ウェブページ

2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« シーズンだ ! そろそろサーフィン・・・・見に行くか! | トップページ | 今年は稀に見る選挙年だね。結果は混沌❕ でも、我が家では大きな花が咲いたよ❕ »

2024年7月 4日 (木)

さあー、ながら読みを再開だ!まずは沢木耕太郎さんからだ!

私、小説などを読むことが好きだったんだけど、なんやかんやと忙しいこともあって、この数年、というか10年近くかな、じっくり机に向かっての読書などは、ほとんどせずにきた。

その前もできていたと言うほどでもなく就寝時にスタンドを横に置き、眠りにつくまで読むといった「寝ながら読み」だった。

寝そべってだったけど、小説のシリーズ物はいくつか読むことができた。当然、難解な物や深刻な物ではなくて娯楽物に絞ってだったけどね。

たとえば、和田竜さんの「村上海賊の娘」とか。

Img20231113_08224607

船戸与一さんの「風の払暁」とかだ。

"ながら" であれば当たり前だけど、読み終わるまでかなりの月日を費やした。

一つ心がけたことは、どの本も投げ出さずに読み切ることだった。

でも、そんなことも過去のことになってしまっていた。

Img20231113_08202746

その昔、営業職ではなかったが業務で外に出ることが多く、関東一円各所を電車で訪ね歩いた。昼時などは喫茶店でランチを食べながらとか、移動中の電車の中やらで文庫本などを読んだ。今じゃダメだろうが、当時は日々そうしていた所為か、若かったからか、億劫にも感ぜず続いた。

その後、担当業務も変わり、ランチしながらの読書などは難しくなった。

長編物やちょっと頭を使うものからは早々に遠ざかっていった。読書自体も少なくなっていった。そして、時が過ぎて先のような状態になったわけだ。

そんな時のコロナ禍だ。

TVも新聞も連日コロナ報道が繰り広げられた。

だからだったか、新聞の読み方が変わってきた。

届いた朝刊をくまなく目を通すのはやめた。

ざっと見出しをみて自分的琴線に触れたり、私の粗目の網に引っ掛かる記事や特集だけを読むことにしたのだ。

そんなであっても世捨て人にならずに済んだのは、やはり時代かな。何をしていようが、スマホにニュースが飛び込んでくるんだものね。しかも鳴り物入りでピンポンと。

Img20240626_11371363

2020年8月1日連載開始 著者 池澤夏樹

その延長線で新聞小説に目が留まり読み始めた。読んでみると、結構面白く連載最後まで続けて読めた。以来、著者が変わっても新聞小説読みが続いている。

それに加え、TVドラマ関連本だ。先般の「三体」などそうだね。それらが呼び水になったのか再び本を読んでみるかと内なる何かが蠢きはじめた。

だからといって、机に向かってねじり鉢巻とはならない。

やっぱり寝ながら本だ。

新聞小説の著者の中でも、再び本を読む気にさせてくれたのが沢木耕太郎さんだった。

沢木さんは一年半前の2022年10月1日にスタートした週一掲載の新聞小説「暦のしずく」(朝日週末別刷be 掲載)の著者だ。 今も連載は続き6月29日で84回に達している。

Img20240626_11421229Img20240626_11432491

沢木さんは新聞小説のスタートに会わせるかのように「天路の旅人」(2022年10月25日発行)というノンフィクション本も上梓した。そんな旺盛な仕事ぶりに、読みやすい文体や頭に入りやすい文章を思い出し、ちょっと読んでみるかとなったわけだ。

Img20240626_12501869

彼の著作は以前いくつか読むことがあった。

我が家を探したら単行本の「深夜特急第二便 ペルシャの風」(1986年5月25日発刊)が出てきた。

表紙カバーは既になく丸裸だった。もう一度読んでみようと思いたった。

寝ながら本にはハードカバーの単行本はちょっと重い。

Img20240626_22521636

そこで古本屋に行き文庫版6冊と「旅する力 深夜特急ノート」を取り揃えた。

古本屋さんは、この円安・物価高時代にはありがたい存在だ。

探し物の在庫さえあれば文庫本などは一冊120円ほどで買えた。しかも、古本とはいえ売り物、綺麗なもんだった。

早速、読みに入った。新聞小説読み習慣が始まって3年目の秋、昨年の11月ごろからだったかな。ここに来てやっと読み終えた。面白かった。まあ、眠りながら読書で仕方ないことだけど、7冊読了に半年以上かかっちゃったね。

この本、昔、いわゆるバックパッカーのバイブルとまで言われた旅日記、紀行文、エッセイだ。

私はバイブルとするほどには信奉しなかったけどアジア旅のお供にはなった。

と言うよりもバックパッカーとして旅するほどには、時間も金もなかったというのが本音。

私が実行できたフリー旅は一都市滞在型のフリープランを利用したものだった。バンコク、クアランプール、デリー、北京、上海、西安等々かな。それぞれ一週間から10日ほどの旅程だった。行き帰りの時間を除くと5日から7日ぐらいがフリー行動可能だったかな、電車やらバス、タクシー等を使って彷徨した。タイでは船も使ったっけ。面白かった。

文庫版深夜特急1は「香港・マカオ」だ。

Img20240627_12190999

香港が出てきたのでちょっと横道にそれる。

1991年秋、私と友人たちはツアーであったが香港から中国本土に入り昆明、桂林、広州と巡って香港に戻り帰国した。

深夜特急の本文にも出ていたけど、その当時の香港啓徳空港は着陸時にとてもスリルを味わうことができた。機内から見ているとビルすれすれに降下しているように感じ、スリルというよりは冷や冷やだった。降りると周りは海だった。

Kaitak3honnkonn1

ビルの中に滑空するかのような香港啓徳空港

この時、中国は文化大革命終息から早15年も過ぎていたのだけど田舎ではまだ人民服姿の人々を見かけることがあった。やはり思い立つ日が吉日。可能なら即行動だね。その時しか見ることのできない情景を記憶に刻めるものね。

あと、この旅行で得難い経験をすることになった。

利用した旅行社の手配の関係から思いがけないことが起きた。

エコノミークラスのはずの私たちに用意されていた座席がファーストクラスになっていたのだ。まさかだね。

キャンセルが出たからか知らぬが、初にして二度とない経験となった。

成田から香港という短い空路ではあったが楽しく贅沢な思いを味わった。

Img20240625_205856501_20240627165001二度とあり得ないファーストクラスの搭乗券

ちょっと横道というか自分旅の話になってしまった。

沢木本に戻れば私が以前読んだのは単行本の「深夜特急第一便と第二便」だったようだ。確か第二便の最終章「シルクロード」までを読み終えていた。バイブルにはならなかったけど旅の意欲を掻き立てたシリーズだった。

 この第二便は文庫版出版の際は「3 インド・ネパール」、「4 シルクロード」と二分冊になっていた。

Img20240627_12200601

文庫版のシリーズ「5 トルコ・ギリシャ・地中海」と「6 南ヨーロッパ・ロンドン」は、当時まだ出版されておらず読むこと能わぬ単行本第三便「飛光よ、飛光よ」に収まっていた章だ。

文庫版をあらためて読んで良かったのは、各冊共本編のあとに付録のように著者と著名人との対談がついていたことだ。

文庫版「5」巻末の「旅を生き、旅を書く」と題した対談(編集者、エッセイストの高田宏さんと1992年に)を読んで分かったことがあった。単行本の第三便「飛光よ、飛光よ」は第二便を上梓した6年も後の1992年10月に出版されていた。旅した時から17年後に書かれていたのだ。納得だー。さらに「旅する力」(2008年11月26日発行)は第三便から16年後だった。✳(高田宏さん 2015年11月逝去)

Img20240627_12205512

対談で面白かったのが文庫版6分冊の巻末のもの。井上陽水さんと「森の少女とカジノの男」と題して話をしている。

感心したのは陽水さんが意外にも多くの旅をしていたことや論客であることだった。沢木さんはまさかと思うギャンブラーだった。

つけ加えるように買った「旅する力」がなかなか面白い。

序章の冒頭で「旅とは何か?」と問いかけ、沢木さんの得心がいったのは「大言海」(国語辞典)の説明だった。

「家ヲ出デテ、遠キ二行キ途中二アルコト」だとし、「ここから人生は旅に似ている。旅は人生のようだ。人生もまた途上にあることと定義されるからだ」と仰っていた。

Img20240628_20543221

大言海は収録語8万もあって近代語や方言だけでなく古語も多く収められているそうだ。

特色としては語源解釈だそうだ。確かに「旅」も「人生」もその言葉としては途中にある時を指すよね。

たまたまだけど6月22日の朝日新聞朝刊一面の「折々のことば」(鷲田清一)に「途上にある」とは微妙に異なるかもしれぬけど「人生の意味は何かある目的の達成にあるのではなく、日々の歩みの在りように懸かっている」とあった。そうか、途上の在りようなのだ。

ちなみに広辞苑では次のようにでていた。旅:「住む土地を離れて、一時他の土地に行くこと」。

Img20240701_17393705

2004年3月 タイにて

「旅する力」を読むと沢木さんが早熟の旅人だったことが知れる。旅は小学生の時から始まり、「気がつくと、大学を卒業するまでに日本全国を旅していた」というから凄い。

さらに「深夜特急」の旅に至るエピソードなど多くの "なるほど" が満載だった。

旅費工面のあれこれや旅に持ち歩く物の選定やらと工夫も凄かった!! 

訪れた国の言葉についてどうしたのだろうかと言うことも読者としては関心があることだ。

沢木さんと雖も万国共通言語となっている英語は学校で学んだ以上ではなかったようだが、最低限の簡単なやり取りには間に合ったようだ。とは言うが、本文を読むと各国からの旅人と情報交換が結構できていたようだったけどね。

Img20240701_17354551

2004年春 タイ

一口に英語と言っても、皆が皆ネイティブスピーカーではない。私などの経験からしても東南アジアに行くと、現地の人々も英語は外国語でしかないため、発音は私たち日本流に近く、かえって聞き取りやすかったことがあった。・・・負け惜しみか。

沢木さんが、もう一つ、必ず実践したことは、先ず新しい国に入る時に1から10までの数字を現地語で覚えること。そして、7つの単語、「いくら、何、どこ、いつ、こんにちは、ありがとう、さようなら」を覚える。これでなんとか切り抜けたそうだ。

私もタイではそれをした。サワディカップ、コップンカー、マイペンライ・・・・・。

Img20240701_17423349

彼のようなライターの仕事に関して興味を持たせるのは、彼らは見たこと聞いたことをどのように保持し、執筆に至るのかという点だ。

先般、新宿で作品を鑑賞させてもらったばかりの山下清さんは作品を作る際、スケッチなどはせずに記憶を基に描いたり、貼り絵を創作したと言われている。抜群の映像記憶力があったようだ。

それと同じくライターの方も抜群の記憶力で文章を書くのかと思った。

沢木さんは違ったようだ。

ザックに大学ノートをいれてあった。

ノートの左ページにその日の行程と使った金の詳細を書いた。右ページには心構え風の単語や行動の断章。

それだけでなく手紙を書いて日本に送った。時には便箋20枚にも及んだそうだ。受け取った知人、友人たちは大切に保管してくれていた。

そうだよな、あれほどの旅の記録を記憶だけで書くというのは常人には真似できないものな。深夜特急の本文には手紙に書いた文章も活用されていた。この辺りの苦労というか工夫は「旅する力」の第4章で詳しく述べられていた。(p258)

こんな苦労のあれこれを知り、以前より身近な人になったよ。

この章の終わりの所で、小田実さんの「何でも見てやろう」との対比がでていた。

Img20240703_075132734

 前出の高田宏さんが新聞の時評の中で二人の違いを述べていた。

「二人の生きる時代が変わってしまったことに加え、二人の資質も別だ。『何でも見てやろう』を優れた文明批評と読むことができても文学作品と呼ぶことはためらわれる。『深夜特急』は、旅のなかで自分の底に降りてゆく、これは一つの文学作品である。」と。

私が『何でも見てやろう』を読んだのは高校生の時だった。上記のような評価は何もできなかったけどね。

いずれにしても面白かった。さあ、眠りのお供の次を探そう!

« シーズンだ ! そろそろサーフィン・・・・見に行くか! | トップページ | 今年は稀に見る選挙年だね。結果は混沌❕ でも、我が家では大きな花が咲いたよ❕ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« シーズンだ ! そろそろサーフィン・・・・見に行くか! | トップページ | 今年は稀に見る選挙年だね。結果は混沌❕ でも、我が家では大きな花が咲いたよ❕ »