「光る君へ」がきっかけで、紫式部や源氏物語、そして平安時代が少し見えてきそうだよ!
平安時代と言うと「泣くよ(794年)坊さん平安遷都」や遣唐使、そして藤原氏、さらに括りとして武家社会先駆けの平清盛か。
ザ・プロファイラーより 平安京
不勉強な私や仲間の間では日本史は暗記科目でしかなく要領よく覚えさえすれば点数をとれるかもしれない教科だった。
言い換えれば名称と年号の暗記だけで時代把握、時代の流れなど何も見えてこない歴史学習だったね。(「鳴くよウグイス平安京」と言うのもあるんだね)
※※1/14に大学入学共通テストの問題が公開された。日本史Bを見たがとても歯が立たない。でも、設問を見て今はこんなことを学ぶのか、面白そうではないかと感じた。第一問は8世紀の印刷物「百万塔陀羅尼」に関わってだった。※※
さて大河ドラマ「光る君へ」が始まった。平安朝の宮廷が主な舞台になる物語は、60年以上続く大河ドラマ史上で初だそうだ。(朝日1/6夕刊)
紫式部や源氏物語は当然知っていた。でも、名前だけ。
でも、新聞やネットで大河について話題にしたり、吉高由里子さんなどキャストに注目したりするなかで少し興味が湧いてきた。
ところが、「光る君へ」初回放映は視聴率は12.7%で大河では過去最低だったと記事が出た。
そんな結果だったが、紫式部役の吉高由里子さんは、「下剋上大河として最後に沢山の人に愛される作品になっていたらいいな」とおっしゃった。(朝日1/13夕刊) さすが式部。きっと剋つでしょう。
まあ、私も観るのは完結後の一年後だしね。
ところで、大河応援の意を受けてか10日に「新源氏物語」(監督森一生 大映作品 2023年度4kデジタル修復版 )がNHK BS で放映された。
早速観た。1961年公開のクラッシク作品で主演は市川雷蔵だ。凄い。
雷蔵さんの演ずる光源氏の顔が誰かに似ていると思ったらプロスケーターの羽生結弦さんだった。
切れ長の平安貴族の目だ。
光源氏は仕草こそ厳かであるが、やることは奔放だ。
林の中を牛車で進んでいると笛の音が聞こえてきた。音に誘われて近づくと、そこに若い姫がいた。藤壺の姪にあたる紫の姫だった。
一目惚れした光源氏は思いを即行動に移し、姫を強奪した。
一夫多妻的で、なおかつ通い婚が一般的であった平安時代の貴族としてはなんら咎められることのない行為と自認していたかもしれない。
でも光源氏の正妻であり子を身ごもっている身の葵の上としては見過ごすことのできない出来事だった。
葵の上が光源氏に対し、「なぜ、もっと清らかな生活をしようとなさらないのですか?」と責めると、源氏は「それは、まだ(自分は)若すぎるのだ。長いことではない、私を憎んでもいいから嫌わないでおくれ。憎まれたのは取り返せるけど嫌われたら取り返せないから」と現代人の私が聞くに呆れてしまう返答だった。けれども葵の上はそんな言葉に絆(ほだ)されて咎めることをやめた。
それも束の間、葵は物の怪に取りつかれ絶命した。光源氏は華やかだけれど自制心のない罪深い人物として描かれていた。
市川雷蔵の映画では「陸軍中野学校」(公開1966年~)シリーズを見ている。なかなか芸達者な役者だった。
光源氏を演じた時、市川雷蔵は30歳。中野学校帝国陸軍諜報機関員役の公開時は34歳だった。
それから3年後病魔に襲われ、若くしてこの世を去った。
源氏物語に話を戻せば、紫式部はこの物語で「平安時代における貴族男性の醜悪な部分をあぶり出すと共に、貴族女性にとって宮廷社会が当てにならない世の中であることを」これでもかと暴くものとして描きあげたようだ。(朝日新聞1/1、14面「記者が読む源氏物語」)
そういうことなのだがドラマ「光る君へ」では「源氏物語の場面の映像化はしない予定」(朝日新聞1/6夕刊)だそうだ。
あわせて11日放映の番組「ザ・プロファイラー 書き尽くせぬ思い 『源氏物語』作者 紫式部」や「歴史探偵 平安京ダークサイド」なども観た。
いや、勉強になった。
下級貴族の家に生まれながらも、父親から文学の才を受け継いだ才女として頭角を表した紫式部。
藤原道長との出会いもあり、宮廷に仕え貴族社会の恋愛模様や権力争いを目の当たりにする。そして執筆の機会を得て源氏物語を書く。驚かされるのはその膨大な長さ。400字詰め原稿用紙でおよそ2400枚前後に及ぶと言う。
このプロファイラーで面白かったのは歴史的事実や推測が明らかにされたことに加え、清少納言役で登場する「ファーストサマーウイカ」と言う名の女優のコメンテーターとしての喋りだった。
カタカナ名なのだがれっきとした日本女性。
本名初夏(ウイカ)を和製英語的に造語したのがfirst summer だ。それを本名の前につけた。実際の英語では初夏(しょか)はearly summer みたいだ。
喋りも名前と同じくユニークだった。
歴史探偵 平安京ダークサイド より
一方、その時代、「平安」でありたいと願いながらもそうとはならず、例えば朱雀大路を内裏に向かって進んだ左手の右京エリアは西堀川の氾濫などの自然災害により人が住めない地となった。さらに治安も覚束ず、群盗と呼ばれる武装集団が跳梁跋扈して貴族も含めた住人は常に脅かされていたそうだ。
大分横道にそれた。「光る君へ」の前に、そろそろ「どうする家康」を見始めるか。




















































最近のコメント