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2026年1月

2026年1月29日 (木)

映画「バッチギ」は松山猛さんの原体験から生まれたのか?イムジン河も松山さん?

大変失礼と言うか、私がいかに世情に通じていないかを示してしまうのだが、実は松山猛さんのことを全く知らなかった。ましてや「バッチギ」のことなど知る由もないか。

朝日新聞の「語る 人生の贈りもの」に松山さんが登場したのは昨年の11月17日だった。それから12月12までの20回に渡って語りが続いた。

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文字は変形してます

「人生の贈りもの」は私が、いつも楽しく読ませてもらっている連載だ。

コンセプトは様々な分野で足跡を残してきた人たちの「あのときの出来事が、いまの私につながっている」ということをあれこれ語ってもらう事だ。

じつは、最近、私は新聞の読み方を変えてきた。配達された日には全部を読まず、一面下段のコラム「天声人語」と鷲田清一さんのコラム「折々のことば」、そして新聞小説(現在は柚木麻子さん作の「あおぞら」)、世の動きによっては社説などを読み、とりあえず終わりとする。そして、時間を見ては捨てずにおいた過去の新聞をとりだし、目についたものを切り抜き、じっくり読む。まあ、切りっぱなしのものも結構あるけどね。後は束ねて大型店の新聞回収ボックスに持って行く。

そんなことで、松山さんの連載も、掲載された日付けより大分遅れて読み始め、最近になって漸く読み終えた。

ところで、捨てるかとスクラップを整理していたところ、なんと「イムジン河」にまつわる記事が出てきた。

2024年6月8日付のものだ。

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記事は読めぬようになっています

内容は韓国出身の歌手キム・ヨンジャさんが2001年の紅白歌合戦で「イムジン河」を披露したことに触れ、キムさんと北朝鮮との音楽交流に携わった李さんとが共に当時の金正日総書記と面会した際のエピソードが紹介されていた。総書記が「日本語と朝鮮語で歌える曲は何がある」と尋ねてきたので「別離、釜山港へ帰れ、イムジン河がある」と、三曲を伝えたところ、特別なホールで500人の聴衆を前に「イムジン河」を披露することができたそうだ。ところが父から最高指導者の座を受け継いだ金正恩氏が韓国との関係悪化の流れでヨンジャさんの歌の視聴を禁止したのだそうだ。それとともにこの曲が1957年に作られ発表された経緯も書かれていた。

 

松山さんの話にもどろう、「人生の贈りもの」を読み進む中で是が非でも手に入れたくなったのが、彼の著書「少年Mのイムジン河」だ。

ところが、あちこちの書店に行っても在庫なし。ネット通販で見ても絶版、増刷予定なし等と表示された。

古本屋ならあるかと覗いたのだが見当たらない。そんな本探しの途上で店の棚に収められた本に目が留まった。背表紙に「国定韓国高等学校歴史教科書」と出ていた。

松山さんは京都で少年時代をすごし、近くには在日朝鮮人の方たちの部落もあって、朝鮮学校もあった。そこに友達もいた。そして差別を目の当たりにすることもあった。

明治維新以後の大日本帝国の跋扈、大陸との関わり、朝鮮半島、満州への侵攻そして朝鮮併合などの歴史の概要は日本人学者の翼賛政治批判の視点でまとめたものは読んではいたが、支配され抑圧された人々の立場での書物は未読だった。改めて知りたいと思い買った。

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522ページもある大冊だ。

数ページだけど目を通してみた。「わが国の歴史はわが民族の生きてきた足跡であり、我々自らが営んでいる生の根底でもある。その歴史には亀裂と悲嘆、平和と試練が入り乱れて明るい時もあれば、暗い時もあった」から始まった。半島で生まれ育った人の視点で古代から現在までを、とても分かりやすく、書いてある。しっかり読んでみたいと思った。

書物探索中であったが、これも偶然の出会いのようなものだ。最中にもう一つの偶然があった。

「バッチギ」が放映されたのだ。しかも二本。

一つが2005年の井筒和幸さんの監督作品で、沢尻エリカさんのデビュー作。2026年1月5日WOWOW放映。

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2005年キネマ旬報日本映画ベスト・テン

二つ目がその二年後に制作された「バッチギ LOVE & PEACE」1月6日放映。

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沢尻エリカ 日本映画新人女優賞

天の恵みのようで正月早々嬉しいことだ。

となると、いよいよ「少年M・・」と出会いたくなってきた。ふと、思いついた。図書館に行けばいいじゃないの!

数年ぶりに図書館を訪れた。5年ごとに更新しなければならない「図書館貸出カード」も失効になっていたので再交付してもらい、借りることができた。

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縦18cmちょっと、横12cmちょっと、70ページの小冊子だった。さすが図書館と感じ入ったのは、しっかり初版本だったことだ。奥付には2002年6月17日第1刷発行としっかり印刷されていた。借りてきた日に一気に読んだ。

読みやすく、読み終わった時の印象は「人生の贈りもの」でイメージした「なんとなく強面」の松山さんとは違った「心優しい」少年松山さんが頭に浮かんだ。

ネット動画でフォーク・クルセダーズを見ながら「イムジン河」を聴いた。懐かしく、どこかで口ずさんだ記憶がよみがえった。

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2007年の秋 友人たちと訪れたイムジン河(臨津江)

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北ではリムジンガンと呼ぶ!

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はや、19年も前のことになったけど、楽しかった!

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さあ、「国定韓国高等学校歴史教科書」を読破し、「バッチギ」を観るぞ!

 

2026年1月22日 (木)

年末年始富士山七景!やっぱり日本一の山だね!

身内が正月休みに我が家に泊まり、新年初行動のベースにした。4日の夜明け前の真っ暗闇の中、友人たちと富士五湖の河口湖に向かった。

初日の出から3日遅れだけれど、やはり富士山は神々しく美しい!

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2026年1月4日早朝、河口湖から望んだ富士山

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さて、この美しい新年の富士山の美勇姿に続けて、年末年始に撮影した富士山を紹介したい。

先ずは、やはり富士五湖の一つ、西湖からの眺め。

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昨年末には久しぶりの御殿場富士山仏舎利塔訪問をして、富士山の撮影ができた。

東名高速御殿場インターで降りて、箱根方面に上っていくと程無く着く。

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晴天に恵まれ、美しい富士山がそこにはあった。

この日も、外国から訪れた人々が楽しそうに散策していた。

欧米人が多かったけれど、中々マナーも良く、すれ違うとニコニコと笑顔で挨拶してきた。

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もう少し近くで見ようと、富士登山道御殿場口を目指した。

左手に米軍基地、右手に自衛隊の駐屯地、時には武装した兵士の一群を見ながら向かったのだが、時期が時期、当然だが入口は閉鎖されていた。

インターに戻りながら見つけた脇道に入った。なんとか撮影することができた。

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海からの富士山も観たいと、そのまま下り、沼津インターから駿河湾に向かった。

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沼津市の海岸

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見返りカラス

晴天だ。夕焼けもキットいいだろうな。もう少しだ。

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見事!

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足を伸ばして、伊豆縦貫道沿いの狩野川からの富士山も見た。絶景だ。

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このところ、日本列島のあちこちで激しい揺れや山火事やらと災害が相次いでいる。加えて、危惧されている一つに富士山の噴火がある。前回の噴火は江戸時代の宝永噴火(1707年)だった。それから319年が過ぎた。その前は西暦864年に始まり866年に治まった貞観大噴火で宝永の841年前だった。それぞれ大きな被害をもたらした。

下の写真、富士山中腹の窪んだところが宝永噴火の傷痕だ。

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なんとか、この景観をいつまでも観られるように願うばかりだ。

2026年1月15日 (木)

むかしゃ、どんど焼きは14日。今じゃ、成人の日の前日じゃ!

近場でどんど焼きを行う所があると聞いたので、先ずは前日に様子見に行ってきた。

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達磨の飾りがなかなか洒落ていると思ったが、私が小学生の頃とちょっと違うと感じた。

もう、大分昔のことになるけれど、そのころは、どんど焼きの小屋=「おんべ」造りは子どもたちの仕事だった。

ほとんど忘れてしまったけれど、リーダーは中学生だったかな、それとも六年生だったかな。小学生だった私は下働きで、竹やぶに行っては、笹竹を伐採してきたり、各家を訪ねてお飾りを回収したりした。

そして、「おんべ」は大概河原に設置した。完成した「おんべ」はまさに小屋であった。真ん中に長い孟宗竹を挿し、その周りにお飾りなどを置いたのだが、さらに孟宗竹を中心に1メートルぐらいの円を描くように笹竹を巡らせ、部屋状にして出入り口も作った。子供たちはその中に入って遊んだものだ。

小学5年生の時、父親の異動でその地を去ったのでその後どうなったかは分からない。

さて、翌朝5時台に現地に向かった。

ちょっとばかり強い風が吹いていた。

強風の場合は翌日に変更と聞いていた。二日連続寒い中を出かけるのはちぃっとキツいなと思っていたのだが、幸い実施されるようで、人が集まっていた。なんとかぎりぎりに点火時に間に合ったようだ。

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でも、風は強く吹いていた。

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凄い火勢だった。

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火の粉が飛び、田んぼの稲刈り後の株に火が付いた。

14日のニュースでも、山梨の山火事が鎮火できず焼失面積が広がっていると報道されていたけど、これを見ただけでも、如何に火が広がっていき延焼するのかよく分かった。

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でも、ここは安心。消防隊員が控えていた。

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基本的に、点火から後始末まで十数人の隊員のみなさんが手分けしてやってくれていた。

飛び火も見つけ次第、携帯放水器で消し止めていた。

実際こんなに燃えていた。

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確かに、しっかり管理しないと危ないとあらためて感じた。

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達磨にも火が付きそう。

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人が大勢集まってきた。

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孟宗竹が倒れる。

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倒れた!

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お役目ご苦労さん!

さて、火祭りもそろそろ終わり、でも、ちょっと引っ掛かった。

お飾りなどが燃え尽きようとしているのに、なぜ銀紙でくるんだ団子などを火に通さないのだと。

私の経験ではおんべが燃えている最中に、長い竿にさした団子などを焼べたものだった。

ここでは違った。

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炭火化した燃え残りと熱くなった地の上に横たわらせて焼いていた。

なるほど。

久しぶりのどんど焼きでした!なんとなく正月気分を味わった!

フィナレーに立ち会い、さて帰るかと車に向かい始めた所、呼び止められた。

すると、にこにこ笑顔のおじさんが、「お土産持っていってください」と言うではないか。えっと思いながら傍に行くと、「お汁粉どうぞ」とカップ汁粉を渡してくれた。一つだけ頂き、踵を返すと、「お一人二つです」とさらに手渡された。二人で参加したので四つも持ち帰ることになった。ありがとう!

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2026年1月 8日 (木)

久しぶりのコンサート、音楽を満喫してきたよ!シンフォニー愛好家が選曲した歌謡曲は何かな?

わが親族もメンバーの一人である楽団の定期演奏会が杉並公会堂で催された。

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13時30分開演だったが、私たちが着いた13時には早くも会場の入り口には長蛇の列ができていた。

会場はまさに立派なコンサートホール。

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・・・・と、紹介してきたけれど、写真撮影はここまで。

当たり前だけど、演奏中は録音・録画とともに写真撮影もご法度だ。先日紹介したバカリズムのライブにも出てきたけど、当然「スマホのスイッチは切ってください」だ。

そこで、入場時にいただいたパンフレットを使いつつ演奏会の様子を紹介しよう。

開演時は満席になっていた。

演奏者にとっては大いに奮い立つ状況だ。

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パンフ掲載の演奏者のみなさん

昔、昔、私がまだ若い頃の話だけれど、そこそこ有名なアーチストが出演する新宿などのジャズライブに行くこともあった。

名演奏なのに、観客が十人前後などと言うこともあった。一見寂しい感じだが、アドリブが響びき渡った。彼らミュージシャンは私たちが十分満足できる演奏をしてくれた。

さて、この度の楽団を紹介すると名称は「すぎなみ彩楽(しゃらく)ウインドシンフォニー」。

名に恥じない素晴らしい演奏を披露してくれた。今年で結成20年になる楽団だ。

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この日のメインテーマは昭和100年にちなんで「音楽から昭和があふれ出す!」だった。

後半で昭和歌謡のヒット曲が次から次へと演奏された。

歌謡曲演奏に入る前の1st stageでは持ち前の力を存分に発揮し、皆を唸らせる演奏をしてくれた。

なかでも、「サガ・キャンディダ」は圧巻だった。

この曲はミュージカルの「サタンの種」をもとにした7曲からなる組曲だそうだ。

作曲者はB・アッペルモント。私は全く初対面で初耳だ。でも、演奏が素晴らしかったせいか、お気に入りの曲になりそうだ。

さて、いよいよ本日のメインテーマ、昭和歌謡ベストテンだ。

2nd stageでベスト10から6までを演奏し、3rd stageでベスト5から1までの演奏となった。

パンフレットでは一般の方々と共に楽団員がリクエスト投票したベスト10を順不同で紹介していた。

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さて、シンフォニー愛好家のみなさんが選曲した昭和歌謡はどんなランキングになっただろうか。

なんと、10位にランクされたのは沢田研二「勝手にしやがれ」だった。

以下は次のとおり。9位坂本九「上を向いて歩こう」、8位テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」と「つぐない」、7位ピンク・レディ「UFO」「サウスポー」「ペッパー警部」がメドレーで。

6位にサザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」と「いとしのエリー」と続いた。

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大ホール入り口のホワイエ(ロビー)はアンビエントフィルターに覆われ、落ち着いた雰囲気だった。

さて、3rd stageに入るのだが、昭和歌謡の部に入ったところから演奏メンバーにエレキギタリストが加わったかのようにみていた。

ロックでなく歌謡曲でも前奏やら間奏でギターの音色が流れてくることもあったので、てっきりそうだと思っていた。ところが一向にエレキ音が聞こえてこない。リードもそうだが、コードリズムでさえだ。

突然、あっ、あれはベースだと悟った。

その瞬間、重厚なベース音が耳に響いてきた。

ドラムやブラスと一体になっていたものが、突然ベース音として身体に響いてきたのだ。

視点と言うか、捉え方と言うかそれまでの思い込みを一掃すると、今まで見えなかったものが見えてくるということがあるが、全く同じような展開だった。

さあサードステージだ。5位から1位が発表された。

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紅白歌合戦でトリに流れた「青い珊瑚礁」

なんと、紅白歌合戦(2025年)のトリで披露された曲が、この演奏会でも最後を飾った。

松田聖子の「青い珊瑚礁」がベストワンとなったのだ。

紅白では白組男性陣が勝利したのだが、こちらの演奏会では1位から4位までを女性陣が占め、男性の最高位は5位につけた西城秀樹の「ヤングマン(Y.M.C.A)」だった。

4位は中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」、3位山口百恵「いい日旅立ち」、2位は大御所美空ひばり「愛燦燦」。リクエストランクでなく私自身が評価できたのは、その編曲や演奏のでき具合では「愛燦燦」が一番だった。

演奏のすばらしさに加え、構成もよく、久しぶりに楽しい演奏会を満喫できた。

次は楽団結成40周年記念、半年後の39回演奏会と年末の40回演奏会だ。

楽しみに待とう!

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午後4時も過ぎて、公会堂前のイルミネーションも点灯した。

荻窪駅に向かった。

駅前のイルミネーションも美しく輝き始めた。

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2026年1月 1日 (木)

2026年 新年あけましておめでとうございます

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