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2025年4月

2025年4月25日 (金)

啓蟄から1月余だけど、天気予報士が各地で夏日だよ~と叫んでた!

気候変動と言うか、季節の移ろい方やら趣にかつてとは何か違うものを感じる。

今のところは早い遅いはあっても梅が咲き、桜が開花してと植物は順を追って出現してくれているけどね。でも、桜前線が北を目指して進行中だというのに早、列島各地で夏日だって。

新聞オピニオン欄(4/25付朝日)の川柳でも「ウグイスの鳴き声を聞かぬうちに春が終わってしまった」と嘆きの一句が載っていた。そう言えば、併せて先日亡くなったローマ教皇の爪の垢を米国大統領に飲ませたいとの鋭いユーモア句も並んでいたな。

目を覚ました生き物達の活動も始まった。

蜘蛛は見事に巣を作り上げ、じっと獲物を待つ。

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アジサイとツツジを繋ぐように巣を作った

なぜか、テントウムシがコデマリの咲く鉢の上でじっとしていた。

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雨の雫が背についているよ! 

モチノキの下に生えているカタバミの葉の上で沈思黙考するバッタの幼虫。

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ところで、毎年のことだけどモチノキには驚かされる。

辞書には常緑高木と書かれているが、変則的な常緑樹とでもいえるのかな。

冬の間、というか3月中まで緑の葉を枝いっぱいにしっかりつけていた。

そのまま行くかと思っていると、4月に入るや、葉が黄色に変わり、次から次へ落葉する。

不思議なのは、同時に枝先に新芽が生じ、見る見るうちに、落ちた葉と同じ大きさになり、ほとんど入れ替わるように新緑で覆われるのだ。

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満開のモッコウバラの下で「みやこ忘れ」が開花し、そこへ蜂の仲間だろうか、蜜を吸いに来た。

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桃の木を覗くとカエルが一休みしていた。

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今年は、梅も桃も見事に花を咲かせてくれた。その為だろうけど、共に実が沢山大きく育ちつつある。

その二つの木の間に、ブルーベリーの木が伸びているのだが、ヒヨドリが花を突っついていた。

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蜜を吸っているのやら、実の成長を期待しているのやら。

まあ、我が家の限られた敷地だけど、なるべく虫やら野鳥なりが寄ってくれればいいな。

良しと感じたら野草も摘まずに伸ばしている。

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クローバーも咲いた

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昨年剪定をミスったアジサイも今年はなんとか期待に応えてくれそうだ。葉が伸びて、先端に蕾のようなものがいっぱいついてきた。シャリンバイと同時に開花しそうだな!

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「あっ、トカゲだ!」ようやく出てきてくれたね!まってたよ!でも、いつも見る姿、模様とちょっと違うみたい。でも、大歓迎!

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2025年4月17日 (木)

今年はラジオ放送開始百年だって。私、その途中から生きてきたけど、凄い変化を実感!

放送百年を迎えた今年は「放送」が新聞やテレビで特集が組まれるなど話題になっている。

佐藤卓己上智大学教授がコメントを書いていた。(3/27朝日)

「ラジオの普及によって、共通の話題を生む仕組みが、初めて国民全体のレベルでできた。」

そして、テレビが登場し、皆が同じ時間に同じものを見るなど最後の「国民国家メディア」となったと言う。

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一週間ちょっと経ったら満開だ!満天星ツツジ

百年後の今、インターネットが広がった。選挙でさえも、フェイク利用ユーザーやらで騒がしい。

でも、教授は言う。「ネットは時間の縛りがなくなり、ユーザーが自由に選んで情報を検索し、見たいときに見たいものだけを見るようになった。」ただし、その結果、「選択による細分化が」強まり、「個人の情報や感覚に大きな偏りが生じ」「社会の分断を生む」恐れが強まっているのだと。確かに身内の若い者をみても自分の歩んだ道や、感覚とずいぶん違うなと感じるものな。そう云えば、今のアメリカもそうなのかな!新しい南北戦争などと言った 物騒な表現もあったな。

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モッコウバラもあれよあれよと云う間に!

教授も言う。「生き物である我々は不快よりも快適を求める。」そして「メディアも、より快適なものを目指して発展してきた」。それが現在だ。

先日、海外との連絡の必要があって公衆電話を使おうとした。

あちこちを探した。以前であれば大型ショッピングセンターなどには必ず電話ボックスがあった。

でも、今回は見つからなかった。結局あったのは、役所前とJR駅前だった。

役所前の電話は国内通話のみ、国際電話が可能だったのは駅の公衆電話だけだった。

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桜桃も、ソメイヨシノとは一味違うがいっぱい咲いた!

ガラ携の出現から、誰もがスマホを持つ現在までの通信手段の普及は瞬く間だったような印象だ。

私だって、これまでに何台も機種変更してきた。しかし、公衆電話がこれほどまで減っているとは気づかなかった。そんな急激な時代の変化であるが、佐藤教授は断言する。テレビは勿論、ラジオや映画。そして新聞や書籍が「なくなることはありえない」と。

そして、インターネットなどによる分断は続くが「人々が同じ情報を全く共有しない社会は、共同体としては非常に不自然だ。だから、ネット以外の情報共有メディアはあった方が良い」と。

この新聞特集は4月に入ってからも続いていたのだが、10日後の4/7、4/8、二日連続のタイトル「放送100年 “日本語をつくる”」に「なるほど」と思わされた。

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カエデとモミジの併存がはっきりしてきたよ!

1925年3月22日にラジオ放送が始まったのだが、元号で言えば大正14年だ。明治維新から58年だ。

特集によれば明治時代に日清、日露の戦争への庶民の動員などを経ながら、国民国家形成が進んでいったようだ。けれど、驚いたのは、話し言葉としての標準語は、まだ列島全体行きわたっておらず、書き言葉としての標準語がようやく固まりつつあったぐらいだったようだ。

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やっぱりカエデの花だった!

実際私の体験からも納得できる。

大正時代から数十年経って私が生まれるのだが、私の親の仕事の関係で物心つくまでにも何回も転居があったと聞いていたが、私は標準語を普通に理解し、使うことができていた。(つもりだった。)そんな時、突然であったが、再び親の勤務地の異動があって数十キロ離れた地で生活をすることになった。

そこで驚かされた。新たな場所での同級生の話言葉がちょっと違うのだ。語尾に何かが加わっていたり、物の名称さえ違った。例えば「草履」を見てわたしは当然「ぞうり」と言っていたのだけれど、その地ではなんと「じょうり」と言っていた。勿論振り仮名を書けと言えば「ぞうり」とするのだろうけどね。ラジオ放送開始から半世紀前後過ぎた時でさえそうだった。

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なかなか美しいコデマリの花

「放送100年”日本語をつくる”」で興味を持ったのは、「方言」の扱いと「国語教科書」の役割だった。ラジオ放送でも当初は全国共通の放送とは別に、地域向け放送では各地の方言を使うという方式が草案になっていたようだ。しかし、結局は実現できずに地域放送も共通語(標準語)を使うとされたそうだ。

そして、やはり時代を反映してか、「日本語の音声としての標準語化」が強く意識されたのは日清日ロ戦争後の台湾と朝鮮の植民地支配だったという。朝鮮や台湾の人々の「日本国民化」を推し進めるにはまず言語の整備が必要だったようだ。驚かされたのは学校教育の場で「国語」が教科として登場したのだが、その教科書を使ったのは日本本土より先に台湾だったんだって。習近平さんでなくてもビックリしちゃうよね。

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1953年にはテレビ放送が開始され、1964年の東京オリンピック開催時にはTVの世帯普及率が9割近くまで来ていたという。このことにより、共通語化が格段に進んだ。でも、じわじわと変化が出てきた。

1968年の大河ドラマ「竜馬がゆく」では本格的に方言が話されたようだ。

ドラマだけでなく、お笑い番組での漫才やコントでは「よしもと」などの力もあって大阪弁が主流みたいに感じたこともあったしね。今じゃ、ドラマでもいろいろな方言が聞けるものね。

でも、先にも触れたように「全国の人々が同じ番組を見るという、かっての放送の力は陰っている」「ネット動画やSNSによって、地元とヨソ、現在と過去、といった場所や時間の境界が溶けた、まったく別の世界が見えてくるかもしれない」(朝日新聞 4/7、4/8 筆者 定塚遼さん)

どうなるんだろうな!100年とは大きな変化があるのだ!

2025年4月10日 (木)

京の桜、1200年間もの桜のデーターを蓄積とは凄いね。  加えて我が家にユダにまつわる花があったとは!

私、先週小田原での桜花見のことを書いた。

新聞各紙も連日のように各地の桜の様子を知らせてくれる。

朝日新聞4月7日付の特集「データジャーナリズム」には感心させられた。

DATA JOURNALISMとはコンピューターの力を借りて、大量のデータを分析・可視化する。新たな報道の手法」朝日新聞説明

それによると、「京都の桜は満開日が1200年にわたって断続的に確認できる世界で最も長い『開花のデータ』」が残っているのだそうだ。古文書や日記に「花見をした」といった叙述があるからだ。

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京都ではないけれど近くの寺の満開桜

公家たちは桜が満開になると樹下に集い、歌を詠みあったという。

嵯峨天皇が812年に詠んだという歌が紹介されていた。「和風 数重(しばしばしき)りて 百花ひらく」。解釈:(柔らかな風がしばしば吹いて、桜の花びらが多く開いている)のだそうだ。

ギリシャやローマの時代、日本の平安時代よりさらに1000年以上の昔に残された哲学や詩があることは学校で学んでいたが、満開桜を謡ったものがあったとは聞いていなかったな。

でも、漢詩にはありそうだ。

新聞の見出しに上記のことと合わせて「早まる満開日」と出ていた。いわゆる温暖化の影響だが、その要因として温暖化ガスの排出量の増だけでなく、太陽活動の活発化と京都における都市化の影響も上げていたのも頷けた。

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アネモネが開花した

このところ、我が家の庭の隅々で花の開花が続いている。このアネモネも10年以上前に鉢から地に下したものだが、何も世話もしていないのだが、毎年芽を出し伸びては花を見せてくれる。嬉しいことだ!

満天星ツツジも、モッコウバラも満開はまだ先なのだが、花を見せ始めた。

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満天星ツツジImg_51245

モッコウバラ

Img_50489 楓の葉

枯れ枝然としていた楓も葉が枝にポツンとついたかと思ったら開き始めた。

上の写真の葉は切れ込みが深く「モミジ」と呼ばれるそうだ。

ただ我が家の七不思議の一つなのだが、この楓の木、下部の根に近い所に伸びる枝と上部に広がる枝に着く葉が異なるのだ。根は同じなのだが。上部は葉の切れ込みが浅い「カエデ」なのだ。おそらく、あくまでも推測なのだが、最初に購入したのは、お祭りの広場の出店の植木屋さんからだったのだが接ぎ木され育ったものだろうと思われる。

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上部は御覧の通り、全く違った感じ。

おまけに丸いものが付いているが、これ、花なのかな?

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モミジが先かカエデが先か不明だが。我が家ではもう一つそんな花木がある。

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開花期には鳥たちも様子見に来る桃の花

この桃の木、友人のお母さんからプレゼントされた盆栽だった。その時は背丈は低いものの真っ赤な八重の花を咲かせてくれた。しばらく置くと、脇から出てきた枝がぐんぐん成長し鉢に納まりきれなくなった。地に下した。もともとの盆栽の主木は成長が止まり、ついには枯れた。脇の枝がぐんぐん伸びた。今花を咲かせているこの木がそれなのだ。真っ赤でもなく八重でもない。これも接ぎ木の様で、先祖返りしたようだ。

そして、昨日(5/9)第一号を開花させたのがツツジ。

Img_51267 ちょっと剪定の時期をずらしたら、昨年から、それまでの数倍と言えるほど花が付いた。

今年も、期待できそう。蕾がいっぱいだ。

あと、我が家の多くの木々がそうであるように、風が運んだのやら、鳥が糞と共に落としたのか、私たちの植栽の自覚のないものが何種かある。そのうちの一つが「ハナズオウ」だ。

Img_51212 ハナズオウの花

この花の由来を知った。鳥どころか、もっと高い天から降ってきたのではと思わせる花木だ。

「Green Snap Store」の解説によると、この木にはなんと2000年以上前からの言い伝えがあった。

それによれば、イエス・キリストの弟子のひとりにユダと言う人物がいたのは有名な話だけど、彼がキリストを裏切った後に、ハナズオウの木の下で自ら命を絶ったのだそうだ。

その所為か、花言葉も怖いね。「疑惑」「裏切り」などもある。ところが同じ花に「喜び」「目覚め」「豊かな生涯」等があるというから面白いって言えば面白い。

それはともかく、やっぱり天にまします「我らの神」が蒔いた木なのかな?

 

「尊敬」という「大層」な花言葉で表されるのが「アブチロン」。

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アブチロン(浮釣木)

何故、尊敬なのか?この花が春から秋までの長い期間咲くからだそうだ。

長さでは負けない花が我が家には他に二種ある。

それは花言葉で言えば「心変わり」と「新しい恋」の二種類。言葉は変われど、ニュアンスは似たようなものか。

一つは「ランタナ」。心変わり。

花色が次々と変化していく様子が表現されているようだ。確かに心変わりしていくようで別名「七変化」だものね。現在の状態は、花も葉も落ちた枯れ木のような茎から小さな芽が顔を出したばかりぐらいかな。

もう一つは「タイタンビカス」。新しい恋。

この花、我が家でも最大径の見応えがある。ところが朝開き、夕方には閉じる一日花であり、毎日新しい花を美しく咲かせ、新しい恋を待つようなところもあって、そこで称せられた花言葉のようだ。現在は何の反応もなく、ブスっと昨年残りの枯れ木がたっているだけ。

七変化と言えばアジサイもそう呼ばれる。今は枝を伸ばし、しっかりと葉を広げているところだ。

この三種類が春から秋にかけて、長く楽しませてくれるのだ。心変わりせずに待っているよ!

2025年4月 3日 (木)

これまで、よく立ち寄った城は、松本城、駿府城、小田原城そして江戸城かな!今日の花見は小田原だ!

桜の季節到来だ。ここ一週間が見ごろだという情報をたよりに小田原城に行ってきた。

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北入り口の上り坂正面に見える天守閣

今回はいつもの馬出門土橋から堀を渡り馬屋曲輪に出るのでなく北入口から御用米曲輪を臨む道をたどった。駅東口からお城通りを南に向かうと、城下町らしい古式ゆかしい建物が出現した。

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城下町市場だって。街ぐるみで特定の時代を創造的に再現するとタイムスリップした気分になるね。

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なんと、この横文字のお店も古来続く老舗だったの?

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小田原市観光協会 小田原城址公園 園内マップ

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御用米曲輪からの天守閣

遊園地のミニSL線路を右手に見ながら、本丸に向かった。桜がなかなか美しく咲いている。

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やはり日曜日。それなりの人出だ。

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天守閣への登り口は行列だった。

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なかなか勇壮だ。この城郭、ここに至るまでには何代かに渡り、造っては壊され、度々再建しながら来たようだ。

前身は15世紀半ば室町時代に進出してきた大森氏だと言われている。その後、北条氏の整備拡張、そして秀吉の小田原攻めと北条氏の滅亡があった。江戸時代に入り、大久保氏、稲葉氏、再び大久保氏と引き継がれ幕末に至ったようだ。

本丸から二の丸に向かった。

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常盤木門を下ると丹精込めて手入れされている10,000鉢の花菖蒲が迎えてくれる。

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6月のアジサイ・花菖蒲祭に向けて成長している。見事!

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おっ、何やら太鼓の音が聞こえてきたぞ!

Img_47234今日はお祭りだったんだ!

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小田原かまぼこ桜まつりだー。

太鼓叩くのは「和太鼓集団鬼我」だ。

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ゆっくり演奏を楽しませてもらった。

そろそろ夕飯の時間が迫る。帰途につくか!

正面入り口から出て、お堀端を散策しながら帰ろうかな!

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夕やみ迫るお堀もなかなかだ。

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お堀端通りの桜並木も良かったよ!今度は花菖蒲を愛でに来ようかな!

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