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映画・テレビ

2019年3月15日 (金)

凄いな!このMC・俳優たち。それにしてもST・官僚たちは!

かつては、音楽番組といえば年末の紅白を頂点として、そこを目指す途上の歌謡曲歌手の披露の場だったように見えた。
それが、いつのまにか消え、同時にいわゆる演歌・歌謡曲というものも懐メロとしてしか聴くことがなくなった。
でも、このところBS番組を中心にブルーレイデッキなどの番組表をチェックしていると、どうも音楽番組らしいなというものにいくつか出っ会わした。
観てみるとなかなか面白いのだ。
 
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                桃がやっと開花した!
 
ところで、最近よく登場する略語がある。
今回登場する音楽番組に共通するのが「MC」だ。
正式には[master of ceremonies]。
まあ、普通に訳せばセレモニーの司会者、進行係だ。
でも、ライブなどにたまに行って「MC」の所作を見て考えると、かつての司会者とイメージが異なる。
進行のベテランであるとともに、その催しや出演者、さらには音楽の各ジャンルに精通している人だとすごく感じる。
さらにいえば存在感があるのだ。
日本に入った外来語は必ず、和語的意味がプラスアルファーされるからそれでいいのだろう。
ついでに「ST」とは正式には[sontaku]。忖度の得意な人のことだ。
 
ただ、誤解を招くと失礼なので説明を加えると福祉の分野ではこの略語を使った専門職の方々がおり、そちらも合わせて紹介しておく。
こちらのSTは「Speech Therapist」言語療法士、国家資格として言語聴覚士の方々のことを指す。
 
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                    カランコエも満開だ!
 
まあそれはさて置いて、今回探した番組のMC達はみなすごいのだ。
彼らの詳細は内容とか、MCの進行テクニック、博識ぶり等、次の機会に触れてみたい。
今回は番組名とアウトラインだけ列記する。
 
まず感心した御仁はマキタ・スポーツさんだ。
このマキタさんイメージとしてお笑い芸人であり、喜劇役者なのだが、音楽理論から世相評論まで私が感服するような論陣を張る。
でありながら、深い笑いを取るから大したものだ。
 
番組名「ザ・カセットテープ・ミュージック」
テレビ局 「BS12トゥエルビ」
放送時間 日曜日 午後9時
内容 1980年代を中心としたロック、ニューミュージック、ポップスなどなど。
 
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次なるMCはリリー・フランキーさん。
この方、今や注目の俳優だよね。
「そして父になる」「海よりまだ深く」そしてつい最近の「万引き家族」と是枝裕和監督作品などを中心に多くの作品に出演されている。
そして、納得できる味を出している。ダメおやじはほんとうにダメなオヤジになり、チンピラは本当にこの人はもともとチンピラだと思わせる。
ところが、MCの時はスマートなのだ。
薀蓄を披露しながらも嫌味がなく、ウイットに富んだ語り口で常に軽妙洒脱なのだ。
 
番組名 「The Covers 」
テレビ局 NHK BS プレミアム
放送時間 毎月最終金曜日 22時~
 
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今回紹介する最後のMCは高島政宏さん。
俳優の父忠夫、女優だった母花代の次男であり、弟の政伸とともに今や毎クールのドラマのどこかに出ている人気俳優である。
その彼が以外にもロック通なのだそうだ。
そんな彼が昨年の秋からMCを務めている。
始めの頃は「今週もまだ続いていました」と、自虐的な発言をしていたが今や軽快に進行している。
 
番組名 「My Anniversary SONG~HEISEI SOUND ARCHIVE」
テレビ局 BS朝日
放送時間 毎週金曜 22時24分~
 
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あと一番組。
この番組だけは特定のMCはいない。
音楽ドキュメンタリーである。
これがなかなか素晴らしいのだ。
楽曲が生まれた時から時代背景や関わった人々まで深く取材された内容となっている。
 
番組名 「SONG TO SOUL」
テレビ局 BS-TBS
放送時間 23時~
 
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MCの話の続きは次の機会として、STの話を少ししよう。
 
最近、珍しく官僚組織が他の官庁を批判する報道があった。
総務省が厚労省の統計の不正を批判した。
しかも、辛辣な表現を使っていた。
どんな風にかと言えば、あなた方官庁の職員は「順法意識が欠如」しており、それは官僚にあるまじき行為であり、法を無視した思考方法であってとんでもないと叱責した。
また、あなた方組織は「事なかれ主義の蔓延が問題の根底に有る」と弾劾。
私は思わず拍手した。
己の無事安泰出世ばかりを図るなど、職業人としての本業からの大きな逸脱である。また公務員であれば国民を舐めた態度である。もっともな批判である。
 
でもね。
まあ、これも批判された当事者ばかりを責めても良くないかもしれない。
最近人事権などの内閣府への権限集中(我々は知らなかった)が取りざたされており、厚労省の事態もこれの弊害であり、またその結果などと思うのだがね。
心配するのは今回の総務省の他官庁批判も、内閣府の状況分析と暗黙の指示を見てとった、やばい状況緩和の忖度でなければいいのだけどね。
 
そんな憂うる状況の中だけど、21世紀はけして一色には染まらないだろう。
そんな希望を持たしてくれるのが、今回紹介したいくつかの音楽番組だ。
BSテレビの番組ということもあってか、地デジの人気番組などと比べると圧倒的にコマーシャルが少ない。その分だけ自由なのかな。(なんの根拠もありません)
 

2018年10月28日 (日)

渦中にあったのはトルコだけれど、隣国ジョージア知ってますか?ジョージア映画祭に行ってきました!

この一週間、トルコを舞台とする出来事が世界の耳目を集めた。
サウジアラビアのジャーナリストが領事館で殺されたり、危うく命を落とすところだったフリージャーナリストの安田さんがトルコで解放されたりと世の中相変わらず騒然としている。
だけど、今日の話は渦中のトルコでなくて隣国ジョージアに関わることだ。
実はジョージア映画祭に行ってきたのだ!
 

001                  岩波ホールのリーフレット

たまたま新聞の映画ガイドが目に入った。
 
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先ずは行ってみようと決意した。
 
都合よくというか、上映期間内に都心での飲み会が予定されていた。
その日に合わせていくことを決めた。
上映演目は15タイトルが紹介されているが日によって上映作品が変わる。
「陽の当たる町」を視ることにした。
 
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ジョージアと聞いてなぜ即行動に移ったかといえば、ひとつはTVの旅行番組を視ていた時、面白いことがあったのだ。滅多にないことだろうなと思う。
番組は井浦新さんの「アジア ハイウエイを行く」だ。
 
TV局的にはきちっとしたプログラムに従って放送して、必要に応じて再放送するのだろうけど、某局は時々臨時に編成が変わり予定されていたものを録画できないことがある。
この番組も私が充分調べてなかったからだろうが、どういう編成になっているか分からないままに本編も再放送も録画していた。
 
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                    最初放映時・・・グルジア語
 
本編放送時と再放送時に同じ内容なのにタイトルが違っていたのだ。
なおかつ、途中のテロップも。
本編の時は「グルジア」、再放送時は「ジョージア」だった。
 
Dsc01740         再放送時・・・・・ジョージア語


トルコとの国境を越えるとイスラム世界からキリスト教(グルジア正教会)に変わる。----ギハロデンを歌う訳
感心したのはナレーションまで変わっていたことだ。
公共放送であって、国営放送ではないのだが、やはり外交的な配慮が必要なんだろうね。
 
2015年4月まで国名として「グルジア」が使われていた。
番組が2014年12月の取材から始まっていて再放送が翌年4月すぎだったからテロップの訂正が必要だったのだね。
 
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旧名グルジアはトルコ旅行をした時に地図を見る中でこんなところにあるのかと認識した。
ただ、名前だけはかの有名なというかソ連の粛清が注目された時に名を馳せたスターリンの出身地として知っていた。確かに彼のヒゲをたくわえた風貌は西アジア的だった。
 
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映画に戻ろう。
スターリン時代からソ連崩壊を経て独立し、ロシアとの戦いもあって現在に至るグルジアの一都市の現在をドキュメントとしてまとめたものだった。
 
映画は感性だとか美意識、人生観などによって見え方が変わってくるとともに、ドキュメントなどは予備知識の有る無し、視座などによって感想は変わってくる。
 
かつての情景を知る者にしてみれば夢の跡であり、取り残されたものの悲哀の現実的姿だ。
でも、踏ん張り居続けるものの頑張っている姿と希望という見方もできた。
しかし間違いなく現実のジョージアである。
一方、井浦さんの番組では多面的な取材により葡萄酒の発祥地としてのジョージアであるとかソ連時代に禁止されていた民族の伝統の再生が取り上げられており希望が感じられた。
 
映画は映像自体はわかりやすく、そのままに受け止めたのだが、果たしてそれでいいのかという感慨を残しながら見終わった。
ソ連邦に属していた時からの紆余曲折のなかで現在に至る現代史を見た。
 
そんな小難しい理屈を抱えながらも、半分忘れて飲み会の会場に行った。
岩波ホールは水道橋から歩いてちょっと。
水道橋近辺も変わった。
 
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こんな楽しそうな空間も夜になると面貌が一変する。
 
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幻想的な水道橋近辺。
飲み会は、有楽町ではじまり浅草でお開きとなった。
 
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浅草も、酔っぱらいが歩く頃は静まっていた。
 

2018年7月28日 (土)

羅生門脚本の橋本忍さんが亡くなった!100歳だった!

脚本家橋本忍さん。

脚本デビューの「羅生門」がベネチア国際映画祭の金獅子賞とはすごかった。

とは言いながら、実は橋本さんのことを私はほとんど知らなかった。

たまたま、先般取り上げた映画本の著者の一人である白井佳夫さんが新聞の黒澤作品ランキング特集に登場し解説していた。ランクインした作品の何本かの脚本が橋本さんの手によるものだったことから知ることになった。004

橋本さんは八本の黒澤作品に関わったようだ。

ランキング(朝日新聞Beランキング5月26日付)では1位七人の侍 2位羅生門 3位 用心棒とあったが1位、2位ともに橋本さん脚本だ。

黒澤作品以外で私の印象に残っている橋本脚本は御自身が監督をされた「私は貝になりたい」とか「日本沈没」「八甲田山」などだろうか。すべて映画館で見たわけではなくビデオだ。

最近の映画で比較的よく聞くのがリメ-クとかスピンオフなどなど。

第一作の好評を受けて続いて作られる関連第二作以降の作品だ。スピンオフなどは第一作の脇役だった人物に焦点が当たる。それはそれで面白いものもある。

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         白井さんはモノクローム映画を評価していた

黒澤作品であり、かつ橋本脚本の「隠し砦の三悪人」は1958年公開された。2008年にリメーク公開されている。二作品共に観た。私は旧作が面白かった。もっともタイトルは同じでもストーリーも主人公も異なっていたようだけどね。

そこで我が家の録画ライブラリーから未だ見ていない橋本脚本作品を探した。リメイク版と共にあったので見比べてみた。

その際、白井佳夫さんの映画評論も少し読んでみた。ところで白井さんは御年86歳なのだ。失礼ながらとうに現役を退いていらっしゃるかと思ったらしっかり健筆を振るっているようだ。

Dsc00318          1967年版タイトル

比較した作品は「日本のいちばん長い日」で、1967年公開 岡本喜八監督作品(東宝)と2015年公開 原田眞人監督作品(松竹)だ。前作の脚本が橋本忍さんで原作は大宅壮一さん。

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新作品脚本は監督の原田眞人さんで原作は半藤一利さん。

原作も脚本も全く違うのだが、昭和20年8月15日にいたる数日が共通し、当然登場人物も基本的には同じだ。

ただ、焦点の当て方、力点の置き方に若干の違いがあるのだろうか。

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         英題と邦題の意味が違う2015年版!
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登場人物は多いのだが物語をリードするのは主として5人ぐらいか。

①鈴木貫太郎総理大臣 ②阿南惟幾陸軍大臣 ③畑中健二陸軍少佐 ④迫水久常内閣書記官長 そして⑤昭和天皇だ。

これを前作では①笠智衆②三船敏郎③黒沢年男④加藤武⑤松本幸四郎。

新作は①山崎努②役所広司③松坂桃李④堤真一⑤本木雅弘、が演じる。

それぞれ役者としての持ち味を出しながら役作りされていた。

笠智衆は緊迫する場面の折々で他の映画でも見たようなにこやかな表情を浮かべていた。

鈴木貫太郎は1948年に81歳で逝去されているが、終戦時は78歳だった。

山崎努は「モリのいる場所」で90を超えた画家を見事に演じていたが、この貫太郎役ではまさにそのおじいさんの70歳台後半の姿を彷彿させた。

二つの映画の大きな違いを二点で感じた。

前作は実写フイルムも使いながら戦争そのもの悲惨と大日本帝国陸軍のファシズムと狂気がストレートに出ていたように感じた。

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中でも黒沢年男の演じた陸軍少佐の国体護持と本土決戦に対する執念は狂気そのものだった。

三船敏郎と役所広司が競演したことになった阿南陸軍大臣も同じく切腹に至るのだが三船はまさに武士であることを貫いた格好だったが、役所の阿南は孫とゲームに興じるなど違った一面を見せた。

何よりも大きな違いは昭和天皇をめぐる演出だ。

何時間にも及ぶ閣議でも結論に達しないポツダム宣言受諾可否に対し鈴木貫太郎首相は天皇の意思によって決められたこととしたいと考える。

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そこで御前会議となるのだが「本木」天皇に次のように発言させている。

「私の名によって始められた戦争を私の本心からの言葉で収拾できるならばありがたく思う」との言葉で聖断によるポツダム宣言受諾とした。

一方、本土決戦を決意し2000万国民が特攻すればアメリカに勝てるなどと言っている軍人たちの前に前総理大臣の東条英機を登場させ次のように扇動させる。

「勤皇には二つある。狭義と広義だ。狭義では陛下に忠義を尽くすこと。広義の解釈では、国家永遠を考え、たとえ陛下が仰せられても、まずは諫言し奉る。それでもお許しなければどうする?矯正し奉りても初心を断行すべし」

まさに、国体護持云々といいながらも既に自らを天皇の上においているのだが、た2015年作品では素人には戦争指導者は皆同じと見えているものをそうでないと言い訳し、東条をはじめとするファシストとそうでないものの拮抗の中にあり、天皇は平和を望んでいたと描きたかったように見えた。

その点では前作は違った。

天皇はセリフとして語ることはなく。映像も遠景か後ろ姿だった。

ファシズムも軍部だけのものとせずトータルに捉えていた。

白井さんに戻ろう。「日本の長い一日」を直接評したものはなかったけれど戦争映画「南十字星」を評するものの中に通ずるものがあった。

白井佳夫さんは「血にまみれ、残虐の限りをつくした戦いの中にも、正気のヒューマニズムによって貫かれた人間関係がありえたのだ、ということを主張するこの映画は、一見なかなか崇高に、堂々と作られた作品になっている」でも、敗戦時に中学生だった白井さんは「嘘だ」「そんな絵に描いたような正義が、あの時代にありえたはずがないのではないかという気がした」(日本映画の本当の面白さをご存知ですか?)(ケイブンシャ文庫)と慨嘆している。

そして少数派だった『正気』を崇高に描くことよりも、圧倒的多数の『狂気』を直視することの方が、あの時代を描く日本の戦争映画としては、本当のはずなのである」というのだ。

そうだとも思うし、異なった感想も頭をよぎる。

2018年7月14日 (土)

映画祭は隆盛の極みなのに、書店の映画本がめっきり減った!

たまたまカンヌ映画祭での是枝監督の快挙があったからだけど、映画のストーリーだけでなく監督やらスタッフの皆さんのご奮闘にも目を向けたくなった。

そこで映画関係者が論じている何かがないかとさがした。

我が家でもTVドキュメントやら対談などで監督が登場している録画がいくつかあった。

しかし、書店に映画関連書籍がない。

中規模書店で映画関係本を探すのだが、単行本コーナーにも新書、文庫のコーナーでも見当たらず、ようやく雑誌コーナにたどり着き映画関係本を見つけた。

しかし多くが韓流スターの名鑑や写真集、そして最新ドラマ雑誌だ。それはそれで良い。私も何度も立ち読みさせていただいて恩恵を得ているからだ。

でも諦めず、大規模書店に行ってみた。

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               筑摩書房 2018年1月10日第一刷

  あった!でも、昔に比べるとなにかマニアックなのだ。それと、記録的なヒットが続くアニメーション映画関係が棚の多くを占めていた。

特定の監督を掘り下げているのはいいのだけど、素人は二の足を踏んでしまう。

そんな中で、何冊か面白そうなものがあった。

逐次、読みながら、そしてビデオを見ながら感想文を書いてみよう。

まあ、映画紹介やら関連する情報は今や多彩なルートでそれぞれの所に届くからね。

21世紀に入ってその辺が激変したね。

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            サイゾー 2017年9月19日第一刷

先般報道されていたところによると日販や東販などの書籍流通大手もなかなか大変だそうだ。運搬費の高騰やら返品などの扱いにも苦労しているみたいだ。だからか、町の本屋さんが消え、生き残る大型店の書棚も変わってきた。

話は飛ぶが、衣料品関係もどうもそうらしいね。

毎年、在庫処分される新品衣料品が10億点あるというからたまげた。コンビニの消費期限に絡む食品処分といい、着の身着のまま、餓死寸前という人々がいるというのにね。

映画本の話からかなり横道にそれた。

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               講談社 1988年第一刷

一方、映画祭は日本全国、沖縄から北海道まで町興しの一環にもなりながら多彩に開催されてきている。それぞれの映画祭の発信力、注目度、評価などについてはよくわからないけれど福岡、東京、山形などはマスコミでも取り上げられているのを目にする。そこへ来て新たに熱海映画祭というものが始まったという。

最近ではさらに聖地巡礼というのか、アニメやドラマの舞台になった場所、あるいはそうだと思われる場所を訪れることが盛況だと聞くんだけどね。

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               勁文社 1985年5月15日第一刷

まあ、日本では映画は再び黄金時代を迎えようとしているのかな?

まあ、映画館は減って、劇場で観るというよりもいろいろなモニターを通して見るのだろうけどね。

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               社会思想社 1974年12月30日 第一刷

ここで紹介した本が今手に入るかどうかわからない。

私自身も、初版本を購入したわけでなく、年月が経ってからと古書店で買ったものなどだ。

でも、少し読み始めたのだが、既に観賞した映画も多く、その時代の世相を反映した論評など現在感じることとの違いなどもあって面白い。

殊に最初に表紙をアップしてある「文豪文士が愛した映画たち」などはかつて文壇を賑わした人々が語っていて、その視点とか芸術論に基づく評価などが興味をわかせてくれる。

ダビング映画を見ながら、彼らの評価を参考に時々感想文を書いてみよう!

2018年5月18日 (金)

映画「アラビアの女王」を観ている最中に!なんと身勝手な!

ニコール・キッドマン主演の映画「アラビアの女王」を数日かけて断続的に見ていた。

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その最中、トランプさんはエルサレムへの大使館移転を断行した。

悲惨な結果が待っていた。


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                  映画「アラビアの女王」より

パレスチナ人の当然の抗議に対しイスラエル狙撃兵は58人もの人を殺した。(5月12日時点)

それもトランプ大統領の「気まぐれ」としか思えない決断が招いた。

朝日新聞5月17日夕刊2面にEU議長が異例の辛辣な声明をだし、トランプは「気まぐれで強引だ」と批判したことが報じられていた。

トランプに限らないけどね。もともとヨーロッパ列強のアジア・アフリカの植民地化は幾多の悲劇を生んできた。

 

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第一次世界大戦以前を見るとアフリカもアジアの多くの地域もイギリス、フランス、ドイツ、イタリアが分割支配していた。

その地では欧米人が現地の人々を家畜のように扱う過酷な収奪搾取がなされていた。

列強は植民地を奪い合う分割競争に血道を上げ第一次世界大戦も勃発した。今から100年以上も前のことになる。

この時戦ったのはいわゆるイギリス、フランス、ロシアなど三国協商側と、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国などの同盟国だった。

そして、ドイツ、オスマン帝国などが破れた。

映画はこの敗戦により500年の支配を断たれ崩壊に瀕したオスマン帝国などの領土分割について論議をしている英国アラブ局(1914年カイロ)の場面から始まった。

 

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そこにはチャーチルやロレンス(アラビアのロレンスで一躍有名になった方)も参加していた。ロレンス以外は単純な線引きで、どの国の植民地にするか論議していたが彼だけは遊牧民などを意識して「国境線は領土でなく人の動きに応じるべきだ」と主張した。

これに対しチャーチルが「ダメだ」と拒絶し、最善の分割をするため地域の「血縁、相互関係、敵対関係、ベドウイン族、すべてを統括できるのは誰か」と投げかけた。

そこで登場したのが物語の主人公「ガートルード・ベル」だ。

イギリスの考古学者であり、紀行作家でもあった。この彼女の冒険と恋の物語が映画の筋だ。ここでは映画の話には立ち入らず、改めて植民地主義がいかに酷いのかに触れるのみとする。

結局、戦後処理はそこに住み活動する人たちに合わせてでなく宗主国の都合で分割され、もともとあった部族間争いどころでない矛盾を深めた。

そしてアラブで言えば第二次世界大戦後のイスラエル建国がさらに不必要な殺し合いを生み今に至った。トランプに始まったことではない!

イスラム国の非情を声高に叫ぶ前に改めて、それを生んだ歴史を見ることも大事だと思った。イラクであれ、アフガンであれそうではないかな。

(追記)

映画は続いてトルコ映画の「ラスト・ブレス」(2009年)を観た。

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         ラスト・ブレスより。トルコ、イラク国境はこんな雪深いのだ!

1992年の実話に基づいた映画でトルコ軍の国境警備兵がイラクと隣接する山岳地帯でクルド人武装組織と対峙する物語だ。

ここで改めてクルド人とはどういう人たちかを知った。自分たちの国家を持たない世界最大の民族だそうだ。総人口が3,000万人に近く、中でもトルコには1,500万人程が居住しているという。

ニュースとして聞き流すだけであったが難しい問題だ。東アジアはどうなるのだー!

2017年11月 4日 (土)

テレビドラマ2017年秋のクールの評価が定まってきたのかな・・・・結構面白い!

10月に始まった今秋クールの番組も11月に入り3話、4話と進んできた。
評価も様々だ。
 
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                   怪しい雲が空を覆う2017年の秋空
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評価といえば面白い記者座談会があった。(10月28日朝日夕刊)
「本格派 味わいの秋ドラマ」との見出しで20代と30代の男女記者6人がそれぞれの好きな番組を話していた。
そこで付けられたランクはつぎのとおりだった。
 
1位「監獄のお姫様」 2位「刑事ゆがみ」 3位「コウノドリ」 4位「民衆の敵」 5位「陸王」 6位「先に生まれただけの僕」 7位「奥様は取り扱い注意」だった。
 
ちなみに直近の「TVランキング」を見ると(朝日11月2日付) 一位はNHK「わろてんか」22.2%  三位に朝日「ドクターX 外科医・大門未知子」19%、  八位に朝日「相棒」16.6%、  十二位にTBS「陸王」14.%とベスト20にドラマが四本入っていた。
まあ、年齢やら性別、そして置かれた状況等などで評価も異なるのは当然だ。
 
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我が家ではTV番組編成が新クールに入るたびにドラマ録画作業が開始される。リアルタイム視聴は一切しない。
放映された時と視聴日時に相当なタイムラグが発生する。
 
朝ドラの「ひよっこ」など、番組はすでに最終回を終えた。
これも全部録画した。高い評価を受けたのは知っている。でもまだ一話も見ていない。新年明けての楽しみとするつもりだ。
 
そんな塩梅だけれども二台のハードディスクには同時間帯番組三本まで録画できるのでまずはセッティングする。
でも、放映ドラマ全てというわけではない.
番組審議委員会ではないが新聞などの情報によって第一次審査がなされ小池さんではないけれど何本かが「排除」され、視聴リストから外れるのだ。
 
 
我が家の審査責任者は奥様でありその御意向が反映される。私は忖度するだけだ。
「排除」されるのは深刻な展開が予想される恋愛物語とか、あるいはこのシナリオ何?と素人の私どもでも首をかしげてしまうもの、またほとんど演技なしのドタバタものなどだ。
 
 
そして先ずは一話を見る。
録画であるので番組提供企業には大変申し訳ないのだが、全部CMカット。
その結果、一時間番組でも40分ちょっとで見られる。
この第一話の視聴具合で、第二次排除がなされる。だんだん面白くなっていくものがあるのだろうけど、一話で惹きつけられないと、個人家庭では継続視聴は無理だね。それらは二話以降は録画されない。
そんな我が家であるけれど、面白がってみているのが何本かある。
 
一つは「刑事ゆがみ」。
浅野忠信が気に入った。
いい加減というか、ちゃらんぽらんといってもいいような外見なのだが、実は優れた洞察力で捜査を進め、その推理力は隠れた犯罪までも掘り起こしてしまう。そして解決する。
というようなものだけれど、浅野の演技・動作と登場人物のキャラクターがぴったりだ。
 
浅野は最近では木村拓哉が外科医として主演した「A LIFE~愛しき人~」で白衣を着た固いキャラクターの医者として出演していたが、ちょっと浅野のイメージじゃなかった。
もともと浅野を意識したのは1999年作品の「地雷を踏んだらサヨウナラ」だった。
あの時は報道写真家を演じていた。まあ、ワイルドなイメージなのだ。
「ゆがみ」で演ずるキャラクターはその時とは全く別物だけれどイメージは期待通り。それで観ている。
 
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二つ目は「コウノドリ」。
10月から始まったが、これは第2シリーズ。
テレビ局が粋な計らいというか、昼の時間に第一シリーズ(2015年10月から12月放映)を二話づつ放映してくれた。
恥ずかしながら、第一シリーズの存在は知らないでいた。
でも、綾野剛が主演だということでまずは第一シリーズを録画することとした。
大病院の産科病棟の医師役だ。
何故興味を持ったかというと、9月に綾野剛主演で2016年公開の「日本で一番悪い奴ら」を観たからだ。
 
北海道警の悪徳刑事を演じ、破天荒な悪徳ぶりを見せてくれた。
ピエール瀧演じる先輩刑事から裏社会に飛び込み情報を取れと叩き込まれ、実行していくのだが結果本当の悪になってしまう。
その演技と今回の産婦人科医の性格やら、物言いに大きな落差がある。これが興味を持たせてくれた。
でも、まだこの秋始まった第2シリーズは何も観ていない。
 
 
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そして三つ目が「陸王」。役所広司が中小企業の社長を演じる。
足袋製造業だ。
原作者は池井戸潤。半沢直樹シリーズで一躍有名になった・・・私が知った・・・直木賞作家だ。
半沢直樹では銀行内外の組織的、人間的な圧力や諸々の逆境に抗い戦った。しかも孤独に戦うのでなく、仲間と共にというのが良かった。
今回は社員が一丸となって役所広司演ずる社長とともに悪戦苦闘する。
俳優としての役所広司もいい。映画「シャルウイダンス」で草刈民代と見せた踊るサラリーマンやら、宝くじコマーシャルで見せる薄汚れているが強そうな脱藩素浪人まで、とても幅のある役者だ。
ま、こんな感じで秋の夜長を楽しんでいる。

2017年10月22日 (日)

古い映画もいいものだ! ② 60年代、演者のみなさん初々しいね!

忙しい日々が続いたというわけではないのだが、映画視聴のための二時間確保はなかなか苦労する。
ようやく勝新太郎の「悪名」を見ることができた。
 
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先ずは、出演者たちの初々しいことに感動。そして、今から60年近くも前の映画スターの美男美女ぶりに驚かされる。
一方で、悪役はこれでもかというほどに悪の権化のような面構えを見せてくれる。
 
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「悪名」は1961年の大映作品だ。
舞台は関西。
昭和初期の河内だ。
昭和は平成の前の元号であるのだが、戦前と戦後という分け方などもあってか、戦後昭和生まれの私などはそんなに昔だというイメージは持っていなかった。
 
 
ただ、元号については、つい最近耳に挟んだことだけど二年後の4月には平成ではなくなるというではないか。そこであらためて昭和を考えた。
西暦で見ると、昭和元年は1926年なのだ。
元年に生まれた方が今年91歳だ。
ついでに言えば明治維新からもう150年だものね。
じつはそれなりに昔なのだ。
そんな時代認識のもと「悪名」を見始めた。
 
 
河内の軍鶏博打(しゃもばくち)のやりとりから始まった。
なんとみな着物姿。
 
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河内弁でまくし立てている。
きっぷはいいが喧嘩ぱやい。
ここで朝吉役の勝新太郎とモントールの貞役の田宮二郎が出会う。
若々しい二人も現実社会ではすでに故人である。
勝は1931年生まれで撮影時は30歳。
田宮は四歳下の1935年生まれで26歳だった。
なかなかハンサムである。
そんな彼らが荒くれの遊び人を演じている。
 
朝吉はヤクザが嫌いだったのだが、腕っ節の良さが見込まれてヤクザ一家の客人になる。
そんな折、出会う女性がみな朝吉に惚れる。
その一人が、今も現役で活躍する中村玉緒。
1939年生まれで当時22歳。
なかなかチャーミングである。
後の勝夫人である。
 
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根っからの情の深さを持ち前とする朝吉。
ここぞと思ったら脚が動く。
 
昔、情を通じた芸子が売り飛ばされたと聞くや、夜陰に紛れた救出劇を演じた。
 
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芸子を演じた水谷良重が清楚に見えた。
救出劇の中で関わった女親分との約束事を破った朝吉は制裁に甘んじるのだが、その時発した言葉がいい。
制裁のムチに甘んじながらも、根を上げない。
その際「河内もんは死ぬまで根を上げるまい。おまはんのやっていることが正しいか、わいのやっていることが正しいか、わいの体で問うているじゃ。わいが死んでもわいのど根性は死ななわい。」と血まみれになって発する。
このど根性を見た女親分は、自分の負けを認め、「お前は名を残す,名が売れる」と言って去っていく。
 
ここでタイトルの意味が分かる。
朝吉は打ちのめされながらも気丈に言う。
「名が売れる?そんなもんどうせ何にもならん悪名じゃなか?わしがな、そんなもんほしいと思いやったとけつからん」
 
牧歌的に見えながら、かなり粗暴な時代。
今観れば喜劇のような活劇なのだが考えさせられ、そして面白かった。
今日の選挙結果はどうなるやら!?!?
 

2017年9月 9日 (土)

古い映画もいいものだ! ①全体主義を笑い飛ばす!愚連隊!

学生時代、いわゆる名画座と呼ばれる映画館で古い映画をよく観た。
池袋文芸座、飯田橋佳作座、そして銀座並木座などなどだ。
 
そこで観たと思われる勝新太郎や佐藤允の兵隊物が面白かった。
 
実は、そこで観たかビデオショップでレンタルして観たか記憶が定かでないのだがね。
しかし視聴したときには既に古典の域に達していたのは事実。
ほとんどが白黒(モノクロ)映画だった。
「勝」で言えば「兵隊やくざ」、「佐藤」は「独立愚連隊」だ。
内容などはすっかり忘れていた。
でも、面白かったという印象だけはしっかり記憶に残っていた。
 
この夏にかけてWOWOWがこの二人の作品を取り上げた。
「勝」は「悪名シリーズ」。
そして「佐藤」はこの「愚連隊シリーズ」だ。
「兵隊やくざ」は以前に特集が組まれ、全作品を見る機会が有り、視聴感想をブログにアップした。
今回は先ずは「独立愚連隊シリーズ」から観始めた。
シリーズの第一弾、第二弾の二本だ。
 
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           (WOWOW放映 独立愚連隊より)
 
監督は岡本喜八。
奇想天外なところはあるが、映像もストーリー展開も古さを感じさせない。
もちろん映像はモノクロではあるが、その画面構成が美しいのだ。
 
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この映画が制作され劇場公開されたのは1950年末から60年にかけてだろうか。
面白いなと思うのはその後に一世を風靡したマカロニウエスタンに先んじて西部劇調の活劇やら景色を見せたことだ。
日活映画で若かりし小林旭やら宍戸錠がカーボーイハットをかぶり二丁拳銃をぶっぱなすというものがあったが、それほどストレートではないけれどこの「愚連隊」でもアメリカ西部を彷彿させる。
まあ、舞台が日中戦争終盤の広大な満州・北支だということもあるからね。
 
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主人公の佐藤允が草原で目を覚まし、不敵な面構えで馬にまたがる。
そして疾駆する場面から始まる。
基本的には喜劇であるのだが、シリアスでもある。
旧日本軍の暴虐もしっかり描き、悪事を糾弾する。
全体主義・ファシズムを笑い飛ばすのだ。
 
でも、戦争映画であることは間違いなく、戦闘活劇の場面もあり、パールー(八路軍)との戦闘場面では佐藤たち部隊が策略を練って「敵」を一網打尽にしてしまう。
一時、この戦闘の描き方が「ひどい」とか「好戦的だ」と非難をされたようだ。
でも、基本的には反戦・厭戦映画として観れた。
 
結構大物俳優も出てくる。
三船敏郎は戦闘の負傷で脳に障害を残し、いつも幻覚上の敵と戦っている隊長として登場した。
また、鶴田浩二は満州馬賊の頭として日本軍に抵抗するのだが、「正義とか良心など振り回してみろ、命が幾つあっても足りねいぜ。バカバカしいのは戦争だ」といったセリフを吐いた。
佐藤允も駐屯地を離れる時、歩哨に立っている若い兵士に「死ぬなよ!」と声をかけて去った。
 
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          (WOWOW放映 独立愚連隊西へ より)
 
「西へ」には若かりし加山雄三が登場する。
また、フランキー堺が中国正規軍(国民党軍?)の隊長を演じて、あれこれと戦争を回避して笑わせ、また泣かせてくれる。
「西へ」は軍旗奪還をめぐる物語。
 
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軍旗捜索隊が整列する前で指揮官が檄を飛ばす。
「軍旗は何物にも代えがたい栄誉ある歩兵○○隊の象徴である。まだかつて敵の手に渡ったことのない光輝ある軍旗だ。搜索には死力を尽くすよう諸氏の健闘を祈る」
そして送り出された兵士は旗のために全員戦死した。
 
加山雄三演じる小隊長の少尉が一緒に歩く者に尋ねる「人間の命は地球より重いか、軽いか?」答えあぐねている者に「意外と重いんだ」と伝える。
 
もう一つ今では理不尽でしかない捕虜になることに対する恥辱意識。
 
この意識徹底が多くの玉砕やら死ななくても良かった兵士たちの命を奪ったのだがその大もととなったのが1941年1月8日に陸軍大臣東条英機が示達した「戦陣訓」だ。 
 
戦陣訓の文書の構成は序から始まり、其の一、其ノ二、其の三となっている。
全体として勇ましいのだがいつの時代の「古文書」かと思われる文体と用語で貫かれている。問題の捕虜に関しては其ノ二第八 名を惜しむ 」に書かれている。

 「
恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」
 
 
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そして、戦陣訓は人間の命を粗末に扱う思想だ。
其の一「第六 攻撃精神」は次のように書かれていた。

 
「凡そ戦闘は勇猛果敢、常に攻撃精神を以て一貫すべし。
 攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば已まざるべし。防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動の地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ。追撃は断々乎として飽く迄も徹底的なるべし。
 勇往邁進百事懼れず、沈著大胆難局に処し、堅忍不抜困苦に克ち、有ゆる障碍を突破して一意勝利の獲得に邁進すべし。 」
 
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映画は昭和19年頃の中国戦線。主力は南方戦線に送られている。
戦陣訓もそれなりに徹底された頃だ。
すごいなという場面があった。
中谷一郎演じる元ノモンハンで捕虜になった将校が、たまたまその当時の指揮官と遭遇する。
その指揮官は捕虜交換で帰還した「中谷演じる将校」たちを死刑にしようとする。
しかし、逃れて久しぶりの対面となったのだ。
「中谷」は「捕虜になったからと、何故死なねばならないのだ」といいながら指揮官への復讐を果たした。
ノモンハンでは実際果敢に戦ったにも関わらず死んだ方も多かった。
 
 
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まだまだ敗戦から15年ぐらいの時代に制作された映画。
岡本監督も召集されている。
多分俳優たちもそうだろう。
心から二度と戦争等はやってはならないと思っていた頃なのだろうな!
 

2017年5月26日 (金)

各局ともに旅番組に力を入れているね!

3月末から4月にかけて、台湾旅行の情報収集をし、そのなかで台湾を舞台とした映画の感想を書いた。
続いて新クールのTV番組に注目し所感も書いたが、つくづく今、テレビは刑事物と医師・病院物が栄華を極め、そして加えて旅物が番組編成の柱になっているかのように思う。
旅では特に西ヨーロッパ、とりわけ地中海沿岸各国について日々必ずどこかの局で紹介されているかの印象がある。
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旅番組と銘打たぬとも「世界の果てまでイッテQ!」などのバラエティも海外を舞台にしたドキュメント風コントとして視聴率を稼いでいる。
実際その人気はたいしたもので「イッテQ」など、朝日新聞の「TVランキング」では三週連続で視聴率20%超えで今回も首位であった。(5月25日朝日朝刊)
そういえば、最近のNHK語学番組も「旅するイタリア語」などのタイトルが付き、旅ガイドもそれなりの質を維持している。
この間、個人的にイタリア情報を収集してきた。
イタリアの旅物だけでも長編・短編合わせて50タイトル近いものが集まった。
どのようなものかは後で触れる。
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          フィレンツェ 一都市を特集した旅番組
また、台湾情報収集と同様にイタリア映画も見たいと思った。
役者が演じた市民であるのは承知の上で、スクリーンいやディスプレイの中の市井の人々からイタリアの風俗・風土と歴史を知ることができればと期待するからだ。
ちょうどいい具合にNHKBSで「ヴィスコンティ VS フェリーニ 」という特集が放映された。
1950年代以降イタリア映画界の双璧と言われた監督たちだ。
とても仲が悪かった二人だが晩年は近づいて行ったようだ。
たまたまこの番組を追いかけるようにヴィスコンティの映画がWOWOWで放映された。
「べニスに死す」「ルードヴィヒ」「「家族の肖像」「夏の嵐」などが録画できた。
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若かりし日のアラン・ドロンが映画の中で躍動していた。(若者のすべて 1960年作品)
彼は意外にもヴィスコンティ作品に登場する。
数日前のことであるがTVでアラン・ドロンの引退発表があった。
久しぶりに姿を見た。
彼は仕事を十分やり遂げ老成した趣でインタビューに応じていた。
そしてもう一人、フェリーニだが、わがライブラリーにもなかった。
TVでも、しばらくは放映される見込みがない。
そこで、レンタルショップを回ってみた。
しかし、なぜだか一作品もなかった。
でも、以前「道」は観ている。
ユーチューブでは字幕が付かないが「フェリーニのローマ」なども観れた。
現在の映画やTVドラマとはテンポが違う。
でも、印象深い。
さて旅番組に戻ろう。
視ていると各TV局の創意工夫が伝わってくる。
紹介のポイントやら視点をどこに置くかなどで差別化を図り、実に面白い。
オーソドックスなところでは街中を撮影してナレーターがあれこれおしゃべりするタイプ。
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少数のスタッフで撮影に赴き、スタッフやカメラマンが街中の人と会話をしているのだろう。

これが放映される段になると、有名タレントがナレーターになり、あたかも現地の人とおしゃべりしているような編集になる。
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タレントが二人してローマのアパートなどに住んでしまい、レポートする。
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住むほどには長期滞在できないけれど、利用したホテルの窓から紹介するよ。
そして、やはり人は世界遺産を目指す。
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同じ世界遺産でも違うんだ!
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古城に絞ってもいいね!
それぞれの目的地を訪ねるにはいくつものルートと手段もたくさんある。
やはりあこがれはクルーズだね。
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クルーズにも言い方がある。水紀行だ。
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手段と言えば、次はこれだね。
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タレントも彼方此方に出かけていく。それぞれの個性が出て面白い。これは関口知宏さん。

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電車を降りたら、バスで行こう!
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バスが発車してしまったらやはりタクシー!

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忘れてはいけない、今じゃ空中散歩もできるのだ!

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まあ、こういう手段の選択から、目的別のアプローチも多彩だ。

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所々で民族音楽を堪能するのも思い出を作る。

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やはり、世界で一番の美しい瞬間とめぐりあうことができれば幸せだ!

2017年5月13日 (土)

とと姉ちゃんと村上春樹がつながった!不思議な縁だ!

前回村上春樹について書いたのはボブ・ディランのノーベル賞受賞で大騒ぎになった時だった。

私は、村上もディランも特に大好きというわけではなかったのだが、その時をきっかけとしてディランを聴き直し、村上も少し読み直した。

そして、今年に入り「とと姉ちゃん」の視聴を始めた。このことは以前記したとおりで、ドラマ観賞は、はや最終盤に到達して、昨夕で147話だ。演じている女優、俳優にとても愛着が湧いてきた。

村上は初期作品の「風の歌」や「1973年のピンボール」を読み直し、そして「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(1985年刊行)、「1Q84」(2009年刊行)と読み進み、今、作品としては再び時代を遡って「ねじまき鳥クロニクル」(1994年刊行)を読んでいる。

この「ねじまき鳥」になんと「とと姉ちゃん」の出版社モデルになった「暮しの手帖」が登場するのだ。(新潮社版文庫本 ねじまき鳥・・第一部182ページ)

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いや奇遇でした。私のように書物を脈略なく読んでいる者にとっては、こういうめぐり合わせが面白く、さらに横道に逸れることにつながる。

だから、いつまでも大成できないのだと言われそうだけどね。

ついでに言えば、ずっと読んでいる船戸与一の「満州国演義」にも「ねじまき鳥」はつながった。こちらの共通点は「満州」「ノモンハン」だけどね。縁だね!

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ボブ・ディランをきっかけにして積んであった本をひっくり返し読み直すことから始まった村上であるが、読めば読むほど、受賞を逃した直後の村上エピゴーネンとも言えそうなファンのTVのインタビューでの「ボブ・ディランが賞を取れたということは村上の作品の中でディランの曲紹介があるし、いよいよ希望が持てる」というような感想と、私の読後感はますます隔たっていくようだ。

深読みした訳でないので、国際的に定着しつつある評価についてあれこれ言う資格のないことは十分自覚している。でも、これって、私にとってはSFだという想いが募る。

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私は元々SF大好き少年だった。とは言っても小学校の図書室にある子供版の大きな字と挿絵の入った本だったが。

コナン・ドイル、ジュール・ベルヌ、H・G・ウエルズなどの大古典SFだ。夢中になって読んだもんだ。中学生になるとアーサー・C・クラークやアイザック・アシモフなども読んだ。・・・いや見た。

村上の初期作品などは身辺雑記的な内容(失礼いたしました)で、それらに続く「羊をめぐる冒険」や「ノルウェイの森」などはそれに連なっていたように感じた。

でも、「ワンダーーランド」や「1Q84」となるとジュール・ベルヌの「地底旅行」や「海底二万里」と重なってきた。まあ、読み手の私が表面を撫でただけのイメージだけど。

「ねじまき鳥」などは前半はSFというよりも「妻」の実家の面々の個性や家族関係やらに立ち入ったりと面白いことは面白い。物語はそこから急展開していく。

そんなこんなで私には「なぜノーベル賞候補?」と感じているという次第。読みが浅い・・・。

SFと言えば映画「オデッセイ」を観たいと思っていた。なんとTVで放映された。

そして、はや古典となった「2001年 宇宙の旅」の字幕版でない日本語吹き替え版も続いて放映された。古典らしいというところでは途中に「幕間・・休憩時間」という映像のない間があるのが面白い。なにしろ1968年の作品だ。でも映像は古さを感じさせない。

当然録画した。そして観た。

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なんと、邦題「2001年」の原題は「2001:A SPACE ODYSSEY」なのだ。

えー、またつながったと思いきや、邦題「オデッセイ」の原題は「THE MARTIAN]だった。

martian つまり 「火星人」だった。映画を見るとなぜ「martian」なのかというタイトルの意味が理解できるのだが、いきなりタイトル「火星人」だと日本の観客は違った反応をすることは確かだね。邦題は観客動員に大きな影響があるからね。

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「 2001年」は英語版で一度見ており二度目、「MARTIAN」は初めてだ。

でも、クリエーターの皆さんというか、ストーリーテラーの皆さんの構想力やら、構図力には圧倒されました。

とても面白かった。まさにodysseyの「放浪冒険旅行」というところで納得し、加えて、もうひとつの「知的探求」という意味でも満足できた。

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