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2026年10月15日 (木)

闘病中の先輩が退院されて、在宅療養に移った。今回もアポなしで見舞った!

先輩のお宅には何年か前にお訪ねしたことがある。

ところが、その後、二戸目の分譲マンションを購入され引っ越しされた。

それまでお住まいだった部屋は改装して賃貸しているそうだ。

今回も前回と同じ事情でアポなしで伺う。ただ、初めての地だ。住所録だけが頼りだ。

電車やバスの乗り換えも何回かあり大変そうだ。結局、乗用車で行くことにした。カーナビに案内させるのが一番。

我が車、カーナビが装備されているが、数年おきにデーターを更新しなければならなかった。

そんな折、スマホのカーナビがそれなりに精度を高め有効であることが分かった。それから装置の更新をやめ、今ではスマホカーナビだけで各地に出かけている。

今回の目的地は埼玉県。さあ、どうなることやら。

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出発!しばらくして首都高に入った。高架上での走行中は良かったのだが、その後トンネルが続いた。当然、電波は遮断。カーナビが機能しない。やむを得ず、標識を懸命にチェックしながら進んだ。それにしても暗闇が長かった。首都高はずっと地下かと思わせた。

トンネルと言えば、驚かされたニュースがあった。現在工事進行中のリニア中央新幹線についてだ。

完成の暁には東京と名古屋を40分で結ぶという。

広域で営業活動している方々などには素晴らしいことかもしれないが、私などは何をそんなに急ぐのと疑問が湧く。

ましてや、ほとんどがトンネルだというではないか。

なかでも、「大丈夫?」と言いたくなるのは、山梨から静岡そして長野を抜ける区間だ。

その名も「南アルプストンネル」。

アルプスを掘削するというのだが、先ずはその長さにビックリ。

全長25㎞だって。

更に、心配になるのは土被り(どかぶり)の凄さだ。

※土被りとは地表面からトンネル上部までの深さのこと※

この深さが最大1400mだって。スカイツリーの二倍だよ。トンネル上部への圧力はかなりのものだ。

今年になって発生した熊本や千葉、さらにはネパールの地震や水害の被害を見たばかりだからか、余計に気になる。さらには大井川の水は大丈夫か?という水源についての心配も聞く。

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adparkネットより

そんなことを考えながらハンドルを握っていると、ようやく空が見え、荒川を渡り始めた。

と間もなく、橋の上に標識が見えた。

東京都と埼玉県の都県境の表示だ。荒川の真ん中が境なんだ!

河川敷はとても広かった。

この境界線まで進んできても川の流れが見えない。

少し走り続けるとそれほど大きくない流れが見えてきた。

大雨などに見舞われない限り穏やかな流れなんだね。

さて、先輩の家を目指す。

ところがだ、途中、渋滞で苦労したことに加え最近新調したばかりのスマホの具合が良くないのだ。カーナビがおかしくなった。うまく表示しない。結局ナビゲーションが覚束なくなった。

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仕方ないので、アポなしで行くはずだったのだが、電話をし、場所を確認した。

午前中に伺う予定が午後になってしまい、尚且つアポなしの突然の訪問であったものの快く迎えていただいた。

一時間ほど、体調やら近況、世間話をして、失礼した。

その後、ちょっと足を延ばして小江戸・川越を散歩した。

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「時の鐘」周辺はなかなかの賑わいだった。

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立ち並ぶ店には数軒置きに行列ができていた。

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あそこが最後尾だ!

川越一番街から菓子屋横町を散策した。

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ここから少し路地を入ると菓子屋横町だ。

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食べ物屋が多く見受けられるが、昔ながらの雑貨屋があったりと、いろいろ楽しい発見ができそうだ。

ぶらぶらしているうちに気が付いた。

わが家に何か土産を買っていかなきゃと。

連れ合いにラインをした。

帰ってきたラインの返事で初めて知った。川越と来れば「さつま芋」なんだそうだ。

それで「芋」に関わる何かを買うこととした。

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確かに「芋」が目につく。

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結局、何軒か回って、芋菓子を三箱土産とした。

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帰宅後食べたけど美味しかったよ!

2026年10月 8日 (木)

冬のソナタから始まった韓流ブームもそろそろ終わりだと言われているけど、評判だったドラマがかなり再放送されているね!

第一次韓流ブームは2003年に「冬のソナタ」がNHK BS で放送されたことから始まった。主演のぺ・ヨンジュンが「ヨン様、ヨン様」と新聞やらテレビを賑わしていたことを覚えている。

しかし、私は、どんなドラマだろうかという興味は持ったが、視聴することはなかった。そもそも、恋愛ものはテレビも映画もそれほど見たいとは思わなかったこともあるけどね

でも、ヨン様の顔はしっかり頭の中に刻印された。様々なメディアに登場してたからかな。

そんな風だったけど韓流にそっぽ向いていた訳じゃない。

はまるほどではなかったけれど、時代劇を中心によく観た。

最初に面白いと感じ、最終話まで観たのは「朱蒙・チュモン」かな。2007年4月にBS フジで始まった。

このドラマ、韓流ブームの中での人気ランクはそれほどでもないけれど私にとっては特別だった。

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ドラマの展開も面白かったが、特別だったのは朝鮮民族の歴史をあらためて知り、多少なりとも半島についての知恵をつけ、曖昧模糊なることや「偏見」を払拭するきっかけになったことだった。

東洋史というと、どうしても「殷周春秋戦国秦漢」と子供の頃に懸命に暗記した中国歴代王朝のあれこれが教科書を占めていた。

でも、このドラマなどから、あらためて古朝鮮から高句麗、そして、いくつかの戦いを経て朝鮮王朝に続く朝鮮半島の歴史を知ることができた。

日本の歴史との関りでも、「天孫降臨」とか「天照大御神」等日本オリジナルのもと教えられてきたことなのだが、王朝の伝承としてよく似た物語がドラマの背景に出てくるなど、やはり実際は、大陸から伝わってきた話だったんだなと思わせた。

実際、663年に唐・新羅連合軍が百済・倭国(日本)の軍を撃破した白村江の戦いで、国を失った百斉の貴族や王族が倭国に逃れ、その際、伝承物語も一緒に運び込まれたのかも。

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ium(もっと知りたい韓国の話)より

高句麗の登場に続いて朝鮮半島は三国時代に入って行く。

高句麗、百済、新羅だ。

三国時代の百済の物語は

「階伯 ケベク」(韓国制作2011年、日本放映 BSフジ2012年4月~)

時代は西暦676年の新羅による朝鮮半島統一、及び白村江の戦の直前の物語だ。

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新羅の物語で観賞できたのは「善徳女王 ソンドク女王(韓国2009年5月 日本での視聴 BSフジ 2009年10月~)」

高句麗から高麗までの歴史ドラマを観ていると気が付くことがある。

朝鮮半島の衣服と言うとチョゴリやチマが頭に浮かぶが、古朝鮮から高麗に至る歴史の中での半島の着衣変遷は、そのイメージとは異なっていた。私などが先入観として持っていた半島風俗は朝鮮王朝以降のようだ。

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善徳女王は新羅のみならず、朝鮮半島での最初の女性統治者となった人物だ。この時代(7世紀)に新羅では仏教文化が発展した。

日本でも7世紀以後、大化改新から奈良遷都までの時代を白鳳時代と呼び、大陸での抗争による盛衰の結果もあって、多くの渡来人を迎えるなど文化的にも国際性に富んでいた時期だったようだ。680年には薬師寺の建立にも着手された。

半島では。675年には高句麗が滅亡し、ついで918年には新羅が滅亡。そして高麗時代に入って行った。日本の時代で言えば平安時代初期から室町時代半ばまで続いた王朝だった。

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このころ大陸ではモンゴル帝国が台頭し、1271年には南宋を滅ぼし「中国」内に元を建国した。

高麗も南宋滅亡の後、王朝の滅亡は免れたものの、モンゴル帝国の間接支配下に置かれた。

鎌倉時代の1271年と1281年の二度にわたる元寇では、モンゴル人兵士でなく、多くが南宋と高麗の人々が鎌倉武士と闘うことになった。高麗の人々にとっては過酷な戦いだったようだ。結果として、これらを遠因として高麗は滅びることになり、朝鮮王朝(李朝)に変わる。

高麗時代のドラマは「太祖王建(韓国2000年~2002年)を少しの期間みただけかもしれない。

ただ、昨年6月~10月までWOWOWで「高麗契丹戦争」(韓国2023年)が放映され、録画した。

未だ観賞していない。

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年内には観てみよう!

さあ、いよいよ朝鮮王朝(1392年 太祖李成桂)に突入。

韓流時代劇の舞台となった時代は、やはりこの王朝時が一番多いようだ。ちょっとチェックしただけで100本をはるかに超えるドラマがあった。

とは言え私が観たのは数本だけど。

観賞したドラマの舞台となった時代を古い順位に並べていくと次のようだ。

何と、一番古い時代のドラマは「宮廷女官チャングムの誓い」(韓国放映 2003年9月~2004年3月)だった。

国王は第10代の「燕山君(ヨンサングン)」だ。(在位1494年~1506年)

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このドラマは家族で観た。(視聴 2015年7月1日~ BS日テレ)

私にとっては韓流時代劇の中にあって「朱蒙」に並ぶものだ。

しっかり、録画し、今でも全話ディスクに保管してある。でも、観なおすことはないかもな。

次に登場したのは第14代国王「宣祖 ソンジョ」(在位1567年~1608年)とその息子の第15代国王「光海君 クアンヘグン」(在位1608年~1623年)の時代。

医療ものだ。

「ホジュン 宮廷医官への道」(韓国放映 1999年~2000年)、私が視聴したのは2013年9月~BS日テレだ。

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私がこの番組を視聴始めたころは、ドラマでなく所謂K-POPという韓国音楽産業の進出と日本での人気獲得から始まった第2次韓流ブームが一段落したころかな。

K-POPについてはあまり認識することもなく、又音楽番組を観ることもなかったので、たまに何かの折に歌っている姿が目に入っても、韓国のグループとの理解はなかった。

そもそも、外国が関わるブームの流行り廃りは「芸能」「観光地」の良し悪しに負うことも確かだが、今の日中関係が現総理の台湾問題にかかわる発言に端を発して冷却しているように、日本の観光名所が不人気になったからではないのと同じで韓流ブーム盛衰も政治がらみもあったようだ。

2012年の竹島問題や2017年には新大統領就任による新政策の打ち出しなどで雰囲気が以前と変わっていったみたいだ。

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次のドラマの時代は第16代国王「仁祖 インジョ」(在位1623年~1649年)。

医療物なのだが獣医だ。

「馬医」

このドラマなどは、いわばブームの中で制作されたことからか韓国で放送された翌年には日本で放送された。韓国では2012年10月から翌年3月まで。日本ではNHKBSがバトンを受けるように2013年7月から2014年6月まで放送した。

このドラマを手掛けたのはイ・ビョンフン監督だ。

韓国の他の監督ドラマを多く見ているわけでなく、比較できる立場にはないのだが、イ・ビョンフンさんのドラマは面白かった。

最後に紹介するのもまさにイ監督作品「トンイ」(韓国放映2010年3月~10月)。(視聴「2011年4月~2012年6月 NHKBS)

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時代は第19代国王「粛宗 スクチョン」(在位 1674年~1720年)。

この国王、今まで紹介した国王の中では在位が一番長いね。

なかなか楽しめたドラマ群だった。

今回、前々回の日本ドラマと合わせて取り上げたのだが、今、BSTVの番組欄を見ると再放送で取り上げられている以前のヒット番組が多いのに驚かせられたからだ。

最初に取り上げた「朱蒙」がこの8月までBS日テレで放送されていた。「善徳女王」(BS日テレ)が8月からスタートし、「トンイ」(BSTBS)が追いかけるように9月に始まった。

何よりも驚いたのは、今年初め2月24日から3月31日まで「冬のソナタ」26話が再放送されたことだ。(BSフジ)

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最初に触れたように私は評判を聞いていたけど観ることはなかった。

今回はちょっと観てみるかと、第一話を覗いてみた。

美しい背景と共に物語も破綻なく進む。でも、あと25話はと思い中断して現在に至っている。

そんな時、この8月、なんと「冬のソナタ」日本特別版と名付けられた総集編はWOWOWで放映された。しっかり録画した。

26話分が2時間15分にまとめられた。

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今度は観賞してみよう。

年内にはね!

ヨン様、もう少しお待ちください!

 

2026年10月 1日 (木)

新聞小説「早雲」を読み始めて3か月、何という縁か、ここにきて早雲甲冑パレードに参加だ!

 2026年7月1日朝日新聞で小説「早雲」(作 砂原浩太朗)の連載が始まった。

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2026年7月1日付朝日新聞朝刊27ページ

北条早雲のことは、勿論知っていた。でも、名前だけだった。

中学以来の歴史教科書でも、早雲の登場は、ほんの僅かであり、本人像も功績も詳しく知る由もなかった。

元外交官であり、作家の佐藤優さんが30年間たえず読み返し、座右の書としている歴史参考書「大学への日本史」(著者 安達達朗 研文書院)でも北条早雲が登場するのは2か所合計8行だけだ。

そこでは群雄割拠の時代、後北条一族が伊豆・相模・武蔵の領国化を推進してきたことには触れていたが、伊勢新九郎=早雲の生涯など何一つ分かるものはなかった。

私のひどい間違いの一つは、秀吉の小田原攻めの際も早雲が存命中と思っていた時期があったことだ。

早雲の生死については諸説あるが、上記参考書に記されている死亡年は1519年であり、秀吉の小田原攻めはそれから71年後の1590年だからね。

小説「早雲」の最初の小見出しが「応仁の乱」(1467~1477)であって、その時代に幼名「千代丸」として登場しているものね。

それにしても、縁が縁を呼ぶものだ。

たまたま今年の5月の連休中に伊豆の国市にある韮山城址を訪れ、早雲がその地でなくなったことを知った。それから2か月後の7月1日、新聞小説「早雲」の連載が始まった。

そして3か月後の9月27日「早雲まつり」に参加できたことだ。小説は10月1日現在90話まで来た。

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当日現地でもらった案内チラシ

韮山城早雲まつりはネットで知った。

甲冑パレードは伊豆の国市「時代劇場」を出立し「韮山城址」のある城池親水公園までの1.7キロを練り歩いた。

時代劇場は伊豆箱根鉄道韮山駅に隣接している。

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北条義時図 この地は鎌倉幕府執権の北条氏の故郷でもある

さあ、陣が整った。出発の時が来た。

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この日は後北条氏にゆかりある各地から、つわもの共が馳せ参じていた。

神奈川県小田原市からは北条手作り甲冑隊。

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小田原と言えば小田原城。何度も寄らせてもらっているが、後北条氏の拠点とのイメージがある。

でも、歴史は結構古く、平安末期から地元豪族の居館があった地のようである。

そこを1500年代早々に奪ったのが伊勢氏、つまり早雲であったようだ。

でも、早雲はその後没するまで韮山城を拠点としつづけた。実際小田原を居城としたのは息子の北条氏綱で、以後五代に渡って北条氏の居城となった。そして1590年秀吉軍数十万の包囲の中で3か月の籠城むなしく無血開城した。

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埼玉県寄居町からは鉢形城鉄砲衆だ。

鉢形城の築城は1476年であり、上杉家の家臣長尾景春が関わった。1564年になり北条氏邦が入城し、整備拡張し、後北条氏の上野国の拠点とし、甲斐・信濃からの侵攻防備の最前線となったと言われている。しかし、1590年に秀吉による小田原征伐の中で浅野長政らの連合軍3万5千に包囲されて、3千の兵で1か月籠城戦を戦ったが開城することになった。

そして、韮山城も豊臣方の軍勢5万に包囲された。迎えた北条側は約3千6百。それでも100日間持ちこたえた。最後が凄い。秀吉に派遣された徳川家康が交渉にあたり、開城したのだそうだ。

こんな同じ歴史的背景を持った「つわものども」が、436年後のこの日、韮山城に結集したのだ。

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城池に着いたぞ!ほら貝で知らせろ!

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今ぞ、記念撮影だ!苦しゅうない、近う寄れ!

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出店、屋台も待っていた。

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城跡で神事が執り行われ、イベントが始まった。

先ずは鉄砲隊による火縄銃の実演だ。

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火打石で火縄に点火し、一斉射撃!

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なかなか迫力ある銃声が響き渡った!

舞台では「天城連峰太鼓」の皆さんが勇壮な連打を轟かせた。

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そして、武者たちの剣舞。

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なにかイメージが湧いてきた!小説「早雲」がさらに面白く読めそうだ。

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さらばじゃ!

2026年9月24日 (木)

彼岸の入りが20日、なんと曼殊沙華(彼岸花)が、 名にふさわしく彼岸の3日前、17日に開花した!

このところ自然の怖さをいやと言うほど見せつけられている。

雨量が凄い。

一晩で例年の一か月分も降ったとか、アンダーパスで車両から脱出できずに亡くなった等の報道が続いた。

台風が通常のコースであれば、そのまま北に抜けていくところが、行きなりUターンをするなど、私にとっては前代未聞のことも発生した。

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1年前の台風22号進路(ウエザーニュースより)

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2026年 台風24号の動き

そんな気候変動から来る異常の結果なのか、果物や野菜そして米の成長にもマイナスの影響が出ていると聞く。

わが家の、花や木々もいつもと違うようだ。

とりわけモッコウバラが凄い。何がかと言えば、枝の伸び方が凄いのだ。通常、花後しばらくの間、枝をあちこちの方向に伸ばし成長を始めるのだが、今年はその伸び方が尋常でないのだ。

雨に加えて持続する高い温度などが成長に具合が良いのか、それとも花木がこれからの行く先を憂いて、今伸びなければ今後は分からんと寸暇を惜しまず伸びようとしているのだろうか。

整えられた樹形から枝がはみ出そうとするのなら、間をおかず剪定したいのだが、用事等が重なり数日放置してしまうと、驚くことに1メートルを超えて伸びてゆくのだ。

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数日そのままにしていたら早こうだ!

まったく、この植物の細胞分裂と増殖の凄さには度々驚かされる。

もう一つ、似たように凄いと思うのがヘンリー蔦だ。

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 この蔦も、鳥が運んだのか、風の仕業なのか判然としないのだが、いつの間にか芽を出しブロック塀を覆い始めた。

最近、近辺で見る戸建の新家屋は美しい塀に囲まれているものが多い。

でも、一昔前は無味乾燥なグレイのブロックを積み上げるものが多かった。それでも、頑丈な塀ができたと喜んだものだけどね。

その色彩感ゼロの塀に、いつの間にかに美しい緑葉が覆い始めたのだ。

自然の恵みだと歓迎した。でも、隣家との関係もあるので、ブロック塀を超えて頭を出しそうな蔓は切り取るようにした。

ところが、この蔓も成長が早いのだ。夏の初め頃から、朝起きて様子を見に行くと、ほぼ確実に伸びが始まっているのが見つかる。

雨降りなどで、切らずにいると直ぐに上掲の写真のように、嬉しそうに伸びているのだ。しかも、凄いのは吸盤を持つ気根だ。・・・え、植物に吸盤?とくるね。

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細い茎状のもの‥髭か?その先の色のついたところ吸盤?

「気根と吸盤」について調べた。解説では「巻きひげの先端が吸盤状」と表現されていた。素人的には細く髭のように伸びたものが岩やブロックに張り付いているのを見ているので、「巻きひげと吸盤」との言い方が分かりやすく、すっきりした。

ブロックは砂と砂利をコンクリートで固めたものなのだが、吸盤とはいえザラザラの表面に良く張り付くものだと関心する。

さて、タイトルに書いた「曼殊沙華」、別名「彼岸花」の話に移ろう。

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この花の生態も面白い。冬の時期は球根状の塊が土から頭をさらけだしている。それが数か月間も続く。

そして、この彼岸が近づくと、その球根状の所から柔らかそうな茎がスーッと伸び始める。

その後、茎の先端に蕾のようなものが着く。しばらくすると花となる。

面白いのは、花が満開になってさえも、葉らしきものは何処にも見えない。

花が終わり、暫くすると、単子葉植物独特の長い葉がスートと伸びてくる。しかも鬱蒼と。そして枯れ、球根状のものが残るのだ。

今年は、もう一つ違うことが起きた。

先週初めにスーっと、茎が伸びてきた。

それから5日後ぐらいだろうか、開花した。彼岸の入りに間に合った!

ところが例年赤が先行するのだが、今年は白だった。

上掲写真で見られるように、赤が咲きだした時は既に白はかなり咲いていた。

そして、今は。なかなか美しい!

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猛暑が少し緩んだのか、昆虫たちが蠢き始めた。

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久しぶりに河蜻蛉と再会した。

彼は、私が見る限りでは、常に単独行動だ。

そんな昆虫たちは、猛暑が緩んだ今日この頃、花々の蜜を吸いに来ている。

中でも、「人気」でなく「昆気」あるのがランタナ(七変化)だ。

ランタナは我が家でも、一番長く花を楽しませてくれる。

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先日、なかなかすごい蜜吸いを目撃した。

芙蓉の花の中に入り込み、奮闘していた。

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最初、花から出られなくなったかのように、奥の方でもぞもぞして四苦八苦しているよう見えたけど、なんとか上掲のような態勢にもちなおした。

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この昆虫、何者かと調べた。

何と、クマ蜂だって。フルネームは「キムネクマバチ」。

羽音が大きく、見た目もいかにも強そうで怖い。

子供の頃、姿を見ることはほとんどなかったけど「クマンバチ」と呼び、恐れた蜂と同じかな。

でも、性格は温厚なんだって。さらに面白いことに、人を刺す針はオスは持っておらず、メスだけが武器として針を持っているんだって。

 

今年もう一つ特筆できることはハイビスカスのことだ。

例年に比べ、花を咲かす期間が長いことと、一度に咲かす花の数が多いことだ。

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最も、彼らに対しては我々の過保護もあるのだけど。

鉢で育て夏場は、外に出す。でも、強い雨にやられないようにしっかり軒下に移動し、寒気を感じれば室内に移す。これじゃ、ハイビスカスも生きたいように生きていけないよね。

気候変動だとか異常気象も絶対に食い止めねばならないけれど、もう一つ自然界に異変をもたらす、人間の過干渉も何とかしなければならないのかも。

2026年9月17日 (木)

日曜美術館50年展に行ってきた!静岡県立美術館だった!

日曜美術館とはNHKEテレの美術番組だ。この番組が放送開始から50年を迎えたことで、特別な展覧会が開催されることになった。

なにしろこの番組、ギネス世界記録に認定されたというから凄い。

ウイークリーのテレビ美術番組として今年3月22日の放送で世界最長放送を達成した番組と認められたのだそうだ。

それを祝福するというか、これからも続くことを期してか展覧会がスタートした。今年(2026年)3月28日から東京芸術大学大学美術館が会場となり開幕し、7月からは静岡県立美術館が会場とされた。10月になると大阪中之島美術館が会場となって12月20日まで続く。およそ7ヶ月間の展覧会が閉幕となる。

私達は東京会場には日程調整ができず静岡会場に行った。

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静岡県立美術館はロケーションが素晴らしい。

大きな森に囲まれた静かな佇いの中にある。

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ここには久しぶりの訪問となった。前回は4年前の「兵馬俑と古代中国」展だった。さらにその前は、11年ほど遡った2015年5月の「篠山紀信」展だった。

美術館の周りの雰囲気は変わらず、森には木々が生い茂っていた。

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ところが、現地に着くまでが、ちょっとばかし様変わりしていて大変だった。

新しいバイパスが整備されていたりと、カーナビ無しでは進めなかった。

私達は、家を午前中に出て、途中東名高速富士川サービスエリアで昼食をとった。

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サービスエリアから見えた富士川、穏やかだ!

食後、東名高速を西に向かって走り、清水インターで降りた。ここから見たことのない風景が続いた。

かつて走ったことを思い出そうとしたが無理で、結局自己判断をやめカーナビの指示に従った。

何とか、無事着いた。

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日曜日なので混むであろうことは想定していたが案の定だった。この日は、前日まで続いた雨も上がり久しぶりに傘を持つことなく歩けた。そのこともあって来館者も多く、会場近くの駐車場は満杯で、車をかなり離れた所に停めることになった。入館するまで山道を歩くようで、かなりしんどかった。

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到着、入館!

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案内カウンターの先にあるエントランス・ホール

 

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会場でいただいたリーフレット

展示場は五つの章で構成されていた。

第1章は 語り継ぐ美 時を超えて美を語る言葉・語らせる作品

第2章  日本美の再発見 古代から明治まで

第3章  工芸 伝統と革新

第4章  災いと美

第5章  作家の生き様と美 アトリエ&創作の現場

第1章展示場では上記掲示のリーフレットの冒頭写真やこの間のTV日曜美術館50周年番組で紹介されていた作品が区画に入るや目に飛び込んできた。

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今回の展示会場でも写真撮影は作品ごとに「可能・不可能」があり、全ての作品撮影はできなかったものの雰囲気を伝える程度にはなんとかカメラに収めることができた。

上掲の石田徹也作品「飛べなくなった人」などは日曜美術館にとっては、特に思い入れのある作品であることを「TV50周年特番」で知った。

2006年9月に放送された日曜美術館で石田作品を初めて取り上げたことから世間に知られ評判を呼び、2019年にはマドリード国立美術館での個展開催にいたり、31万人も集客した。

石田さんは若くしてお亡くなりになったが、残された作品の多くが、遺族により、この日の開催美術館である県立静岡美術館に寄贈された。この美術館にとっても特別な作品である。

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会場には多くの方が次から次へと訪れ作品に見入っていた。主催者でないのに何か安堵した。

第2章展示場では遮光器土偶や陶磁器、そして浮世絵、屏風等の展示を観て改めて日本美術の凄さを感じ、第3章展示場では工芸品をじっくり鑑賞した。

中でも、和服となった織物作品をじっくり観たのだが、染色の技を感じた。今まで、工芸品のコーナーなどは、素晴らしさを感じながらも絵画などに比べ、早々に通りすぎたのだが、今回は違った。

多分、7月に目黒で鑑賞したルーシー・リーの器と言うか、工芸品の素晴らしさに感化されたのかも。

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第4章、第5章は 会場の所々に設けられた、スクリーンで過去の番組が流され、コロナ禍により各地の美術館が休館となる中でも「美を届けることを止めない」という信念のもと続けてきた当時の番組や、「アトリエ訪問」シリーズで多くの作家の創作現場を紹介してきた放送回を見ることができた。

因みに我が家には2016年当時の井浦新さんが進行役を務めていた頃からの、番組録画が残っている。

往々にして録画しっぱなしとなるのだが、今回のような機会があると「そう言えば我が家にあったな」と引っ張り出して視聴となる。そんなことが、このような番組だけでなく映画でもたまにあり、役に立つのだ。

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今回は身内三人で訪れた。

それぞれのペースで観覧していたので、それぞれが休み休み、揃ったところで「ロダン館」に移動した。

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50周年展示場からロダン館に向かう途中の通路上の展示場でも素敵な彫刻が控えている。

入口の扉を開けると、広い空間が現れる。

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なかなか見事!

「地獄の門」から「考える人」までゆっくっり鑑賞した。

「考える人」の前では像と見つめ合っている人々がいた。

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かと思うと、共に考えあぐねている方もいた。

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きっと「考える人」が良い解決法を見つけてくれるだろうね!

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青空も見えてきた、さあ帰途につこう!

2026年9月10日 (木)

テレビドラマの再放送が凄い。和物も韓流も。噂のあのシーンも今なら観られるかも!

現在放映中のテレビドラマの視聴率が軒並みダウンしていることは前にも触れた。

その為だろうか、視聴者のテレビ離れを止めんとばかりに、かつて一世を風靡したドラマがあちこちのテレビ局で再登場している。世の中の微妙な動静が反映してのことか。

確かに21世紀も四半世紀が過ぎた。トレンドも大きく変わった。今まで脚光を浴びていたものも後景に退かざるを得ないとか、テレビと言うメディアの役割やら、人にとっての必要性なども大きく変わっていることも確かだ。

私自身も二十世紀を生きてきたのだが、その頃二十一世紀をあれこれと夢想することがあった。そのイメージは「2001年宇宙の旅」などに代表されたSF 映画などによって脳細胞が刺激されて浮かんできたものか。というか、小学生の頃、図書室の空想科学小説を読みふけって浮かんだ夢想の続きかな。

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2001年宇宙の旅タイトル

ところが、2001年を過ぎても、日常生活で見える風景は、ほとんど変わらぬままに時は過ぎていった。しかし、ここにきて、タイムスリップしたかのように時代の急変を感じ始めた。

目にしたものでSF 以上だと感じたのがロボットだ。先般報道もされた中国でのロボット競技で実感した。短距離走で人間の走りを越える記録を残した。

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世界人型ロボット競技大会 ネットニュースより

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それは「スターウオーズ」で活躍するロボット以上だった。

AIや通信技術の発展は驚くばかりだ。その事で引き起こされている事態を知るにつれ冷や汗が出る。

8月6日に産経新聞が発表したことにはショックを受けた。

土曜夕刊の停止とともに、11月30日をもって東北6県(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)での産経新聞本紙とサンケイスポーツの発行を休止とするというものだった。

理由としては、人件費の高騰と、それも要因とした配達困難などだそうだ。何よりも読者の減少だろうけど。

新聞の休止などは産経のみならず各紙でも似たような状況にある。

朝日でも、夕刊は廃止に至らずとも地域によっては配達がされなくなっている。

また、地域密着型のローカル紙などでは、単独の配達を止め、全国紙併読者のみに届けられるようになった所もあるようだ。

AIの発展は当然新聞業界にあっても新聞のデジタル化などに取り入れられてはいる。

でも、同時に新聞が無くとも日々の出来事などの情報はスマホで紙代など払わずとも見れるし映画などのコンテンツも多様なデジタル機器で見ることが可能になっているからね。まあ、新聞紙面で見られるような心を揺さぶるような論評は見ることも聞くこともないけれど。AIの整然として、もっともらしい作文はあちこちで見せられているけどね。

当然なことであるが、出版業界も大変だ。書店が全国レベルで急速に減少していて書店のない町があちこちで増えているみたいだ。

9月7日の朝日新聞オピニオン欄を見てそうだろうなとAIの影響を痛感した。

見出しがこうだった。

「黒字なのに募る希望退職」「雇用慣行の変化・AI しわ寄せ中高年に」

AIの進化とロボットの改良が結果として人から仕事を奪っているのだ。皮肉にも9月7日のTVニュースで今、過去最長の好景気が続いているとの報道があった。一方で同じニュースで倒産企業の増加も報じていた。儲けは何処にいっているのだ。

政治も一部SF小説で見られるような状況が現実化している。旧東ドイツエリアにある州(ザクセンアンハルト州)の議員選挙で極右と評価されている政党(ドイツのための選択肢AfD)がトップになった。SF に登場する政権は独裁者が牛耳るものが目立つものね。アメリカもロシアも同類だね。

氷河の崩壊も現実のこととなった。

そんな風に世の中は変貌を遂げつつあるのだ。

でも、ここでは、景気話や政治話には深入りせずにテレビドラマの話に戻ろう。

 中でも抜きん出て再放送されているのが「相棒」だ。朝日テレビ系列の地上波やBS で昼から夜まで一週の内に数本が再放送されていることが番組表で確認できる。その再放送の仕方が、新旧順不同であるので、見逃しseasonのものを観ることができて録画もできるのだ。

「相棒」は歴史を積み重ねてきたドラマであると共に、つい最近season24が終了したばかりの現役番組でもある。尚かつ驚かされたのは、この秋season 25が始まるんだって。特命コンビはやはり杉下右京と亀山薫だよ。

そんなことで我が家でも結果として、第1seasonから現在までの膨大な録画が残ることになった。

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相棒season1第1話(録画2023/10/8)

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2002年10月 season1-1話 のお二人

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さて、再放送されたドラマの中でも著名なものであって、なおかつ私が一度も視聴することがなかったものをいくつか紹介しよう。

一つは日本のみならずアジアでも評判を呼んだ「おしん」(NHK)だ。

2021年4月25日に3時間30分もの総集編として放送された。

これはその年4月4日に亡くなった脚本家橋田壽賀子さん(95歳没)の追悼番組だった。

「おしんは」1983年(昭和58年)から一年間放送されている。

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出演されたのは泉ピン子さん、田中裕子さん、そして小林綾子さんなど。

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視聴率が凄かった。平均52.6%で、最高視聴率が62.9%に達した。

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ロングランで凄かったのは10シリーズも続き、通算511回にもなった「渡る世間は鬼ばかり」だ。

ここにも、ピン子さんが出演している。

1990年10月11日~2011年9月29日まで続いた。最高視聴率は46.7%(ニールセン)だった。

再放送は2025年3月からBS/TBSで。

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モノクロだった

さらに遡って、ロングランだった作品は「キーハンター」。1968年4月から1973年4月まで続いた。全262話。最盛期には視聴率30%を超えたそうだ。主だった出演者は既に多くが逝去されている。

丹波哲郎さんは2006年に84歳で亡くなり、野際陽子さんは2017年にお亡くなりになり81歳だった。

千葉真一さんは2021年までお元気だったが、82歳でお亡くなりになった。

再放送はJ:COM・BSで2025年10月に始まった。

話しが大分長くなった。

タイトルの紹介をして終わりにしよう。

「俺たちの旅」(1975年10月~1976年10月放映)主演中村雅俊、田中健 再放送 2025年10月

BS日テレ。

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「熱中時代」(1978年10月~1981年3月放映)主演水谷豊 再放送2024年4月 BS松竹東急

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「あぶない刑事」(1986年10月~1987年9月放映)主演舘ひろし、柴田恭兵、中村トオル、浅野温子、木の実ナナ。再放送2025年12月 BS日テレ。

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これらドラマの評判は聞いていたものの、どれ一つとして視たものはなかった。

こんな風に、番組表を見ていると、評判だったクラッシクドラマが見られることが分かった。

あわてずに時間の有るときにゆっくり見よう。

韓流については次とします。

 

 

2026年9月 3日 (木)

東京都庭園美術館に行ってきた!Lucie・Rieの器に会ってきたよ!

山手線目黒駅から徒歩7分のところにある東京都庭園美術館。

これまで、一度も訪れたことがなく、いつか行こうと思っていた。

そして、ようやく行く機会ができた。当初、庭園と名の付く美術館であることからイメージしていたのは、庭園のあれやこれやを学べるところぐらいに捉えていた。

ところがちょっと違った。主体は美術館そのものであって、和風、洋風の庭の中に美術館があるというのが実際だった。でも、この日の「ルーシー・リー展」は、それはそれで良かったので満足。

結果、本日のメインは都内の庭園・公園の紹介になっちゃうかな!

 

庭園や公園は都内にいくつもある。若い頃よく行ったのは、日比谷公園、明治公園、そして代々木公園かな。おまけに加えれば清水谷公園か。いろいろな集まりがあって皆でたむろしたものだ。

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代々木公園

その後、たまの寛ぎの場になったのは井の頭公園。

ここは、つれ合いの実家に近いこともあって吉祥寺駅での乗り降りの際にちょっと足を運んだ。

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井之頭公園

あと、ここ東京、つまり江戸は将軍のお膝下。

幕臣のお屋敷やら、藩主の江戸屋敷があった。その中のいくつかに今も庶民の憩いの場として残る場がある。所謂、○○○園などだ。

これまでも、それらの何カ所かに幾度か寄って遊んだ。まあ、しょっちゅうとはいかないけどね。

浜離宮もいいね。ここは甲府徳川綱重の別邸だった。

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まさに都会のオアシス。池がいいね。

季節が変わり、春になると、こんなに華やかに!

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浜離宮 3月の風景

六義園もいい。

元禄年間の老中、柳沢吉保の別邸だった。

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六義園

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なにか風情のある庭園だね。

次に見る清澄庭園もいい。ここは武家でなく、豪商だった紀伊国屋文左衛門の屋敷跡だったと言われている。

そして何代目かの所有者となった岩崎弥太郎が造園して現在に至るようだ。

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清澄庭園

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石の上で亀もくつろいでいた

和風と洋風がバランスよく園内に配置され、インバウンドの外国人に人気なのが新宿御苑。四谷方面から新宿に向けて歩き、途中で何回か寄ったことがある公園だ。

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新宿御苑

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さて、東京都庭園美術館のお話だ。冒頭にも触れたが、最初は庭だけ見ることができれば良いなどと考えていたのだが、結局、入場券を購入し鑑賞することとした。

これが、素晴らしい偶然だったのだ。

実は、一か月とちょっと前の7月26日に録画しておいた日曜美術館「陶芸家ルーシー・リー 繊細でたくましい器」(NHKEテレ)のルーシーの作品展示会だったのだ。

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東京都庭園美術館の建物

作品の一部

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ルーシーのことをもう少し知ってから、感想を書いてみよう。

庭に出た、彫刻が展示されていた。

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2026年8月28日 (金)

VIVANT が再開された。低視聴率が続くTV ドラマの中でも群を抜く数字を見せた!ただ、別班が気になるけどね!

VIVANT、前シリーズは10話で終わった。でも、大団円を迎えたという印象はなかった。やはりであった。今回の開幕は、続きとなる11話からだった。(ただし、タイトル下には第2シリーズ第1話と示されていた)

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今回も放送日程を知り、早々に録画予約をセットしておいた。「VIVANT」の我が家での視聴は全話終了後にゆっくりと見させてもらうこととする。

でも、視る前に、なぜコメントを書き始めたかというと、「VIVANT 」の今年度版が開始された直後にYahoo!を覗いていたところ、一般評価と違った視点で論評しているものがあったのだ。

「集英社オンライン」でライター神山さんが書いた記事が目に入った。そのタイトルは次のようだった。

〈「VIVANT 」なぜ盛り上がらない?〉視聴率15%超でも、漂う"物足りなさ"の正体・・・前作にあって今作には「まだない」もの・・・というものだった。

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シーズン2の冒頭の1画面

この時、神山ライターの記事本文は読んでいなかったけど、家人に『「VIVANT 」がこんな風に言われているけど』と伝えたところ、「でも視聴率はトップみたいだったよ」と返事があった。

早速、番組視聴率が載る毎週金曜日の朝日新聞のビデオリサーチ「TVランキング」を数週分振り返った。

「VIVANT」は7月26日(日)21時からTBSで始まった。ランクインすれば視聴率発表はその週の金曜日 7月31日だ。載っていた。個人視聴率12.1%、世帯視聴率18.8%でトップに輝いていた。

第2話は8月7日発表。この日は個人視聴率が「ニュースウオッチ9」と同率で10.4%の1位だった。ニュースウオッチは7月28日の熊本県の大地震を伝えていた。私たちも熊本の震災情報が一番気になっていたものね。

第3話は8月14日発表。個人視聴率9.7%で1位。第4話は8月21日発表。個人視聴率10.6%で1位。

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本日、8月28日ランク発表、第5話(通算15話)も1位をキープ。個人視聴率9.8%、世帯視聴率15.2%だった。    

ちなみに「風、薫る」は3位、「豊臣兄弟」は15位。今回はストーリー性のあるものとして7位にアニメ「となりのトトロ」(日テレ)が入っていた。

それにしても民放ドラマが1位を続けるなど最近では全く例外事件だ。

因みに、VIVANTの放映開始前の7月24日のランクを見ると1位はサッカーW杯のフランス×イングランド戦だった。2位はNHK 朝ドラの「風、薫る」。そしてバレーボールネイションズリーグ、ニュース、大相撲と続き、14位に大河ドラマ「豊臣兄弟!」がランクされていた。

いつ頃からかドラマでランクインするのは朝ドラと大河の二番組のみという状況になっていた。もう一週前を見ると、特別な催しや事件が無いときの典型的ランキングのようだ。

1位が「風、薫る」。2位にニュースが二つ同率で並び、次の4位が「豊臣兄弟」。そして、続いたのが大相撲だった。

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このような書籍も出版された。

さて、冒頭で書いた「一般評価と違った視点の論評」とはどんな内容だったか。

読んでみた。先に言ってしまえば、ちょっと違った視点で現在進行中のドラマを視ての感想であり、最終的には今後の展開を期待するというものだった。タイトルに「漂う物足りなさ」などと出ていたので辛辣な評価をしているのかと思ったけどそうでもなかった。

指摘していたのは、前回と視聴率の延び具合が違うというもの。

前回は11.5%(世帯視聴率)から始まり最終回で19.6%に達した。ところが今回はトップと雖も上昇することなく、ほぼ同率で推移しているのは何故かとの問いかけがあった。

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アゼルバイジャン?

そして、原因として言及しているのが豪華な出演者を用意しながら、その豪華なメンバーが顔を揃える場面がなく豪華さを感じないと言うもの。

もう一つ指摘していたのは堺雅人演じる「乃木」が2023年放送シリーズでは「追われる側」だったのだが、今年のシリーズでは「追う側」にあり、さらに、「凄腕のハッカー」や「AI」などの強い味方がいるのだそうだ。その辺に違和感があるようだ。

でも、「第一シーズンで人気を集めた要素の多くを、まだ十分見せていない。まだ、隠し玉を隠したまま」だろう。「VIVANT らしい魅力が、いつ爆発するのか、その瞬間を期待したい」と期待で締めくくっていた。

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それでは、視聴率のランクを掲載している朝日新聞は、どんな評価を紹介していたか見てみよう。

朝日では冬、春、夏、秋とクールごとに記者ドラマ座談会が紙面に載る。

今回は夏ドラマについての座談会だった。(朝日新聞8月6日夕刊)

今回から採点対象に大手配信サービスのドラマも加わったとのこと。この中で1位となったのは「Tシャツが乾くまで」(蒼井優と松山ケンイチ、夏帆と中島歩が二組の夫婦を演じる)、2位、3位が配信サービス系でVIVANT は4位につけた。

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この映像も登場するみたい!

ここで記者の皆さんが「VIVANT」に関して率直な意見を交わしていた。

Iさん「期待を裏切らない出来でした」「豪華キャストや海外ロケの映像が魅力のVIVANT ですが、続編の初回は『初見の視聴者をおいてけぼりにする作り』がすごかった。登場人物の説明もない。複雑な物語でもあり、私は復習して臨んだのについていけなかった。でも、面白いんですよね」

Tさん「大手の配信ドラマに対抗できると感じました。主人公の乃木憂助(堺雅人)は、自衛隊内の秘密諜報機関『別班』のメンバーという設定です。」

K さん「新たに別班を支える人工知能『AI ハヤト』が登場。声優の高山みなみが声を演じていることも話題になりました。ただ、制作現場でパワハラ問題があっただけに、作品を楽しみつつ複雑な気持ちも・・・」

Mさん「自衛隊のある部門が市民の思想心情に関わる情報を組織的に調査・収集しているとみられると、熊本日日新聞が最近報じました。本作は、乃木を国家を守る人物として描いています。エンタメではありますが、無邪気に楽しむのは危ういのでは、と感じてしまいました。」

私は、まだ視聴していないけれど、大筋で記者の皆さんのご意見に共感できるかな。

詳しくは10月ごろに視ることになるだろうけど、その時感想を書くね。

いずれにしても、このところの為政者の言動は「懐古調」「復古調」。どこかに利益がながれていくようなあれこれ。日の丸、皇室典範、武器輸出、敵基地攻撃能力そして国家情報局創設等など、ちょっと見過ごせないかな。最近自然も、人間によるものも異常だね。昨日見たネパールの土石流も怖かったね!戦争などしているどころじゃないよね!

2026年8月21日 (金)

今年も行ってきた!ここ数年の必須参加行事となった三嶋大祭りへ!

 三嶋大祭りは毎年8月の15日、16日、17日の三日間に渡って開かれる。

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だが、以前から人づてに聞いていたジンクスがあるのだ。

それは、開催期間の内一日は必ず雨が降るというもの。確かに一昨年も一日は雨だった。

ところが、なんと今年は三日間ともに晴だった。

しかも、主催者にとって、期待できそうな日の並びだ。

初日が土曜日、最終日が月曜日だった。お盆休みが終わるころであるのだが、出かけるには好都合な日の並びだ。人混みが予想された。

静岡県内のお盆は地域によって異なるようで、県庁所在地の静岡市などは7月13日から16日で、県東部の三島近辺では8月13日から16日のようだ。

と、ここまでは良いのだが、耐えがたい猛暑が続いていた。私は頼朝公旗挙げ行列の拝観が毎回のメインなので、その日は早めに出かけた。暑さに加え、予想通りに溢れんばかりの人波が待っていた。熱気と活気が凄かった。21日になって入った情報によれば、人出は50万人だったそうだ。

三島駅前のしゃぎり・祭囃子からスタートだ。

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このところ目立つのは、屋台の上で、笛や太鼓、鉦を奏でる女性たちだ。

なかなか粋だ。

町内会ごとに屋台を揃えているようで、行く先々で屋台からの楽しいリズムが聞こえてきた。

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三嶋大社に到着。頼朝公旗挙げ行列出陣式の行われる舞殿を目指した。

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境内にも出店が立ち並んでいた。

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先に進むと、なにか涼やかな音色がチロリン、チロリンと耳に届いた。

何と、手水舎の屋根下に連なる風鈴が風に揺れていた。

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さあ、そこの内門をくぐると舞殿だ。

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出陣式が始まった。

Img_65212あっ、見つけたぞ。言い方がちょっと無礼か?

”まことにかたじけない”

寺島進さんだ、いや、頼朝公だ!

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なかなかのお姿!

さて、街に繰り出すぞ!

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旗手が行き、徒士(かち)が続く。

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そして、真打登場!

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そして、政子様も続いた。

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”寺島頼朝”はなかなか好評だったようだ!

あまりにも、暑い!帰途につくこととするが、境内でいくつか面白いものを見た。

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宝物館隣に建つ芸能殿では制剛流抜刀術が真剣で披露されていた。

見ているだけで本気が伝わってきた。

その先にある神門の横に立てられていたのが、何と、この看板!

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将棋の竜王戦がこの地で開催されるのだ。

このところ、藤井さんに一人勝ちを続けさせるのを良しとしない若手の棋士が力をつけてきている。

いい勝負を期待しているよ!Img_66412

駅に向かっていると、途中に流れる清流桜川で我も負けじと行列を始めた鳥達がいた。

まけるなよ!

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2026年8月13日 (木)

久しぶりに「男はつらいよ」を観た。分かっちゃいるけど面白かった

熊本のショッピングセンターのガス爆発にはビビった。

おかげで、ここは大丈夫かと日頃寄る買い物先まで訝しく思ってしまうのだが、そうも言っておられず通ってはいるけれど。

先日もショッピングセンターに出かけ、買い物の合間に喫茶コーナーで休んだ。

置かれていた新聞に目を通した。身辺雑記風のコラムに伊豆諸島の式根島に触れたものがあった。担当したコラムニストの祖父が昔住んでいたようで、子供の頃行ったきりで久しぶりの訪問だったと記していた。

伊豆諸島と下田を結ぶフェリーが就航10周年を迎え、それを記念して特別に用意された日帰り臨時便に乗船し式根島で遊んだと言うもの。フェリーは各島を巡り、七時間後に迎えに来てくれる。

海は感動するほどに透き通っていて、波打ち際で湧き出す温泉や白い砂浜を満喫したようだ。

その話の中で紹介されていたのが「男はつらいよ」のロケが、ずっと昔、島内で行われていたことだった。

調べてみた。

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41年も昔、1985年12月28日に封切りされた第36作「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」だった。

年末の公開日程を見て古いことを思い出した。

昔、正月になると映画館には大きな看板が並べられ、人気作品を二本立てで上映していたっけな。この映画もそうだったんだな。

式根島のことを知りたくなった。寅さんの行動も見たくなった。

わが家のライブラリーを探した。ここ十数年、テレビで映画上映が予定されると、チェックし、好みの役者や記憶にあるもの、また見逃していた「名画」等を録画してきた。「寅さん」は必ず録画したような気がする。

やっぱりあった!

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2012年1月9日にWOWOWシネマで放送されたものが録画されていた。14年以上も経つのだけどブルーレイに収まり、劣化は一切なかった。

ところで、私がこれまでに伊豆諸島の島々で下船し、その地を踏んだのは大島だけだ。

昔、まだ会社などの慰安旅行やら、大所帯の社員が泊りで忘年会を開催するということが当たり前だった時代のことだが、同一部署のメンバー30人ほどが熱海港から大島に向かい、観光し、夜は熱海で泊りの宴会だった。

あと、友人たちと小笠原に行った際、何かの補給の為だったのか八丈島に寄港し、上陸はしなかったものの島の人たちの歓迎アトラクションに船上から拍手を送ったことを覚えている。

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竹芝桟橋近く

竹芝桟橋を午前10時台に出航して、八丈島に着いたのは午後6時30分ぐらいだった。結構な距離だね。

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八丈島

伊豆諸島を訪ねる方法は船と飛行機。

船の場合は次の各港から乗船できるようだ。以前より増えたのかな? 6港あるね。他の図を見ると伊東と下田の間にある稲取からの便もあったな。

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東海汽船 航路図より

寅さんは、下田港から式根島に向かった。

ここに至るまでの映画の筋は細かくは伝えられないが、「とらや」の隣の工場に「タコ社長」がいて結婚している娘「あけみ」がいる。事の起こりはその娘夫婦が何らかの事情で喧嘩し、あけみが家出してしまったことから始まった。

家出先は下田だった。寅はタコ社長に哀願され彼女を連れ戻しに来たのだ。二人は会えたのだが、結果、式根島に行く流れになった。

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そんなことで島に渡った二人だが、寅は船の中で知り合った若い衆=島での同窓会に行くという人たちと懇意になり、結果、いつものことであるが宴席に入り込み彼らの恩師である先生に惚れてしまった。その先生とは、栗原小巻さん演じる若く美しい女性教師だった。

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式根島の美しい浜

一方あけみは泊まった宿の若旦那に見初められて、求婚までされてしまった。

彼女は「私は人妻です」と逃げるのだが、結果柴又に帰らざるを得なくなった。

寅も当然帰らなければいけない。結果、寅が一方的に期待して胸膨らませていた先生とのことを諦めなければいけなくなった。ここから「恋やつれ」で生気を失った寅の日々が始まる。

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京成バス 東京EDO観光より 柴又

 この後の展開が面白かった。

とらやの「おいちゃん」や「おばちゃん」が気を配り、皆に寅が女先生を諦められるように、思い出すような言葉を口にするなと戒めるのだが、話の流れで出てしまい寅の恋煩いを深めてしまった。

結局思いを果たせず、フィナーレはいつもの通りどこかの屋台で寅は元気に的屋商売に奮闘するのだった

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正月 浜名湖の遊覧船乗り場で

この物語で感じたのは山田監督の眼力だ。渥美清さんのキャラクターをよく見つけ、「寅」として成長させた。

また、今シリーズで言えば、さくらの息子「満男」を演じた吉岡秀隆が将来を髣髴させる演技を見せていた。この時15歳の中学生だった。

もう一人、気になったのが、女先生と再婚することになったロシア語翻訳者を演じた川谷拓三さんだ。彼のイメージは、どちらかと言うとヤクザ者とかチンピラのような役だった。実際1960年に東映の大部屋俳優として採用されたものの、切られ役として日に三回も死ぬ役をやったという。人呼んで「3000回殺された男」だったそうだ。

その川谷さんが仕事でロシア語翻訳に打ち込んでいる姿や、女先生と会ったときのスーツにネクタイ姿を見て印象が変わった。

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会う場所について娘と電話していた場所がまた良い。電話ボックス越しに見えていたのがロシア正教のニコライ堂だ。先日話題にした御茶ノ水駅近くだった。こんな偶然と言うか、縁が面白いな。

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浜名湖舘山寺温泉

渥美清さんは1996年8月に68歳でお亡くなりになった。

「男はつらいよ」は2019年12月に公開された「お帰り寅さん」で50回となった。

 

 

 

«九州の大震災。刻々と被害の実相が明らかになってきた。その時、知人が熊本にいた。