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2021年5月

2021年5月29日 (土)

賑やかなスズメの子育てが終わったら、今度はちょっと大きな鳥たちの配偶者争奪戦だ!

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色鮮やかな肢体。キリっとした顔。

その名は「イソヒヨドリ」。

彼は男性。鳥類は何故か男が美しく、鳴き声もきれい。

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となれば、どなたも想像つくようにこちらは女性、メスなのだ。

彼と彼女たちがこの一週間ぐらいの間に我が家の軒先に現れた。

雀と違い、人を恐れないのか、私が近づいてもすぐには逃げようとしない。

結果、このような写真も撮れた。

先週あたりからだろうか、スズメのヒナの鳴き声が収まり巣立ったのかなと思ったところ、珍しいさえずりが聞こえてきた。

仰ぎ見たところ彼がいたのだ。

しかも、二羽のメスに追われるように遠く飛び去ったかと思うと我が家の軒先やら隣家の屋根にもどるという具合で逃げ回っているかのようだった。

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そしたら、見られたくなかったかもしれないけれど、彼は一羽の彼女に詰問されていたのかな。

口角沫を飛ばすがごとく「なぜ逃げるの?」と。

でも、彼は聞こえぬふりをして、そっぽを向いていた。

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でも、次に見たときは彼は嘴に餌を加えていた。

どうも、娥のようだ。

結局、二羽のどちらかを妻とし巣作りを開始したようだ。

今じゃエサを運ぶに忙しいみたいだ。

鳥たちも、なかなか大変だね!

2021年5月22日 (土)

朝ドラ「エール」全編視聴完了!薬師丸さん、お母さん役が様になっていた。あわせてデビュー作品も観たよ!少女だ~!

半年遅れとなったが、連続テレビ小説「エール」全120回分を5月4日に視聴開始しておよそ二週間かけて全編観終わった。

私の忘れっぽさや直ぐ眠くなる性癖にはリアルタイム視聴より録画後連続視聴が打って付けだ。

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この物語、作曲家古関裕而さんの生涯を虚実交えながら描いていた。

朝ドラ物語は大方が功成り名を遂げた方々の山あり谷ありの人生をたどりつつ、笑いや涙などを誘い、大団円を迎える。私のこれまでの数少ない朝ドラ視聴経験からの独断と偏見。

この物語もいじめられ子でしかなかった古関少年(ドラマでは古山裕一)がある時、自らの音楽の才能を自覚し、良き出会いや繋がりが生きて成功談となっていたが、そもそもは東日本大震災10周年にちなんでの応援物語と聞いていた。

そして、古関裕而がオリンピックマーチの作曲者であることから五輪の盛り上がりにも繋げるものだったようだ。

古関は福島県出身であり、おあつらえ向きだった。

Dsc03253-2_20210521161701福島の海かな?

ドラマは冒頭の原始人の登場やらコミカルな幽霊を出現させたりするなどの奇抜な演出に加え、戦争の悲惨場面などのシリアスなものも織り込んだりと全体として考えさせられながらも面白く観れた。

戦争については放映中から少し話題になっていたが、インパール作戦や原爆投下された長崎に触れることで戦争の理不尽や悲惨さを伝えていた。

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特に、古関の軍歌作りと絡めながら、心の揺らぎを描いていた。

私は、このドラマで初めて知ったのだが、「露営の歌」や「ラバウル海軍航空隊」も古関作曲だったんだ。

幸いにもこの時代には私は未だこの世の人でなく直には「勝ってくるぞと~」は聴くことはなかったけれど、戦争映画やドラマで何回も聞いて知っていた。

実際はどうであったかは定かでないが、古関はビルマ(ミヤンマー・インパール)に軍の慰問に訪れたのだが、出征していた恩師と出会ったのも束の間で眼前で師の戦死を見届けざるを得なくなったり、自分の作った曲に鼓舞され戦地に赴いた兵士たちが次から次へと果てる姿など阿鼻叫喚にショックを受けた。

その後、しばらく曲作りができなくなった。

Dsc03265-2_20210520204201東京オリンピック入場行進(エールより)

物語は、終戦後に移り、ようやく気を取り直した古関が「長崎の鐘」「イヨマンテの夜」そして「オリンピックマーチ」などを作曲し終盤を迎えることになる。

まあ、そんな大筋だった。様々な関心興味を持たされたのだが、なかでも古関と妻のそれぞれの母親を演じた女優さん達について興味を持った。それと山田耕筰を演じた志村けんさん。

古関の母「古山まさ」を演じたのが菊池桃子さん。そして妻「音」の母親「関内光子」を演じた薬師丸ひろ子さんだ。

お二人共、現在の実年齢が50代であり、ドラマのなかでも孫を授かるお婆さんを演ずるのだがいつまでもアイドルといった感じで明るく若々しい姿を見せていた。

志村けんさんは悲しいことにコロナに罹患し急逝されてしまった。昨年の3月29日のことだった。(享年70歳)今回ドラマで拝顔したのが亡くなられて一年一ヶ月過ぎたところだった。ドラマのなかでどう起用されているかと見たのだが、貫禄充分な姿で山田耕筰を演じ最後は手紙に言葉を残すという形で上手く収まっていた。

そして、薬師丸ひろこさんの映画デビュー作品「野性の証明」(1978年作品)が5月13日WOWOWにて放映された。

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観た!なんと、まだ14歳の頃の作品だ。

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角川映画が米軍の協力を得ながら制作した自衛隊特殊部隊の暗躍を柱にしながら地方で権勢を振るう集団との絡みや殺戮を描いたアクションものだ。

そこに、親を殺された薬師丸が絡んでくる。

この映画についても少し触れようかと思ったのだが、次の機会にしよう。実は、この映画は「高倉健生誕90周年記念特集」の一本なのだ。基本的には録画できるものは録画したので、高倉出演作品の主なものが揃ったかな。順次鑑賞しながら想いを綴ってみるか。

ところで、この特集の映画の冒頭に必ず出てきたのが、次の字幕だ。

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高倉さん出演作品と田中邦衛さんは少なからぬ縁があったようだ。この「野性の証明」にもワンシーンだけど出演していた。バーのマスター役だった。

そして、これらを観ている最中に発表されたのが田村正和さんの訃報(4月3日逝去)だった。

これには本人は出演していないが、偶然にもお兄さんの田村高広さんが出演していた。

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自衛隊特殊部隊の描き方が防衛庁には気に入らなかったのか協力を得られなかったのだが、結局アメリカカリフォルニアの州兵訓練施設キャンプロバーツで戦車やらヘリコプターなどを派手に登場させた戦闘場面が撮影された。結果、それなりに迫力あるものとなった。

この作品での自衛隊特殊部隊は権力に抵抗するものは躊躇せず抹殺するというものだった。なるほど、防衛省(庁)は顔をしかめるか。

そう言えば今朝の新聞コラムに外国人収容問題でクローズアップされている入管施設のことが出ていて戦前の弾圧機関であった特高に属していた人達が少なからず公職追放を免れ、戦後入管の仕事に携わったそうだ。

かつての体質を引きずっているのではと。怖い怖い。

ミヤンマー、イスラエルが頭に浮かぶ。香港もか!

2021年5月14日 (金)

立夏が過ぎたばかりだというのに、はや梅雨入りだって!

立夏が過ぎたばかり、いわゆる暦の上での夏が始まったというのだが、天気予報では沖縄に続いて九州南部も梅雨に入ったと伝えていた。驚くことに平年より19日も早いようだ。

立夏と言ってもそこから夏が始まるわけでなく、一般的に梅雨が始まる前でツツジが咲く頃だそうだ。もう少し厳密に言うと昼夜が同じくなる春分の日の太陽の見える位置を0度とすると黄径45度だそうだ。というような専門知識は端折ることとしよう。

梅雨といえば、紫陽花だ。

でも、まだ五月。紫陽花たちは天気予報に一喜一憂せずに、マイペースで賑わいの準備を進めている。

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毎年、我が家には幾種もの紫陽花が競うように咲いてくれる。

現在は、多くが上の写真のような段取り具合。おそらく二週間後には満開状態だろう。

紫陽花の面白いのは花弁のように見えるものが、本当は萼(がく)であることだ。それを指して装飾花というらしい。

中には、スピード感を持って(この言葉最近言い訳に使われるため単なる修辞句になっちゃった)準備を進めているアジサイグループもある。

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これはガクアジサイの一種で「ダンスパーティ」と呼ばれる品種のようだ。

今年はじめて知ったことなのだけれどガクアジサイのガクは当然「萼」だと思っていたが、どうも「額」のようだ。

丸く一塊になったアジサイと違い真ん中のつぶつぶの本物の花を取り囲んで額のように咲くから「額紫陽花」なんだそうだ。

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珍しいものといえば、ここ三年ぐらいで新入りとなった「カシワバアジサイ」。

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ひよろひょろと稲穂のように伸びこうべを垂れる。

早いうちから小ぶりながら色づき始めるのが「BENI ベニ」だ。

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ここから少しずつ萼が大きくなりながら微妙に変色していく。

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満開の折には、一堂に会し御披露と行こう。

一方、今年は梅、桃、桜桃と綺麗によく咲いた。

そのためだろうけど、果実が例年の倍以上実った。。

食べるためには摘果して実を充実させるのだが、我が家はお花見目的なので実り放題。

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梅の実。

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桃の実。

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サクランボウ

これらの育ち具合を観察しながら歩いていると、目に入ってくるのが小ぶりの花々だ。

よく見ると、みな器量よしだ。

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この花、数年前から我が家に居候している。

弟のマンション外壁工事に伴い一時預かりで来たのだが、あとしばらく我が家に滞在するようだ。

それで、剪定なども任された。来た当初はバサバサに伸び放題だった。それで時期を構わず刈り込んでさっぱりさせた。

その結果、花芽も切ってしまっていた。ここに来てようやく落ち着き、花芽も育った。

名前は知らないけれど、「サンショウバラ」に似ている。

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これは玄関の脇だとか、花壇の外やらに気ままに伸びてくる。正確な名は知らない。一本の茎がスーっと伸びてその先端に花が付く。どうもニラ科の植物みたいだが?「ステゴビル」に似ている。

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これも居候。やはりここに来て花が付き始めた。柑橘類には違いない。蕾と花が「レモン」に似ている。

いずれ正体はわかるだろう。実が楽しみだ!

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これも種を蒔いたわけでない。ニョキニョキ伸びて花を咲かせた。「カタバミ」の一種かな?

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これは我が連れ合いが知っていた。サクラソウだ。細身でありながら、雨風に耐えて次から次へ花を咲かせてきた。

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この花も野生ながら、我が家を定宿としてきた。「ハルジオン」らしいのだがどうだか。宿帳はない。

 最後は、しっかり育てている「カラ」。今年は次から次へ咲いた。美しいだけでなく端整でおまけにシャキっとしたお嬢様のようだ。

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さて、これから季節はさらに暖かさが増し、雨も振り、植物は一気に育つ。

でも、コロナも勢いを増したら困るよね。

なんとか乗り切りたいね。

 

 

2021年5月 7日 (金)

一波、二波はもとより、三波、四波も乗りこなしたサーファーの皆さん!

相模の春にはどんな波が打ち寄せるかと海辺に赴いた。

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相模湾に臨んだ海岸線

穏やかな海だ。

でも、やはり、居られた。

波乗り人!🏄

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まだ、海水は冷たい。

でも、それより爽快感だ。

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まずは沖に向かう。そして、波を待つ。一波、二波はやり過ごしたところで、来た来た。

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立つ!

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第三波はすごいぞ!

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やった!満足!

少し移動して、別の高いところから見学することにした。

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やはり、沖にむかわなくっちゃ!

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第四波が大きいぞ!

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乗った!

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よし!

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納得!

私も納得。

海を後にして少し高所に向かう。

富士山が見えた。

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左手を見ると、霞のかかった海が見えた。

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駿河湾だ!

今年の夏は久しぶりに泳いでみるか!

2021年5月 1日 (土)

「寡黙な父、気弱なヤクザ、初老の夜間中学生」を演じた田中邦衛さんが亡くなられた!

俳優の田中邦衛さんが今年3月24日にお亡くなりになった。88歳だった。

表題に用いたカッコ内の言葉は4月3日付朝日新聞夕刊「素粒子」に掲載されていたものを引用させていたただいた。

「寡黙な父、気弱なヤクザ、初老の夜間中学生。見る人の心に、それぞれの田中邦衛が住む、そんな俳優が逝った。」(4/3朝日夕刊一面)

この四週間で私も遺作を何本か観た。画面上の邦衛さんを見ながら「素粒子」の評価に共感できた。

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4月14日配信の「映画com」で丸の内東映の企画が紹介された。

「高倉健生誕90周年 & 田中邦衛追悼上映」というものだ。

そこで初めて知ったのは、邦衛さんが「網走番外地」と「仁義なき戦い」に共に出演していたことだった。

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映画 網走番外地より

上映予定映画は我が録画ライブラリーにも何本かあった。

実は、ヤクザ映画はあまり好きではない。でも、監督別、俳優別に整理していると、TV番組表で代表作を見つければ録画したくなるものだ。

高倉健さんで言えば「網走番外地」シリーズは外せない。また菅原文太、深作欣二監督と言えば「仁義なき戦い」シリーズは言を俟たない。それでしっかり録画してあった。しかし、と、言いながら一度も再生視聴していなかった。

実はそこに邦衛さんがいたのだ。

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この汽車で囚人が護送されてきた(網走番外地より)

 「番外地」の第一作は1965年に上映されている。驚いたことは同年中に一気に第三作まで公開されたことだ。

この当時は、どの映画製作もそんなペースだったようだ。

当時、高倉は34歳、邦衛は一歳下で33歳だった。若い。(以下、敬称略)

邦衛の登場は、冒頭の護送囚人を乗せた蒸気機関車が網走駅に着いた場面からだった。

監房の中で牢名主に各々自らの罪状を明かす場面があったが、邦衛は前科13犯だと得意になって話すのだが犯罪人集団の中にあっては微罪を重ねたヒヨッコでしかなかった。

この時の邦衛の喋りは歯切れよく寅さんなみに見えた。でも、やはり根が優しい、気弱なヤクザだったかな。彼特有のはにかんだような愛嬌はここでも見られた。

以外だったのだが、その頃のヤクザと言うか任侠映画について言われてきたことに鑑賞後に客が劇場を出ると主人公と一体化したかのように外股で胸を反らして歩くというようなことがあったが、そんな情動を「網走」は私には引き起こすことはなかった。どちらかと言うと痛快な冒険活劇を観たような感じが残った。最後のトロッコでの逃走場面などはインディージョーンズ顔負けだった。

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時代を追って触れると、次は同時代の「若大将」シリーズか。

たまたま今週日曜日4月25日にNHKBSで「アルプスの若大将」が放映され、観ることができた。

若大将シリーズは1961年「大学の若大将」に始まり、1971年の「若大将対青大将」で終わる。10年後に「帰ってきた若大将」が加山の芸能生活20周年として制作されたがそれは別とする。

邦衛はお金持ちのボンボンの「青大将」としてシリーズ全編に登場し、若大将加山に対抗する滑稽な者を演じた。

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アルプスの若大将に登場する人工芝スキー場

「アルプス・・」は大学スキー部所属の加山が競技に勝ち抜きウイーンの国際大会に出場するまでを柱とし、そこに青大将が絡み、航空会社に務める星由里子がガールフレンドとして登場するといったような物語だった。

邦衛の青大将はここでも本領を発揮し、本格的悪さはできないガキ大将のような振る舞いをしつつ、先が読めないままに思い込んだことを実行して情けない結果を招くというキャラクターを演じ切った。

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アルプスの若大将より

この映画は1966年に制作されている。「番外地」の翌年の作品だ。

映画としては、ストーリー云々というよりも、加山のヒット曲紹介映画のようだった。

面白かったし、邦衛のバイプレーヤーとしての存在感を十分確認できた。

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そして、時代的に次は「仁義なき戦い」に続く。

菅原文太主演で1973年に公開された。

舞台は終戦直後の広島だ。

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進駐軍の兵士が交通整理する画像の中に文太、松方弘樹、次いで登場したのが田中邦衛だった。

この映画は、東映任侠映画などと比べると極めてリアリズムに徹している。

タイトルの直前に原爆投下による広島市上空のキノコ雲が出てくるかと思えば、文太がヤクザ同士の揉め事の落とし前に指を詰めるところとか、目を背けたくなるような場面が続いた。

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逮捕されたあとは腰縄・編笠で刑務所へ。

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請負業を看板にしているがヤクザ組織。仕事は進駐軍などから、その繋がりで朝鮮戦争にも動員される

内部抗争のようなイザコザが勃発し、殴り込みで決着つけようという勇ましい話になったが、まとまらず個々の意志を確認した。

邦衛はこの時も親分のお供をし、いかにもヤクザといった風体で組衆の寄る場に来ていたのだが、出入りの話が始まると突然泣き出し喋り始めた。

「わしゃ、死ぬう言って、問題なっか、女房がのう、腹に子があって、これからのことを、思うとったら、可哀そうで」と。

結局邦衛は外された。

文太は当然参加するのだが、だからと言って殴り込み・出入りに行く者が勇猛だとか男気に富むとかいうものでないと思った。多くの日本人が直前まで国の命により殺戮の現場におり、戦地から引き上げてきたばかりだった。そして狂気を内地に持ち込んでいた。

殺す殺されるということが現在とは全く違い、物事の解決手段の選択肢の一つとして頭に浮かんだのだろうか。

その点、弱気の邦衛は軍国主義とは違う戦後民主主義の空気が漂い始めた頃の国民の戸惑いやら、躊躇を表現していたのだろうか。まあ、「気弱なヤクザ」をしっかり演じていた

演技を通しての田中邦衛の印象は、ここまではヤクザとボンボンの違いがあったとしても通底するものがあった。

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そして、俳優としての評価が高まったのが「北の国から」だった。

私はこのドラマも評判を聞きながらも、一話たりとも観ていなかった。

今から一か月前の4月3日に再放送されたのが、「北の国から ’87 初恋」だった。

「北の国」は脚本が倉本聰さん、そして主演が田中邦衛だ。舞台は北海道富良野。

ドラマとしては1981年から翌年にかけ放送され、1983年以降はドラマスペシャルとして2002年まで8本が放送された。

このドラマシリーズで邦衛は「寡黙な父」を演じた。

このドラマと映画「学校」が田中邦衛の俳優としての評価を確かなものにしたのだろうか。

この二つの物語と邦衛の人物評価についてはこの一ヶ月に新聞などに掲載された関係深い方々の言葉を引用させて頂く。

倉本聰さんの言葉(2021年4月4日朝日新聞文化欄)

「彼ほど純粋で真面目で無垢で、家族を愛した男を知らない。彼はあたかも僧籍にいる人のようだった。敢えて、珍妙な天使だったと云いたい。然り邦さんは決して完璧な聖人君子ではなかったかもしれないが、彼の育った昭和という時代の、いつくしみ、思いやり、倫理道徳の中で、それをかたくなに貫いてきた絶滅珍種の漢(おとこ)だった気がする。」

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「学校」は1993年11月に公開された。監督山田洋次。

出演は西田敏行、竹下景子、萩原聖人等。舞台は夜間中学で、邦衛は中年になるまで文字が読めなかったイノさんとして登場した。

この映画での邦衛について4月7日の朝日新聞コラム「天声人語」に評価が書かれていた。

「俳優の田中邦衛さんには不器用な男の役が染みついていた。その染みがいちばん濃かったのが、映画『学校』で演じた『イノさん』かもしれない。」「見ていて演技であることを忘れそうになるのが、この人のすごさであろう。」「ある人にとっては青春スターのライバル、別の人にとっては小ずるいヤクザ。いくつもの存在感を残して88歳の生涯を閉じた」「きらびやかではないとしても強い輝きを放ちながら、長い長い距離を走り終えた」

最後に映画「学校」を監督された山田洋次さんのコメント。

「善良が服を着て歩いているような人だった。一緒にいるだけで楽しい気持ちになるような素敵な人だった。あんな俳優が、あんな日本人がいたことを誇りに思う」(朝日新聞4月3日社会面)

ちなみにこの映画で田中邦衛は第17回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞を受賞している。(1994年)

ここで紹介した五本の映画・ドラマを見て改めて寡黙な父、気弱なヤクザ、初老の夜間中学生を演じた田中邦衛さんについて見直すことができた。

安らかにお休みください!

 

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