ウェブページ

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 2021年9月 | トップページ | 2021年11月 »

2021年10月

2021年10月29日 (金)

湘南というと桑田佳祐、加山雄三が浮かぶが、片岡義男もそうかな?と思ったけれど!

Dsc06271-2

神奈川県三浦半島手前の葉山あたりの海岸 2021年10月

事故渋滞で車が進まない。海を見たら上掲の光景が目に留まった。早速カメラに収めた。

湘南というと、そこをモチーフにした曲や映画が浮かぶ。アーチストでは先ずは桑田佳祐・サザンオールスターズかな。

彼らの1970年代末から現在までの活動はすごいもんだ。初期の作品の「勝手にシンドバット」など歌詞の中に湘南がちりばめられている。

🎵「砂まじりの茅ヶ崎、人も波も消えて」 ♬「いつになれば湘南、恋人に逢えるの」 ♫「江の島が見えてきた 俺の家も近い」等々。

写真の右端に見える島影は江の島だ。

Dsc01399-2

加山雄三は茅ヶ崎育ちだそうだが、湘南というよりも、もっと広く「海、クルーザー」という印象だな。

でも、すでに84歳になられ、病気が発症したり、所有していたクルーザー「光進丸」が火災にあうなど不運なことが続いた。また、静岡県の西伊豆にある1998年に開館した「加山雄三ミュージアム」も2022年8月31日に閉館することになっているようだ。

「海よ その愛」(2004年 発表)では ♫「海に抱かれて 男ならば たとえ破れても 燃える夢を持とう」(岩谷時子作詞)と歌った。老いたとはいえ今もなお、若大将というイメージそのままだ。そう言えば10月26日に文化功労者に選ばれたんだね。おめでとうございます。

Dsc01897-2

それでは、なぜ片岡義男が浮かんだ?

彼の作品に「波乗りの島」がある。サーフィンだ。だから湘南かと言うとそうじゃなかった。タイトルの「島」はハワイのオアフ島だった。でも、波の描写はすごい。

波は波でも湘南じゃなかった。

気になったので劣化しつつある知恵を絞った。思い出してきた。どうもイラストレーターの「わたせ せいぞう」さんの絵のイメージと重なっていたみたいだ。絵の醸す雰囲気と片岡の小説のタイトルがつながってしまってた。そして湘南だろうということになってしまってた。

彼の絵をゆっくり観賞したことがあった。

用向きで九州に行った時、最後の宿泊地が門司だった。

ホテルの近くに「わたせ せいぞう ギャラリー門司港」という作品展示の場があり、ゆっくり観賞した。

20132

旧大阪商船ビル(門司)

Photo_20211025114401

2013年10月 門司港ギャラリー入口

絵の素養がない私などにも分かりやすく、洒落たものを感じた。

それがどういうわけか、海の描きかたからなのか、描かれたカップルのムードからか、片岡義男さんのイメージに掏り替わっていたのだ。この時点で片岡作品は全く読んでいなく、まさにイメージ先行だった。

2013kyuusyuu

ギャラリー近くの船上居酒屋

そして、たまたまであるけど9月に新聞の連載「語る ー 人生の贈りもの ー」で片岡さんが登場して15回(9/20~10/8)に渡って語った。なるほどと思った。

彼のことが少し分かった気がして、片岡作品を読みはじめた。

 

2021年10月22日 (金)

エジプトで休止してエジプトで再開した美術館・博物館巡り!

東京富士美術館(八王子市)で開催されている「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵古代エジプト展」に行ってきた

Dsc06169

コロナ禍の中にあってあれこれ活動を自粛していた。

美術館・博物館巡りもそうだ。

Dsc06171-2

東京富士美術館正面入口

前回、美術館・博物館を訪れたのは、昨年2020年の1月から2月にかけてエジプトを旅した時だった。カイロのエジプト考古学博物館だ。コロナをまだ誰も気にしていないころだ。

Dsc07012

エジプト考古学博物館 2020年2月、私達の訪問時はミイラ等が

新しく建設された国立エジプト文明博物館に引っ越しの最中だった。

ところが、私たちが日本に戻りしばらくしたところ、ナイル川クルーズ船乗客にコロナ発症者が出たとの報道があった。危機一髪だった。

そして、イタリアでの蔓延が始まった。

私たちが乗船したのはその2週ほど前だったかな。クルーズ船の乗客は半数がイタリア人で日本人は30%ぐらいだったかも。それ以来の自粛生活だった。

Dsc07260

Dsc07153-2

今回は一年八ヶ月ぶりの美術館・博物館訪問となった。しかも同じくエジプトにちなんだ古代遺物観賞だ。

Dsc06196

「王に授乳する女神の立像」

Dsc06228

「ネフェルトイティ王妃あるいは王女メリトアテンの頭部」

Dsc06229

これらの造形のすごいことは、推定される創作年代だ。

「授乳する女神」は紀元前664年から紀元前332年の間。そして「王女あるいは王妃」の頭部像に至ってはなんと紀元前1351年から紀元前1334年の間だというからすごい。頭部像はエジプト美術の傑出した彫像の一つとして評価されている。

解説では「自然で理想的な顔の形が入念に成形されている」としている。3500年前の彫像とは思えない出来だ。どこか、日本の女優の波瑠さんに似ているかな。

Dsc06194-2

東京富士美術館を訪れたのは初めてなのだが、私のように被写体を見つけると直ぐシャッターを押したくなる者には嬉しいルールがあった。動画撮影やフラッシュ使用はだめだが写真撮影はOKだった。昨年は見逃したが、日展も撮影可だった。そんなことで、上記のような写真も撮影できた。

ただもう一つ驚いたことは、これら発掘された考古品が自国でなく、他国に沢山あることだ。

ベルリンエジプト博物館にはエジプトの考古品が40,000点以上そして古代文書が60,000点以上収蔵されているという。

さらに驚いたのは、上野の国立科学博物館で来年1月12日までの日程で大英博物館「ミイラ展」が開催されているが、この大英博物館もすごいのだ。

なんと800万点の収集品があるというのだ。しっかり保全されているから良かったかもしれないが西洋列強植民地主義はすごいものだ。というか恐かったな。

そんなことだからエジプト考古学博物館所蔵品の日本公開でなければエジプトで観賞したものと重なるものはないわけだ。

Dsc06188

エジプト八百万の神々の一つ、ライオン神だ

土器もすごい。

Dsc06231

青色彩文土器 作年 BC1351年~BC1334年

ところで、美術館・博物館めぐりは楽しく感動もさせてくれるが、結構疲れるものだ。

3階のラウンジで休んだ。

Dsc_5435-2

外を見て驚いた。

ラウンジからバルコニーに出たところ、目の前にヨーロッパの宮殿のような建物が忽然と現れた。

後で、分かったことなのだが、このあたり一帯は信仰宗教団体の施設が集中しているところだった。

そして、この美術館もその創設に関係者が尽力していたようだ。

宗教団体が創設した美術館といえば静岡県の熱海市にあるMOA美術館などもそうだ。

でも、共にその宗教に帰依しなければ入館できないとか、呪文を唱えろなどの強制もなく、純粋に貴重な美術品を鑑賞できる場であったので良かったよ!

特別展示を見た後、常設館も覗き、帰路についた。

Dsc06252

久しぶりに堪能したよ!

2021年10月15日 (金)

お彼岸には少し遅れたけれど墓参してきた。静寂に包まれたここは密教寺院!

秋のお彼岸には少し遅れたけれど、久しぶりに連れ合いの実家菩提寺に行ってきた。

早世した義父と義姉が永眠している。

都心からはJR 中央線でも西武新宿線、池袋線、どれを利用しても行ける所だ。

Dsc06153

なかなか立派な門構え。

真言密教の寺院なのだ。

所帯を持つまで密教の法事に参列することなどなかった。

我が古里の菩提寺を見ると、父方は浄土宗で南無阿弥陀仏、母方は日蓮宗で南無妙法蓮華経だった.

法要の際、どちらの宗派も現在では初七日供養までを一日で済ませ、その二度目のお焼香が済み仏事が滞りなく終わるや、住職は参列者をねぎらいながら故人にちなんだ話や、遺族を励ます言葉かけをし、浄土はこうだ、以後日々このように心がけると良い等々の説法をされた。

ところが、真言密教は全く別物だった。結婚後はじめて法事に参加して驚かされた.

Dsc06131-2

密教はことごとく違った。

最初から終わりまでサンスクリット語、つまり何を朗誦しているのかちんぷんかんぷん。

ノウマク・サンマンダバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・・・・まあ、「真言」が唱えられていることは承知しているのだがね。

そして途中で踊るように立ったり座ったりした。「御勤め」が一通り終わると頭を下げてそのまま奥に引き上げていってしまった。

こちらとしてはありがたいお話を聞かせていただけるかと「期待」していたのだがね。

Dsc06142-2

ここの宗祖は弘法大師空海だ

日本における真言密教は空海が始祖であったと思うが、彼が生きたのは奈良時代末期から平安時代にかけてだ。(774年~835年)

空海が遣唐使として長安に着いたのは 804年12月のことだった。

学んだことは真言密教。そして当時の唐で接することのできる諸文化だった。

密教は大乗仏教の一派とはいえ、発祥地インドでヒンドウー教やゾロアスター教の影響を強く受けていたようだ。

生半可の情報だけれど、ヒンドウーに似ているなと思ったのは化身という考え方だ。

真言宗は同じ大乗であっても密教以外を顕教として区別し、顕教は釈迦如来を本尊として修行を積まなければ成仏できないのだが、密教はすべてのものは大日如来が姿を変えたものであり、形、見える姿が違って見えるだけだという。

仏も人も本質的には同じであり、人がもともと備えている仏性が表われば、現世における肉体のままで仏なのだそうだ。

即身成仏なのかな。

ただ、現実の自分が仏とは大違いであることは誰でもわかること。そのため、仏と一体となった境地を実感するために修行を積むのだそうだ。上座部仏教に近いような感じもするが、そのへんの理解は和尚さんにもう少し聞くしかないかな。

ところで、このお寺に関わって面白いことを聞いた。


Dsc06151-2

金剛力士像

面白いと思ったのは真言宗であるから本尊は当然大日如来なのだが、こちらの寺ではもともと不動明王が本尊だったというのだ。

江戸時代に火事で不動明王を焼失してから大日如来になったという。

それでは宗旨換えをしたかというとそうじゃないのだ。

不動明王は大日如来の関係者だったのだ。と言うよりも大日如来の化身だというのだ。

大日如来の姿かたちは私にはパッと浮かばないのだが、柔和なんだそうだ。そこで優しさだけでは通用しない人々を救済するために化身した不動明王は怒りの形相をしているのだと。

Dsc06140-2

江戸時代から安置されている六地蔵尊

ところで大日如来の名前はこれまでも耳にはさんでいたものの良くは知らない。ただ、まったく非学問的、素人的断片知識での推測でしかないのだが、空海が唐の長安で学んでいた時、そこには仏教寺院だけでなく道教をはじめとしてゾロアスター教寺院や明教(マニ教)寺院、そして景教(キリスト教ネストリウス派)寺院さらに清真教(イスラム教)寺院などもあったらしい。景教などは7世紀にペルシアを経由して入って来て唐王朝(618年~907年)末期には仏教などと共に宗教弾圧(845年~)の対象になってしまったのだが、空海は好奇心旺盛にこれら宗教の教義も学んだんじゃなかろうか。

真言密教は何か太陽神というか一神教にも近しさを感じさせる。

ここで思い出したのが13年前の旅だ。

インドネシアのバリ島とジャワ島を旅した。そこで仏教遺跡に出会った。

大乗仏教のボロブドゥール遺跡だ。ジャワ島だった。

近くにはヒンドゥー遺跡もあった。

 

128-2

バリ島内 ヒンドゥー教寺院 2008年3月

287-2

ジャワ島ボロブドゥール遺跡群

291-2

ボロブドゥール遺跡はイスラム教徒が世界最多を誇るこの国にあっても破壊されずに仏教遺跡として保全され、多くの観光客を呼んでいる。また上座部仏教が主である東南アジアであるにも関わらず大乗仏教なのだ。

比較的身近な菩提寺の話から始めたけれど、自分なりにちょっとだけど、掘り下げたり、周辺のことに触れてみると面白いものだ。

 

 

2021年10月 8日 (金)

ゴルゴ13! 高倉健版&千葉真一版デューク東郷 ! 映画を観た!

さいとう・たかをさんが9月24日にお亡くなりになった。享年84歳。

「ゴルゴ13」で知られる劇画家だ。

この7月に「単行本 ゴルゴ13 201巻」が発売され、その巻をもって「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」のギネス世界記録と認証されマスコミを賑わしたばかりだった。

Img20211004_10055828

SPコミックス 「ゴルゴ13」112巻 死臭の聖者 表紙カバー

(1999/4/26 初版第1刷発行)

その二ヶ月前の5月、 WOWOW で「生誕90年 高倉健特集」があり、「鉄道員ぽっぽや」「居酒屋兆治」など計19本が放映された。「ゴルゴ13(1973)」もその中の一本だった。(健さんは1931年生まれで、7年前、83歳で没された。)

我がライブラリーには健さん映画は既にほとんどあったが「ゴルゴ13」はなかった。いや、そもそもゴルゴの実写版があることさえ知らなかった。早速録画した。

Img20211004_10071232

SPコミックス「ゴルゴ13」121巻 贋作工房 表紙カバー

(2001/8/5 初版第1刷発行)

さいとう・たかをさんはゴルゴ(デューク東郷)の人物を作り上げていく上で30歳代の高倉健さんをイメージしたということは聞いていた。(2014年 ダ・ヴィンチ3月号)その辺りの縁もあって、映画も創られていったようだ。

お読みになった方もいらっしゃるでしょうが、ウィキペディアで紹介されているエピソードが面白い。

Dsc06089-2

1973年版映画タイトル

1973年版映画だから、1971年か72年頃だろうと思うが、さいとうさんが東映に「ゴルゴ」の映画化を打診された。「ゴルゴ」の連載は1968年からだから、まだ3年目か4年目の頃だ。あまり乗り気でなく、無茶なことを言えば諦めるだろうと、条件として「オール海外ロケ」「主演は高倉健」と返事をした。ところが東映は受け入れ、映画製作が始まったのだそうだ。そして高倉版デューク東郷が生まれた。

Dsc06122-2

東映1973年版「ゴルゴ13」より

映画を観賞した。

健さんゴルゴはカッコよかった。海外ロケはイランだった。

ただ、映画の展開がちょっと冗長だった。オープニングで、ゴルゴが依頼者の前に出現するシーンでも感じたが、最終盤に至り敵のヘリを撃墜するまでは良かった。だが、その後、熱砂をさまよいながら最後の標的を目指して進むのだが、ここが必要以上に長いと思いながら観ていたら、突然ターゲットがライフルの照準器に収まっていた。突拍子もない飛躍があった。

もっとも、当時のイラン・パフレヴィー王朝(当時日本ではパーレビー王朝と表記されていた。)の開発独裁体制の中で思うように撮影が進まなかったと回想されてもおり、多分様々な制約があったことによりシーンも切り刻まれツギハギ的な印象を残すことになったのだろうな。

それから6年、1979年になり、王朝はイスラム教原理主義勢力に権力を奪取され潰え去った。ちなみにアメリカとの対立はこのあたりから深まって現在に至るようだ。

千葉真一版デュユーク東郷も観た。香港が舞台だった。

Dsc06109

ゴルゴ13 九竜の首 1977年公開より

ユーチューブなどで予告編はあったのだが、当然ながら本編はない。

チェックしていたところ、rakuten tvで観られることが分かった。楽天はこれまでもホテルの予約などで利用しており、登録もしてあったのですぐ観ることができた。

千葉真一さんはうまい具合にメーキャップされていた。シーンによって印象は違ったが、劇画から抜け出したかのようにゴルゴそのものになりきっていた。ストーリー展開は4年前の作品よりぐっと良くなり面白く見ることができた。

Img20211004_10081636

劇画も物置から引っ張り出して読んでみた。(観てみたか?)4冊あった。

なかなか面白いではないか。弟たちが見たものか、息子たちが買ったものか分からないが、私自身は劇画と接することはこれまであまりなかった。

ギネスを機にさいとうさんがTV.新聞などのインタビューに応え、ゴルゴが長く続いている要因をお話しされていた。一つはテーマが多彩であることだ。コミックを読み始めてその辺りは、まったくそうだなと共感することが多かった。

7月に大学教授でゴルゴ愛読者である土岐寛さんが新聞に語っていた。(朝日新聞2021年7月5日)

「領空侵犯など、日本が置かれている国際的な緊張関係も取り入れている。常に「現代」に訴える内容が、読者がついていく魅力になっている」「ストーリー展開も巧みだと思います」

そして、これを可能としているのは「作品が共同作業でつくられている」からだというのだ。原作・脚本や作画が斎藤さん一人でなくシナリオ作家から直木賞作家まで含めた多彩な専門家によって担われているのだそうだ。これならマンネリにならないね。斎藤さん自身も3年前の連載五十年に際して語っている。「ドラマを考える才能、絵を描く才能、構成する才能は本来別なんですよ。全部持っていなければいけないってのはムチャクチャですよ」(2018年10月17日朝日新聞)

そうだよね。それに加え画面構成というか割付について劇画という言葉を作り出したさいとうさんならではに語っているのは「手塚治虫先生の「新宝島」に出会い、紙の上で映画ができると衝撃を受けた」(2019年6月 手塚治虫賞受賞時スピーチ)ということであり、映画の画面構成そのものを紙の上でつくることがずっと貫かれてきたことが大きいなと感じた。

Dsc06118

さあ、観始めたコミックスをさらに観続けよう!

 

 

.

 

2021年10月 1日 (金)

もの憂げに 彼岸を想う 蛙かな・・・でなくて、実は厳しい食物連鎖の一端だった!

Dsc06008-2

彼岸花が一斉に咲き始めた。

毎年のことだけれど、いつもアッという間に育つ。

スルスルと茎が伸びたかと思うと翌日か、翌々日には蕾がほころび、そして次の日には美しい全容を見せる。

蛙もじっと見ているかのようだ。

Dsc05975-2

Dsc06034-2

蛙だけではない。カマキリまでもやってきた。

Dsc_5340-3

蝶々は花から花へ舞っている!

揃って花見かな?

「もの憂げに 彼岸を想う 蛙かな」

まさか、昆虫世界はそんな甘いものではないのだ。

生きるか死ぬかなのだ。

たまたまだけど、その厳しい現実を目の当たりにした。

Dsc_5347-2

狙われているよ!

Dsc_5349-2

標的になっていることに気づかず蜜を吸い続ける

 

Dsc_5350-2

危ない!

自分よりも図体が大きい獲物を簡単に仕留めた。

Dsc_5352-2

この間1~2分の出来事だった。

蝶は数分前にどこかから飛来した。

アジサイの残り花やら七変化などに寄りながら彼岸花にたどり着いた。

カマキリはゆったり移動していた。

そして、前述の通りとなった。

生態系を守るということはこのような酷いような食物連鎖も知らなくてはいけないんだよね。

Dsc06040-2

しばらくしてから見に来るとカマキリは何事もなかったかのように金柑の枝にぶら下がっていた。

腹ごなしのくつろぎ方なのか?人が近づいているのに身じろぎひとつしない。

他の昆虫たちも餌探しであるか、ただ徘徊しているだけなのかあちこちに居る。

Dsc06051-2_20210925151101

カワトンボはカマキリのそばにこそ近づかなかったけれどこの日もやってきた。

Dsc_5378-2_20210925151301

虫たちはどうも、アジサイが好きなようだ。

葉が手頃な広さを確保できるのか、滑り止めが効いているのやらわからないけれど。

Dsc_5376-2_20210925151801

いつも不思議に思うのだけれど彼らはどこで生を受け育ち、何の伝で我が家に来るのやら。

彼らは我が家の庭で何か生活の糧を得られるのかな?

まあ、食物連鎖も大事だけれど、生物多様性も忘れてはいけないな。

その点で、我が家は少しは貢献しているかな。

Dsc_5377-2_20210925152101

アジサイの葉の裏を覗いてみた。なんと、こんなペアの抜け殻があった。長い地下生活の中で、「地上に出たら一緒になろうね」と約束し、添い遂げて、納得の生涯を送ったのかな。

 

彼岸花も満開になった。

Dsc_5367-2

そして、彼岸花は今は散り、茎だけが空を仰いでいる。

でも終わりでない。これから長い葉を伸ばしてくる。初めて見る方は彼岸花だと分からないかもしれない。葉は生い茂るように伸びて半年ほど光合成を続け、しっかり地下茎に養分を蓄え、周りには酸素を放出し、来年さらに鮮やかな花を見せてくれるのだ。

 

 

« 2021年9月 | トップページ | 2021年11月 »