備だ。

ともにアメリカの兵器産業に莫大な金を支払うことになる。閣僚たちのポケットマネーではなく血税だ。そんなところにカネを使いながら土曜日の朝刊に介護保険料を一人平均で月に6000円もアップするという記事があった。コロナ支援策も不十分で困っている事業者も多いというのに。追討ちだ!

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おととしのこぼれ種でぽつんと、しかし可憐に咲いたサクラソウ 春だ!

それだけでも「ちょとちょっと」と言いたくなるのだが、それよりも防衛だ、防衛だというけれど本気なのかなあ?

原発が日本海近くにいっぱいあるではないか。

アンダーコントロールどころでなく、デブリや汚染された水の処理もままならず、ふるさとに帰れない人がいっぱいいるというのに。展望もなく放射能汚染水を海に流そうなどという方々もいる。

攻められての結果でなく自然災害であるにも関わらずこうだ。にも関わらず、廃炉どころか未だに原発に頼ろうとしているのが現実だ。

日本海近くで稼働しているものなど、核ミサイルでなくとも通常兵器何発かで福島以上の事態になるのではないか。

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モッコウバラの成長は驚くばかり、葉がついたと思ったらあっという間に

3月24日の原子力規制委員会の方針が明らかにしたような現実があるのが今の日本だ。

東京新聞で次のように報じられていた。柏崎刈羽原発の「テロ対策の不備は、規制委の2月下旬の検査で判明。20年3月~21年2月、侵入検知装置が16カ所で故障し、うち10カ所は代わりの対応も不十分で、侵入を検知できない状態が30日間を超えて続いていた。」ミサイル防衛どころかテロ対策もこんなもんだ。

こういったことを目こぼししているのだから本気で防衛など考えていないのではと言いたくなるのだ。ましてや敵地攻撃能力などとんでもない。戦争を図上でしか見ていないのではと素人でも感じる。平和な中でのコロナ一つで非日常が始まり、倒産廃業もあるというのにどうしたもんかな。

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クリスマスローズは凄い!昨年暮れから極寒を耐え、今も咲き続けている!

実は、原発の話をするつもりでは無かった。

米中協議での応酬や今週末にも予定されている「北」をめぐる日米韓協議なども含めて、それらにもつながる韓国映画を観たので感想をと思い書き始めたのだが、前段の前段にしか触れていないのに冗文の癖が出てしまった。

映画は「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」(原題:The Spy Gone North)だ。

それほど長い上映時間ではなかったのだが、結局観終わるまで二日間かかってしまった。

でも、面白かった!リアルだった!

今回はここまでとし、次に感想を書いてみよう!

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今年もヒヨドリが、金柑コロガシ遊びに寄ってくれた。

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我が家を覚えてくれているのかな?

金柑情報の共有が出来てるのかな?

2021年3月19日 (金)

東日本大震災から6ヶ月と23日過ぎた日、被災の地に立った・・・・東北旅の途上にて!

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気仙沼から西に向った途上で  2011年10月4日撮影

今月11日は東日本大震災からちょうど10年目の日だった。この日を挟んだ2週、被災について「忘れてはいけない」と肝に銘ずる日々だった。テレビや新聞が珍しくコロナのことでなく3.11に時間やスペースを割き特集を組み報道をした。

一か月前の2月13日深夜に発生した東北の震度6強の地震が、図らずも当時を思い起こさせた。我が家で感じた揺れは場所は違えど3.11に体感したものとそっくりだった。

まあ一方で、世間の心配・不安をよそに、この間も「ガース親子」やら総務省やらと賑やかだったことも確かだけれど。

10年というと特別なのだろう。新聞でもテレビでも東日本大震災に関わる記事やら特集を見ない日はなかった。

私もそれらをチェックしながら録画や切り抜きをした。

驚くことに、この間の大震災に関わるTV録画だけで100ギガディスクがいっぱいになった。大震災がテーマなのだがドキュメントやらルポルタージュのみならずドラマや映画まであった。

ひとつの事件、そしてその後10年の情報が一市民である私にこれほど多く入るのだからすごい。歴史的出来事をテーマにした番組が放送されるが明治時代ごろまでの史料は現代史料に比べれば格段に少ない。しかし、それであっても百家争鳴のごとしだから面白い。先般の明智光秀像の実像を巡ってもそうだった。震災・原発も激論を交わしながら教訓を引き出しつつ利権を排除し具体策を進めてほしい。

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気仙沼の港に残っていた傷跡 

石巻や気仙沼の震災当日の津波映像は私を震撼させた

ところで、3月13日付の朝日新聞に作家の川上弘美さんの寄稿が掲載されていた。

それを読んで、2011年の秋に友人たちと訪れた東北のことを思い出した。

川上さんは福島原発のメルトダウンの報道を見ながら感じたことを語った。

「建屋の水素爆発を見ながら『東京もきっとダメだろう・・』と漠然と思っていた。チェルノブイリの人々が土地を離れざるを得なかったのと同じように東京を離れるしかないだろうか。・・・日常は、ある日突然、取り返しようもなく変化してしまうものだなあ・・でも結局は避難を行うこともなく、被害もほとんど受けず・・・震災の数ヶ月後には『変化した日常』ではなく。『元と同じ日常』を送るようになる。・・・・震災の一週間後は原発事故の『当事者』だと思っていた。けれどいつの間にか私は『傍観者』になっていた。」等など。

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※※ 写真があるのだけれど、立ち寄った市町の名が分からなくなっていた。何枚もの写真を見ているうちに道路標識やビルの看板などの文字に気がついた。道路むこうの二つのビル。そこの看板の臼福本店と(株)勝倉漁業が目に入った。調べてみた。なんと震災を乗り越え現在も当地で活躍されていた。二社ともに漁船を何隻も保有する遠洋漁業を営む会社だった。そこから気仙沼市だと分かった。(両社におかれましては社名を使用させていただき失礼しました。ご活躍を嬉しく思います。)※※

今回の各報道と地震体験によって期せずして傍観者化しつつあった己を省みることになった。

SDGs(持続可能な開発目標)も現在の知見からそうだと思うが、昨年からの大型台風や大雪も温暖化の影響のようだし、回遊ルートが変化した魚の不漁もそうみたいだ。原発はいうまでもないが、やたら人為的に海に土や石を投げ入れている辺野古の基地造りも生態系を乱し自然にとっては有害だな。まあ、マントルの活動と地震はそういう次元ではないけれどね。でも天災と言っても必ず人災的面があるよね。

まずは震災6ヶ月目に撮影した現場写真を見ることから始め、追って今回録画しスクラップしたあれこれの感想を記してみよう。

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安達太良山

2011年10月3日から友人達と二泊三日の東北ドライブ旅行を敢行した。

福島に入って安達太良サービスエリアに立ち寄った。

まだ、震災の爪痕を見ることはなかった。

安達太良山が聳えていた。あの山の向こうには磐梯山がひかえ、その麓には猪苗代湖が広がる。

ここで食べた鴨蕎麦は絶品だった。蕎麦が良かったのか、汁か、それとも鴨肉か。

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この日の目的地は秋田角館だ。

武家屋敷跡などを散策し地酒を楽しみながら一泊し翌日には日本海側から列島を横切り太平洋側、宮城に着いた。

ここで、いくつかの被災現場に立ち寄ることになった。

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このような建物が道路脇に残されていた。

気仙沼と柳津区間の鉄路が寸断された。

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建物も襲われた。

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そして粉々に破壊された!

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東日本大震災の六ヶ月後の状況だった。

この後、私たちは山形県銀山温泉に向かった。

 

2021年3月12日 (金)

海越しも、川越しも、そして天空からも乙だよ富士の山!

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静岡県沼津市の海岸から駿河湾越しに見える富士山

富士山の魅力は、季節の移り変わり、拝観場所などで七変化することだ。

今までで最も感動した富士山の姿が脳裏に浮かぶ。

沖縄旅行の帰りに飛行機の中から見えた富士山だ。季節は真冬だった。

沖縄には2度訪問したことがあるが、利用した空港は夏に羽田空港、そしてもう一箇所は真冬の富士山静岡空港だ。

雪に覆われた富士山の姿が見えたのは富士山静岡空港着陸の少し前だった、

異国の旅人が長い航海の後、船上から初めての富士山を見たとき、さぞや感動したことだろうとつくづく思った。

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今回、アップした写真はわざわざ出かけて撮ったものではない。この間の富士五湖巡りなどの際に少し足を伸ばして写したものだ。そのため雪をかぶっているもの、いないものとまちまちだ。

伊豆半島の西海岸を車で走るのは久しぶりだったが、道路の整備が進んでいた。

道幅が広がったばかりか、山を貫きトンネルができ、以前の海岸線をくねくね走るという区間が少くなった。

旧道はどうなったかというと、道はそのまま残され新たな舗装や整備はされないものの車も人も自由に歩き走れるフリー空間のようだった。釣り人には格好の場所になっていた。

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伊豆半島の西海岸は沼津市から始まるが、少し南下すると今度は大きく右にカーブし、大瀬崎までは西に海岸が伸びる。

結果として、東海道と並行となり北側の海の向こうに富士山が見えるのだ。

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高台から見える大瀬崎

沖には釣り船がいた。

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再び北上した。

伊豆長岡温泉にほど近い三津の海岸からの富士も格別だ。

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さて、沼津を後にして東名高速を西に進むと迎えてくれるのが富士川サービスエリアだ。

ここの上りSA に富士川楽座(富士市)がある。ここからの眺めがよい。

東名下り車線でここまで来ても、そのままではたどり着けないのでご注意。スマートIC(ETC専用)で外に出る必要がある。でも、出口を出てすぐ上りスマートICから入ったとするとサービスエリアを横目に見ながらそまま上り車線に直行することになる。SAには入れず、すぐサヨウナラとなってしまうのだ。

東名を出たら富士川楽座の一般道路沿いにある駐車場に止めなければいけない。そして歩きでサービスエリアに入る。そして帰りには上りスマートICを利用し上り東京方面に乗ればOKだ。

西方面から来た場合は、SAに入ればそのままで楽座、そして帰りはスマートICから出て下り車線に入ればOK.

川越しの富士山も良し。

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丘のような小山の手前を流れるのは富士川。穏やかな流れを見せているが、いざとなると激流になるのだ。

最近のSAは様々なものを用意し運転手の疲れを癒そうとしている。

ここには観覧車がある。

御殿場を過ぎた足柄SAには日帰り温泉やらドッグランの施設があるからね。

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そして極めつけは富士山より高いところからの眺めだ。

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成田で搭乗すると目的地によっては富士山上空を飛ぶのだ。

天空からの眺めも乙だ。

ところで昨日は、東日本大震災から10年目の「3.11」だった。

海越しに富士山が見えた地と同じように東北の海岸線も美しい景観が広がっていたのだろう。

また、今、同じように美しさをとりもどしているのかもしれない。

でも、災害は突然襲いかかる。気象庁の想定によると静岡県から九州にかけて将来大地震が襲うと言う。南海トラフ大地震だ。それによると今回の富士山を撮影した沼津市は震度で6強、富士市は震度7という凄い揺れとなり、予想される津波は10メートルの高さを越えるという恐ろしいものだ。なんとか「後手後手」にならず安全策を講じてもらいたいものだ。

2021年3月 5日 (金)

遅ればせながら「西郷どん」 & 「関口宏のもう一度!近現代史」を観たよ!

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上野の森の西郷どん!

上野の森に立つ西郷さんの像がお披露目されたのは1898年(明治31年)12月18日のことだ。

ドラマ「西郷どん」の第一話冒頭で除幕式が再現されていた。

除幕式に立ち会った西郷どん三人目の奥さんである西郷糸さん(演じたのは黒木華さん)は、幕が取り除かれると同時に叫んだ。

「ちごう!ちごう!うちの旦那さんは、こげな人じゃなか、うちの旦那さんではありもはん」と。

何が違うかは未だにわからないと語り手の西田敏行さんが言っていた。

いくつか説はあるようだが、一説ではビジュアル面の工夫で、下から見た時のバランスを考慮して頭部を少し大きめにしてあるとか、糸さんが普段見ていた西郷どんは浴衣よりも軍服姿が多かったので違うと言ったとか。

製作者が像をあえて浴衣姿にしたのは軍服であると反政府的な機運を醸し出すからだ等などと言われてきたようだ。

ところで早三月。

春の気配をあちこちで感じる。

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先週 蕾の先に白いものが見え始めたばかりのハクモクレン、はや開花開始!

植物は人間界のコロナ騒動など物ともせず、季節の移ろいにふさわしい身繕いを始めている。

我が家でも梅の次は桃かと思っていたら、あれよあれよとハクモクレンが綻んだ。

ハクモクレンの根元にあった水仙も一気に咲き始めた。

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毎年自然増殖しているのか株(球根)が少しづつ増えている。

一方私たちはと言えば、引きこもり、じっと我慢の日々だ。

緊急事態宣言が一部で解除されたとはいえ、連日新たな感染者が何百人という単位で発表されている。

リバウンドやら変異種による第4波などとの警鐘も聞こえてくる。まあ一都三県は宣言が延長されたけどね。

そんなことで、街に繰り出しての春の宴もままならぬ。

忘年会も、新年会も我慢してきて、さらに二年目に突入だ。

でも、このところ多くの方がそんな流れに甘んずるのを良しとせず、コロナ禍にあっても自分なりの生活スタイルやら仕事の仕方を模索し始めているようだ。そんな動きが新しい時代を切り開いていくのだろうね。評論家の先生が中高生に向かって言っていた。「あり得ない一年だったろうけれど、今をしっかり記憶に留めておきな」と。そうだね。振り返ればきっと歴史的出来事として刻まれるだろうからね。

我が家でも大それたことはやってはいないけれど、密閉自動車を動かし現地の方に迷惑をかけぬようにしての日帰り旅とか、在宅時には、録画されてきた膨大な量の映画やドラマ、ドキュメントを観はじめたなどか。まあ、なにも斬新じゃないね。

溜めどりをやっていることはとうに白状していることだけれど、往々にして陥るのが書物の積読(つんどく)と同じく、録画が自己目的化されてしまい録画ライブラリーを大きくするばかりという残念な癖だ。まあ、積読も大事なことだと慰めてくれた顕学の士もいらっしゃったけどね。

そんなことで今、日々実践しているのがドラマや映画を夕食時やら晩酌時に視聴することだ。この間かなりの本数を観る事ができた。ただし、右から左に内容・ストーリーを忘れてしまうか、クライマックス時に眠りについてしまい奥方に起こされる等などだけれどね。

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最近観終わったのは2018年の大河ドラマ。

鈴木亮平さんが主人公を演じた「西郷どん」だ。

そして、並行して観たのがいつかはと目論みながらも実行できずにいた「関口宏のもう一度! 近現代史」というお勉強番組だ。

「西郷どん」47話を21日間で観終わった。

「関口宏の・・・」はBS・TBSで現在も放送継続中の番組で先週土曜日には第69回「国民精神総動員・日中戦争泥沼化」が放送され録画したばかりだ。

この二つの番組の組み合わせは良かった。「関口・・・」は維新にいたる直前の江戸末期から始まっており幕府、薩長の動きやら人物の役割、時代の流れなどを掘り下げてくれてドラマもその分面白く観れた。

「西郷どん」完結後も「関口」は視聴継続中だ。直近で観たのは第47回「大正時代に敷かれた昭和のレール」だ。

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主として解説するのは保阪正康さんだ。

保阪さんは先日亡くなられた半藤一利さんと親交が深かったようで対談や共著がある。

この二人についてはいずれ触れたいと思うが、面白いと思ったのは司馬遼太郎さんの歴史小説の記述や視点が「司馬史観」と言われるのと同じく「保坂史観」を感じたことだ。

「西郷どん」に戻るが、この中での竜馬の描き方で興味を引いたのは「西郷どん」の原作者である林真理子さんの人物評価と描き方だ。

以前大河ドラマとして人気のあった「竜馬がゆく」や「竜馬伝」で描かれる竜馬と一味違うのだ。

土佐藩の下士であって、脱藩浪士であることは同じであり薩長同盟実現の橋渡しをすることはするのだが勤皇の志士というよりも諸に「亀山社中」の貿易商としての姿が強く描かれていたように見受けられた。

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早咲きの桜が咲いたという報道に誘われ、ちょっと車を走らせた。

あと、特に印象に残ったのは島津斉彬や大久保利通などの史的役割だ。

斉彬も「篤姫」の時の印象とは少し違った。

この辺からは「保坂史観」に仰ぐところ大なのだが、明治維新における彼らの考え方や位置が少し理解できた。

現在との関係で言えば山県有朋の存在だ。

私などが単純に捉えると諸悪の根源かとまで言いたくなった。

議会と政府の関係、軍人勅諭や教育勅語、治安警察法・・諸々あとを引く問題の先鞭をつけたように見受けられた。

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寒いのに川に浸かっていた大型の鳥

あと、義務教育やら高校生までの歴史学習では一度たりとも聞いたことがなかった史実も知り驚いた。

今も、皇室の跡取り問題やら、皇族の結婚問題が週刊誌を賑わせているが、男系跡継ぎとなると大変なようだ。

学校では決して耳にすることがなかったが、明治天皇の后は子を授かることができず、七人もの側室がおり大正天皇は側室の柳原愛子さんの子だったということだ。他の側室にも子が生まれたのだが夭逝されたようだ。

もうひとつは驚いたというより、やはりねという思いを強くしたことだ。

本日(3/5)の週刊新潮の新聞広告にもあった「上級国民」という用語が近頃の総務省スキャンダルやら貰っている報酬から実感を持って感じられるのだが、この「上級国民」の存続維持というか閨閥形成に今もそうだが財界、官界、政界、さらには皇室までの通婚が大きな手段になっているということだ。いわゆる政略結婚みたいなものだ。

それを改めて認識したのは保坂さんによる昭和に関わるお話の中で、昭和天皇のご兄弟の配偶者について触れたときだ。

秩父宮の妻は会津藩主松平家の血をひき、高松宮の妻は徳川慶喜の孫、三笠宮の妻は河内丹南藩主・華族の繋がり等々。

維新後の薩長の支配もすごいと思ったが昭和に入ってもこんなだった。

保坂さん、引き続き学ばせていただきます。

 

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