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2021年11月

2021年11月26日 (金)

首都防衛の要塞がこんなところにあった。東京湾入口の無人島・・猿島!

いつであっただろうかテレビを見ていた時、ニュースだったか旅行番組だったか東京湾に無人島の元要塞があるとレポーターが話した。知らなかった。機会があれば行ってみようと計画した。そして満を持して実行した。猿島だ。

猿島は江戸末期1847年に首都「江戸」防衛のために日本で初めてお台場(砲台)が築造された島だ。

有名な品川沖の御台場は1854年一部築造であるから7年も早かったのだ。猿島ではその後、明治中期になって陸軍省・海軍省などにより新たな砲台が造られた。しかし、品川も猿島も実戦の場にはならなかった。

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猿島遠景(2021年晩秋)

島に渡る船は横須賀港から出ていた。東京湾の入り口といえばそうだな。出航!

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進行方向右手の馬堀海岸沖あたりかな、新しく就航した東京九州フェリーの「はまゆう」か「それいゆ」と思われる巨船が停泊していた。15,515トンだ。でかい。

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島が見えたぞー! 無人島と言いながらも実は陸に近いのだ。乗船して10分で着いてしまう。

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見ての通り海は穏やかだった。でも揺れた。ちょっと怖さを感じるぐらいだった。

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まあ。こんなに小さな双胴船だったからね。横波が揺らしたのかな?

桟橋に近づいた。

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いざ、上陸!

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 確かにここで生活する人はいないようだが、無人島なの?

観光客は毎日訪れるし、迎えるスタッフの人々もいる。かつては兵隊が生活しながら砲台の守備に当たった。明治になってからの陸軍省・海軍省の管理時代だ。

アジア太平洋戦争敗戦で占領軍が接収して軍人はもとより一般人も当然入ることのできない場所になった。その辺あたりから無人島と言えばいえないことはなかったか。

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初上陸であったこともあり、お姉さんガイドに付いて行くことにした。

ユーモアたっぷりに案内し、島のあれこれを話してくれた。

小島とは言え起伏に富んでいる。

こんな切通しを上った。

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要塞らしさが漂ってきた。

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レンガ造りの建造物が現れた。

小窓ありが兵舎。

ないものは弾薬庫だ。

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ここは弾薬庫。

そしてこちらは・・・・

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トイレなのだ。

これら施設が建造されたのは明治時代中期だったのだが、その後の急速な飛行機の発達や長距離砲の進化で使いみちもなく時が過ぎた。それでも幸か不幸かアジア太平洋戦争で復活して砲台などが造られた。

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このような高射砲が設置された。

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台座跡や連絡トンネル。

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そして、今度はほんとうに幸運にも戦火に見舞われることなく終戦を迎えた。

紆余曲折を経ながらも今は市民の憩いの場にもなっている。

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こんな浜もあり海水浴もできるようだ。

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海の向こうに横浜のビル群が蜃気楼のように見えた。

ガイドさんの案内も終わり昼食をとった。

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対岸に見えるのは横須賀の町

青天井のテラス席で食事。

ここに来たらやっぱり「よこすか海軍カレー」だね。

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美味かった!食後は自由散策して帰途についた。

 

2021年11月14日 (日)

いや面白いもんだ ! ひょんなことで探し物に出っくわす。突然「スローなブギにしてくれ」が現れた。

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我が家の紅葉・黄葉 ①(タイタンビカス)

訪ね先に約束よりちょっと早めに着きそうだったので、時間調整で書店に入った。

そろそろ来年用のダイアリーを買ってもいいなと店内を回った。目に入ってきたのが角川文庫の棚だった。「そうだ」と思い著者別の陳列「か行」の段を探した。

なんと「片岡義男」があるではないか。しかも「スローなブギにしてくれ」だ。

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早速購入。奥付けをみたら、ごく最近の出版だった。初版は平成13年(2001年)と20年も前なのだが我が手に入った文庫は今年6月発行の第8版だった。絶版でなかったのだ。

数日後の話になるが、新聞を見ていた連れ合いが「12月に山崎豊子の『女系家族』が放送されるんだけど、監督が鶴橋康夫で以前『白い巨塔』を監督した人みたい。「巨塔」では岡田准一が主演したんだけど録画してなかったっけ?」と尋ねてきた。その記事では鶴橋監督は俳優達に高く評価されていた。それもあり、彼の監督作品を観たくなったようだ。

あちこちに収納されているDVD・BDを探した。1960年代に映画化された山崎作品の録画はいくつか見つかった。

「女系家族」(1961年大映制作、監督 三隅研次、出演 若尾文子、高田美和、京マチ子、田宮二郎等)も「白い巨塔」(1966年大映制作、監督 山本薩夫、出演 田宮二郎、東野英治郎、藤村志保等)もあった。

しかし、TVドラマ化された「白い巨塔」は見つからなかった。

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2016年5月録画「スローなブギにしてくれ」他

ところが、なんと「スローなブギにしてくれ」の録画BD が出てきたのだ。すっかり忘れていた。再生もされずに眠っていた。この日を待っていたのか。

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録画したのが2016年5月。5年も前だ。

映画が制作されたのは1981年4月。40年前。出演は浅野温子。彼女の初主演作だった。彼女が19歳の時だ。小悪魔として登場し、この後スターダムにのしあがっていく。

 先ずは小説を読んでみた。

文庫は短編集だった。表題は「スローなブギにしてくれ」だったけど、「スロー・・・」は61ページの短編で他に4本、「モンスター・ライド」「ハートブレイクなんて、へっちゃら」「マーマレードの朝」「さしむかいラブソング」が収まっていた。

「主人公」は「ゴロー」と「さち乃」、わきを固めるのはムスタングの男やスナックのマスターなどの人物そして「子猫達」だ。

ゴローは18歳で転校させられた高校生。理由は成績の悪さと素行の不良のため。さらに新しい高校でも気が向いたら学校へ行き、そうでない日はオートバイに乗ってぶらぶらして過ごしていた。乗るバイクはHONDA CB500。

さち乃は高校二年生の時に家出して、それ以来家に寄りついていない猫好きの女の子。

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映画「スローなブギにしてくれ」より

物語のスタートはゴローが第三京浜をバイクで走行中に前方を走っていたムスタングから猫とさち乃がほうりだされるところからだった。

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猫が中空を舞った

猫に振り回されながらも生活を一緒にするようになった(神奈川県大和市にて)が結局彼女の猫好きが高じたところで、ゴローが癇癪を起し猫もさち乃も捨てることになった。それもドライブ途中の静岡県三島市でだ。だが、最後にさち乃が戻り、働いていたバーのマスターがリクエストに応え聴かせてくれた曲が「スローなブギにしてくれ(I want you)」(作詞:松本隆、作曲、歌唱:南佳孝)だった。小説も映画もプロローグとエピローグはほとんど共通していた。

小説のほうは、自分とは違う生き様の若者達だと強く感じたが、まださわやかな印象を持った。

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さち乃はムスタングに乗せられ海岸まで来た(映画より)

映画はちょっと違った。ゴローも成人の男で、全体としてドロドロしたところが混じり、エピローグのさち乃が戻るところなどは似た展開だったがさらに続きがあった。山崎努演じる事業に失敗した中年男、ムスタングの男なのだが小説と違って深く絡んでいた。もう一人関わってきたのが室田日出男が演じたスナックのマスターだった。

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最後にムスタングは海に突っ込んだ!山崎演じるムスタングの男は生き延びたけど同乗していた女性は死んでしまった。

実は、映画の脚本では「スローなブギにしてくれ」に加え片岡作品から「ひどい雨が降ってきた」と「俺を起こして、さよならと言った」の二作品の内容を織り交ぜていたのだそうだ。

まあ、タイトルが同じでも小説・映画とそれぞれ違った印象を持った「スローなブギにしてくれ」だったが偶然が導いた作品との出会い。よかったよかった。

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我が家の紅葉 ②(もみじ)

 

2021年11月12日 (金)

天気晴朗なれど台湾海峡波高し! 俺(戦艦三笠)まで出動?

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横須賀市 三笠公園 戦艦三笠

習近平中国国家主席は中国政権党の結党100周年の演説で台湾問題解決を「歴史的任務」と言った。

中国軍は2017年以来台湾周辺に戦闘機を飛ばし、昨年の秋からは台湾の防空識別圏に20機以上の軍機を侵入させもしている。他国から見れば「冒険主義的・挑発行為」を繰り返しているわけだ。

また、11月3日、米国防総省がアメリカ議会向けに公表した年次報告書の中で、中国が2030年までに1000発の核弾頭を保有する意向だと分析した。自力でロケットを宇宙空間に飛ばしてもいるしね。

 

何か、今にも中国が台湾侵攻するかの雰囲気だ。マスコミもあまり異論を挟まない。

 

そんな中、退役したはずの戦艦三笠に待機命令が下された。

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1905年の日本海海戦以来、主砲に弾を込めたことないんだよな~!

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ちょっと錆も出てきたしな!

でも、艦内では「自分たち軍人は重い砲弾にへこたれず日々奮励しております」と頼もしい雰囲気に充ちていた。

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指揮官も「勇猛心を持って訓練・指導に努めておる」と・・血気盛んだ!

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ミサイルだって魚雷だって我が砲の標的だ。撃ち仕留めるぞ!

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いざ、出陣!

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 1905年5月東郷平八郎率いる大日本帝国連合艦隊はロシア・バルチック艦隊を完膚なきまでに叩きのめした。

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1969年東宝映画「日本海大作戦」より

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・・・・夢だったか、昔を思い出した。うつらうつらしちゃったな。・・・三笠の弁

なんというかね、21世紀も20年も過ぎたというのに世界を見渡すと、いつまでも戦火が絶えず悲しくなるね。

 

ちょっと前の党首選で、近畿地区から名乗りを上げた女性候補者がアジっていた。

「日本を守る責任」を果たす為、「防衛費を欧米並みにする。ならば防衛費はGDP2%、金額で10兆円規模にしなければいかん」と息巻いた。さらに「敵基地攻撃能力」にまで言及した。

戦端を開き一発命中したとして、あとはどうなるの?報復攻撃はされないの?

アメリカの武器商人を潤し、バックマージンが袖の下に見えるのだけど、軍事戦略はなにも見えない。

第49回衆議院議員総選挙の結果も出て国会における勢力図も定まった。衆議院では改憲賛成三党・・と言っても中身は多様・・で三分の二を占める現状もある。まさに彼女の言っていることが実現してしまいそうだ。

でも、ここで戦争が勃発したりしたら、どの国にとっても勝ちも負けもなく、巷間心配されている温暖化の自然災害どころでない深刻で悲惨な結果を残すだけだろうにね。コロナ1つで経験し、目にした脆弱な現実なんだから。 

実際、圧倒的国民は悲惨を感じる間もなく、核の餌食となってあの世だと思うがね。

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ところで、話が飛ぶようだけど、実は、以前から行ってみたいと思いながら実現できていなかった戦艦三笠の見学をしてきたのだ。

この戦艦、横須賀市の現在地に1926年(大正15年)に記念艦として係留固定され、その後何回か改造されたが1961年(昭和36年)に現状のように復元された。

イギリスの造船所で1902年に竣工された15,140トンの艦船だ。その時点では無敵の最新鋭軍艦だった。日本海海戦での戦闘と戦果は映画・TVでも何回か取り上げられた英雄的存在なのだ。

既に100年以上も前のことなんだね。

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2017年12月横須賀港停泊中のアメリカ空母ロナルドレーガン

(軍港巡りの船上にて撮影)

確かに、私だって感じることがある。

中国の脅威、そして毛沢東、鄧小平に並ぶ権威になりつつある習近平さんの言動やら、その強面の得体の知れない怖さだ。香港、ウイグルを持ち出すまでもなくだ。

けれど、中国にしてみれば自国のそばに写真のような空母が配備され、虎視眈々と狙らいながら、ジェットエンジンを吹かしているのだから、強がりを言わなければ弱腰だと見られちゃうよね。

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2016年1月沖縄普天間にて

すぐ近くの沖縄にこんな基地もあったりするのだから、ますます脅威だね。

逆に、中国の核装備された空母がサンフランシスコ沖などに停泊していたらアメリカはどうするんだろう?

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沖縄のグスク上空を飛行するオスプレイ

そういえばキューバ危機って言うのがあったっけね。

喉元にドスを突きつけられたような恐怖を感じたんだろうね。フロリダ半島のちょっと先に合衆国全土を射程にいれたミサイルが配備されたのだものね。大騒ぎして世界大戦寸前だったそうだよな。

ちなみに、アメリカの核弾頭は現在3750発。(2021年10月発表)

どっちもどっちだ!

そろそろ、そんなやりとりやめてくれないかな~!

2021年11月 5日 (金)

久しぶりに小説を一気に読んだ! 片岡義男作品だよ!

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東京湾浦賀水道近くに浮かぶ大型船 2021年10月

先週、片岡義男さんが登場した新聞連載「語る~人生の贈りもの~」を紹介した。この連載、私がよく目を通す一つだ。

この欄で片岡さんの前に掲載されていたのは映画評論家の山根貞男さんのインタビューだった。

何編か彼の映画評論を読んだかな。

山根さんもなかなかだ。

映画雑誌「キネマ旬報」で映画時評を34年以上こなし、今年刊行した「日本映画作品大事典」などは22年間もかけて発刊にこぎ着けている。御年81歳。たいしたものだ。

 

「人生の贈り物」欄では登場者がインタビューに応えながら、それぞれの語り口で人生の喜怒哀楽やら艱難辛苦、現在の心境、仕事のことなどを自由に語る。

 

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2021年9月20日朝日新聞掲載

 片岡さんの語りとエピソードに興味を引かれながら読み進めたけど、彼の言ってきたこと、やってきたことが少し分かったような気になった。

片岡さんのイメージは前回触れたところだけど、関心を持ったきっかけは「青空文庫」で彼の作品を見つけたことからだ。

✳青空文庫は、著作権が消滅した作品や著者が許諾した作品のテキストを公開しているインターネット上の電子図書館。(wikipedia より)

私は「文庫」では著作権が消滅した作品だけが公開されるものと思いこんでいたので突然現役作家が紛れ込んできたのかと驚いた。著者検索で「カ行」の誰かを探していた際にヒットしたのかも知れない。

もう一つ不思議に思ったのが、書店に行っても彼の本が見つからないことだった。

なんと、ほとんどが絶版になっていた。見つからないはずだ。

 古本屋でようやく見つけたのが「文房具を買いに」(平成22年5月初版 角川文庫)だった。

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「青空文庫」はインターネット環境があれば誰でも読むことができる。

我が家でも結構重宝している。映画や演劇を観た時、ネタは何だろうと調べると以外にもいわゆる文豪であったり、一世を風靡した作家の著作であったりする。原作を読みたくなった時など書店の棚で見つからなくとも「文庫」には所蔵されているのだ。坂口安吾などもそうだった。

 

片岡さんの作品が「青空文庫」で何故読めるのか本人の弁があった。

「載せませんかと言われて『はいどうぞ』と了解した。 僕は無料で貰うのはあまり好きではないけれど、無料で人が自由に使うと言うのは非常に好きなんです。」と応えていた。(book  shorts プロジェクトのインタビューにて)

そんなことで「人生の贈りもの」連載を面白く読ませてもらった。

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「文房具を買いに」表紙帯

連載第一回はオノマトペに触れながら日本語の面白さを語り始めた。「ズキズキ、ズケズケ、ズコズコ」と。

第二回は父母について語った。

お父さんはハワイのマウイ島で生まれ育った日系二世だった。成人してアメリカ本土で働きながら、金がたまると太平洋航路の船で日本に来て東京や横浜で遊んだ。祖父の実家が岩国だった。そこから見合い話が出てきて、結局結婚したのが義男の母となる人だった。1939年に義男が生まれるのだが2年後太平洋戦争が勃発。結局父母はハワイに戻れず日本での生活となった。義男は父の英語、母の日本語に囲まれて育ち、両国語を身に着けた。・・・ここまで知っただけで著作に触れたくなった。

ついでに言えば彼の父もかなりしたたかだ。戦後、GHQで働いたんだそうだ。

こんな風にして15回分を読んだ。

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 カワサキ650 RSW3

 「文庫」には片岡著作が12作品もある。(2021年11月現在)

その中で二作品を選んだ。一つは「彼のオートバイ、彼女の島」これを読み、二つ目は短編集「波乗りの島」に収録された「白い波の荒野へ」を読んだ。久しぶりに中編小説を一気読みした。面白かった。

彼のオートバイは写真の「カワサキ650 RSW3」そして、彼女の島は「瀬戸内の島」。片岡の祖父、母の実家も瀬戸内海に面している町だった。バイクの走りや、メカニックについての描写はさすがだ。

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1999年7月の瀬戸内海---旅の途上にて

「白い波の荒野」の舞台は父の生まれ故郷ハワイだが、島は故郷マウイ島の隣りのオアフ島。

この「白い波・・」は片岡の初めての小説だった。(1974年春「野生時代」創刊号掲載)

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2019年6月4日放映 NHKBSプレミアム「街歩き太平洋の島スペシャル」より

二編を一気に読んだが、片岡の小説表現はイメージをリアルに浮かび上がらせる。

「彼の・・彼女の・・」の二章では長野県上田市内で雨に降られ無料の公共浴場で雨宿りするのだが、その湯船の中で昼に出会った運命の女性に再び会う(混浴と言うか、区分のない湯船だった)。前後の表現が分かりやすくリアルに頭に入ってきた。

続く三章ではカワサキで走行中、悪ガキカップルが運転する車が、面白がって彼のバイクを煽り幅寄せをしてきた。結果はバイクの主人公が断固とした反撃に出た。悪ガキ運転者を同伴者の前でボコボコにし、おまけに車もガードレールにぶつけ大破させた。とても暴力的で、私などとてもできないことだけど現場がクリアーに見えた。

他にも、仕事先の先輩と彼の妹をめぐってバイクを走らせ決闘をした。中世の騎士のごとく馬上で槍を持って闘うようにして決着をつけた。瀬戸内海に浮かぶ彼女の島でのこともそうだった。なんと言うか、ドキュメンタリー的進行に会話を加えながら文学的にしたような印象を持った。

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オアフ島の波・・・パイプライン・・「世界ふれあい街歩き」NHKより

片岡はこのあたりの「文学的極意」について連載第9回で語っていた。

「波乗りも、バイクも好きだった。当時一番面白いと思っていたことを書こうとした」

サーフボート、バイク等々「ある種の道具立てに頼らないと話を作れなかった」

読む端から面白いといえばコミック。コミックを小説で書けばいい」と思った。等々。

この辺、「ゴルゴ」のさいとう・たかをさんが劇画つくりについて語っていた「映画の画面構成そのものを紙の上につくる」ということに、何か通ずるように感じた。

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我が家で咲き始めた菊

「彼のオートバイ、彼女の島」は大林宣彦監督によって映画化された。

映画では最後に上田市の湯船で知り合った女の子がバイク事故で死んでしまう結末だった。小説を読み進む中で、できるならばそんなジ・エンドでなければいいなと思い始めていた。願いが通じたわけではないのだが事故にも合わず、死ぬこともなかった。良かった~!

 

 

 

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