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書籍・雑誌

2019年10月19日 (土)

百田さん!ヨイショ感想文は効果あったかも!

「読書がすんだらヨイショせよ」とは作家本人であったならば決して口には出すことはないかもしれない。

というかちょっと古い時代の小説家ならばお世辞に怒り「俺の文学が理解できないなら百遍読んでから出直せ」ぐらい言ったじゃないだろうか。

癇癪持ち(?)の漱石なんかだったら激怒ものか。

でも漱石は今の私たちにもよくわかり、ヨイショを求められずとも凄いと思う。

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実は、私のおっちょこちょいの話だ。

上の写真広告は新潮社が百田尚樹さんの作品「夏の騎士」を宣伝するための企画として読書感想文を求めたものだ。

ちょっとユニークなのは、読後感がどうであれ「ヨイショ」を求めていることかな。

それが、ネット上で炎上?し、批判や揶揄がどっと来たようで2日で中止された。

そんなことがあって、我が頭に刻まれていた。

書店に行き、他の書物を探していたのだが、文庫本のコーナーで「百田尚樹本」がどんと平積みされていたのだ。

てっきり炎上本だと思ってしまった。カバーの帯に著者初の自伝的小説とあったので面白そうと買ってしまった。

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ところがである、家に帰って手に取ってみると違うではないか、炎上感想文を仕掛けたのは新潮社であるはずが、なんと幻冬舎の文庫本だ。

しかも書名は新潮社が宣伝したのは「夏の騎士」であるのに手元に有るのは「錨を上げよ」だった。

幻冬舎は意図せぬ釣果にほくそ笑んだかも。

百田さんについては「永遠の0」はそれなりに読み、映画も観たのだがその言動は私の考えるところとだいぶ違っている。

ま、それでも何も知らずに批判をしたら風評をあたかも自己の深慮の説のように唱えるヘイトスピーカーになってしまう。

そこで考え方が異なる方の言説でも面白そうだと思うものは読んだり、紹介されているところには行ってみたりするのだ。

節操がないと言われそうだけどね。

最近そういえば東京都の条例に「ヘイトは良くないよ」と啓発するものがあって、この条項に抵触した初めての摘発があったと報道されていた。

実は、今回のような出版社への貢献をもう一つやっってしまったのだ。

新聞の書籍広告欄に次のようなものが何回か掲載された。

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ちょっと前にも触れた辻政信さんの著書だ。

この御仁も評価は様々だ。

有名なのはノモンハン戦争時に参謀として積極攻勢の主導をしながら大敗を喫したことや、ガダルカナルやインパールにも関わり、かなり否定的に見られていることが一つ、しかしそれでも名将と称える人もいることも事実。

私はどちらかというと前者なのだが、実はこの辻さんの親族だと自称する人とよく酒を飲んだとやはり自称していた方と何回か酒を酌み交わしたことがあるのだ。(ややこしいけど、私は「親族」という方とは面識がなかった)

残念ながら既にお二人共に鬼籍に入られているが。それで再々辻政信の話を聞かされたわけだ。したがっていいも悪いも頭の中に辻政信の名が残存しているのだ。

それはともかく、買って読み始めた。

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読了したら、それぞれヨイショでない感想文を書く事にしましょう!

2019年8月23日 (金)

「騎士団長殺し」の聖地巡礼で小田原の山に行ってきた!

8日間も入院して、しかも重篤でなければ使える時間はたっぷりある。とは言っても筋トレは鼻に響くし、病室から抜けられないからジョギングも無理だ。そうなると、うつらうつらとまどろむか、本でも読むしかない。

4冊持参した。一群は村上春樹さんの「騎士団長殺し」の第1部の下、第2部の上下(新潮文庫)、そして「新海誠の世界を旅する」(平凡社新書)。折もおり新海監督作品「天気の子」が7月19日に公開されて以来、現在までに750万人動員し、興行収入は100億円突破というからすごいね。(8/23 朝日新聞朝刊)

我が親族も初日に映画館に足を運んだ。

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文庫本カバー

とりあえず[騎士団長]は読み終え、[新海本]は4分の3ほど読んだ。

村上さんはノーベル賞候補にもなり、国外でもよく知られている。この半年の間に旅した香港、カンボジア、ベトナムでも日本人作家の代表のように書店の棚に並んでた。

でも、国内では評価は様々だ。評価といっても文学論的評価からはじまり、あまねく知らせる書評、読書感想文などなど、さらにはそれぞれの方法論についての流派もあるから多様であって当然だ。

私なんかは、面白けりゃいいのだ。私は最近の村上作品などはファンタジーのように読んでいる。地下に潜ったり、異世界やそこの住人と出会ったりと、「不思議の国のアリス」のようじゃないか。ある評論家は「なぜ、同じ話を書き続けるのか?」と提起しながら論じていた。大江健三郎なども四国の森が再々出てきたけどね。

他の小説でも同じように地下に潜り異世界と交流するのだが、今回は「主要登場人物」が画家であり、私の知ることのない画家の内面がさらけ出される。

描画に際しての対象との関係性やら、そこに至るまでの「段取り」など面白い。たまたま、この前読んだ原田マハさんの登場人物もキュレーターという絵画に関わる仕事をしていたので似たような登場人物というそれだけでも面白かった。

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文庫本帯1

もう一つ面白いなと思ったのは、登場する女子中学生と画家との会話だ。

他の小説などを読むと、いろいろな年齢やら人生経験を積んだ人たちが難しい話を誰彼構わず同レベルでする場面に出っくわすこともあったが、私などはこのシュチュエーションや登場人物の設定では「そんな小難しい話はしないでしょ」といつも思った。

ところが、この小説では私の内心を見透かしたかのようなやりとりがあった。

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文庫本帯2

画家と少女のやり取りでも何回かあったが、第四分冊の後半に出てくる少女と騎士団長のやりとりに次のような会話があった。

騎士団長「スズメバチにはくれぐれも気をつけた方がいい。それはどこまでも致死的な生き物であるから」

少女「チシテキ?」

騎士団長「死をもたらしかねないもの、ということだ」

騎士団長「ここはそんじょそこらの普通の場所ではあらないのだから。やっかいなものが徘徊しているのだから」

少女「ハイカイ?」

騎士団長「うろつきまわっているということだ」

まあ、こんなふうのやりとりが各所にあって私は「中学生には馴染みがない言葉だよな」と共感した。

もう一つ、興味を引きつけたのは舞台が神奈川県小田原市の山の中だということだった。

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小田原の街に近い山・・家が点在している

小説の中では主要な登場人物が、谷を挟んだ向こうの山に家を構えているという設定だった。

読み終わってすぐ、小田原だったら行けないとこでない行ってみようということになった。

ただし、山がどうなっているかは知らない。箱根山の登り口ぐらいかなという知識。

そこで思いついた。そうだ、秀吉の小田原・北条攻めの際の一夜城の山があるではないかと。

調べてわかった。笠懸山の山頂に構築された城跡があるところで、今は石垣山一夜城と呼ばれているところのようだ。

カーナビに導かれて行った。何回かカーナビが別のところを案内し、一度など箱根山の鬱蒼とした森の中に入ってしまった。

なんとか、たどり着いた。想像以上に良いところだった。

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ここを抜けると石垣が崩れたものの広いところに出た。

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こんなところを抜けて眺望のきくところに出ると見えた。城だ。

北条氏が見上げたと同じように、秀吉は小田原城を見ていたのだ。

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左に小田原城が見える。(但し、江戸時代のものの復元)

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思わぬところで、アニメでないのだが聖地巡礼をすることになった。

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小説の中でも出ていたが、同じ山の中の家でも、海の見え方で建物や土地の値が変わるのだそうだ。

これだけ見えると高いかな!

 

2019年7月19日 (金)

原田マハさんの本、面白く読んだよ!

正直に言えば原田マハさんのことは全然知らなかった。

一ヶ月に何回か書店に寄り、本棚を一覧するのだが、この日は「騎士団長殺し」(村上春樹)の文庫本が出たということで覗きに来たのだ。村上さんはすぐ見つかる。たいてい平積みしてあり、目立つのだ。文庫のコーナーに差し掛かっただけで確認できた。

そんなことで、そこは通り過ぎながら棚を眺めていると、飛び込んできた背表紙があった。

「キネマの神様」(原田マハ)だった。

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実は「キネマ」が目に飛び込んできたのだ。

時々ブログにも書くのだが、今、ブルーレイ録画で映画(キネマ)やらドキュメンタリーの私的ライブラリーを構築中なのだ。

最近WOWOWだけでなくNHKや民放でも新旧の多彩な映画が放映されている。それらを整理して保存しているに過ぎないのだけれどね。

でも、それなりに溜まってきている。最新のものではミッション・インポシブルの全シリーズだとか007の全シリーズ、更にランボーシリーズやらカリブの海賊シリーズ、インディジョーンズのシリーズなども。

邦画で言えば是枝裕和監督の「万引き家族」他一連の監督作品、山田洋次監督の「寅さんシリーズ」他の一連の作品。古いものではアランドロンやジョンウエイン等の主演映画から黒沢監督や小津監督等まで。

ところが、暇人であるはずの私なのだが、溜める一方でほとんど視ることが出来ぬまま現在に至っているのだ。

これでは、整理保存する意味がないね。いや、孫子のために残すのもいいではないかといわれても、この間そうであったように、今主流の記憶媒体などは遅かれ早かれ骨董品になり、再生できなくなるのがオチだ。

そんなことで時間があるときはなるべく視ようと決意した。その際できるならば、評価の定まったポピュラーな作品は見落とすことなく視たいものだと思った。安易な道を選び、映画評論などのベストテンとかを参考に視始めようと考えていたのだ。

そこに「キネマ」が飛び込んできた。

それ以来一ヵ月が経過したが、原田マハ本は三冊読み終えた。

二冊目に読んだのが「本日は、お日柄もよく」。

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この本などは、政治家の演説をサポートするスピーチライターが主人公。

リアルタイムで選挙戦真っ只中という今、感想などを書きたいところだけど、北海道警察に「選挙妨害だ」などと罪名をつけられて捕まるのも嫌だから読後感を述べるのは選挙結果がでたあととしよう。

それにしても「消費税増税反対」を言っただけの婦人を四、五人の屈強な警官がつかまえに来るなどひどい。特高警察でもあるまいし。忖度極まれりだ。放火事件といい、今、私はどこの国にいるのだ?

そして、先週読み終わった三冊目が「楽園のカンヴァス」だ。美術館のキュレーターが登場しピカソやルソーの作品をめぐって物語が展開する。

面白かった。

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録画ライブラリーには美術館物などのドキュメントやらレポートも含まれているので、整理のモチベーションが上がった。

 

ところで7月18日の朝刊に最新の芥川賞と直木賞の結果が掲載されていた。

原田さんは直木賞にノミネートされていたのだね。

残念ながら受賞できなかったけれど、偶然とはいえ発表の日までに三作品を読むことができたのは幸いであった。

それにしても、選挙やら直木賞などもからんで奇遇だね!なにかの神の引き合わせかな?

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本の神様だー。

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キネマの神様の帯。

 

 

2018年5月12日 (土)

さすが本屋大賞!面白かった「村上海賊の娘」読了!なんと、時の町、今治とつながった!

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「村上海賊の娘」・・・4月中旬のブログで神戸からのクルーズに参加した際、読み始めた小説の舞台がまさに船上から見えるその海・「瀬戸内海」だったというを話した。
昨日この「海賊娘」を面白く読み終わった。
そしたら、今朝の新聞でまたまた神のお導きがあって再びつながった。
 
どこにつながったかというと今治市だ。
愛媛県今治市の加計学園獣医学部にかかわって愛媛県知事が元首相秘書官柳瀬氏の言動に「県の信頼に関わる」として反論を開始した事だ。
合わせて同席した今治市の職員も柳瀬氏と名刺交換したことを明らかにした。
そしてその名刺がまさに名刺サイズで掲載されていた。
これに関わる記事が朝刊一面と二面に掲載されていた。
そしてもう一つが一面下段のコラムに「奄美大島 徳之島 沖繩」の世界遺産登録についてユネスコが延期を発表したと書かれていた。
 
 
今治と世界遺産をあれこれ調べていたところ「日本遺産」というものが浮上してきた。
今治市が村上海賊の日本遺産認定申請をしていたのだ。つながった!
 
 
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もともと、私は村上一族の拠点である島は瀬戸内海にあるという程度の認識で今治だとは露知らずだった。
小説の最初のページに古地図がついている。
よく見るとどうも愛媛県のようだ。
更に仔細に見てようやくわかったのだ。
無知の知・少しは利口になった。
 
村上海賊は、能島村上家、来島村上家、因島村上家の三家で成り立っていた。
そして、この三家が拠点にしていたところが「瀬戸内海しまなみ海道」で繋がっている島々なのだ。
本州からスタートすると広島県尾道市の向島、因島からはじまり今治市の諸島を経て四国につながる。
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      ここは瀬戸大橋。何年か前に夫婦で旅をしたとき撮影。
 
 
この島々について今治市と対岸の尾道市が文化庁に対し「日本遺産」の申請をしていた。
そして2016年4月「“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島ーよみがえる村上海賊の記憶ー」として認定された。
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恥ずかしながら日本遺産のことも知らなかった。
まあ、2015年創設だから仕方ないか。
 
それじゃ日本遺産って何なんだ?
短くまとめた説明文があった。
「世界遺産登録や文化財指定は、いずれも登録・指定される文化財(文化遺産)の価値付けを行い、保護を担保することを目的とするものです。一方で日本遺産は、既存の文化財の価値付や保全のための新たな規制を図ることを目的としたものでなく、地域に点在する遺産を「面」として活用し、発信することで地域活性化を図ることを目的としている点に違いがあります」(文化庁パンフレット)とのことだ。
 
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「村上海賊の娘」の読後感を書こうと思ったのだったが加計学園その他の話になってしまった。
でも、この「娘」村上一族の中では醜女とされ己の自覚もそうであったが、違う地域では美人と評価された。目鼻立ちのはっきりした風貌であったようで、その頃の美人は天平美人でみられるような下膨れで切れ長の細い目が美人だったからか,旧来の観念に取り込められている人々にとっては「ブス」でしかなかったようだ。
評価基準は千変万化なのだ。
物語の時代背景は信長が本能寺でなくなる前、そして上杉謙信も存命しており、そこに毛利も絡み何時天下の均衡が崩れるかという状況だった。
窮地に陥いって万事休すであるはずが、そこを脱して動き始めたり、絶体絶命だと思ったところがむくりと起き上がったりと奇想天外なところもあったけど面白かったよ。
室町から戦国にかけては天下人の動き以外のところを見ていくと面白い。
建武新政、応仁の乱然りだな。

2017年10月28日 (土)

増刷されたばかりのカズオ・イシグロ本に挑戦したよ!ミーハーかもね!

ミーハーだと言ってもわからない方々が多くなっているかもしれないね。

昭和の初め頃から使われ始めた俗語だそうで、ある事象等について元々何も知らなかった、あるいは興味も示さなかったのにテレビなどで話題になってから飛びつく人のことを指すようだ。

私はその典型かもね。今日はノーベル賞のカズオ・イシグロだ。

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ああ、その前に、やはり直前の衆議院選挙にミーハー的コメントを入れておかなきゃ面目が立たないね。

結果は自公与党の大勝となった。

与党の獲得議席が310議席とすごいのだけれど、国民の意識がそのまま反映されているわけではないようだ。

自民党で言えば議席占有率は74.4%と圧倒的なのだが、全有権者の中で獲得した得票を見ると25%に過ぎないのだね。

言い換えると国民の四分の一しかはっきり自民党だと言っていないのだ。もちろんこれは他党にも言えるけどね。

小選挙区制度が良いのだか悪いのだか?どんなもんじゃろな?

一方対抗馬として注目された希望の党はというと雲行きが怪しくなってしまった。

あれこれの政策について自民党と大差ないことが分かったり、組織運営手法が安倍さんに負けぬ上意下達であったりと急速に期待がしぼんだ。細川護熙さんに言わせると小池さんの「おごり」も大きいようだけど。

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                                         選挙終わってどんなもんじゃろね

その間に動いた前原さんは民進党内部では総スカンを食らうような事態に追い詰められた。一定所帯の党首として選ばれながら、直後の選挙で無所属で出馬とは前代未聞だ。しかし、彼はそれなりに貢献した。

何かといえば、民進党内部の左右ウイングの幅や伸びやらのはっきりしないものを少し変えることにつながったからだ。

憲法や原発についてこれがひとつの綱領のもとに活動する政党かというほどに百花争鳴が続いていた。

支持母体である「連合労組」内の電力会社労組やその他微妙な利害を持つ企業労組などの思惑もあって「稼働反対」「軍事費を削れ」などが言えなかった。

この辺りがこの選挙戦を通して国民には分かりやすくなったかもね。枝野さんの固い決意の元に「立憲民主党」が創設されたしね。

隠しごとのない情報によって作られる民意を掬いあげ、市民の利益に反する政策を強行突破・遂行しようという勢力への対抗の中心となるように期待したいもんだ。

さて、本来のミーハー的話題に戻る。イシグロだー。

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ノーベル賞が発表されたその週には大きな書店にも関わらずイシグロ本は一冊もなかった。(複数の大型書店を覗いた)

そもそもイシグロ本の版元である早川書房のコーナーが縮小されて以前より奥に移動していた。

次の週、代表的な作品が平積みされ始めた。

私は、そこで意を決しイシグロ本を購入して読み始めた。そして読み終わった。

先ほど書店に様子を見に行ってきた。

大きな紙が目に付いた。ベスト本を紹介する掲示だった。イシグロ本がベストワンにランクされていた。

世の中の急激な変わりように驚いたのはそこに書かれていた文句。

イシグロ本が売れ切れたようで、「版元で重刷しているからしばらくお待ちください」とお詫び文が出ていたのだ。

私といえば、久しぶりのことであるが、まどろみの友としての小説読みでなく、まさに机に向かって読んでみた。

もちろん小説は寝ながら読むのが私流のメインの方法であることには違いがなく、もう一年越しになる船戸与一さんの「満州国演義」を床右の書としてとお付き合いしている。

これもようやく最終第9巻「残夢の骸」に達した。

中国からアジアに拡大されていった戦いの緻密な記録としても読めそうなドキュメントタッチの物語だ。

まあ、年内に読み終えずもう一度正月を迎えることになるのかな。

 

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眠る前読書は遅々として進まない。まあ、日に数ページだろうか。

それに対し、机前読書はすごい。気が付くと数十ページ進んでいた。

004_2でも、原稿用紙7500枚の大作だからね。しかも船戸与一最後の作品。

 

 

それはともかくイシグロ本として「遠い山なみの光」を選択し読んだ。

理由は単純。長崎が舞台になっていると聞いたからだ。

日本敗戦前後のことも出てくるのだが、読み始めてすぐ戸惑った。

思い込み、決めつけていたイシグロ自身の長崎在住時の回想ではなかった。

メインの登場人物は、もうすぐ子供が生まれる悦子という女性。

そして話は悦子と人々との関わり?会話が綿々と続く。

そして時空を超えて舞台がイギリスの田舎であったり、長崎になったりと行き来する。

長崎は朝鮮半島で戦争があった頃のようで1950年代。一定の復興がなされている。

イギリスは長崎にいた当時お腹にいた子が成人し、精神を病み自殺したとあるから1970年代終りから80年代にかけてぐらいだろうか。

原本は英文なのだが、小野寺健さんの訳が素晴らしく、私自身が子供時代に聞いた大人たちの脈略なく噛み合わない会話を再現しているなと思った。

まあ、解説によれば「価値の転換期に遭遇した人物が心の中で自分の過去をどう精算すれば良いか悩む」というのがテーマだそうだ。まあ、確かにそこは感じた。新任の教師が戦前恩師だった人に対し間違いを指摘したり、長崎へ投下された原爆についても会話の中に数回登場した。

1960年に五歳で渡英したイシグロが、記憶し温めていたものではまさかありえないだろう。つまり、その辺りが普遍的であると評価されるところのようだ。純然たる英文学であるのだが日本人としても違和感のないものとして読めた。

Dsc06625_2             改築途上で世話のできない我が家のホウキグサ

 

でも、ノーベル文学賞がよくわからないといったところが私の本心。

ニコニコ大百科やwikipediaを見ると世界で最も権威のある文学賞であり、作品・作家の活動全体に対して与えられる賞とのこと。

ま、ミーハーもこの作品に出会う機会が作られ読むことができたのだから良しとしよう。

 

 

 

2015年5月 6日 (水)

片岡鶴太郎は名優なのか・・・TV「軍師官兵衛」と小説「播磨灘物語」を比べて




岡田准一が官兵衛を演じた大河ドラマ「軍師官兵衛」の録画を見終わってしばらく間が開いたが、今、官兵衛を主人公とした「播磨灘物語」を読み進めている。

司馬遼太郎作品である。

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この間、佐伯泰英作品「交代寄合伊那衆異聞」を21巻「暗殺」まで読んだとブログに記録した。

この「暗殺」は2014912日第一刷であった。半年に一度の刊行であるので当然この三月に22巻が出るのを待っていた。

やはり出た。313日第一刷22巻「血脈」だ。そして、これは買ったその日に読んでしまった。

シチュエーションとか登場人物など、物語の流れがほとんど頭に入っていることから可能となったのかも。

文体も分かりやすく、使用されている語彙も難しくないことから一気に読み込んでしまったのだろう。

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それに対し、播磨灘物語はどうか。司馬遼太郎は何冊か読んでいるが、文体は全く違うけれど、これもまた読みやすいのだ。

「交代寄合・・・」の創作物語と違ってどちらかというと歴史事実を踏まえた評伝のようなものだ。

司馬遼太郎自身も、この「播磨灘物語」の冒頭で「官兵衛の祖父や曾祖父のことといっても、遺されたわずかな文献や現地で想像できるだけで、よくわからない。随想風に書いてみるのが、無難かと思われる」と書いている。

これは祖父、曾祖父に限ったことでなく全編、その趣がある。

だからエッセイでも読むように頭に入ってくるのだろうか。


 人によってなじみやすい文体があるのだろうな。


 実際、この間読んだものでは浅田次郎の「蒼穹の昴」から始まる中国清朝末期を舞台にした物語(全
9冊)とか吉川英治「私本太平記」(全8冊)は読みにくかった。

でも、物語に入り込んでしまうと西太后やら足利尊氏に感情移入して読み進むのだけれどね。


 ところで、表題の片岡鶴太郎に話を振ろう。

片岡鶴太郎はドラマなどで時々見ることがあった。

ただ、印象は「このところ随分頬がこけてきたな、病気でなければいいのだが、」ぐらいだった。

そして「軍師官兵衛」にも登場した。

黒田家官兵衛の父の代から家老として仕えた小寺家の当主小寺政職としてだった。

TVを観ながらこんな戦国武将がいるのだろうかと疑いながら、一方で片岡鶴太郎の過剰な剽軽演技かと思っていた。


 しかし、「播磨灘物語」を読み進むにしたがって、特に二巻目あたりの織田につくか毛利につくかという場面で小寺政職の周章狼狽ぶりが描かれていて、はっと思った。

片岡鶴太郎の演技はまさに「播磨灘物語」に描かれた小寺そのものだと。

鶴太郎さんはもしかしたら「播磨灘物語」を相当読み込んだのかなと改めて感心した。勝手な想像だけど。


 他の役回りでも、実は
TVで演技していた人たちの顔が浮かんでいるのだが、柴田恭兵が演じた官兵衛の父や竜雷太が演じた黒田重隆なども読んでのイメージに近いものだった。

官兵衞の岡田准一は「永遠のゼロ」の零戦パイロットと重なるものの、司馬官兵衞とはちょっと違った。

小説から抜け出したようだと言って名優とは言えないかもしれないがね。

2014年12月11日 (木)

肝を冷やすよ!堤未果さんのレポート!

堤未果さんの「沈みゆく大国アメリカ」集英社新書 2014年11月19日 第一刷発行を読んだ。

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著者がアメリカの貧困を鋭く指摘していることは知っていた。

「自由の国アメリカ」の現在のレポートを見て愕然として肝を冷やした。

オバマが就任して以来私が期待し注視していたのは国民皆保険への取り組みだった。

マイノリティへ手を差し伸べる姿勢に共感し応援したい気持ちが募った。

しかし、皆保険の実態は見事無残であったとのレポートを見てしまった。

堤未果さんによる報告である。

結論から言えば、皆保険といっても日本にある制度とは全く別ものであるということだ。

また、民間保険会社に依存しているということ、いや支配されているということだ。

また、高齢者や身体障害者に対するメディケイド、メディケアなどがあるが依拠する制度により診療報酬に違いがある。治療しようとしている人が医療機関を訪れても医師が診療に躊躇する仕組みにもなっている。薬価についても国が関与できないという基礎的部分に大きな違いが有り、支払いがかさみ、薬代・医療費で自己破産するという日本では今のところ考えられないような事態も発生しているようだ。

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アメリカをよしとし、後追いしているような日本。優位にあると思われる制度が潰される。

金融ビッグバーン以降の日本国内でのあれこれの動きもアメリカ資本上陸の露払いでしかなかったようだ。

日本の現在の姿はアメリカがたどった道を確実に進んでいるように見える。

会計制度における国際基準準拠、保険制度における共済の排除、混合診療の導入の意図、企業の寡占化、各種規制緩和。

自分の目でしっかり見たほうがいいかも。

2014年4月18日 (金)

「中国毒」・・・・知るは地獄、知らぬは破滅?

おどろおどろしい表題となってしまったが、小説の題名と宣伝帯だ。

書名「中国毒」 著者 柴田哲孝さん 光文社文庫。

国名に「毒」などとつけるとはやりの他民族侮辱ヘイトスピーチかと見紛う。

しかし、違うのでご安心。

直近の歴史的事実が盛り込まれ、主題として貫かれるのは遺伝子操作された動物の食品化の恐ろしさだ。

寝ながら読みで昨晩読了。

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素人ながら人口爆発と温暖化などで食糧不足が危惧される折、遺伝子を操作しながら食用動植物を促成に飼育や栽培でき、環境に関係なく豊作が実現できるなど未来に希望を持たせるものじゃないかなど頭をかすめることもあった。

しかし、なんとなく不安も残った。

そして、これを読んで「遺伝子操作食品」へ心底恐怖を感じ、不安は確かなものになり、現時点では市場流出絶対阻止だと強く思うに至った。

 

物語の筋は紹介しないけれど時代背景となる諸事件が上手く取り込まれ、登場者の人物像を作り上げている。

古くはチェルノブイリ原発事故・・・・テロリストの娘がからむ。

オーム真理教サリン事件・・・・主人公の警察庁外事情報部の幹部

狂牛病と医師や専門家

民主党政権と大臣や官僚 厚労省と外務省

などなど。

面白いかどうかでは評価が分かれるかもしれないが先ずはご紹介。

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取り込まれている「政権と官僚」の現実にからんで少しつけ加えて紹介すると、厚労省は危険に気づきながら、またその線で警察も動いているのだけれど、外務省が外交的配慮云々で異なったことを推進している。ともに国益だというのだけれど。

 

これに似た思いをさせられるのは、最近では原発問題だ。

18日の参院本会議で自民、公明、民主の賛成多数で「トルコとアラブ首長国連邦に原発を輸出できるようにする原子力協定」が可決承認された。

安倍首相は就任早々からトップセールスなどと自賛しながらベトナムやトルコに原発営業を展開してきた。彼にとってみると大きな成果だろう。

 

「やっぱりな」と思うニュースが三月に流れた。

「アメリカウラン濃縮企業が破綻・・東芝が出資、東電に供給・・日本の原発停止が影響」時事通信3月6日  

 

再稼働を急ぎ、輸出を急ぐのはこんな事情もあるのかなと思わせた。

しかもこのアメリカ企業への出資などは氷山の一角にすぎないだろうから。

ま、経済産業省やら、外務省の暗躍は想像するに難くない。

普通に考えると所謂利権を疑いたくなるけどね。

日本の原子力産業を支える企業が日本原子力産業協会に組織されているが、現構成会社は445社にのぼる。

東芝、日立などから商社、ゼネコン、そして都市銀行までが名前を連ねているからなあ。

2014年2月19日 (水)

平清盛・・「福原幕府」よく分かった!

新潮新書の「歴史をつかむ技法」(著者 山本博文 発行 2013年10月20日)の冒頭にある「歴史用語の基礎知識」(第一章一)の項を読んで腑に落ちた。

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日本史教科書というか一般書も含めてよく目にする「幕府」とか「藩」という用語がある。

ところがこの用語、その時代には使われていなかったというのだ。

「幕府」などは江戸末期になって徳川政権を批判的にさす言葉として通用し始めたというのだ。

 

これでようやく分かったのは平清盛による福原遷都をもって平氏幕府成立という説だ。

1192年の頼朝の「鎌倉幕府」も彼が「幕府」成立を宣言したわけでもなく、朝廷が認めたわけでもなく、武家政治が京都の朝廷と並立してというか日本支配の実権を握った実態があったということを前提に、後世の歴史家が武家による政治支配を「幕府」と統一的呼称でまとめた「だけ」のようだ。

だとすれば1180年の清盛による福原遷都の前後に武家政治が成立したとして、それを幕府と呼ぶのもおかしくないことになる。史実のとらえ方の問題になる。

大河ドラマの「平清盛」を見ながら当時の武家と藤原氏等の貴族との関係に「新説」もありうるなと思っていたところなのでよく分かった。

いや、あれこれ、特に教科書、教科書検定を鵜呑みにしちゃいけないね!

2013年5月30日 (木)

奇遇が三度も。篤姫の一番好きな書物を知っていましたか?

昨年12月ごろ読み始めた「私本太平記」(吉川英治 作品 )、とは言っても眠る直前の数分間および夜中に目が覚めた数十分読むだけだったけれど、塵も積もればなんとやらで、昨晩解説も含めて読み終った。

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 先行して1月に大河ドラマの「太平記」を見終えての感想を書いたが、骨肉の争いも含めて室町時代とは成り立ちから衰亡まで戦いに明け暮れた時代だという思いを強くした。

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 ところで、昨年一年間溜め撮りしてあった篤姫を観はじめてすでに第十六話を見終わった。

 これが、またまた奇遇を呼び寄せた。

 

 第七話で篤姫が島津本家の養女となり実家を出ていくのだが、実父とのやりとりがあった。

 そこに「太平記」が登場したのだ。

 本家入りとなれば父と雖も身分上は娘がはるか上の存在となり、めったに会えなくなる。

篤姫は父への形見に用意したものがあった。

 書物だった。

 なんとその表紙に「太平記」と書かれていた。

 篤姫が「私の一番好きな書物です。形見として父上のそばにおいてほしい」と差し出したのだ。

 いや驚きました。この書物は第十五話でも再登場した。

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 幕末明治維新も各藩の視点から見ると何か歴史を重層的に理解できるような気がする。

「新撰組」では幕府の最下層から、「龍馬」では土佐藩から、そして「篤姫」では鹿児島の藩(薩摩藩 島津77万石)、さらに今録画中の「八重」では会津藩からとなる。

今、台湾旅行記が終わったところだけれど、アジア史も視座を変えながら見ていくと面白い・・・・実像が浮かび上がってくるような気がする。

共に気がするだけだけれど。


 奇遇の第二

 「ゴダイゴ」って知っていますか、あるいは覚えていますか。

 太平記と言えば足利尊氏を筆頭に欠かせない人物がいる。

 先ずは新田義貞、次に楠正成、そして後醍醐天皇だ。

 この後醍醐天皇と「ゴダイゴ」は関係があったのだ。

 朝日新聞夕刊に「人生の贈りもの」という連載がある。

 著名人の人生を記者が聞き手となって綴っているもの。

 五月十四日、音楽家・歌手タケカワユキヒデが連載二日目のインタビューに応えていた。

 この人知っていますか。

 昔、ガンダーラとかモンキーマジックなど英語交じりの歌を歌っていたグループサウンズがあったでしょう。1976年に誕生したバンド「ゴダイゴ」。

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 そのリードボーカルを務めた人がタケカワユキヒデ。(写真の真ん中)

 そして、彼の話が面白い。

 バンドリーダーは写真の左上にいるミッキー吉野。

 リーダーが自分の名前にちなんで奈良の吉野に注目した。

 吉野は南朝。南朝を率いた後醍醐天皇。そしてバンド名「ゴダイゴ」が誕生。

 「Go die go」・・・・生きて死んで生きる・・・・「不死鳥」の意味もあるそうだ。

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         今年も咲いた。我が家に自生するアザミ。

そして三つ目の奇遇。

 足利氏の居館跡と伝えられる寺院「鑁阿寺本堂(ばんなじ)」(栃木県足利市)が五月十七日文化審議会において国宝指定をするように文部科学相に答申をだした。

 読み終るころに重なったこの三つの奇遇。いや面白いですね!

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