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2021年8月

2021年8月27日 (金)

70年たってもテンポよく、古さを感じさせない黒澤映画、「羅生門」

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大映映画「羅生門」冒頭より

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1950年作品であるにも関わらず、時代を感じさせるのはモノクロだというだけで、テンポも良いし皮肉も風刺も今でも通ずるものばかり。

とても面白かった映画「羅生門」。

映画の原作「藪の中」は芥川龍之介が1922年(大正11年)に発表した。

中国から帰ったばかりの芥川は健康を害し、懐疑的、厭世的な感を強めていたそうだが、時代は日清、日露、第一次世界大戦を経て軍部の台頭もあり、為政者と市民との間の気分は今と似たようなところもあったのかな?

今年8月21日の朝刊コラム「天声人語」は上記芥川の時代からおよそ20年ほど経ち軍部が実権を握ったころのこと。「吉沢久子」(生活評論家)さんの「東京大空襲の話」を引用しながら、「戦時中であるが『為政者への不信、不満は、すでにそれを通り越したのではないかと思われる』。首都爆撃を防げない指導者たちへの強い不信感である。76年前の現実をどうしてもコロナ禍と重ねてしまう」と書いてあった。

・・で、先ほどだけどびっくりしたよ!東京で若者向け接種会場を作ったものの、希望者殺到で抽選だって?(8/27 Yahooニュース)  感染者自宅待機と同じくらい驚いた。

時代ということで言えば20世紀に入って最初のパンデミック「スペインかぜ」(1918~1920)が収束して間もないしね。

この時三波まで襲われた日本でのスペインかぜ患者数は2300万人余り。死者38万8千人余だった。こんなことも余計に近く感じさせ、コロナ第五波の今に通ずるのかな。

芥川の世間をみる目はやはり見事だ。

もう100年も前のことになるのだけどな。

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金田一耕助が藪の中の真相を究明するのか?

 「藪の中」の面白さは紛う事なき確かな「事実」があるにもかかわらず、目撃者のみならず当事者の語ることもすべて違ったことだ。

事実は侍夫婦が旅の途上だったこと、多襄丸が二人と関わったこと、そして侍が死んだことだ。

検非違使が「お白洲」で証言やら罪状認否を求めるのだが、登場する7人《木樵り(きこり)、旅法師、放免、媼(おうな、年取った女性)、多襄丸、女(侍の妻)、巫女》が語ることが全て異なっていた。このちぐはぐさが、今にも通ずる面白さか。

ex 検非違使の庁:検非違使(けびいし)は犯罪者を検察、裁判し、京中の秩序の維持をつとめる役職。「庁」はその役所 、 放免(ほうめん):徒刑・流刑を免ぜられ、そのかわりに検非違使庁で使役される下級官吏、

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権力への風刺は多襄丸の検非違使への白状に見てとれる。

多襄丸曰く「私は殺すときに腰の太刀を使うのですが、あなた方は太刀は使わない、ただ権力で殺す。金で殺す。どうかすると、おためごかしの言葉だけでも殺すでしょう。」

今も変わらないな。芥川が執筆の当時は維新の薩長出身に胡座をかいた者が権力の座にいたけど、今じゃ世襲の坊っちゃん嬢ちゃんだからな。

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小説「羅生門」について言えば、映画でも「羅生門」と名の付いた門と小説にも登場した下人がいるものの小説のエピソード自体は描かれず下人も楼上に上る事もない。ただ楼上に死骸が何体も転がっていることを話す場面はあった。

羅生門は人が雨止みを待つ場だ。

激しく降る雨の中、雨露をしのぐために飛びこんできた下人に木樵りと旅法師が検非違使庁での訊問と見聞してきたことを話す。

ex.下人:身分の卑しい者

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映画「羅生門」より。(以下同じ)

二人は「わかんねえ、さっぱりわかんねえ、なにがなんだかわかんねえ」と繰り返すが、何が真実なのかわからないのか、人間の本性がわからないのか、初めのうちはよくわからない。

旅法師がふと洩らす。「恐ろしい話だ。今日と言う今日は人の心が信じられなくなりそうだ。盗賊よりも飢饉や火事や戦よりも恐ろしい」。どうも「わかんねえ」のは人の心のことか。

検非違使庁での訊問は木樵りや旅法師の目撃談から始まり当事者の罪状認否へと続く。

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ただ、映画らしく小説とは少し違う展開が二つあった。

一つは死体発見者の木樵りが検非違使庁で証言したことを二人の前ではひるがえし、「事件」を見たままに語り始めたことだ。役人の前では嘘をついていたわけだ。

証言者および当事者の語りは映画では進行に合わせて映像で再現されていくのだが、木樵りの「本当の話」を除いて多襄丸も武士もそれぞれ勇ましく戦い、武勇伝のように描かれ、そのように見え、聞こえた。

だが「本当」の話では実は武士も多襄丸も恐る恐る刀を構えビクビクしながら戦ったようだ。

もう一つは木樵りが羅生門に捨てられていた赤児を育てることにしたエピソードだ。

三人の薮中談義の途中で聞いた泣き声で真っ先に見つけた下人は赤児の纏っていた衣服を剥ぎ取り、我が物とした。木樵りは怒り下人は抵抗するのだが、そのやり取りはまさしく小説の中にあった死体が転がる楼上での老婆と下人の応酬そのものだった。

その点で映画シナリオは小説「藪の中」をストーリーの中核に据え、初めとおしまいを小説「羅生門」で締めた感じに見てとれた。

小説の中では老婆が死体から髪を抜き鬘にするのだと正当化しようとすることに下人は正義感から咎め止めようとした。これに老婆は「ワシのしていたことも悪い事とは思わぬぞよ。これとて、やはり、せねば餓死するじゃて、仕方なくすることじゃわい。その仕方ないことを良く知っていたこの女(髪を抜かれた遺体の女も生前詐欺紛いの事をしていた)は大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」と。これを聞いた下人は、それまで犯罪実行に躊躇していたのだが、ぱっとひらめき反転攻勢に出て老婆の衣類を奪い取った。映画ではこの犯罪正当化の理屈を赤子から衣類を穿いた下人に使わせた。老婆は死人から髪を抜いて餓えをしのごうとしたが、下人も食うためだった。また、咎めた木樵りも殺人現場から小刀をくすねていたのだった。

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映画「羅生門」では出演した俳優はわずか8人だった。三船は各証言ごとの再現ドラマで違った顔つきで登場する。八面六臂の演技だった。やんちゃだったり臆病であったりと多面の顔を見せ演じた。

いいなと感じさせてくれたのは羅生門で雨宿りしながら話し込む三人だった。

木樵りの志村喬(1982年没)、旅法師の千秋実(1999年没)そして下人の上田吉二郎(1972年没)だった。

 ご冥福を祈ります!

2021年8月20日 (金)

縁あって藪の中

縁あって藪の中に分け入った。

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密を避け、一人竹藪を彷徨った

山の竹藪に分け入ったのも間違いないけど、実は、芥川龍之介の小説「藪の中」をさらっとでなく辞書を片手に読んだのだ。

私にとって見れば、今更ながら芥川を読み返すなど特別の縁がなければすることはないのだが。

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ま、縁などと言ってはみたものの大それたことじゃない。

前回観賞した映画「野良犬」に続けて、この際、黒澤関連映画を一気に観てみるかと思い始めた。

黒澤関連のドキュメントを視聴したり、映画本をめくっているうちに、我が家のライブラリーに黒澤映画のリメイク版があることに気がついた。ヴェネツィア映画祭金獅子賞「羅生門」のリメイクだ。それが二本もあったのだ。

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黒澤映画で三船敏郎が演じた多襄丸を二人の俳優が演じている。一つは小栗旬が演じる「TAJOMARU」。二つ目は「MISTY 」。こちらでは多襄丸を豊川悦司が演じ、天海祐希、金城武が共演する。

そして、その原作が龍之介の「藪の中」と「羅生門」なのだ。

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どうせならばと、原作を読んでから映画を見ようと読み始めた。とはいってもそれぞれ短編なのであっという間には読み終わった。

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「藪の中」は全15ページ

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「羅生門」は全10ページ

ところが、読み始めると、結構見慣れない漢語が混じっている。

そこで電子辞書を片手に読み始めたわけだ。後で気がついたのだが、難しいのは多くが名称などの名詞で、今では日常に見られないものが主だった。わからなくて当然。落胆しなくていいのだ。(各文庫版巻末の注釈も充実している)

 ex蘇芳(すおう)=染料植物、  牟子(むし)=市女笠の周囲に等身の薄い布をたらしたもので山野を行くときに使う、  市女笠(いちめがさ)=菅(すげ)または竹皮で編んだ笠で中央部が高くなっている、菅は「すが」でも「スカ」とも読まず「すげ」、上流階級の女子が使った。 

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市女笠と牟子をかぶった女性(映画「羅生門」より)Dsc05687-3

法師髪(ほうしがみ)=馬のたてがみを坊主のように剃ってしまうこと、  如露亦如電(にょろやくにょでん)=露のごとくはかなく稲妻のごとく一瞬にして消え去ること。等など。

そもそも芥川龍之介が小説の下敷きに古典=今昔物語集を使っているのだから当然だね。平安期に成立した説話集だものね。これを橋本忍と黒澤が脚本に仕立てたわけだ。凄いし面白い。「今は昔、あるところに・・・・・」

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藪の中も多彩だね!

 先ずは本家黒澤映画「羅生門」を典拠の芥川小説に照らしつつ鑑賞し、次いでリメイク版を小説及び黒澤版との対比で観たらどんなことが頭をめぐるやら。

ちなみに、以前「隠し砦の三悪人」(1958年公開)と、そのリメイク版、タイトル同じく「隠し砦の三悪人」(2008年公開)を観た。キャストは阿部寛、松本潤、長澤まさみ、など当時も今も頑張っている俳優達だったのだけれど全く別物に近い映画だった。この時の私の軍配は黒澤作品だった。

 

2021年8月13日 (金)

朝開き、夕にはしぼむ花だけど、夏はやっぱりタイタンビカス!

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我が家のタイタンは六月下旬に蕾を着けた。

七月初めに先ずは赤い大輪を見せた。

今年待ち遠しかったのは株分けした白の花だ。

これも七月第一週には大きな花を咲かせた。

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以来、多い時には三つも四つも顔を見せてくれている。

夏の花には比較的多いように感じるのだが花期が長く秋まで咲いてくれる。

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我が家にヒマワリは咲いていないけれど、聞くところによるとヒマワリは太陽を追いかけるそうだ。タイタンビカスが追うのは見たことがない。生まれたときに定められた方向をじっと見ている。もしかして、衛星「タイタン」と同じく土星を見ているのかな!

もっとも、ヒマワリも開花後は動かないようだ。成長期には太陽を追いかけ朝は東、夕方には西へと茎が動くようだけれど、それも蕾を付けるまでだそうだ。

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白花は南を向いている。そして赤花は西を向いてとあちこちに愛嬌を振りまくかのようだ。

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タイタンより早く咲き始めて、同じく秋まで次から次へと花を開いていくのがランタナ(七変化)だ。

我が家には三種類が咲き誇る。

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まさに名のごとく変幻自在の花だ。

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タイタンと同じように冬になるとすっかり葉を落とし、枯れ木のような姿で春を待つ。

その際、深く切り戻し、コンパクトにしてやると、梅雨時には枝のそこここに仔細に観察せねばわからぬような新芽が着く。

そして初夏に蕾をつけたかと思うと一斉に開花し、秋まで花が咲き続けるのだ。そして身の丈1メートルにもなる。

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今回嬉しかったのは、枯木もどきとなった枝からの芽吹きだけでなく、種がこぼれて芽を出し育ったものもあったことだ。

そして、春以来まだ頑張っている花がある。

同じく七変化と名付けられているアジサイだ。ほとんどのアジサイは花が枯れ葉だけになったのだが、新入りの「ダンスパーティ」の末弟だか末娘だかわからないが未だに花を咲かせている。兄、姉が派手に大輪を付け咲き誇っていたが、それら花々が朽ちた後も枝葉は成長を続けた。その枝の先に八月に入ったというのに新たな花をつけたのだ。兄姉のような華やかさはないのだがそれなりに味のある咲きぶりだ。

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数年前までは、季節ごとに種を蒔いたり、苗を買ったりと年毎に違う雰囲気の花壇にしつらえていたのだが、最近は球根やら根など、そのままでも芽吹くものが庭花の多くを占めるようになった。

現在咲き誇っている花々もたくさんある。

定番のハイビスカス。何度冬を越したやら。南国出身なので晩秋から家の中に入り寒さをしのいでいる。

今年もしっかり花を咲かせた。

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優雅に咲くのがゼフィランサス(サフランモドキ)。

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名はカタカナであるが、なんとなく東洋的な佇まいを見せてくれる。

ぼちぼち咲き始めるのが白花のゼフィランサス(タマスダレ)だ。

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雑草かと思っていた私に抜かれるはずだったのがトレニア。女房殿に「花」と教わり生き延びた。これもこぼれ種が花咲かせた。

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毎年、もうダメかと諦めていると花咲かすアメリカジャスミン。そして風に吹かれてあちこちに種を広げ芽をだすコリウス等など。

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さあ、まだまだ暑さは続く、花々に水を遣り愛でながら夏をのりこえよう!

2021年8月 7日 (土)

猛暑凌ぎにゴクゴクとビールで喉を鳴らしたい!一番うまそうなビールの映像は「野良犬」(黒澤明監督)の一場面だったって!

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新東宝・映画芸術協会共同製作1949年作品(以下同じ)

この映画「野良犬」は1949年公開の黒澤明監督作品だ。主人公は刑事役の三船敏郎と志村喬。

三船は1946年に東宝ニューフェイスとして映画界に入って四作目(??)の作品になるのかな。

黒澤明は1943年に「姿三四郎」でデビューして一躍注目され、世界大戦終了後の初監督作品は「わが青春に悔いなし」(1946年)だった。三船を起用したのは1948年の「酔いどれ天使」に次いで二度目が「野良犬」だ。

三船はまだ29歳だった。

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この下手うま手書きの配役名がいいね。

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それで、何故「野良犬」なのかだ。

実は、三週間前(7/20)のことになるのだが、新聞のコラム(朝日新聞 天声人語)に「ビールのグラスを傾け、『おいしい』と言うだけのCMは究極のワンパターンながら、やっぱり喉が鳴る」と、酷暑乗り切りの術である冷えたビール愛飲話の続きに映画の中の美味しいビールのシーンを紹介していた。「野良犬」の一場面だった。

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こんな高級ビールが登場したわけではない。

これは、我が家で自分へのご褒美として、たまのたまに発泡酒でなくビールを飲む際の特別の缶なのだ。

一昨年の夏までは、暑くなれば何度も、また遠く電車を乗り継ぎながらも友人たちと居酒屋やらビヤガーデンやらと飲み歩いたものだ。しかし・・・昨年、今年と、お上の御達しで家に軟禁状態となり飲み屋巡りは叶わぬこととなった。

(8月6日金曜日)コロナ国内感染 累計100万人超える。

8/7 東京オリパラ組織委員会は大会関係者感染が409人になったと発表。

さらにたまには、下のようなもう少し値の張るものも飲む。

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このビール意外にいけた!

話を戻せば、幸いにも黒澤作品の録画は我が家に何本かあって「野良犬」も観ることができた。

美味しそうなビールの場面を探してみた。

ビールは、なかなか登場しない。

 

物語は村上刑事(三船)が満員バスでピストルを掏られたことから始まった。不運なことにその拳銃を使った犯罪が発生し必死に犯人を探すのが前半の展開だ。

それにしても終戦直後であり、今とは銃器についての認識も違うのだろうが、警官が射撃場で訓練をしたあと、実弾が7発も入った拳銃コルトを無造作に私服のポケットに入れ、そのままバスに乗るのだからな。

結局、ギュウギュウ詰めのバスの中で横に居た女スリにピストルを盗られた。

現在考えれば盗まれて当然の無用心だ。この当時、バスなどの乗り物でスリを働く者は「ハコ師」と呼ばれていたようだ。

 

この不祥事を上司に報告する村上が「自分は、自分はどうしたらいいのですか」と責任をとろうとするのだが、聞く上司が「自分はなどと言うな!ここは軍隊でない」と咎めながら「免官などという野暮な裁きはないよ」と返す。

このやり取り、「敗戦と戦後民主主義」の時代を感じさせた。

 

苦労の末にスリ犯を突き止め、女は「お銀」であり、ねぐらもわかった。彼女はとぼけて知らんふりをするのだが、村上の粘りに負けて折れてくる。

深夜23時30分、外で待機する村上にお銀は「お前さんには負けたね」「お食べ、ビールも冷えているよ」とつまみとビールを持ってきた。

でも、これは、紹介された美味ビールの場面ではなかった。この時も飲めば美味しかったろうけどね!

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ピストルはとうにお銀の手を離れていたが、行方について「ヒントだけよ」と言って「ピストル屋を探してごらん」と教える。

村上「ピストル屋?」

お銀「もぐりだね」(そんなことも知らないでという意味で)。「ピストルの出物が流れていくところがあるんだよ。そこで売り買いしたり、損料で貸したり、物騒な話さ」

村上(三船)はこのヒントを下に捜査を始める。復員兵の姿に身をやつした潜入捜査だ。

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日本の敗戦からまだ四年。汽車はこんなだったし、街中では街頭理髪店が成り立っていた。南、東南アジアの旅の途上でもこんな風景にでっ食わしたことがあったっけな。

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さまよい、疲れながらもホンボシにたどり着いた。その者は、野球観戦が大好きだということも分かった。

間もなく、ジャイアンツ対ホークスの試合があるという。当時の野球ファンには見逃せぬゲームなのだ。そのホシは必ず現れるという確信のもと試合当日球場で張り込むことになった。

 ※(ホークスについて)※

1938年にチームは南海軍としてスタート。その後二回の改名を経て1947年6月に南海ホークスとなり以後ホークスがチーム名の最後に着くようになった。1985 年福岡ダイエーホークス、2005年福岡ソフトバンクホークスとなり現在に至る。

張り込みの前後の時間に佐藤刑事(志村喬)が村上(三船)を家に招いた。

そこで出てきたビールが「一番うまそうなビール」だった。

コラムでは「『配給のビールがあるのを思い出してね。』とベテランが若い刑事を家に誘い、一緒に飲む。終戦直後の夏の日、汗みどろになって聞き込みをした刑事たちの喉の渇きを思う。配給という言葉の響きとともに。暑いさなかの得がたい冷たさ、そんな飲み物、食べ物は長く記憶に残る」と。

ただ残念ながらゴクゴクと美味そうに飲む場面はなかった。

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配給のビールだ!

そして、球場での張り込み。Dsc05544-3

昭和24年の巨人対南海の戦い

後楽園かな?満席だ。

それに比べ、いま進行中のスポーツの祭典では、残念なことに無観客。スタンドが空いている。

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ユニホームは今の方が断然スマートだけれどね。

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でもスターはいた。背番号16番の川上哲治だ!(ジャイアンツ川上元監督の選手時代)1920年生まれの川上もこの年やはり29歳だった。

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最終盤、佐藤刑事も村上刑事も犯人の銃に撃たれた。佐藤は深い傷を負うが、軽症の村上が死闘の末に逮捕した。

モノクローム映画で、時代も70年も昔のこと、ではあったが今の刑事ものに比べても遜色がなかった。

この映画、当時キネマ旬報の評価で日本映画第三位(1949年度)になった。ちなみにその時の一位は小津安二郎監督の「晩春」だった。

コロナに終りが見えない中である。篭もるしかなければ、これからも映画の感想やら、花々草木の様子、たまに読む本の読後感などをボチボチ綴ってみるか。

それにしても、政権のコロナ対策のお粗末さが戦前末期の指導部に重ねられ語られるようになってきたね。

「あの失敗、国民を苦しめた元凶」と同じだと言われ始めたけどどうなんだろうね。

 

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