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音楽

2016年12月18日 (日)

ボブ・ディランについて何も知らなかったことがわかったよ !

ボブ・ディランのノーベル賞授賞が報道された時、フォークソング歌手の彼が何故という思いをした。

それは私自身が「ディラン」のことをあたかも知っているかの錯覚をしており、その上に醸成された思いからの意外性だったと気がついた。
 
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実はディランのことなど、ほとんど知らなかった。

 

知っていたことといえば、60年代フォーク歌手の筆頭に挙げられ「風に吹かれて」を歌って、日本のフォーク歌手にも影響を与えたなという程度。

 

 

しかも、その代表作の歌詞もほとんど知らない。ただ、たまたま、彼も歌った「朝日のあたる家」を私が好きでアニマルズやベンチャーズとの関わりからその経緯について知り、昨年一度このブログにも書いたことがあるぐらいか。

 

しかし、あとは無知。

 

 

例えれば、中学生の社会科試験で歴史上の人物を問う出題に答え、100点を取って有頂天になり、実は名前しか知らず功績など何も連想できないのに歴史通になったかの錯覚をしていたのと同じだ。

実際はそのことがきっかけとなり歴史に興味を持つことにつながるのだけどね。
 
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ノーベル賞の発表を契機としてテレビでディラン特集がいくつも組まれた。

私が録画し視聴したものだけでも4本ある。しかもそれぞれ濃密な内容だった。

 

一は「ノー・ディレクション・ホーム」マーティン・スコセッシ監督の映画だ。

前・後編で200分を超える大作。

ディランが自ら初期の創作活動について語っている。NHK BS

 

二は「ノーベル賞詩人・魔法の言葉」 NHK 地上波 51分

 

三は「BOB  DYLAN MASTER OF CHANGE ~ディランは変わる」NHK BS 106分

 

四は「祝 ノーベル賞!ボブ・ディラン特集」21分 BS朝日の小林克也さんの番組

これらのTV番組だけでなく新聞でもいくつかの報道記事や論評があった。

 

なかなか見応え、読み応えがあり、漸くだが、少しばかりディランが見えてきたような気になった。

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TVでも新聞でもディラン本人の言葉や、音楽活動を共にしてきた人の話はリアルでわかりやすかった。

 

一番直近の本人の弁としては12月10日の授賞式に寄せたメッセージだ。自らの読書歴を語りながら受賞の喜びを率直に表明している。

 

私が感心したのはシェークスピアに触れながら「彼の言葉は舞台の為に書かれていた。話されるべきもので、読まれるべきものでなかった。彼の一番遠くにある問は『これは文学だろうか?』だったに違いありません。」と書き、最後に「『自分の歌は文学だろうか』と自問したことは一度もありません。スウエーデン・アカデミーがその問にすばらしい答えを出してくれた」と感謝した。(朝日新聞 12月13日)

 

 

 

まあ、ディランは自らの詩を文学だと自認したのだろう。

 

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でも、私はなかなか理解できなかった。

 

正直言って、録画を視聴する前は、以前に演歌がどれも同じように聞こえてきたと同じようにディランの作品もあまり聞き分けられなかった。

 

でも、聴くだけでなく論評なども読んでいく内になんとなく分かってきた。

 

何がわかったかというと、私がディランの詩を理解できなかった理由が分かったのだ。

 

第一は私が英米詩というものを何にも知らないということだ。偉そうに言うことじゃないかな。

 

Newsweekの10月25日号がディランを特集している。読んで分かったことは彼が英米詩の伝統をしっかり踏まえた詩人だということだった。

 

「古くから語り継がれて来た民衆詩からの影響を受け、その引用をしたり、聖書や言い伝えなどの言葉を歌詞に挟むとか、又一定のルールのなかで韻を踏むこと」などがしっかりやられているということだ。

 

つまりそういうことを知らない私などは言葉の洪水としか感じられなかったわけだ。

詩人のアラン・シャピロなどは「ホメロスの作品を文学と認めるなら、ディランの作品も文学だ。彼はアメリカ文学を新しい次元に引き上げた」とまで褒めあげた。(Newsweek10月25日号P20

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第二は私がディランの詩を日本語訳でしか見てこなかったことだ。

 

聴くのは当然米語だけどね。

 

日本語になると翻訳いかんで詩的にもなるし散文にもなる。最悪は無味乾燥な文字の羅列にもなるということだ。さらにスラッグをどう訳すかなどでも差が出るね。

 

先ほど紹介したTV番組で曲が紹介されるのだが、ディランのなかでもポピュラーなものはどの番組でもおなじように紹介された。そのため気がついた。訳詞が違うのじゃないかと。

 

よく見ていくとそれは必ずしも訳が下手だというのでなく、純粋に詩として訳しているものがあり、それだとメロディに上手く乗らない。

 

もう一つは、曲によく乗り、ラップのように訳しているもの。

 

あとは、ただ散文的に訳しているもなどがあった。受け止める方は大きく変わってくる。

 

 

 

このことを感じたのは「Subterranean Homesick Blues」の様々な訳を見てからだ。

 

次のフレーズの日本語訳の違いは面白い。

 

 

 

You don’t need a weather man

 

To know which way the wind blows

 

 

 

 

  天気予報がなくても 風向きぐらいわかるだろう

 

 風向き測ろう 予報士不要

 

 オマエには気象予報士はいらない どっちに風が吹くのか知るためには

 

 気象台に電話しないでも 今の風向きは自分でわかる

 

 風向きを知るのに予報官なんていらないのさ

 

 風向きを人に聞く必要はない

 

 君は必要としないさ 気象予報士を 

 

知るためのね どっちの方向から風が吹くのかを

 

 

 

まあ、日本語訳を見るとディランも混乱するね。ラップにはなんかいいと思うし、詩的といえばなどいいのだが、はたして曲に乗るのかね。

 

そんなことでディランの詩を理解できないことを翻訳のせいにしてしまった。

 

TVの中で小林克也さんが面白い事を言っていた。抽象画のピカソのキュビズムと対比してディランを語った。

 

「いろいろなモノをバラバラにして、あるものを表現する手法。音楽でも言えるのでは」と。

 

なるほど、ディランは絵画の抽象画のようにデフォルメして世界を語っていたのか?なんて。

 

ディランはものすごいメモ魔で、一つの詩を作るのにノートいっぱいにメモし、それを推敲していた。そして記憶力は抜群だった。レコードを二回聞くと曲を覚えてしまったそうだ。歌いっぷりを見て、その場で感じることを音楽に載せているように見えるのだが、そうじゃなくよく練りあげ創作し、それをしっかり覚えていたのだ。

 

 

 

それはともかくノーベル賞は改めてディランのことに関心を持たせてくれた。

 

600近くあるという、ディランの曲のいくつかを改めて知ることとなった。

 

Like a Rolling Stone」などはまさに諸行無常を歌っているかのようだ。

 

朝日新聞の12月13日の「折々のことば」(鷲田清一さん)で本居宜長の言葉が紹介されていた。

 

「歌ノ本體、政治ヲタスクルタメニモアラズ、身ヲオサムル為ニモアラズ、タダ心ニ思ウ事ヲイウヨリ外ナシ」

 

歌の本領は心を飾らず「意にまかす」ところにあるのだそうだ。江戸のディランだ。

 

 

2016年8月13日 (土)

財津和夫さんって、知っていますか?

知っていますかなどと聞いたら呆れられ、場合によっては怒る方もいるかもしれませんね。

戦後は早70年。

財津和夫さんはその半分以上の活動歴。40年を超えるのでしょうか?

ポップスグループ「チューリップ」で作詞作曲のほとんどを手がけた人なのですが。

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             フアンクラブ案内書より

 

実は彼のライブに行ってきたのだ。

 

冒頭に失礼とは知りながら「知っていますか?」などと発したのは私自身「チューリップ」とか「財津」の曲と意識して聞いたことがなかったからだ。

妻に誘われて行ってきた。

今年の初めに行ったイルカと伊勢正三のジョイントコンサートもそうだった。

 

彼らに限らず、和製ポップスとかフォークは馴染んでいるのだが、どれがどの歌い手かグループかなどとあまり意識することがなかった。

吉田拓郎でさえも、気に入ったのはつい数年前のNHKの歴史ドラマ「新選組血風録」で主題歌「慕情」を聴いてからだ。

そういえば、最近武田鉄矢の刑事物語全5回をまとめてみたのだけど、この映画のテーマ曲「唇をかみしめて」も吉田拓郎さんだった。ストーリーは面白く、主題歌もマッチしていた。

 

まあ、最近はあまりないのだがいっとき飲み会があれば二次会はカラオケというコースが多かった。

歌は苦手で、出来るのならば避けたかったのだが、そのときはどういうわけかフォークや和製ポップスを歌うことになった。

まあ、普段口ずさむことはなかったけど耳慣れていたのだろうか。

 

だからといって何も知らぬまま行くのはどうかと思いチューリップのベストアルバムを聴いて臨んだ。

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          アルバムジャケットより

 

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でも、ほとんど知っている曲は披露されなかった。

 

でも、発見した。

彼の歌は、初めて聴いたにも関わらず心地よく馴染んだのだ。

途中ビートルズのイエスタデイなども流れたのだが、メロディラインなのかコード進行なのか何か通ずるところがあるのだろうかと思った。

 

チューリップ時代の歌詞を見ると全部がそうではないのだが、平凡な男が心の内を飾らぬままに吐露しているように読めるものがたくさんあった。

 

それらは自信のないこと、孤独、自責の念、弱い自分、思い出、別れ、悲しみと頻出し、そうかと思うと嬉しかったこと、願望、希望、愛などのフレーズが所々にでてくる。

全体としてわかりやすい歌詞と心地よいメロディが共感者を生んだのかな。

アンコールに答えた「心の旅」が参加者全員のスタンディングと唱和でエンディングとなった。

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2014年3月 8日 (土)

まいったよ!ローリングストーンズ!

六日夜七時。東京水道橋後楽園ドーム。

ついにローリングストーンズライブが始まった。

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「まいった」の第一は演奏がすばらしかったことは言うまでもないが、ミックも聴衆もあまりに元気だったことだ。ミック・ジャガーは飛び跳ねるは舞台の左端から右端まで全力疾走するはで予想はしたものの70歳の高齢者とは思えぬパフォーマンスだった。

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そして聴衆も老若男女、というか若い人が目立ったがミックに負けぬぐらい元気だった。

開演直前、流れていたバックグランドミュージックがとまり、ドーム内が暗くなった。

大きな拍手が巻き起こると同時にいきなり皆スタンディングだ。

それから二時間ずっと立ちっぱなしだった。

Rolling_012          開演前にここで一服

Rolling_013             美味しかったイタリアビール

「まいった」第二はドームを埋めた観衆だ。

日経PB雑誌「大人のロック」の冒頭で大鷹俊一さんが書かれているが「どこにこれほどのストーンズ・ファンがいたの?」と私も同感できる人々の多さだ。

しかも20代、30代と思われる人々が周りを囲んでいた。

まさに行ってみなければ分からない。やってみなけりゃ分からない世界だ。

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ある意味では「自分は決して少数派ではないのだ」という安心感とか、そこにいる人々との共感に基づく同志的連帯感を感ずるのだが。

似たようなものとして反原発集会などでマスコミなどの原発推進に対し代々木の森に問題意識を共有する人々が二万人も集まったという時の高揚感にも似ている。まあ、これは自己満足していたらダメな課題だけどね。

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それはともかくとして、ローリングストーンズコンサートに参集した人々のフアン度に驚いたのはミック・ジャガーが会場に向かってリフレーンを呼び掛けた時、即座に多くが応え、きれいなコーラスに聞こえたことだ。

私など、古いフアンだと謂えど、歌える曲など一曲もない。にもかかわらず英語でコーラスできる人々が多くいたことには驚いた。

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「まいった」の第三は人々の優しさだ。

音楽への共感がそうさせるのか、優しさがみなぎっていた。

サプライズの布袋寅泰の登場時の会場一体になっての拍手のみならず、バックコーラスの黒人女性の紹介時、ベイシストの黒人男性の紹介時、アンコール時の日本人コーラスグループへの拍手など、本当に暖かく感じた。

巷で物議を醸すヘイトスピーチの醜悪さに比べたら格段に素晴らしかった。

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そんな「まいった」コンサートだったけどミックも、キースもチャーリーもロンも鍛え上げた結果なんだろうけど、若さがみなぎっていた。だからこそ不滅のロックバンドとなったのだろう。

高齢社会を迎えているけれど、20世紀とは少し違った社会になるなという期待を抱かせた。

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    水道橋駅からドームに行く道で「ピア」の方々が配っていたグッズ

キースが歌った曲をのぞいてほとんどが馴染んだ曲だった。

ちょと世間のローリング・ストーンズの楽曲評価を示しておこう。

先ずはWOWOW洋楽倶楽部で紹介されたベストテン。

1 JUMPINJACK FLASH

2 SYMPATHY FOR THE DEVIL

3 ANGIE

4 SATISEFACTION

5 PAINT IT BLACK

6 BROWN SUGAR

7 START ME UP

8 GIMME SHELTER

9 ITS ONLY ROCKNROLL

10 HONKY TONK WOMEN

 

次いで日経BP社の雑誌「大人のロック」2014「春」号の特集「ローリング・ストーンズの名曲10」では次のようになっている。

1 SATISEFACTION

2 JUMPINJACK FLASH

3 PAINT IT BLACK

4 START ME UP

5 ANGIE

6 TUMBLING DICE

7 HONKY TONK WOMEN

8 BROWN SUGAR

9 GET OFF OF MY CLOUD

10 SYMPATHY FOR THE DEVIL

おおよそ重なっているね。

以上の曲は全米一位をはじめ多くが大ヒットした曲だ。

公の選から漏れたというかもうちょっと下位にランクされただろう曲の中で私が気に入った番外の曲を少し上げるとこんなもの。(順不同)

LITTLE RED ROOSTER

TIME IS ON MY SIDE

HEART OF STONE

AS TEARSE GO BY

RUBY TUSEDAY

WE LOVE YOU

WILD HORSES

SHES A RAINBOW

MISS YOU

BEAST OF BURDEN

START ME UP

STREETS OF LOVE

HARLEN SHUFFLE

LOVE IS STRONG

ANYBODY SEEN MY BABY

DONT STOP

 

結構あった。一つのアルバムができちゃうね。

まあ、比較的新しい曲だね。

そして何よりも大好きな一曲を忘れちゃいけない。

TELL ME だ。単純なメロディなのだがとても懐かしく感じる一曲だ。

2014年3月 2日 (日)

もう五つ寝るとローリングストーンズ生演奏♪♬!!

36日東京ドームのローリングストーンズのライブに行く。

224日の新聞報道で「ストーンズ8年ぶり来日」と報道された。(朝日新聞朝刊)

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羽田に降り立った彼らを迎える500人の中には入れなかったが「来たか」と胸躍った。

昨年のポールマッカートニーも感動ものであった。

次いでビートルズに並び立つグループといえばローリング・ストーンズ。

共に1960年代に生まれて、誰もが認める不滅の足跡を残してきた。

そして26日、六度目の日本公演第一弾が東京ドームで行われた。

期待にそぐわず聴衆を酔わせてくれたようだ。

翌日の新聞の見出しが「8年ぶり、大満足だぜ」だった。(朝日新聞27日朝刊)

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まあ確かに千載一遇のチャンスには違いない。

ポールが71歳、そしてミックジャガーが70歳なのだから。

もともと、ローリングストーンズは良く知っていたし、好きな曲もいくつかあった。

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今回はたまたま身内がチケットを用意しプレゼントしてくれた。

おかげで夫婦でライブに参加できることになった。感謝しています!

常に思いたったら吉日の精神で行く私。

昨年末にローリングストーンズのベスト50曲の入った三枚組アルバム「The ROLLING STONES GRRR!」を聴き始めた。

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正直言って全曲になじみがあったわけではない。

馴染みは半分だった。それでも25曲だから他のバンドの曲に比べればよく知っている部類だろう。イーグルスなど「ホテルカルフォルニア」は大好きだけど、他はほとんど知らなかった。今では10曲は馴染んでいるけどね。

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ともかく、それから3か月。

ベスト50を繰り返し聴くとともに、WOWOW放映の「ザ・ローリング・ストーンズ ライブ イン ロンドン ハイドパーク2013」、「ローリング・ストーンズ・スペシャル ベスト50」そして「ザ・ローリング・ストーンズ チャーリー・イズ・マイダーリン」などの映像も録画後繰り返し観た。

見事、私の耳に馴染み、頭に染み込み始めた。

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ことに、映像で見たキースリチャードのやんちゃぶりと演奏時に見せるドヤ顔が気に入った。

ミックジャガーはけっこうインテリなんだね。1967年のライブ映画の中で、もしミユージシャンになっていなかったらという質問に「大学に戻っていた」などと応えていた。ドラムのチャーリー・ワッツは当初から端正で姿勢が良い。20代の頃とヘアースタイルこそ変われど印象は同じだ。ロニー・ウッドもスーパースターだけどいつも控えめで謙虚だ。

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さあ、あと五つ寝るとお正月じゃなくてストーンズライブだ。

2013年11月23日 (土)

ポール・マッカートニー、元気すぎる―!

マッカートニ アウトゼア ジャパン ライブの当日。

御茶ノ水で三方向から来たメンバーが合流した。

総勢6名。
予定通りイタリアンレストランで初物のボージョレヌーボを傾け乾杯後ドームに向かった。
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ポールへの思い一つで繋がった三万人がドームに結集しつつあった。
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開演まで数十分あったが既に会場の中は大音響のBGMでムードが醸し出されつつあった。
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予定の19時到来。
センターと両脇二つずつのスクリーンの映像が変わった。
少しストーリー性を帯びてきたような感じの動画。
BGMの音質もちょっと上質になった。
気持ちが逸り、期待で膨らむ。
少し、じらすのか。
アリーナの皆さんが既にスタンディングオペレーション状態。
19時半近くになった。
満を持してエイトデイズ・ア・ウイークの大音響が響いた。開幕だ。
圧巻・感服そして感動。
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それから二時間半、アンコールも含めてポールは歌い続けた。
この6月で71歳になったとは信じられない。その動きとデビュー当時と変わらぬように見えるスタイル。
そして見事なエンターテイメント。。
ユーモアたっぷりに日本語を織り交ぜる語り。
「ありがとう」「さいこー」「もっとききたい?」
爆笑だけど、激しいロックの後にほのぼのとしたムードを醸し出した。
曲目はビートルズ、ウイングス、そして現在までのポール作品、半世紀の集大成だ。それに加えジョンとジョージの曲も織り交ぜた。
マルチプレイヤーぶりも披露した。
ベースとピアノはお手の物。それに加え、エレキギターでリードを弾き、アコースティックで弾き語り。
ジョージのサムシングではウクレレまで奏でた。
Live And Let Die でのサプライズは凄かった。
レットイットビー、ヘイジュード、そして最後のイエスタデー。 ビートルズが降臨し目の当たりにしているようだった。
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2013年11月 8日 (金)

ポール・マッカートニー!いよいよだよ~!

あと二週間。マッカートニーと対面の時間が迫ってきた。

とは言ってもドームの観客席の米粒のような一人としてだけど。
9月に「Out There in Japan」コンサートのチケットをゲットしたことを書いた。
結局六人で大挙していくことになった。
数日前にCDショップに寄ってみた。
ポールの来日にちなむアルバムが出ているのじゃないかと探りを入れたわけだ。
やっぱりありました。
「PAUL McCARTNEY /NEW」だ。
このアルバムの中にツアーテーマを冠した「Everybody Out There」が入っている。
本日は冷やかしでなく購入しました。
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早速カーステレオで聴いてみた。
全て初めて聴くのだが馴染める。
解説の中に「ビートルズスピリットを継承したアルバム」と書かれていた。
納得だ。
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このニューアルバムやウイングス時代の数々の曲、そしてポール自身が語っている「みんなそれぞれの曲にまつわる思い出があるんだ」というビートルズの何曲かをまじえて演奏してくれるのかな。
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              アルバム内写真


そんなことを考えながら家にたどり着いたら夕刊のトップがマッカートニー来日のことだった。
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2013年9月16日 (月)

ポール・マッカートニーに会えるぞ~~ ! チケットゲット!

全く偶然だけれど、ヤフーで月末に訪問する九州について調べていたところ目に飛び込んできたのがポール・マッカートニーだった。

だいぶお年を召したなーとまじまじ見た。

それもそのはず、この6月で71歳を迎えたそうだ。

で、先を見ると来日ライブがあると言うではないか。

え、もしかしたら行ける?しかも最後のチャンス?と思うや否や行くことを即決。

ぴあを覘いたら先行予約の手続きがまだ可能だった。

抽選であり、二名限定なのだが申し込んだ。

なんと当たりました。行けることになりました。先ず夫婦は見られる。

そして、欲を言えば他の家族もつれていきたい。

別ルートでさらに四枚追加注文。これはまだ発表無し。どうなるか。

 

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 ポール・マッカートニーのツアーは「PAUL McCARTNEY OUT THERE  JAPAN TOUR」という世界ツアーの一環で今年五月のブラジル公演からスタートしている。

 「OUT THERE」って何かなと思っていたら湯川れいこさんが先行したブルックリンのライブレポートの中で分かりやすい説明をしていた。

 ポールは『選曲も演奏も、すべては聴衆に最高のものを届けて、共に人生で最高の瞬間を(ライブで)共有したいと言う。ポールはありったけの「ありがとう」を「そこにいる(OUT THERE)私たちに、わざわざ出かけて(OUT THERE)」届けに来てくれる』のだそうだ。

いいね!とてもよく分かる。

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 実は私はビートルズを聞きながら育ったようなもんで我が家にはビートルズ関連20枚のCDと数枚のLPレコードがある。今日数えた。

その中には解散後のジョージ・ハリスンのベスト盤(下、写真)、やポールの二枚組アルバム「back in the u.s.Live2002」(上、写真)、そしてジョンレノンの「Imagine」も含まれる。

 

それぞれ個性があってどれも好きだ。

ジョージ・ハリスンの「something 」や  here comes sun 」そして「while my guitar gently weeps」なんかいいね。

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 布川俊樹さんが 「and I love her 」を論評しながら「ポールの曲の方がジャズ・スタンダードになりやすい。ジョンの曲はもっとロックぽいコード進行が多い」と書いていた。

 

 今回のツアーで特筆できるのは、ポールに限らないのだけれど元メンバーはこれまでのツアーではビートルズ時代の曲はあまり演奏しなかったそうだが聴かせてくれるという。

 ブラジルでもアメリカでも「out  there」では惜しみなくビートルズナンバーを聞かせてくれたそうだ。ポール・マッカートニーがまさに一人ビートルズとして我々の前に現れる。

折角だから11月までにビートルズをしっかり聴いて、もっと我が物(血肉化・・・おおげさか)にして臨みたい。

今日は初期作品「RUBBER  SOUL」(1965年リリース)を聴いた。

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 「NORWEGIAN WOOD」「NOWHER MAN」「THE WORD」「MICELLE」「GIRL

等々初期作品はリズミックだけど落ち着くなあ。

 ちなみにビートルズとして来日演奏したのは1966年6月、そしてポールは24年たった1990年解散後初来日(本当は日本の飛行場までなら1975年に来てるけどね)、二回目は1993年イミグレ通過、三回目 2002年、そして今回が四回目となる 。今や、Sir Paul McCartny だからね。

2012年2月25日 (土)

悪魔を憐れむ歌

Sympathy for the Devil

朝刊の特集で「アフロビート」が特集されていた。

場所はロンドン。

今じゃというか,ちょっと前まではイギリスと言えばリバプールのビートルズとなったのだが、日の沈むことのなかった大英帝国の音楽面での成果・結実を見ると彼らも含めてなるほどと思う。

音楽に関して人種の混在が進んでいるのだそうだ。

帝国はどの時代でも人種のるつぼを作るのだな。

大英帝国で言えば、植民地・アフリカ人の移動。

混在の一つの例としてローリングストーンズの「悪魔を憐れむ歌」が取り上げられていた。

サンバのリズムに、アフリカ、中南米の打楽器がまじりあい奇妙感が漂っていると書かれていた。

こんな記事を見て、当然実際を見たいと思うね。

今はそれが即できる。

グローバリズムというかテクノロジーというか凄い。

ユーチューブで一発選曲。

「Sympathy for the Devil 1969 Hyde Park concert」 はこの記事に書かれている情景をそのまま映像で見ることができる。

そして、記事は1969年カリフォルニア州オルタモントでのライブの際に警備を「エンジェルス」にまかせた混乱の様子も書かれていた。

それも映像で見ることができた。

Sympathy for the Devil The Rolling Stones 衝撃的ライブ映像!?」だ。

若かりし日のミックジャガーが叫んでいる。

everybody cool out !

このsympathy という言葉は日本ではどちらかというと共感という意味で使われていたね。

いわゆる「シンパ」だ。

でも憐れみであって、なおかつ見下すことのない憐れみだそうだ。

この歌の歌詞を見た。すごい。

キリストの宿命からペテルブルグの革命、そしてケネディ暗殺まで出てくる。

哲学的であり、社会批判とも感じられる。

ビートルズのジョンレノンの詩にもそういうものがあるけれど、初期の歌詞はどちらかというと「お前が好きだ」「嫌いだ」という感じだよね。

好きな曲の一つ「paint it black」もあらためて詩を見たら結構哲学だね。

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