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2024年4月

2024年4月26日 (金)

やはり、朝ドラは放映翌年にまとめて見るのがいいね。ブギウギ一気に102 話!

4月8日をスタート日として朝ドラ前年放映の「ブギウギ」を見始めた。それから三週目に入った。主人公は言わずと知れた福来スズ子(モデル笠置シズ子)。

一話の幕開けは終戦から三年後、昭和23年の東京の劇場。

舞台で福来シズ子がダンサーと共に「東京ブギウギ」を歌い踊る場面からだった。

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NHK朝ドラ「ブギウギ」第一週より

これを視聴して以来、なにかというと頭の中で「東京ブギウギ、リズムウキウキ、心ズキズキ、ワクワク」の冒頭部分が鳴り響く。しかも笠置シズ子でもなく趣里でもなく自分の声でだ。

そんな感じで始まり、最初の一週間で28話まで進み、スズ子は梅丸少女歌劇団へ入団し、歌と踊りの世界に進んだ。

1話から5話までは子供時代だ。最近いつもそうだけどドラマに登場する子役の名役者ぶりには本当に感心する。様になっているのだ。

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6話から10話は歌劇団入団から6年経った頃からだ。

この時、日中戦争が勃発する直前。

1928年には張作霖爆殺事件、1931年(昭和6年)には柳条湖事件から満州侵略戦争に突き進んだ。世の中だんだんきな臭くなっていく。

11話から15話では昭和恐慌の影響もあって歌劇団は人員整理で凌ごうとした。

そこで持ち上がったのが「桃色争議」だった。歌劇団員がストライキをするというのだ。

結局争議はうまく展開したが、これをきっかけとしてスズ子は東京に行くことになった。

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1938年には運命の作曲家羽鳥善一(モデル 服部良一)との出会いがあった。羽鳥を草彅剛が演じた。楽曲演奏、歌唱スタート時の「スリー、トウ、ワン、ゼロ」のかけ声が当時の時代背景の中にあっても状況におもねることなくモダンでとても良かった。

それから三年後、太平洋戦争開戦の二日前(昭和16年12月6日)、勇んで出征した義理の弟がインドシナ半島沖で戦死した。

スズ子にとって大変なショックだった。

1943年には婚約者となる村山愛助(モデル 吉本潁吉)と出会うことになった。

この話の元になった実話にも驚いた。

彼、「愛助」は吉本興業の創業者の次男、吉本潁吉だった。同棲していた二人の間に女の子が産まれたのだが、悲しいことに潁吉の病死直後だった。その女の子は無事成長し現在も健在で吉本創業者の唯一の血を引く者だというから凄いね。

先週末には早くも第61話まで進み、茨田りつ子(モデル 淡谷のり子)さんも福来スズ子さんも兵士や市民への戦時慰問活動に忙しく動いていた。そして広島に原爆が投下されたという話も出てきた。

そして今週に入って102話まできたのだ。終戦後の闇市での出会いもあり紆余曲折ながらスズ子は活躍を続ける。そして子育てしながらも銀幕の女優、ブギの女王として活躍するようになった。

物語の残りを来週中には見ることができるかな。

ところで、笠置シズ子さんは1985年に70歳で亡くなられていた。

私は彼女の存在と顔は知っていた。TV ドラマや映画にも出演されていたようだが、多分リアルタイムには一度も観たことはなかったような気がする。ウィキペデイアで見たところ黒澤明監督の「酔いどれ天使」にも出演したとあった。もしかしたらと我が家の録画ライブラリーを探ったがなかった。

顔を知ったのは雑誌かなにかで見たのか、訃報を知らせるニュースで見たのか定かでない。その姿をみたいと思った。「もしかしたらあるかも」と調べたのが武田鉄矢さんの番組だ。

その名は「武田鉄矢の昭和は輝いていた」だ。

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ありました。2023年4月7日録画 BS テレ東「武田鉄矢の昭和は輝いていたスペシャル[10周年記念!東京への思い・・・昭和歌謡曲]」で笠置シズ子さんが紹介されていた。しかも歌っている動画まで。

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BSテレ東2023年4月7日放映

観ることができて、しかも番組出演者のあれこれのコメントもあって、笠置シズコさんを以前よりは理解できるようになった。

ところで現在の世相(ウクライナ、ガザ、ミヤンマーなどの殺戮)も反映してか、ドラマを通してストレートではないものの戦争は良くないという意思は伝わってきた。

でも、現実では為政者は戦争をやめさせようともせず、自らも戦争を絶対回避しようとも努めず結果として物騒な状況を推進している。

この一週間ばかりの動きだけど、岸田さんは訪米中にバイデンさんとファーストネームで呼び会う仲だとアピールしながら、本来ならば国内でじっくり議論し検討しなければならないあれやこれや、国民の税金の支出が伴う巡航ミサイル大量購入などの軍装備のアメリカからの調達を、あたかも自腹を切るかのように約束してきた。アメリカ軍需産業は大喜びだ。敵基地攻撃能力などもっての外だ。

その矢先、ヘリ二機が衝突する事故も起きた。

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25日の新聞朝刊一面を見て驚いた。麻生さんの行動だ。

首相が現役大統領と会ったばかりだというのに、太郎さんはトランプさんと会談をしているのだ。

麻生さんは「トランプ復権」を睨んでのことだと仰っているが、バイデン陣営からしてみると「二股外交」であり大ヒンシュクものだととらえたようだ。

この辺りの情勢というか、捉え方について共感できる新聞インタビューがあった。

朝日新聞2024年4月19日朝刊13面オピニオン&フォーラム 元内閣官房副長官補 柳沢協二さんへのインタビューだ。タイトルは「戦争の犠牲 目背けずに」「戦地に『命』送る側 臆病であるべきだ イラク派遣の反省」。これぐらいにして詳しいことは折を見て。

笠置シズコさんに戻るが、私自身ほとんど彼女については知らなかった。そこでネットで調べたのだが、その中でウィキペデイア(wikipedia )の彼女に関しての解説文の長さには驚いた。

印刷モードで見たらA4判36ページにも及んだ。

トランプさんがわざわざ会ってみようと思った麻生さんも検索してみた。さすがだった。

なんと笠置さんの倍近く71ページもあったのだ。世界中に情報発信しているのかな。これじゃあ、トランプさんも会う価値ありと思ったのか。

参考に同時代を生きた淡谷のり子さんは14ページ。山口百恵さんは25ページ。

ついでに岸田文雄さんは43ページもあった。

いや勉強になりました。

2024年4月18日 (木)

先月までの寒暖差も何のその、一斉開花だ春到来!

身内から、今、高遠(長野県伊那市高遠町)にいる。桜花見だとラインが入った。

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高遠城址公園では今年の桜の開花は4月5日だった。

そこから「高遠さくら祭り2024」が始まった。

祭りに入ってちょうど一週間が経った時だ。写真も添付されていた。

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お見事!満開だ!1500本の桜とは凄いよね❗

私も何年か前に訪れていたが、少し満開時期とずれていたせいか、これほど見事な桜花は見ることができなかった。

でも、今年はここに限らず、彼方此方で素晴らしい花見ができたようだ。

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近在の市民公園の桜も。

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小川の堤防沿いにも。2404061703369289

そして、我が家の庭先にも!

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我が家に咲くのは桜桃の花だ。育て始めてしばらくは葉が先行し花は後でぼつぼつだった。

剪定を繰り返すうちに数年前からこのような花の塊があちこちに咲き始めた。ソメイヨシノが散り始めたころなので家の前を通る人を楽しませているかな。

今満開なのが一つは「満天星(どうだんつつじ)」。

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下部で葉が伸びているのはアジサイだ。

満天の星のような花の咲きようだが、もう少し拡大すると壺状の花が沢山枝から垂れているのが分かる。Img_53078こちらはよく似ている。ブルーベリー。

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似てはいるがずっと可憐に咲くのは「スズランスイセン」だ。

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 ここまで花々を愛でてきたが、なんとなくだが私への視線を感じた。

人はいない。

見つけた。

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冬眠から覚めたばかりなのか、同じ敷地に住む同輩と見たのか、近づいても逃げるそぶりも見せない。

一つの視線は見つかったのだが、まだ怪しい。すると上の方から「俺もいるぜ」とヒヨドリが隣家のTVアンテナに腰かけながら可憐な鳴き声でアピールした。

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 このヒヨドリと仲間達は、今春はいつになく出没し、朝な夕なに美しい鳴き声を響かせていた。

3月にも少し触れたけど、彼らはヤツデの実が気に入ったようなのだ。

彼らの嗜好が分かったので、いつもならヤツデの実がたわわになる前に切り取っていたのだが、今年は彼らが食べたいだけ食べれるようにした。

このヤツデ、熟した実が地に落ちると確実に芽を出すのだ。生命力旺盛なのだ。ほっておくとヤツデだらけになりそうなので切り取っていた。

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芽を出し伸び始めたヤツデ

でも、今年はヒヨドリ仲間が連日遊びに来て啄んでくれた。

もう一つ満開になっているのがモッコウバラだ。

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今年は天変地異が各地で見られるね。能登半島、台湾、インドネシアの火山の噴火、そして昨晩の豊後水道震度6弱。地殻の変動やら何やらと自然界では人知人力では及ばぬものがうごめいている。そのせいではないだろうが我が家の花々も開花を急ぐかのように姿を現した。でも、庭いじりするものには花一杯でうれしいものだ。

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寒さ厳しい折には室内に入れていたことからか、枯れることなく今年も花を見せてくれたハイビスカス。

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クンシラン

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こでまり

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すみれ

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宿根草バーベナ ホームステッドパープル

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ミヤコワスレ

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アネモネ

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チューリップとピンクパンサー

これらの花が四月に入って一斉に咲きだしたので驚いた。

さらにうれしかったのが、二つの植物の成長だ。

一つは桜桃と同時期に我が家に植えられたツツジだ。家を囲むフェンスを造作した職人さんが「植えていくよ」とサービスしてくれたものだ。

でも、やはり数年は花を咲かせなかった。どうやら私が剪定の時期を間違えていたようだ。

それが3年ほど前から咲きはじめた。今年も綺麗に咲いてくれた。

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もう一種は、風が運んだのか、鳥が運んだのか我が家にたどり着いたいきさつが分からない植物。

これが3年ほど前から塀をよじ登り始めたのだ。落葉性なので冬季にはすっかり葉が無くなり、蔓が塀にへばりついているのだ。春になって、見事に復活した。

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ヘンリーヅタ

春らしい春となった2024年4月でした。

 

 

2024年4月11日 (木)

素敵な公園には季節ごとに寄ってみるのがいいね ❕ 薬師池公園に行ってきた。

身内が所属している吹奏楽グループの演奏会があり、久しぶりに町田市を訪れた。

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梅沢さんが身内だという訳ではない。

たまたま、この市民ホールが会場だったということ。

演奏中は撮影、録音などが禁止されていたので演奏についての記録は記憶だけだ。

でも、とても良かったことは確か。クラッシックからポップスまで楽しく演奏してくれた。

とりわけ、フィナーレの「エル・カミーノ・レアル」は感動ものだった。

曲名はスペイン語で「王の道」を意味し、副題は「ラテン幻想曲」。

アメリカ人のアルフレッド・リードの1985年の作品だ。なかなか勇壮な曲であり、演奏だった。

さて、表題の話に移ろう。薬師池公園へは2022年の8月に来ている。

その時は最盛期を終えた蓮の葉が池を覆うように折り重なっていたが花はわずかに残るのみだった。

久しぶりとなったが演奏会が始まる前に寄ってみた。

今回は、当然だが蓮池には蓮の花も葉もなく、水鳥が悠々と楽しそうに遊んでいた。

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でも、風光明媚なところは季節ごとに楽しみを用意してくれるものだと感じ入った。

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桜やハクモクレンが蓮池の周りを彩っていた。

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さらに進むと、一見何もないかのようであったが彼処に見え隠れするように季節の花が咲いていた。

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この日、実は裏の入り口から入った。

駐車場からはこちらのが近いのだ。

車を停めて、裏門に向かったところ、子供の歓声が聞こえてきた。

薬師台はにわ公園からだった。

ちょっと覗いてみた。

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埴輪に子どもがまたがっていた。

竪穴住居がアスレチックになっていた。Img_42023

こんな風に遊べるのもいいね。

さあ、裏門から入るぞ。鎌倉街道沿いのちょっと小高い所なのだ。

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下り坂を進むと、公園を高見から望める。

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少し下ると、なんと「野外流しソーメン?」。

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違うよね!

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水車用の水路でした。この水車上掛式(うわがけしき)という様式で精米などに使われたものだそうだ。

なかなか風情がある。

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吾妻屋に桜もいいね。

石段の途中でこんな花も咲いていた。

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相変わらず薬師池は美しい。

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花々も咲く。

梅が3月に開花し、続いて桜。椿もこのころかな。この日も咲いていた。

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6月から7月にかけてはアジサイだ。6月中旬には花しょうぶ。7月中旬にはほうずきが見られる。蓮は言うまでもないか。

そして秋は菊。やはり素敵な公園には季節ごとに訪れたいね!

2024年4月 4日 (木)

久しぶりに映画「肉弾」を再観賞した!(岡本喜八監督作品) それにしても、21世紀も四半世紀、まだ戦争とはね❗

新聞訃報欄に寺田農(てらだみのり)さんが81歳で亡くなったと載っていた。

見出しに並べて説明するように書かれていたのが「俳優、『肉弾』、『ムスカ役』」だった。

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映画「肉弾」はずっと以前、銀座並木座だったか池袋文芸座かで観ていた。

寺田さんのことはほとんど記憶になかったけど、共演していた大谷直子さんの初々しい印象は残っていた。(大谷さん 撮影時18歳)

寺田さんはこの映画で「毎日映画コンクール男優主演賞」を獲っていたんだね。

「ムスカ」とは「天空の城ラピュタ」(スタジオジブリ 1986年制作)で寺田さんが声優として「ムスカ大佐」を務めたことからだ。

これも評判だったようだ。

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ムスカ大佐

ずっと渋い脇役として活動されていて、時々映画やドラマで観ることはあった。今思えば、このところお見かけしてないなと感じていた。偶然というか、1ヶ月半ほど前の2月6日に「肉弾」がWOWOW で放映された。懐かしい思いで録画した。

久しぶりに観賞したけど、終戦間際が舞台だったという記憶があったものの、画面の流れは全く初めて観るのと同じだった。寺田さんが主役だったことなど何も覚えていなかった。

この映画は1968年に岡本喜八監督によって創られた。(日本ATG 提携作品)

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スタート画面で上の文字が表示された。改めて思ったのだけど、この時、100年前というとちょうど1868年の明治維新の時だった。つまり、そのちょっと前はまだ江戸時代だったんだね。今なら江戸時代は遡ること157年にもなるんだけど。

この映画はアジア太平洋戦争の終戦前後のことを題材にしているのだが、再視聴してすぐ感じたのが、戦争そのものに対してと、軍部や開戦を領導した為政者に対する痛烈な批判と皮肉が貫かれていて、加えてユーモアも忘れない映画だった。ところどころで面白かった。

ブラックなユーモアだったけど主人公が特攻隊員として神になる前日(当時特攻隊員の任務に就くとその時から神になった)、24時間の自由時間を与えられ、先ずは古本屋で本を探した。敵と遭遇するまでの間に読み続けられ、尚且つ寝るときには枕になる本だ。

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最初の特攻は爆弾を抱えて敵戦車に

突っ込むことだった。穴ぐらで待機

笠智衆さん演じる古本屋の店主が勧めてくれたのがハードカバーで厚手の聖書だった。その店主から頼まれたことがあった。実は彼は爆弾によって両手を失っていた。一人では小用が困難なのだ。寺田さん演じる主人公は店主の排尿を手伝った。

たまたま最近自分が排尿困難になったばかりだったこともあって、そういう苦労もあるんだと共感したりして。さらに砂丘で自殺しようとした婦人を助けた時の言葉が面白い。「死ぬことはないですよ。生きていれば小便することだって楽しい」だって。

そんな風に笑わせながらも、全編通して戦争及び戦時中の理不尽と悲惨さはしっかり描いていた。

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作戦が変わり特攻の相手は海上の敵。

敵艦船に魚雷ともども突っ込むのだ。

結局、主人公は魚雷にドラム缶をつなぎ、缶の中で寝起きしながら敵艦を待っていたのだが、いつの間にか遠州沖から東京湾まで流されていた。その時、敵艦と思われる船影を見つけた。魚雷を発射するのだが数メートル進んだだけで海底に沈んでしまった。

敵艦と思っていたのはバキューム舟というか大小便を海に捨てる業者の船だった。

今は放射能汚染の排水を海に捨てるが、昔は各家庭から汲み取り集めた大小便を海に捨てていたんだね。知らぬは一般市民だけだ。驚いた。

伊藤雄之助演じる船主がドラム缶内の主人公を見つけ「戦争は10日前に終わったよ」と教え、陸まで曳航してくれることになった。でも、縄が切れて流されてしまい、そのまま帰らぬ人となった。それから20年余、海を漂うドラム缶の中に白骨死体があった。

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戦争ということではもう一本観たいものあがあった。ただ古い映画であったので新作を先にしていたことから現在まで観ることなくいた。良い機会と思い観賞することにした。終戦一年前、戦意高揚を期待されて作られた木下恵介監督の「陸軍」(1944年松竹作品)だ。

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この映画は陸軍省から依頼されて制作されたものの、作品は狙いとは違った印象をもたらすものとなったようで、以後木下監督は当局からにらまれ戦後まで映画制作に携われなかったと聞いている。

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「陸軍」を観た。確かに皇国史観と戦意高揚に貫かれているように見える。だがそれは時代ごとのエピソードの冒頭のメッセージだけだった。

最初は明治維新に至る戊辰戦争で官軍が攻め込んできて街が危ないという場面だ。でも結局は庶民が苦しい思いをすることが描かれる。

その後も日清戦争、遼島半島の日本帰属への三国干渉そして日露戦争と続く。

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勇ましいようでいて結局は怪我や病気の苦しみが描かれていた。病気で苦しむ陸軍大尉を演じたのは笠智衆さんだった。制作時40歳だった。若い。当然か。「肉弾」に出演した時の24年前だものね。

あと加山雄三さんのお父さんの上原謙さんも出演していた。日露戦争で負傷した兵隊を演じていたけど、まだ35歳で若大将のようだった。

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陸軍省はこの映画が戦意を煽ることを標榜しながらも、厭戦気分を醸すストーリーが気にくわなかった。

映画のラスト近く、息子が上等兵になったことを喜んだものの戦場に赴くことなく新兵教育係として内地に残った。元大尉の父親はがっかりし、怒った。

その後、戦況が悪化していく中で息子も大陸に出征することが決まった。喜び、周りの人からも「おめでとう」を言われた。

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しかし、ほぼ戦死が間違いない状況だ。

父親は「戦死が避けられなくとも、兵隊は喜んで進んでいく。他の国では滅多にないこと」と皇国日本を誇り、母親は「死ぬることに、妨げがあっては何もならん」と二人揃って勇ましく息子を送り出す。

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ところが陸軍省の怒りへの 駄目押しがジ・エンドの直前にあった。

勇ましいはずの母親が出征する息子との別離を悲しみ、それをスクリーンいっぱいに吐露してしまったのだ。

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出征兵士の隊列の中から一生懸命息子を探し、涙を流しながら別れを惜しんだのだ。

陸軍省の怒りも爆発した。🔥😭💣

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それはともかく21世紀が四半世紀過ぎようとしている今でもウクライナ、ガザ、スーダン、ミヤンマーなどでは殺戮が続いている。

イスラエルはシリアにあるイラン大使館領事部の建物にミサイル攻撃をし、さらにガザで食料支援をしていたアメリカNPO のスタッフ7人をも爆殺した。

どうなるのか?

まったく!!

 

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