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日記・コラム・つぶやき

2020年8月28日 (金)

コロナ禍が押してくれて、久しぶりに新聞小説を読み始めたよ!

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読み始めたのは池澤夏樹さんの小説「また会う日まで」。

8月1日から朝日新聞で連載が始まった。

池澤さんは芥川賞作家であり、かつて、この賞の選考委員も務めたことのある作家だ。

でも、恥ずかしながら私は池澤さんの小説を一篇たりとも読んだことがなかった。

ただ、そんな私ではあるが、この方のエッセイ・コラムにはずっと興味を持って読んでいた。そして、内容に頷くことも多かった。

そのコラムは「終わりと始まり」。

月に1度ずつ掲載されていた。

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このコラムというかエッセイについて「そうだそうだ」と感心しながら読んでいたものの、さらに掘り下げてとまでは考えもせず、実行もしてこなかった。

ただ、ここに来て毎朝連載小説にお目にかかることもあって、池澤さんのことをもう少し知りたいなと思うようになった。

幸いというか、我が家では配達される新聞とともにデジタル版も購読しており、パソコンでもスマホでも、さらにタブレットでも読むことができる。

しかも、デジタル版は過去に遡って記事検索ができる。

そもそもデジタル版購読を開始したのはスクラップ機能というものがあり、切り抜いた記事を新聞社のホストコンピューターに保存して、いつでも読み直しができることからだった。ちなみに池澤さんのコラムについて言えば、2015年9月1日から2020年3月4日までの分56本をスクラップしていつでも読めるようにした。

調べてわかったのだが、「終わりと始まり」は知り得る範囲で言えば2009年4月4日からスタートし、2015年にはまとめられたものが朝日文庫となって出版されている。4年分のコラム48本だ。

さらに、2018年4月にはその後の59本のコラムがまとめられ「終わりと始まり 2.0」として出版された。

解説によれば、これらコラムの柱になっているのは「フクシマ」「ミナマタ」「オキナワ」の三柱であり、それぞれ原発・放射能汚染、有機水銀汚染、戦争・米軍基地など別個の問題ではあるのだが通底するものがあり、それは「政府、官僚、産業界の民衆の軽視」だと語られていた。

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猛暑の中コリウスの葉が鮮やかな彩を見せている

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タブレットで見られる一番古いコラムは2015年9月1日付のもので、亡くなった鶴見俊輔さんを偲んでの内容だ。

鶴見さんの言葉として「無頼の輩どもが、よってたかって、国を壊そうとしている今」とか「企業栄えて民滅ぶ」などを引用しながら綴っていた。続く10月6日では安保法制、11月10日はピカソ。1930年代のスペイン内戦に触れながら「フランコの夢と嘘」について語り日本の現状にも触れている。12月1日にはテロとの戦い。こんな感じのエッセイがずっと綴られてきた。

私などは同意とか共感などと口幅ったいことを言えるわけもなく、なるほどそんな視点があるのかそんな風に表現すると説得力あるなと感心するばかりである。まさに冒頭でも触れたように「そうだそうだ」と思うばかりだ。

そんな思いの延長で連載小説を読み始めたのだ。

そして本日は、はや27回目となった。

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新聞小説の良いところは分厚い本に圧倒されることがないこともひとつある。

そして、日毎の掲載分が短いがために読み返すことも比較的気軽だ。

 

この物語の主人公は実在の人物で池澤さんの親族に当たる人だ。

そして多彩な側面を持った人で、海軍兵学校を出た軍人でありながら、敬虔なキリスト教徒であり、また東京帝国大学で天文学を学んでもいる。

キリスト教徒ということで、話の中で旧約聖書、新約聖書からの引用が出てくる。

そんな時、最初に引用されていた時の文章を読みなおすと、そこから数回進んだ話が意味鮮明になり改めてよく分かった気になる。

「読書百遍義自ずからあらわる」であり、新聞小説はそれがやりやすい。

 

ところで、突然だけど安倍さんが首相を辞めるんだって?

せっかく最長になったのに・・・・・。

 

 

2020年7月24日 (金)

さあ、GO TO 開花だ!

ひとしきり目を楽しませ、心を癒してくれたアジサイ群もこの間の大雨収束とともに開花期を終えた。

梅花以来切れ目なく庭を彩り続けた花々も、さすがに暑さを避けたのか人目に触れなくなったと感じていた。

ところが、なんと連休が始まった昨日の朝のこと、朝刊を出すため玄関を開けるや目に留まるものがあった。

赤い大輪が空を仰いでいる。タイタンビカスだ。蕾がついたのには気がついていたのだがまだしばらく先かと思っていた。

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一年ぶりの再会だ。

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深遠なのだが命短く僅か一日の美しさなのだ。

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そんなことを思いながら、手に持った新聞を見た。

一面トップに「感染拡大(全国一日最多795人 22日現在)、GOTOは開始」とあった。そして夕方(23日)の報道に驚いた。東京で366人の感染者が確認されたというのだ。これまでの最多だ。

まあ、商売がストップしていたら今後糧食を絶たれ、場合によっては経済的事情によって路頭に迷い、さらには命を失う事態に至る方々が続出する可能性もある。政府や財界などが手を打とうとすることはわかる。

他人事ではない!私も路頭を彷徨う一人かも知れないぞ!

しかし、GOTOも含め時宜を得ず二転三転しながら打つ施策が一つとして有効打とならず、ただ注ぎ込まれる税金の嵩がますばかりだ。来年度以降の税収減も含め財政逼迫は必死だと素人も考える。

おまけにと言うか、本筋である感染の終息が全く見えないという事態はどうなるのか。

まあ、旅が趣味の私達家族としては、終息してなおかつこのGOTO制度があるならば大いに活用したいところだ。

しかし、今、私の抑え難い欲求と雖もアンダーコントロールだ。

「Go to 開花」を静かに見まもりたい。(英語的に開花はcome into flower)・・・ヤフーニュースでgo to travelは英文法的におかしいという指摘があったので。(蛇足)

それで、庭と隣近所を巡った。

あったあった。

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七変化の花は数ヶ月にわたって咲いてくれる。蝶もアゲハのみならず多種が飛来し蜜を吸う。

夏の虫と言えばやはりセミ。

このところ曇天ばかりで陽が降り注ぐような日が少なかった為かいつもの年に比べセミの鳴き比べが聞こえない。

でも、見つかった。

五輪梅の葉の裏で幼虫の抜け殻が見つかった。

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俺もいるぞと姿を見せたカエル。

どこで生まれ育ったのやら。

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オシロイ花も季節感が漂よってくる。これは斜向かいの空き地に咲いていた。

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家の隅にも咲き始め、育ち始めの花草があった。

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側溝沿いでも咲き始めた。

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花を愛でつつ真夏を迎えるぞ!

 

 

2020年7月11日 (土)

特別養護老人ホームから緊急搬送の連絡が!期せずしてコロナの今を感じた!

突然、特養から「○○さんが熱を出し救急車で救命救急センターへ運ばれました」と連絡が入った。

○○さんとは義理の叔父だ。

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実は7年前に叔母が急逝し、叔父がひとり取り残されたのだ。

まだ70代だった。しかし、叔父は子供も含めて近親者がおらず単身生活を余儀なくされた。

あえて言えば義理の甥にあたる私と私の家族がいるだけだった。私の兄弟や従兄弟達はいるが一切繋がりがなかった。

つながりがあるとは言っても、私も日常的にはほとんど接点がなく、さかのぼっても10年ほど前から叔母との関係でたまに顔を合わせる程度だった。

その時点では夫婦お二人ともに年金をそれなりに受け取り、元気に悠々自適な生活を送っていた。

ところが、叔母が自宅で急死した時から状況は変わった。

その日朝早く、叔父から電話が入り、「警察の検死の立会が・・・」と言ってきたのだ。

なんのことかわからないのでとりあえず駆けつけた。

叔母がその日の朝、畳の上で倒れていたのだ。救急車を呼んだのか救急隊員もいて、さらに警察官もいたのだ。

既に死亡していたことから、結果として検死に立ち会うことになった。

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公園を歩いていたら、老人が倒れていた・・のでなくこんな仮面が。

それから数年、何事もなく過ぎた。4年前の5月頃だったか、今度は地域包括センターから電話が入った。

包括は、しばらく前から叔父をサポートしていたそうだが、交通事故絡みで相談したいとのことだった。

話を聞いて驚いた、少し前に一日に三ヶ所で交通事故を起こしていたのだ。幸いに人身事故はなく車やブロック塀を壊していた。

叔父は認知症がかなり進行していた。

ここから、地域包括と交通事故担当の警察官が私を連絡窓口にしてきた。

端折って話すとそれから数ヶ月の間に交通事故の処理は賠償も含めて済ませ、叔父の生活の場も特別養護老人ホームに移った。

この間つくづく感じたのは官公署の動きが私のそれまでの認識と違ったということだ。と言うのは一市民が単独で窓口に行っても「たらい回し」にされてしまいそうなことが、行政の者が出向して長を勤める包括支援センター員とともに動いたことから、あらゆる手続きが嘘のようにスムーズにできた。

叔父は健康保険証から免許証、預金通帳など全てなくしていた。

健康保険証など窓口に行ってすぐ再発行され、嘘だろうと思ったのは銀行預金通帳再発行及び印鑑変更も行ったその日のうちにできたのだ。

私は血のつながりのない三親等の姻族だけれど近親者として成年後見人のような役割を担うことになった。

そして今回の緊急搬送。

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運ばれたのは病棟がいくつもある大きめの病院。

たまたま行ってコロナ感染の今を実感した。

先ずは受付窓口に行くのに正面玄関を使えなかった。

警備室で検温などをしてからでなければ入れないのだ。

それもその筈。

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私は「当院からの要請」ということで入った。

それでも警備室の裏の方で待たされた。その時もこんな張り紙があった。

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カタカナ言葉は好きでないけれどソーシャルディスタンスはわかる。

帰りに遅い食事を取った。

ラーメン屋に寄ったのだが、そこにもこんな張り紙が。

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私が案内された席は、4人席のカウンターだった。真ん中の二つの席に上の張り紙があって両端のみ座れるようになっていた。

ピリ辛味のつけ麺は美味しかった!

話は戻って、しばらく待って担当医と会った。

病状は分かった。でも、あす一番でやることはコロナの検査だということだ。

そして医者に言われて驚いたのは、いきなり「延命措置はどうしますか」という問だった。

そんな病状かと聞いたら、検査いかんでどうなるかわからないので聞いたとのことだった。

まあ、最善を尽くしてくださいとしか応えようがなかった。

それにしても、感じたのは独居老人が増えており、その中には認知症を患っていらっしゃる方もいるのだが、どうサポートしていくのかだ。

事実、7月3日のニュースで警察庁発表として昨年中の認知症の行方不明者が前年より多い1万7479人だったと報道された。しかも遺体で発見された方が460人もいたということだ。

深刻な事態だ。公的機関や制度がしっかりすることは勿論だが地域住民の中でもなんとかしなくてはね!

すぐ答えがでないけれどね!

 

2020年5月16日 (土)

10万円も、マスクもまだ届いていないけれど、生活様式を変えたよ!

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我が家に咲く可憐な野花・・・前回に続いて

緊急事態宣言の一部解除だと思ったら、いや第二波がくれば再び宣言だとか世の中かまびすしいのだが、我が家には未だにアベのマスクは届かないし、早く欲しい10万円の便りもない。

も、我が家では新しい様式による生活は先行しているのだ。

我が家のメンバーの一部が、コロナ禍の中で通勤方法の変更を迫られ別宅に移った。

その結果だが、夜の居間の利用方法に変化が生じ、夜の生活様式ががらりと変わった。

などと言うとなにか大ごとのように聞こえてしまうが、人ごみの中にはいかないことは確かだけど実は夕食時からソファーに座り溜めどり映画を観ながら、夫婦それぞれ手酌でほろ酔いになれるということなんだけどね。まあ、それが可能になったということ。

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この季節、アヤメだね・・・毎年芽を出し花咲かす!

そこで、空いた時間に録画映画を整理し始めた。

とりわけ整理しているのは、ブルーレイデスクの100GBが出始めた以降のものだ。このディスク、それまでの25GBに比べると4倍の容量なのだが、録画時に画像レベルを少し落とすとなんとNHK朝ドラを一年分すべてを収録し、なおかつ余りあるのだ。

そんな、録画を始めたのがちょうど2年前からだった。

一枚目のディスクを見ると最初に入っていた映画が2018年5月28日に始まった石井輝男監督、高倉健主演の「網走番外地」4本だった。他には劇場用アニメ「ドラえもんシリーズ」が9本。あとは洋画がたくさん。

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この間も映画に限らずドキュメントや音楽関係など、それなりにジャンル分けをして検索しやすいようにしてはあったのだが、ここで思い切って映画をもう少し見やすくしようと思い着手した。

映画は今までは有名監督作品、例えば黒沢、小津、少し時代を飛んで山田洋次、是枝裕和、大林宣彦などは監督ごとにまとめていたが、あとは俳優やシリーズもので分類するだけだった。

そこでこの機会に監督単位でまとめてみようと取り掛かった。

現時点ではまだどんな監督がいるかのチェックが終わった段階だ。でも、新しい発見があった。

邦画に手をつけただけだけれど、2年間の録画で監督が165人にも及んだ。その中で録画された作品が複数あった監督は43人もいた。

さらに日本映画であるにもかかわらず外国からお見えになり監督された方が7人もいらっしゃった。

ちょっと残念だったのは女性監督は8人のみだった。その中には河瀬直美さんやら安藤桃子さんなど注目の監督もいた。

あと意外だったのはシリーズもの等は、例えば「寅さん」のように山田監督が最初から終わりまで自らの作品として関わってきていて、それが当たり前だと思っていたのだが、必ずしもそうでないことがよくわかった。

例えば直近でコロナの犠牲となられた志村けんさんが活躍したドリフターズの映画は全部で21本あり、そのうち16作品は渡邉祐介監督によるものだがあと5本は別監督だった。

また、森繁久彌さんが主人公だった「駅前シリーズ」は豊田四郎監督が中心であったが他に6人が監督をされていた。

あと、有名なところでは加山雄三さんの「若大将」シリーズ17作品では岩内克己監督が「エレキの若大将」など6本を送り出したが、あと4人の監督が取り組んだ。

こんな、初歩的な整理だけれど、溜めどり鑑賞が楽しみになってきた。

徘徊せずに引きこもって新しい生活様式を潤いあるものにしようかな!

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今年、桃が満開だった。そして、今実がこんなにいっぱい!

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2020年5月 8日 (金)

合点いくね!「護られていたのだ だから 護らなくては 日本国憲法!」詩人・佐藤正子さん。

標題の言葉は5月3日の朝日新聞一面コラム「天声人語」で引用されていた故・佐藤正子さんの詩の一節だ。

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発見:キンカンの木の陰に隠れていたバラの大輪

天声人語でこの言葉の引用に至る先行文には彼女が善行や悪行でなく『愚行権』を見事に行使してきたと記し、それが赦されたのは親友や家族、時代のお陰だった。さらには《基本的人権》のお陰だったという内容の詩だった。

確かに、私なども他人様に迷惑をかけない程度の愚行の日々であったけれど、大きく咎められることなく生きてこれたのも日本国憲法《基本的人権》そして《国民主権》のおかげだったのかな。「護られていたから護る」腑に落ちた。

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小鳥が糞とともにハクモクレンの下に撒いてくれた五輪梅が今年も開花

そんな感慨にふけっていたところ、コロナの事態を受けて現政権内部から憲法に「緊急事態条項」を新設すべきだとの声が出てきた。

そのような発言が出るのは「緊急事態宣言」が出されているにも関わらず外出や営業の自粛、そして感染の広がり抑止がなかなか思ったとおりにいかないという現状を根拠にしている。

しかし、これらの発言に対し、市民からもあるいは識者からも疑問が出ている。

同じ日の読者の声欄では、たとえば「外出自粛を徹底するカギの一つは、今すぐ休業補償することである」(新潟・住安さん)と発言されていた。

穿った見方をすれば、と言うよりもこの政権の見え透いたやり口から当然のことか、「権限は知事にある」とかあれこれ言いながら緊急事態制限のうまくいかないことや内容があいまいなことを、憲法に緊急事態条項がないことに、かこつけるための一計をめぐらしたのではと思ってしまう。

前日2日の朝日新聞オピニオン欄「憲法を考える」に寄稿された憲法学者蟻川恒正さんは「その国の7年半」という寓話を導入部にして「脱法厭わぬ権力中枢、従う『配下』も共犯、法秩序ほとんど破壊」という見出しのもとに集団的自衛権を閣議決定だけで合憲へと解釈変更したことや検察官の定年延長を検察庁法の新たな政府見解を発しただけで変更したりといくつか挙げ、「憲法の基本原則を壊しているという大それた意識もなしに権力分立の根本を掘り崩している」と指弾していた。

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弟から預かっている柑橘類の花・・・名前はわからない?

そのような済し崩し的に憲法超えを繰り返しておりながら憲法改正を唱えている方々の本意がいつもぼやかされているような気がしてならない。

これについては昨年9月に「お友達内閣」に触れながらこのブログに書いた。

自民党には保守本流と自民党本流があって後者は自主憲法制定を党是としている。今の総裁は自民党本流の頭だ。

この自主憲法について2005年には「新憲法草案」として公表され、ついで2012年に「憲法改正草案」として公表された。

仔細に読むとよくわかるのだが、言葉をボカシながら、はっきりと「基本的人権」「国民主権」「立憲主義」を後退させている。

どんなボカシかというと、例えば現行憲法の「すべて国民は、個人として尊重される」とあるところを「全て国民は、人として尊重される」とされていた。現在の憲法学では「個人の尊厳」「人間の尊厳」「ヒトの尊厳」という区分と連関があるのだそうだが、「人」に改め限定すると様々な問題が生ずると言われている。いくつかの条項で、一見似た語句を使い、変わらぬ印象を与えながら、実は権力者に都合の良い解釈ができるようになるようだ。

そして、改正草案の柱の中には天皇の元首化、国防軍の設置そして緊急権条項があった。

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風に舞ってやってきた野花(我が家に自生)は踏まれても踏まれても!

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でも、幸いなことと言うか同日発表された世論調査では★「国会での憲法改正議論を、急ぐ必要があると思いますか」という質問に「急ぐ必要がない」と答えた方が72%いた。

続いて★「いまの日本の憲法は、全体として、よい憲法だと思いますか。そうは思いませんか。」という問には「よい」63%、「そうは思わない」27%だった。★「いまの憲法を変える必要があると思いますか。変える必要はないと思いますか」には「必要がある」が43%「必要がない」が46%と均衡状態だった。ま、自然破壊など環境問題で憲法に謳うべきものがあるという方もいる事を考えると大いなる議論が求められるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

2020年5月 1日 (金)

コロナは武漢の研究所からの漏れだと強弁してきたが、今度はUFOがばら撒いたことに?

トランプさんの言説として伝わる「コロナ禍沈静化より金回りを良くしろ」は彼がビジネスマンであり資産家であるということから言いそうなことだと理解できないことはない。勿論、真偽賛否善悪等私的判断を抜きにしてだけれどね。あまり強調するとフェイクニュースになるから単なる感想としておこう。

でも、トランプさん大統領選挙の形勢がどうも良くないようだ。最近公表されたロイター通信の世論調査ではトランプ40%の支持に対し、対抗馬の民主党バイデン氏は44%の支持を得ている。

その差についての論評を見ると、コロナウイルスへの対応を巡って、危機時のトランプの指導力への疑念が高まったからとの指摘もあった。 184312m-2

フリーイラスト素材・シルエット より

そんな記事を見ていたら突然UFOの話が出てきた。

4月27日にアメリカ国防総省がアメリカ海軍航空機の撮影したものとして動画を公開したのだ。公開された3本の動画は2004年と2015年に撮影されたものだ。そして正体はまだ分からないとしている。

まあ、政府が掴んだ情報をどう究明してきて、今現在はこうだと公表するのはこのところ私たちが見てきた秘匿のあれこれよりはましだとは思うのだが、なぜ今なのだと思った。まさか、コロナウイルスを宇宙人のせいにするんではないでしょうね。

このところトランプ大統領とその周辺の一部の人はコロナウイルスを武漢ウイルスと呼ぶなど、なんであれ中国が悪いとしたがっているように見える。

でも、4月30日にアメリカ国家情報長官室が「中国が起源である」ことは確かであるが「人工的なものでも、遺伝子組み換えでもないという科学的な総意に同意する」と陰謀説から少しニュアンスが変わってきた。

また、トランプ氏の発言に対しては「オオカミ少年トランプ」などというニュース見出しが出てきた。(朝鮮日報)

それは米韓防衛費分担をめぐって韓国が求められていたカネを出すことで合意したとのトランプ発言が事実と違うと否定されたことによるニュースの見出しだ。まあ、このことは日米安保をめぐる問題にも絡むけれどね。

Acomes_48617-2  映画に登場した宇宙船より

ま、ここまではハリウッドを抱えるアメリカのパホーマンスとしていいことにしよう。

なんだと思ったのは、アメリカ国防総省の映像公開に伴って敏感に反応した日本防衛省の河野太郎防衛相の28日の記者会見だ。

朝日新聞(4/28朝刊23面)にも米軍公表のUFO写真入りで「河野氏 UFO遭遇時の対応『しっかり定める』」とでていた。

あまり、アメリカのご機嫌をとって欲しくないのだけれど。日本にも韓国に負けず劣らない安保条約上の負担を要求しているからね。

日米地位協定だって何とかしてもらわなくちゃ。

でも、彼の発言には同意できるものもある。たとえばコロナウイルスをめぐって使われる用語にあまりにもカタカナ語が多いことに苦言を述べていた。

クラスターは「集団感染」、オーバーシュートは「感染爆発」ロックダウンは「都市封鎖」だと。このあたりは小池さんに直談判して欲しいと思うのだが、自民党の閣僚としては他に比べ少し期待してもいいのだけれど河野さんは時々私の想定外(当たり前だけれど)のパフォーマンスを出してくるから気になるけれどね。

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まあ、ここで緊急事態がまた一ヶ月伸びるようだけれど、早く終息して欲しいものだ。

この日記でなく、「週」記をなんであれ続けていくけれど、しばらく旅はできず、人ごみも避けなければならないので、しばらくは小徘徊のなかで見たこと聞いたこと、たまには机に向かって読書したこと、そしてライブラリーが充実しつつある映像(映画、ドキュメント、ミュージックライブ等)について観賞して感じたことを書いていこう。

もっと若い頃は日記などまったく書く事はなかったけれど、撮りためた画像などと併せて簡単なコメントを書きアップする事は持続している。

自分で読み返すとそれなりの行動記録になっているから面白い。

 

2020年4月24日 (金)

コロナ禍で不安を掻き立てられる最中だけれど一縷の希望が見えた!

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我が家の楓の若葉と青空

こんな禍の中で希望などと云うと不謹慎だとお叱りを受けるかもしれないけれど、Sponichi annexのニュースを見て前途に光が射したのだ。

インド・ニューデリーでこの3月25日からロックダウン(都市封鎖)が開始されたのだが、スモッグが激減したというのだ。

ニュースの見出しは「ロックダウンでインドの自然環境が劇的な改善、スモッグ消滅」だった。

具体的な数字として空気中の微粒子状物質PM2.5が22%減少し、さらに二酸化窒素濃度が15%ダウンしたという。

モヤが晴れ渡っただけでなく、ガンジス川の水質までもが改善したようだ。

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2005年3月 インド・バラナシのガンジス川にて

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地球環境の悪化はもう後戻りできないのではないかという将来への危惧が常にあった。しかし、ここに来てコロナ禍による工場などの操業停止をはじめとする人間活動の減少が生じさせた結果なのだが、人間のやりようによってはまだ環境の保全が可能なのだということをインド報道は示してくれた。暗い現実が取り巻いているが前途に光明を見出したような思いになった。

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もちろんコロナは猛威を振るっている。

インドで3月25日時点では700人弱であった感染者が、一ヶ月も経たない4月22日には2万178人となり、2日前よりも2,500人近く増加した。(読売新聞オンライン 4月22日)

ちなみにアメリカは82万5,306人の感染者と4万5,675人の死者とひどい状態だ。

 

こんな惨状であるにも関わらず、光が射したなどとふとどき発言をしたのは先の個人的な感想とともにワケがある。

実は、たまたま放送大学の『「人新世」時代の文化人類学』第二回講義を視聴したばかりだったからだ。(BS放送大学4月11日録画)

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放送大学は、無料で視聴できる。

科目テーマごとに15回に渡って講義があり、なかなか面白く基礎的であるがしっかり体系的に学ぶことが出来る。私は、年度初めなどに番組表(カリキュラム)を見て興味あるものを録画し、気分が向いたときに視聴するのだ。決して単位を取れるような見方でもないしテンポじゃないけれど。少なくともTVニュースを視聴するだけより納得したような気分になる。

この4月に始まった講義ではこの「人新世」に加えエジプト旅行の繋がりで「中東の政治」を選択し毎週予約で録画セットした。

ともに大変面白い。

「人新世」第二講でどんな話を聞いたかというと、現在の地球温暖化や種の絶滅の危機など環境に関わる問題の始まりと現在についてであり、なによりも人による地球環境改変を放置できないという話だった。

歴史上この危険な地球環境改変が推し進められたのは18世紀後半からの蒸気機関活用と工場制生産システムなどが急展開した産業革命や資本主義体制の確立以降だった。

さらに改変の大加速化が始まったのは第二次世界大戦後の1950年代であり、改変のカーブを右肩上がりの急上昇にしたのが1990年代に始まったグローバリゼーションだというのだ。

この推移をグラフで見ると取り巻く環境について改めて恐ろしくなるほどよく分かる。放送大学の話の中でもグラフが使われていたが見づらかったので別のグラフで見てみよう。

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国連人口基金ホームページより:世界人口推移

1950年と2011年の比較でも世界人口は3倍近くになっている。

エネルギー消費量を見るとまさに似たような曲線を描く。

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NIRAエネルギーを考える未来の選択・エネルギー消費量の変化

18世紀半ば頃から上昇が始まり、20世紀に入るやとどまるところを知らなくなる。

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「人新世時代の文化人類学」より

二酸化炭素濃度を見てみよう。

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1960年から2015年までのCO2濃度と気温の変化グラフだ。(日刊温暖化新聞アーカイブより)

そして動植物の絶滅はどうなっただろうか?

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学研キッズネットより

100年前までは絶滅する生き物は一年間で一種類だったのに。今じゃ40,000種だという。

恐ろしい。

こんな話をじっくり聞かされたので、インドでのできごとは病で苦しんでいる人が居るとは言えど朗報に聞こえてしまったのだ。

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我が家の玄関前に咲く「都忘れ」

ところで、「人新世」ってなんだろう。ブルーレイを早戻してもう一度見てようやく少しわかった。

ちょっと大ごとだった。前にも触れたように人類の活動が地球に対して、大きな影響を与え地球環境の改変までしてしまっているのだが、それが地球の地層レベルまで達し、地層に跡が残るというのだ。私もそこまでのスケールでは考えてもみなかった。

そこで改めて地質年代を見て何となく分かった。古生代カンブリア紀とかジュラ紀などは聞いたことがある。ジュラ紀などはアンモナイトの化石などが多産する地層として覚えていた。その流れの中で「新世代」という区分に行き着く。そして新しい地質時代としての「人新世」に続くようだ。放送では「人間活動の地球への影響を表した概念」と説明していた。

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満開になったドウダンツツジ

講義の中でもう一つ興味を引く話があった。

1990年代に人間の活動がさらに急激な地球環境改変を進めたのは、その当時に台頭してきた新自由主義とそれによるグローバリズムのようだ。

そしてそれぞれの定義が面白い。

新自由主義とは「最小限の政治組織による最大限の統治」であり、グローバリズムは一般論としては地球共同体主義的に理解されてもいいものなのだが、実態としては「地球市場の統合化であり、富と権力の集中による経済格差、弱肉強食化を産み、貧困層が使い捨て労働化され(不安定な雇用・労働状況における非正規雇用および失業者)、そして経済を最優先するばかりに社会、文化、福祉をおろそかにするイデオロギー」という事のようだ。

アメリカではコロナの犠牲者の総数は初めにも触れた通りであるが、その中身を見ると犠牲者の多くは黒人であったり、ヒスパニックの人々だ。

昨年のハリケーンの犠牲者の多くも同様だったと聞いている。

日本で言えば、小泉内閣の時の行政改革も新自由主義の流れの中で断行された。郵政改革のみならず今問題になっている保健所や医療機関の統廃合などもその流れに続く。

どうも、今の流れは地球や人類という大きな枠組みのみならず、日々の暮らしにもよくないようだ。

コロナ明けにどうなるだろうね?せっかくの光明も従来の流れが変わらなければ風前の灯のようにかき消されるか?そのまま流され藻屑となるか?いや消されたくないし、藻屑にもさせたくないね!

 

 

 

 

2020年1月17日 (金)

初外食は何とインドカレーとナンだった!

三箇日はもちろんであったが、何となく慌ただしく時が過ぎた。

結局、初詣もずっと遅くなり日曜日になってようやく行けた。

とは言っても、私はお参りというよりも正月気分を味わうことが主であり、正月的風俗やら風習の中に身を置くことで年明けを体感するのだ。

今年も身内がお守りなど返納する為に訪れる神社について行った。

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身内が御祈祷いただいた護摩、お守りは川崎太師など三ヶ所の神社だ。

昨年に続き今年も三嶋大社に付き合った。

ちょっと遅くなったけれど、まだ正月の雰囲気は充分残っていた。

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いや、この年始に驚いたことがあった。

川崎太師だけれど「お越しになれない方は御祈祷したお護摩札の郵送での返送を受け付けています」という告知があった。

ご利益を願う人の中にはいわゆる形式というか、所作の手順などにまで、すごくこだわる方がいたことを知っているのだが、郵送でOKなどといった世相をどう思うのでしょうね!

まあ、それはともかく、一通りのことをすませ、正月気分の一つとして皆でおみくじを引いた。

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こんなふうに晒すことは罰当たりなのかな!

一緒した身内の一人は大吉であった。

私は末吉であった。運勢はあまりよくないようだ。「周囲の人とは波長が合わず、苛立つ気分の日々が続く運気」だと。

まあ、確かによくない。でもご安心ください。

実は、大吉の身内とは我が奥様なのです。今年は、ずっと奥様の影に寄り添って己の意思を通さなければいいのです。・・ということで今年もめでたしめでたし。

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社をあとにして、食べ物屋に入った。

箱根山麓のじゃがいもを使った「みしまコロッケ」が名物になっている。

食べてみた。

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いあやー!美味しい!

本当に美味しかった。

そして次に向かったのが、正月だからなどということには何も結びつかないインドカレーの店だ。

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これも美味しかった。

皆それぞれ、カレーを二種類づつ選択できた。

私は大好きなタイ(インドカレー屋なんだけど)の「グリーンカレー」(右側)ともうすぐフィナレーになる秋から見始めた朝ドラ「なつぞら」で登場した「バターカレー」(左側)を食べた。・・・美味しかった!

ただ問題だったのは私は年末から飽食気味でベストから2キログラムも増えていたのだ。

それが、出されたカレーには写真でもわかるような見事なナンが添えられていた。

そして食べ残しはまずいような雰囲気が感じ取られた。

そして食べた。満腹であった。

結果は明らか。体重は更に増えた。

家に帰った。

綺麗な夕景があった。

我が家の木々のシルエットもなかなかだった。

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ハクモクレン

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桜桃

体重を減らさなければ!

 

 

2020年1月10日 (金)

正月は御猫様と御犬様の従僕になりました!

隣町に住む弟が一家で四国に出かけた。三泊四日の旅だ。

留守番するのは彼らの愛猫、三毛猫ミャーちゃんだ。その御猫様の上げ膳、据え膳、シモの世話を頼まれた。

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玉座に横たわる三毛猫ミャー

盆と正月、年に二回ぐらいだが、私に野暮用がない限り弟たちが旅などで留守の間は世話を引き受け、お猫様の従僕となるのだ。

お猫様、見るからに偉そうだね。

一日目は、まだ警戒していて「借りてきた猫」のように大人しかった。

それでも、指を差し出すと匂いをかいて私を馴染みある者と認識してくれたようだった。

二日目、家のドアを開けた途端に私を察知して鳴き始めた。甘えての鳴き声だ。

前日とは打って変わって二階建ケージの階下に降りてきた。

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そして外に出せと要求してきた。

飛び出た。

解放されたかのように無邪気に床を転げ回った。

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そして、次の瞬間、起き上がったかと思うと、するすると匍匐前進しながらミャー専用ルームである猫ノ間の入口ドアまで行き飛び上がったのだ。

ノブにぶら下がるとドアが開くのだ。

私はこのまさかと思われる猫技を以前目撃しており、承知していたので、猫よりも早くドアに行き抑えた。

ぶら下がった、そして開いた。だが、出ることは阻止された。猫は世間で知られているよりも頭がいいのだ。

諦めて、というよりも諦めたふりをしてドアのそばに落ち着いた。

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これは、フリなのだ。事実、私がスキを見せるとノブに挑戦した。可愛そうだが阻んだ。

私にはすっかりなれて、さすれば無防備に腹を上にし喜んだ。

ところが、猫も「豹変」するのだ。

翌日、我が家の家族ふたりを伴って行ったところ、ミャーは攻撃態勢をとり、背を丸め、牙を剥き出しフーと発しながら敵対的歓迎をしてくれた。

ジャンプ力を知っているのでこの日は檻の外には放たなかった。四日目も含め、従僕業と留守番はそれなりに遂行できた。

そして、我が家のフレブル太郎も正月を迎えた。

御供え餅を殊のほか喜んだ。

この嬉しそうな顔を見て!

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ねずみの忠太郎も何かい言いたげだ。

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お世話よりも移動する際の渋滞の方が大変だった。

家について梅を見たら開花していた。

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正月に咲いたのは初めてだ。

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不吉な予兆でなければいいのだが。

飛んでイスタンブールでなくて、バクダット。

冒険主義的インペリアリスト・トランプさんが、またやらかした。

ミサイルは飛んだけれど、おおごとにならなければいいのだが!

トランプは選挙目当てだというし、一方イランでは経済制裁の影響もあり国内の不満がくすぶっているようだし。

様々な憶測やら状況分析が飛び交っているが、本格的な戦争はやめてもらいたいものだ。

21世紀も20年が経つというのに!

 

2020年1月 3日 (金)

初日の出は拝めなかったけれど、年はあけた。 新年あけましておめでとうございます!

年末に天気予報を見たところ、31日、元日両日ともに快晴だと出ていた。

チャンスだと決意した。3年ぶりだけど、相模湾に昇る太陽に御挨拶しようと十国峠を目指すことにした。

大晦日の飲酒は早々に切り上げて眠ることとし、夜更けに家を出た。ただ、空を見上げると雲が覆っている。

海上はもっとまずいぞーと思いながらも走り続け、午前5時半ちょっと過ぎに峠についた。

駐車場は満車に近かった。ナンバープレートを見ると3年前と同じく関東、東海一円、中には関西車もいた。

レストハウス内は暖房が効いていて暖かだったが、ビューポイントを確保するためには早めに登頂したほうが良い。

震えながらケーブル駅に向かった。

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乗車!

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まだ真っ暗だ!3分間で頂上に着いた。既に多くの人がいたが頂上ステーション内に留まっていた。

私たちは、そのまま表に出た。

ビューポイントを確保し、海岸線を望むと、街に朝餉の明かりが灯り始めた。湯河原の街だ。

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真鶴岬と湯河原町の灯り

雲が厚い。

今回はちょっと太陽は拝めないかもしれない。

日の出は6時52分。刻々と時は迫る。陽は見えないもののかなりのスピードで明るくなっていく。

この日は厚い曇の割には霞がかからず遠方の見通しが利く。

薄らとであるが北東方面の水平線ギリギリに房総半島が見えた。

ならばとさらに北に目を向けコンパクトカメラの望遠を最大にしてみた。

なんと東京のビル群が見えるではないか。

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見覚えのあるあのタワーがそこに見えるぞー。スカイツリーだ!

やはり、ここは十国峠、十の国が見えることから名付けられた。

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上総国も武蔵国も見えた。嘘偽りのない十国峠の命名だった。

結局水平線を雲が覆い日の出はダメであったが沖合に誰かが降臨しているか昇天してるかの神々しい陽光の筋が現れた。

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十国峠標高770メートル。東京まで直線で100キロメートル。

ケーブルカーの上り下りの際ガイドの方が十国峠のセールスポイントをいくつかお話されていた。

その一つが「晴れていればスカイツリーが見えます」だった。

今日は晴れていなかったけれど見えた。

今年のスタートに当たって、スカイツリーが見えただけでも良しとしよう。

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伊豆半島の山々。

さて、日の出はダメだったけれど落陽はどうだろうか!

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駿河湾の日没風景!

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本年もよろしくお願いいたします! 

 

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