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旅行・地域

2019年11月 8日 (金)

カモメとトンビが競って船を追いかけた

計画をしていた海を見るウオーキングは運良く雨も上がり実行できた。というより今回は台風を避けられたといったほうが良いか。

・・・・・・台風19号以来連続して被害を受けた地区の皆さんには改めてお見舞い申し上げます。・・・・・・

先だっての下見の折に川沿いの風景を紹介したのでここでは角度を変えて行程を振り返る。

今回印象を強くしたのは鳥たちだった。川でも海でも。

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狩野川の浅瀬で何やら相談をする毛色の違う鳥たち。

争うことなく共存している。

こんな穏やかな風景が見られる伊豆半島中央を縦貫する狩野川だが、先般の台風19号では川沿いのいくつかの市町に被害をもたらした。

主として本流が満水となり、支流の水が捌けなかったことによるようだ。

しかし、伊豆の国市にある放水路を開き河口でなく中途で海に濁流を流すことで大災害を免れたそうだ。

ただし、養殖などの漁業には大打撃なのだ。

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とはいえ、この日の狩野川はなんと穏やかなことか!

港に着いた。

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白い船に乗船した。

するとカモメがみるみる群がってきた。

船上に人が見えると「餌が来たぞー」と鳥テレパシーが飛び交うかのようだ。

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この飛びっぷりスマートではないか。

ところが餌にありつけるとなるとこうだ。

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人の腕の先にあるポテトフライのようなものを嘴でうまくキャッチするのだ。

停泊中でもこのように人間好きなのだが出航すると付いてくるのだ。まるで戦艦の護衛機であるかのように並列飛行を始めた。

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もうすぐ港を出るぞ。

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日本一とも言われる水門を潜った。

するとどうだろう。どこからともなく飛来したものがいた。

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獰猛な顔を見せるトンビだ。

カモメと並行して飛んでいたかと思うと水面ギリギリに滑空してカモメを下から突っついていた。

カモメにしてみれば「鳶に油揚げをさらわれる」どころじゃないね。

でも、やはり彼らトンビは勇ましい。

この編隊飛行はどうだろう!

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護衛されるならこっちのが心強いね!

あいにく富士山には雲がかかり初冠雪の美景は見られなかった。

それでも船上からの海岸線は美しかった。

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湾の北西に見える南アルプス。綿のような雲が被っている。

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伊豆半島の北西端にあり、駿河湾に突き出た大瀬崎岬方面。

釣り人も頑張っていた。

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短時間のクルーズだったが海からの眺めはやはり格別だった。

帰り際に何の兆候かわからないが 空が輝いた。

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なんと巨大な虹の変形だった。

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富士も少し顔を出した。

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海はやはりいいのだ!

 

2019年10月 4日 (金)

ウオーキングの下見に沼津港へ!

ウオーキングの下見を頼まれた。

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条件は第一に海を見たいという希望を叶えること。

車椅子で参加される予定の方が二組、自立歩行できるけど少し不自由という方がお二人いて、みなさんが御一緒して移動できるということが第二。

第三にハイキングでなくどちらかというと散策。つまりきつくないウオーキング。

知恵を絞り、記憶をたどった。

砂浜じゃ車椅子はきついし、歩く前に出発点までに使う交通手段が複数になってしまう。あまり込み入ると集合場所が難しくなる。

そして思いついた。

狩野川の下流の堤防を歩き、港を目指し、そこから船に乗り海側から海岸線を見る、その時晴れていれば浜の向こうに富士山も見える。

ということで下見先を決めた。

JR東海道線沼津駅から狩野川に出て沼津港を目指すというコースだ。(新幹線では三島駅で下車し在来線に乗り換え次の駅)

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JR沼津駅南口

めざす沼津港とはどんなところかと言うと駿河湾の一番奥まったところで伊豆半島の西の付け根だ。

駿河湾には駿河トラフという深いところがあってなんと水深2500メートルもある。理屈はよくわからないけれど、そのことや黒潮の分流が湾内を還流しているために好漁場であるとのこと。

この沼津港にも魚市場があり、隣接地に獲りたての魚を食すことのできるお店が軒を連ね、沼津市の中でも一番の賑わいを見せている。

先ずは歩いてみた。

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駅前メインストリートを抜けると中央公園に出る。

そこはもう狩野川のそば。狩野川とは天城山から流れがはじまり半島の中央を通り抜けここ沼津の海に出る。

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中央公園

公園を通り抜けると歩行者専用の「あゆみ橋」があり、渡るといよいよウオーキングする狩野川左岸の土手だ。

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右岸には階段状の桟敷のようになっている。花火大会の時には観覧の場となる。

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ここまで歩いただけで、このコースが良いと確信を持った。

穏やかな川の流れに青空と雲がいい。

しかも、全体が遊歩道になっており舗装され、坂があっても緩やかであり車椅子でもオーケーだ。

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狩野川がこのように海に流れる。

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御成橋

海までに三つの橋がある。

御成橋、永代橋、そして港大橋だ。

永代橋では耐震補強工事がなされていた。

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これなら安心だ。

港大橋が見えてきた。

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ここまでで30分歩いた。

橋をくぐるといよいよ河口だ。

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なかなかだ。

そしてさらに10分歩いて港到着。

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船の向こうに見える建造物は「びゅうお」。日本最大級を誇る大型展望水門だ。

展望台に上がりまずは陸から海を眺め、そして海から陸を見る。

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この船で沼津港を周遊する。

よしコースは決まった。

ゆっくり歩いて40分。ひどいアップダウンもなく快適なウオーキングができた。

日程は秋がもう少し深まった10月の最終土曜日がいいかな!決まり!

 

 

2019年8月 2日 (金)

海の賑わいを見てきたよ!

仕事がらみで伊東市(静岡県伊豆半島)に行ってきた。

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ハトヤホテル

伊東に行くならハトヤだよね。(TVコマーシャルで以前よく流れていた)

先般の舘山寺は静岡県の西の端で、伊東は東の端の温泉だ。

舘山寺はひっそりしていたが、こちらは息を吹き返したかのように賑わっていた。

感じたことはこの地では古くからの観光資源である旧跡や自然を大事にしながらも、新たな価値を付加し、上手く誘客していることだ。

ただ、この地ばかりの問題点ではないのだが、大手流通資本のユニーやらイオンなどの大型ショッピングモールの出店などもあり消費者の流れが変わり、昔からの商店街や繁華街が賑わいから取り残されているかのようだ。

でも、駅前の再開発やら沿道や中心市街地の整備など街おこしの声が反映され、少しづつではあるが前進し、街の変化を感じることができた。将来を期待できるのかな。

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温泉街を流れる松川。

この川沿の遊歩道でそぞろ歩きできるようにしたり、奥に見える廃業した老舗旅館を市が文化財として改修し観光客が見学できるようにするなど新たな観光資源作りも進んでいる。

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駐車場も満車に近かった「道の駅 伊東マリンタウン」。

道の駅も各地にできているが、立地とタウンの店舗構成、サービスの種類やテナントの品揃えなどによって地元の人々も立ち寄ってくれるところはいつも賑わいがある。

ここも成功している一つだろう。

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海岸沿いにあったモニュメント。

17世紀初め家康の外交顧問となった三浦按針(ウイリアム・アダムス)がこの地で日本初となる洋式帆船を建造した。

モニュメントは按針と帆船。

そんなことに感心しながら猛暑に汗をぬぐっていると賑やかな歓声が聞こえてきた。海岸線を見ると海水浴場が目の前にあった。

ここで、ふと考えが閃いた。

帰り道、海岸線を北上するのだが、伊東市から熱海市まで、出来るならば神奈川県に入り湯河原から更に東進して湘南の海水浴場を覗いてみようと考えた。

幸いに今日は平日。この地を通る国道135号線など土日ならばひどい渋滞で熱海につくかどうかのところで宵闇が迫って来るがこの日は退社時間に重ならないかぎりそれなりに進めるかもと考えた。

結論から言えば、意外に時間が掛かり、また夏休みに入ったこともあり海水浴客も多く駐車場が満車に近いことに加え、我が車を停めた駐車料金が殊のほか高かったのだ。結局熱海までが限界だった。

以下、北進しつつ途上にある海水浴場を写真を使って簡単に紹介してみる。

伊東オレンジビーチ

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海開き7月21日~8月26日

浜辺の長さ伊豆で4位(800m)。(以下すべて伊豆半島内での順位)

おすすめ海水浴場 2位。水質AAランク。

最寄り駅 JR伊東線伊東駅

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海の家も賑わっていた。水着を着てない私にも声をかけてきた。

呼び込み人「冷たいビールがあるよ」

私「いま運転中」

呼び込み人「ノンアルコールのジョッキもあるよ」と。

宇佐美海水浴場

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浜辺の長さ堂々一位(1500m)水質AAランク。

海開き7月20日~8月25日とされているのだが海の家もなく海水浴客も数人しか見あたらなかった。どうしてかな?

最寄り駅 JR伊東線 宇佐美駅

熱海・長浜海水浴場

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おすすめ海水浴場 1位。海開き 7月13日~9月2日

最寄り駅 JR伊東線 伊豆多賀駅

そして最後は

熱海サンビーチ

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品川からであれば45分ぐらいで熱海駅につき、そこから少し歩けば海岸。

好立地で、尚且つ街中にあるようでいて水質も悪くないのだ。

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この透明度どうだろう。

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水着で読書などもいいね。

 

そんなことからか来場者も海水浴場全体のなかで2位なのだ(昨年実績17万6千人)。

海開き 7月13日~9月2日。

最寄り駅 JR東海道線 熱海駅(在来線、新幹線)

今回はこのぐらいにして、次に機会があれば、湯河原をスタートし海岸線を走り抜け湘南制覇といきたいところだ!

 

2019年7月12日 (金)

舘山寺温泉の湯!十数年ぶりにゆったりと浸かりました!

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この土日、ある業界の勉強会&懇親会が浜松・舘山寺温泉で開催され、私も参加した。

講師の話はよくわかった。大座敷で開かれた懇親宴会の料理も美味しく、出し物もなかなか楽しかった。それからちょっと塩っぱい温泉にも気持ちよく浸かり疲れがとれた。

ということで、滞在主目的の報告はそのぐらいに留め、合間を縫って散策したホテル周辺のことを記そう。

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新幹線ひかり号で降り立った浜松駅前は近代的だった。

舘山寺まではここからおよそ一時間弱。

出迎えのシャトルバスで目的地に向かった。

浜松市は80万ほどの人口を抱え、面積では全国2位の広さにもなる広域自治体だ。

これは2005年に浜松市を含め12市町村が合併したことによる。

そのためというと可笑しいけれど、写真のようなビル街は駅周辺にとどまり、車に揺られて十数分も経つと家並みも変わり一気に市街地を抜ける。

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浜名湖だ。日本で10番目の大きさを誇る。この湖はもともと淡水湖だったが、15世紀末の大地震で海と湖を隔てていた砂州が決壊し海水と淡水が混じりあったとのこと。

初めて知ったのだが、そのような湖のことを汽水湖といい、混じった湖水は魚などにとっては栄養豊富でとても住みやすい環境なのだそうだ。

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ところで温泉街に着いたのだが、街中は閑散としているではないか。

よそ者ながら心配になったのだが、夕闇が迫ってきた頃、にわかにホテル内が賑やかになってきた。何処から人が湧き出たかと思うようだった。

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ここも、最近あちこちで試みられている「そぞろ歩きできる温泉街作り」に努力しているのだろうが、見受けたところ、まだワンストップ型のホテル・・・・宴会の後の二次会もホテル内のスナックやバーで、お土産もホテル内売店で・・・・が主流の温泉町かなと感じた。

初日の昼の部が終わり、宴会まで少し時間があったので周辺を散策した。

ホテルから程無いところに寺があった。

その名は舘山寺。この温泉町の名はこの寺が由来のようだ。

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この寺、空海が1200年前に開創したとのこと。奥に見えるのは愛宕神社。

神社は寺よりもさらに50年古い歴史を刻んでいるようだ。

この中間にあるのが縁結地蔵尊。

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良縁を願うもの、せっかくの出会いを結実させたいと願うもの、とにかく多くの方が訪れ願ったようだ。

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願い事をしたばかりの二人が行く。

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幸せな家庭を築いてください!

ここから、少し足を伸ばしたところに聖観音菩薩が鎮座していた。

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エキゾチックな観音菩薩だ。足元に象がいた。

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観音さんの丘を下り海岸線を歩いた。

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 釣り人も、鳥たちも、何か物悲しく初夏だというのに冬景色の点景みたいだね。

翌日、行事が終わったところで、何人かで遊覧クルーズを楽しむことにした。

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デッキに出ると風が心地よかった。

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ようやく夏の雰囲気になってきた。

山頂に昨日足元まで行った観音菩薩が見えた。

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浜名湖をゆっくり遊覧する中で賑やかばかりがいいわけでなく、この物静かさもいいのではと思えてきた。

家族でくつろいだり、湯治にはいい温泉かもね。

 

 

2019年6月15日 (土)

クルーズ船って、やはりでかいなあー!

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横浜 ベイブリッジ

横浜のみなとみらい線日本大通り駅の改札を出た。

すると、芝居小屋の呼び込みのようなおじさんが大きな声で「クイーンエリザベス号が・・・・・」とか「何番の出口が・・・・」と叫んでいる。大声の割に、何を言っているか聞き取りにくかった。どうも、港に豪華客船が寄っており、そこに行くには何番出口だよと誘導しているようだ。市の職員なのか、それとも県庁の職員?港湾中心の街だと雖もそんなことはないか。善意のお方かな。

おじさんの叫びの意味がわかった時点で即、港に向かった。

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バイクが目立つけど、ここはベトナムではなく横浜!

レンガ作りの異国情緒の建物は神奈川県庁。

ここを通り過ぎると、まもなく港。そして横浜港大さん橋国際客船ターミナルだ。

 

歌声が聞こえてきた。

歓迎のセレモニー?

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このお姉さん、右の垂れ幕によればユーチューバーというのかユーチューブで歌って活躍されているようだ。

こちらもノってるよ!

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潮の匂いがしてきた。

もう海だ。

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大きな船が見えてきた。クルーズ船?

近づいてみよう。

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右を向くと。

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でかい!

角度を変えると、少し趣が変わる。

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名前は?

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WESTERDAM(ウエステルダム)だ。

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船籍はオランダ、船会社は上の写真のとおりHolland America Line。

データーを見るとすごい。

総トン数82,348トン。戦艦大和より大きいのだ。

全長が285mある。船客1916名。

驚いたことにクルーが817人もいるのだそうだ。

客二人につき一人のスタッフ。豪華。

これだけ大きいと美しく保つのも大変。

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外壁というか窓をクレーンを使ってクリーニングするのだ。

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後ろからの眺めは?

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がっしりしているね。

ところで、おじさんの叫んでいたクイーンエリザベスはいるの?

いたいた。

大きすぎてベイブリッジを潜れないのだ。

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最初の写真で橋の向こうに見えたのがそうだった。

大黒ふ頭客船ターミナルを利用しているようだ。

新装なったエリザベスは2010年に就航して今回は三度目の横浜寄港なのだ。

世界を股に掛けるクイーンエリザベスなのだが、調べると現在から3年間ぐらいに日本発日本着のクルーズが何回か予定されているようだ。北回りで北海道を経由して釜山に寄り横浜に戻るとか、南回りで広島、長崎を経て釜山に寄るなど。

お値段はというと、南回り8日間で 安くて158,000円 高くて545,000円など。

まあ、手が届きそうだね。

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大桟橋には久しぶりに来た。

なかなか面白い建築物だ。

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この図などイキナリ見せられたら桟橋と客船だなどと思えないよね。

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眺めもいいな!

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港湾遊覧船もおすすめ。

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ブラッと寄った港だったけど、心地よいひと時を過ごせた。

また、飲みに寄ろう!

 

2019年5月17日 (金)

映像「一つの国が消滅する瞬間」の場に立った!ホーチミン最終日!

1975年4月30日12時10分北ベトナム軍?、南ベトナム解放民族戦線?が南ベトナム大統領官邸に突入した。

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上の写真は、ユーチューブを検索していてようやくヒットした動画からの転写だ。

(Tien Ve Sai Gonと題されたユーチューブ映像より)

ちょうど44年前の出来事だ。当時、この映像が「一つの国が消滅する瞬間」と評されたそうだ。

今回ようやく念願かなってこの地に立つことができた。

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現在は統一会堂として一般公開されている。

ここの正門を戦車が突破した。

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一番のりしたのは中国製390号戦車だ。競ったのがソ連製843号戦車だったそうだ。

それが庭の一隅に並んで展示されていた。

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小学生の歴史勉強なのか、楽しそうに見学していた。

ベトナムがベトナム戦争を勝ち抜いた時代を背景にした映画はたくさんある。

戦闘ものでは「地獄の黙示録」「プラトーン」「グッドモーニング、ベトナム」などをはじめとして多くを生んだ。

また、その間の人々の悲哀を描いたものとしては「インドシナ」やミュージカル「ミスサイゴン」などがある。

そのような映像や舞台を見たとき人間のというよりも時の支配層の愚かしさや自己中を痛感した。

事もあろうに、「戦争で北方領土奪還」などと言う国会議員が現れた。ものごと、ましてや戦争までも図上での争奪戦としか捉えられず、人の命など考えもしない悲しい人物だと思った。

統一会堂の他に、戦争証跡博物館と旧アメリカ大使館(現在、アメリカ総領事館)にも行ってみた。

博物館では写真や実物で戦争の恐ろしさを伝えていた。

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こんなもので殺戮を繰り返したのだ。

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館内にあった写真パネルも凄惨な様子が捉えられていた。

仲間がウインドウショッピングなどをしながらホテルまで歩いて帰るということになったので、私は単独で旧アメリカ大使館に行くことにした。

博物館の外に出て、地図を見ながらどちら方向だろうと探っていると、反対側歩道で客待ちをしていた輪タクのおじさんが声をかけてきた。

傍まで行くと、何処へ行くのかと言ってきた。地図を見せながらアメリカ総領事館だというと、料金を提示してきた。

250,000ドンだという。私は高いと思ったので、「それじゃいいよ」と断ると、間を置かず値下げしてきた。「それでは、200,000万ドンでどうだ」と50,000ドン値下げしてきた。

まだ高い。渋っていると、とうとう100,000ドンでどうだと一気に最初より150,000ドンも下げてきた。

私も、地図を見ても方向がよくわからなかったので、利用することにした。

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輪タクのおじさんが撮影

ベトナムでは初めて利用したが、なかなか快適だった。

目的地近くの聖母マリア教会の裏手で着いたよと降ろされた。

いよいよ料金の支払い。多分前言を翻すだろうと思いながら約束の100,000ドンを支払った。

案の定である、あと100,000ドンよこせと言ってきた。

お互い言葉が通じない。片言の英語でのやりとり。私も約束通りしか払わないと、歩き始めた。

後ろから100,000ドンよこせと言っているようだった。でも、振り返ると笑顔があった。

多分、値切ったつもりでも、私は相場より多く支払ったのだろう。

アメリカ総領事館のそばまで来たものの姿かたちはどこにやら、探しながら歩かなければならない。

でも、歩けば見えてくるものもある。

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工事中のマリア教会の裏手。午前中は正面から訪れた。

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交差点の中心に置かれたオブジェ。

なぜか、happy new yearと幕が張られていた。

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ベトナムの旧正月(テト)の元日は今年は2月5日だった。

まあ、まだ一ヶ月しかたっていないのだ、いいことにしよう。

そういえば、思い出した。

テト攻勢だ。

1968年の1月30日未明から始まった南ベトナム全土での解放戦線の米軍への攻撃が「テト攻勢」と呼ばれていた。戦争の流れを大きく変える軍事行動だった。

少し歩くと書店街のようなところに出た。

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なかなか洒落ている。また、町ぐるみ画廊のような展示もあった。

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そぞろ歩きしているうちにアメリカ総領事館に到着。

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高い塀に囲まれていた。写真撮影をしていたら当然だろうけど注意された。

拳銃がぶら下がっていた。怖い怖い!

75年当時ここからヘリで脱出した人達もいたのだ。

目的達成。ぶらぶらとのんびり歩きでホテルに向かった。

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途中公園の中で兵隊さんだか、警察官だかわからないけど募集看板があった。

女性兵士かな。

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日本の人も商売しているのか?

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頑張ってください!

夜はこの旅で一番だと前触れされていた食事。

こんなパフォーマンスも見せてくれた。

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ベトナム滞在最終夜の乾杯!

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おやすみ!

2019年5月10日 (金)

久しぶり!メコン川!

メコン川の水を船上から見るのは、今回で2回目だ。

おまけを加えると3回目だろうか。

1回目は ちょうど10年前の2009年にラオスに行った際、メコン川をミャンマー国境に向け遡上した。

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ラオス・ルアンパバーン西のメコン川上流

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おまけの3回目というのは15年前の2004年にトンレサップ湖を周遊した時だ。

このトンレサップ湖は雨期と乾期で水位が変わるのだ。

実はこの湖、メコン川の水が出入りしており、川の水量によって湖面の高低が変化するとともに湖の広さも変わる。

雨期には乾期とは流れが変わりメコン川から水が逆流し、水深が8メートル増え、面積にいたっては6倍にもなるそうだ。

そんなことで、湖の水はメコンの水なのだ!メコンの水を見たのはこれで三度目なのだ。

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トンレサップ湖では水上生活をしている人たちがいた。

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この水上生活者は養殖もしていた。大きな魚だった。

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これは、食材それとも用心棒!

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さあ、いよいよメコンデルタに向かうぞ!

70キロ西のミトーを目指す。

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朝、8時半ホテル出発!

この時間になると、出勤ラッシュは治まりつつあった。

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ただ、珍しいものが走り出す。

古材のようなものを運ぶ前輪二つの三輪バイクだ。

朝から働いているのだ!

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さあ、メコンの波止場だ!

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中国から始まり、4000kmもの距離をゆったり流れここで南シナ海に到達だ。

メコンの河口は大きく4つ、細かく見ると5つある。それぞれ名前がついており、ミトーの街に面した支流はティエン川と呼ばれている。

地図で見ると日本の河口と変わらぬように見えるが川幅は3kmもあるのだ。

乗船!

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広い!

メコンデルタの中洲を目指す。

そこで、一休みしながらココナッツキャンディ作りを見学したり、ベトナム歌謡曲を楽しむ。

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キャンディ工場だ。

さあ、一休み。

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いよいよジャングルクルーズ。

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手漕ぎ船に乗船。

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結構渋滞!

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ニッパ椰子のトンネルを進む。

ただ、残念なのは開発が進み、この椰子は川沿いにしかなかったことだ。

見渡す限り生い茂るとジャングルだーということになるのだけどね。

あと、ペットボトルなどを捨てないようにしましょー!

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怪しいお姉さん達とすれ違った。

波止場についた。

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途中食事をとり都心に戻った。

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いや、やはり都会だね。

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宵闇が迫った。

ネオンが輝く!

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ゴージャスに乾杯!

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おやすみ!

 

 

 

 

 

2019年5月 3日 (金)

カンボジアからベトナムへ!およそ一時間、ひとっ飛びだった!

シェムリアップの空港喫茶ルームで体を休め、夕食はベトナムの街でとなった。

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なんとなく懐かしく、素朴な感じのカンボジア・シェムリアップ駐機場。

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飛行機に搭乗したのが午後8時すぎ。

 

そして「あれがサイゴンの灯だ」と声を出したいような灯りが目に入ったのが9時15分ころ。

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およそ1時間ちょっとでホーチミン市に着いた。

空港から車で移動している最中に目に入る光景は東京と大差ない街の様子だった。

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国境を越えたばかりだけど、時代が一足飛びに進んだかのようだ。

落差を感じてしまうのだが、カンボジアで見た光景で驚いたモノの一つが下の写真。

空港への道すがら、道路に沿って張られた電線の複雑な絡みようは何なんだ。

これが特定の場所だけでなく、街中にこんな感じで電線やら電話線が繋がっていた。

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日本のインフラをあたりまえに過ごしてきた者にとっては不安になる。

漏電はないのか、ショートはしないのか、事故はないのかと。

まあ、このことで事故があったとは聞いていなかったので、それなりのセキュリティシステムで管理されているのだろう。

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今回の旅は総勢7人の気心知れた仲間だった。

おまけに二カ国ともに専用車で移動ができ、我々以外に運転手さんと通訳ガイドの方が同乗しただけだったのであまり気を使うこともせずに済んだ。

通訳はの方々はカンボジアでもベトナムでも人当たりの良い個性的な人だった。多少の訛りというかアクセントに特徴があったが話はよくわかった。

カンボジアの通訳さんは40代ぐらいだったかな。

イクサが続いた大変な時代を過ごしてきた人だ。

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シェムリアップ空港内喫茶ルーム

1975年の4月、ベトナム戦争の終結と同じ頃、ポルポト率いるクメール・ルージュがプノンペンを制圧した。

そして1979年の1月に、カンボジア救国団結戦線とベトナム軍がカンボジアに侵攻して、プノンペンを陥落させるまで、カンボジアをクメールルージュが統治した。

その間のことは映画「キリング・フィールド」でも描かれた悪名高い残虐な時代だ。およそ170万人もの人々が殺された。

とりわけ、インテリ層が標的となり、医師や教師がいなくなったと言われていた。

通訳さんは、その影響が残る最中に中学を卒業したのだが、学校は教師不足で、彼は優秀だったのか代用教員として教壇に立たされ、ほぼ同年輩の子達に教えていたのだそうだ。

 

彼はポルポトについて言うことは抑えていたが、端々に大変だったこと伺わせた。

そんな時代を経たカンボジアだけれど複雑な政情も感じた。

空港内の書店になんとポルポト本が置いてあったのだ。

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真ん中のPOLPOTだ

どんな事が書いてあったのやら!

 

ベトナムでの最初の行動はレストランを探し、腹ごしらえすることだった。

初めての地、食事処など知る由もないので初対面の通訳さんにお願いし、なんとか手配してもらった。

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タクシーで乗り付けた。

先ずはベトナム到着に乾杯!

当然地ビール。サイゴンスペシャルだ!

つまみはやはり、春巻きだ!

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まあ、それなりにおいしく食べ、飲めた!

さあ、明日はメコンデルタのジャングルクルーズだ!

 

2019年4月26日 (金)

二十代の頃にバンテアイ・スレイに立つことができていたなら、マルローの本も面白く読めただろうな!

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二十代だったろうか、かつてなく本を読むことに励んだ時があった。

でも、実際はページをめくるに忙しかっただけみたいだった。

なんにも身についてはいないのだ。

そんな本の一つにアンドレ・マルローの「王道」もあった。

もし、その時点でバンテアイ・スレイに行っていたなら少しはきちっと読んでいただろうにと今思う。

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「東洋のモナリザ」と称される像の1つ

マルローはこれら「モナリザ像」の一部を盗掘し逮捕されたようだ。

インドシナがフランス植民地だった頃だ。

アンコールワットのレリーフも見事だったが、こちらは彫りが深く緻密さを感じた。

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クメール人の国を歴史の流れの中で見ると面白い。

元々は今のカンボジアとそんなにずれてはいないところに興り、その後インドシナ半島全域に版図を広げていった。

次に行くベトナム・ホーチミン市などもクメール人の王国の中にあった。

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レリーフから伺える王侯貴族の暮らしは煌びやかだ。

しかし、支える庶民というか農奴というか、彼らにはきらびやかさなど縁がなかった。

歴史書を見ると、紀元1~4世紀には西方の文明に影響されて、王権はインド化し神格化されていったのだそうだ。

また、一方で統治の諸制度はシナ化(現在の中国化)され、これらが相俟って商業も発展したようだ。海路も重要だったようだ。

これは後のベトナム人による国にも引き継がれていく。

しかし、そのような発展の恩恵を受けたのは王侯貴族だけで、大衆はそれら上層階級とは全く分離された古来の貧しい存在だったようだ。

建物の入口に座す門番のような像を見ると面白い。

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猿のような像。

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仏像のような像。

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これも猿かな。

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これはカッパか烏天狗か?

これらの全く違う顔貌の門番が狭いところに一緒にいるのだ。

次に向かったのはタ・プローム。

ジャングルに埋もれていた遺跡が発見当時のままに保存されている。

石やレンガの建造物が太い樹木の根のようなものに絡みつかれているのだ。

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自然の力を感じる不思議な光景だ。

さて、現実に戻ろう。

遺跡の外では楽団が演奏していた。

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戦争で負傷し、障害を負った人々だそうだ。

一方で南国の暮らしを満喫している人々もいた。

どこにも、ハンモックで体を休めている人がいた。

それも一様ではない。

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蚊帳のようなハンモック。

しっかり寝ていた。

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気持ちよさそう~!

街は以前より賑わいが出てきたようだ。

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市場を覗いた。

活気に溢れていた。

さあ、一休みして、夕食後にベトナムに向かうのだ!

 

2019年4月19日 (金)

桜の季節が終わるぞ。          遺跡群は悠久の流れにゆったり身を任せ不動だが、桜花は「明日ありと思う心の徒花」なのだ。再び、カンボジアからひとっ飛び!長野・高遠へ!

カンボジア三日目は、生命力そして自然の凄さを目の当たりにできるタ・プロムへ!というところなのだが、日本の関東、東海地方は早、桜が散り始めたとの情報。

そこで、話半ばだけど、年初から決意していた「今年こそは高遠へ行くぞ」とのことを実行した話を時空を飛び越えて先に記す。

高遠では我が住まい周辺の桜吹雪をよそに、まだ三分咲きだという。チヤンスとばかり赴いた。

その前に、先ずはシェムリアップのホテルからタ・ブロムへの道すがら印象に残った光景をアップしよう。

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南国だね!

人が干渉しなければ、こんなお付き合いもあるのだ。

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白い鳥が水牛とお話している。

まあ、のどかだね。戦争が嘘のようだ!

この続きは、次のブログに記そう。

  

 

何はともあれ、瞬間移動!

シェムリアップのローカルロードから新東名高速道路へ飛ぶのだ!

インターから程近い朝霧高原で見事な富士山が目の前に迫った。

日本だ!

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遠眼に見える富士山とは違い厳しさも伝わってくる。

富士五湖・精進湖では春うらら、釣り人がのんびり糸を垂らしていた。

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真冬に通ることがあっても、この時期には、ほとんど来ることがなかったかな。

贅沢な余暇・趣味の時間の過ごし方だ!

中央高速を北に向かった。

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走っていると、いつも八ヶ岳の美しさに見とれてしまう。

ゆっくり眺めてみたいと長野からの帰り道に上りパーキングに入ったのだけど木々に囲まれていて全くその姿を見ることができなかった。

そこで、今回は下りパーキングに入った。

正解だった。

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ゆっくりその姿態を拝むことができた。

諏訪南インターで降りて、茅野市から高遠を目指した。

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日光のいろは坂や箱根・小田原を結ぶ国道一号現道のような緩やかだけど、くねくね大きく曲がる坂を登っていく。

登りきったところに「杖突峠」の茶屋があった。

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腹ごしらえすることにした。

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蕎麦を食べた。ちょっと太くて固めなのだが美味しい。

駅のホームで、たまに立ち喰いそば食べるのだが、正直、美味しいと感動することはめったにない。

それはともかく、座って外を見ると、景観が素晴らしいではないか。

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遠く向こうに諏訪湖が見える!

外に出ると展望台があった。

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何か工事中みたいな雰囲気なのだが、入るとすばらしいパノラマがあった。

感動ものだ。

桜は三分咲きとそれほど期待していなかったので、この景観を見ただけで来てよかったと得心した。

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この全景を一望できるのだ。

満足した。お店の中に高遠桜のポスターがあった。

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高遠城址公園に着いた。

案の定!見頃はもう少し先なのだが、駐車場は満車に近かった。

でも、こんなに咲いている木もあった。

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出店をのぞき、遠景を見て帰路に着いた。

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この日は、杖突峠のパノラマで全て良しとなったドライブだった。

我が家の桜桃も開花した。

それはそれなりに美しいのだ。

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サクランボの花だから鈴生りなのだ。

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年毎に花が付いてきた。

今年は実を食べれるかな?

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