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2026年5月

2026年5月29日 (金)

94の落語演目が揃ったよ! 花々も揃いつつある!

桂南光さんのお話がきっかけになり、落語を少し楽しんでみるかとなった。

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アジサイの中で最初に満開状態になった柏葉アジサイ

前々回のブログアップから、はや半月たった。すでにお話したように、現在放送されている落語番組は少なく、あっても多くが再放送だ。それでも、94の演目が揃った。これを75人の噺家が演じていた。

8つの同じ演目が口演され、その内7つは2人ずつ、「子は鎹(かすがい)」のみ3人が語った。それぞれ、どんな枕から入り、どう主題に繋ぐのか、主題にどんなオリジナリティを入れ込み、そしてどうオチ、サゲるのか比べてみたいと思った。

ちょっと探ったところ、単純には比較できないことが分かってきた。

枕らしきものを、さりげなくかわすように本題に入ってしまう演者がいた。

私は枕での知恵比べをじっくり賞味したかったのにと思っていたのだが調べて納得。

噺の中に「上方落語若手噺家グランプリ」で収録されたものが含まれていた。

このグランプリは落語会入門4年から18年の若手がエントリーできるというもので、予選を勝ち抜いた8名が規定の持ち時間内で演じ競うものだ。その規定時間が短いのだ。

予選では9分から11分。決勝で9分から12分で1秒でも外すと大きな減点になるとのことだった。

これでは枕で客を唸らせるような個性の発揮はできないかもね。

そんなことで「グランプリ」出演作品は比較対象から除くこととした。

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テッポウユリも大きく咲いた!現在12輪が見事な姿を見せている!

どんな噺家が揃っているのかと名を拾ってみた。

圧倒的に上方落語の噺家が多かった。

主たる放送局と番組名は前回も紹介した通りで、「よしもと落語の会(BSよしもと)」、「千客万来~がおら寄席(J:COM  BS )」、「日本の話芸(NHK Eテレ)」だということも一因かもね。

一番多人数だった「亭号」(名字)は上方の「桂」だった。桂だけで29人にもなった。でも、ここで知ったのだけど「桂」だけで三系統あった。桂文枝一門、桂春団治一門、桂米朝一門だ。

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二番についた亭号は3組同数、グッと減って6人構成。

1組目はやはり上方の笑福亭一門。2組目は江戸落語の三遊亭、そして3組はどこの一門と亭号を調べたら、なんと講談師の皆さんだった。旭堂一門だ。ただ、落語と同じ亭号でよいのか、芸名だとか名跡等との呼び方も出ていた。結局講談師を除くと落語家は69人だった。

亭号に続く名前も列記してみるとなかなか面白い。名をつけられた本人や名付けた師匠は承知してのことか知らぬが、素人が見ると当て字や語呂合わせかと思ってしまうものがかなり見つかった。又、前座の噺家にはひらがなや柔らかい名が多いのだそうだ。

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桂一門だけでも楽しくなる。

ちょっと挙げると「あおば」「ちょうば」「ひろば」「りょうば」「かかお」「ちきん」など平仮名の語呂合わせみたいに見えるものやら、師匠の名を取りいれたかの「團治郎」「米團治」「小春團治」等々。

この点で言えば講談師もなかなかだ。旭堂南龍さんがいたかと思うと「南鷹」「南斗」「南陵」と続きさらに弟分なのかな「小南斗」「小南陵」と続いた。

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頭に浮かんだ講談師のイメージと違った!でも面白そー!

おまけの情報が増えていくと、別世界のものが身近に感じてくるね。もうちょっとお話しを聞いたら感想を書こう!

 

 

2026年5月21日 (木)

箱根・十国峠のケーブルカーが無くなっちゃうんだって!

ネットで各地の観光情報を覗いていたら、十国峠のケーブルカーが2027年に廃止され新しいシステムが導入されるという情報が目に入った。富士急グループのサイトだった。

十国峠にはこれまでも何回か寄り、ケーブルカーで峠の頂まで行っている。

いつ頃から工事が始まるかは示されていなかった。ケーブルカーの運行が何時ストップとなるやら。新システムによる運行が来夏であるとの発表はされているので工事を考えると意外に早く運行が終るかもしれない。年内かも知れないぞ。そこで、久しぶりに訪ね様子を見ながらケーブルカーの乗り納めをしようと決めた。

この日は晴れてはいたが、雲も少し多かった。

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森の駅「箱根十国峠」の土産物屋や山麓駅の入る施設

及びパノラマケーブルカーの軌道及び山頂駅

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山麓駅は施設を入った左手の階段を上った所にある。乗車賃は往復で730円とお手頃の値だ。切符売り場や改札周辺のパンフレットの棚を見たのだが、ケーブルカー廃止に関わるお知らせのようなものは何もなかった。

先ずは乗ろう。朝9時から夕方5時まで15分おきに発車していた。

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最前列の席に座れた。このケーブルカー、設置から約70年にわたり運行されてきたとのこと。そんな経過から、老朽化で修理しようにも部品の確保が難しくなっているのだそうだ。そこでバージョンアップすることが確定したようだ。

さあ発車だ!

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この金属の鋼索で繋がった「つるべ式(交走式)」ケーブルカーだ。

線路の長さは全長316m。山頂まで4分。

この線路の幅は、なんと新幹線のものと同じなんだそうだ。

中腹で下って来るケーブルカーとすれ違う。

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山頂駅に到着。風がちょっと強い。でもそのお陰で、山にかかった雲がすぐに退いてくれる。

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パノラマと雲の動きが美しい。

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富士山にかかっていた雲がすぐに移動し、雪化粧の富士山が現れた。

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山頂から西側方面を見た。天候次第で駿河湾がくっきり見えるところだ。雲がなんと優雅か!

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東を見ると相模灘と街々。

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南方面は伊東市など。

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爽やかな空気を吸いながら、美しい風景の中を一時間余散策した。以前にはなかった施設がいくつかできていた。ドッグラン広場やちょっと豪華なバンガローのような「THE GLAMPING」だ。サウナもあるんだって。

グルーと一回りして山頂駅に向かった。

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ちょうどドッグラン広場の横を通りかかったところ、飼い主と戯れていた二匹の犬がワンワンと吠えながらフェンス外の私に近づいてきた。私に好意を感じたのか、敵意を感じたのやら。でもなかなか可愛いよ!

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さて、下りケーブルに乗るか。

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ところでサイトでは、来夏、現行のケーブルカーとバトンタッチする交通手段についても紹介していた。

「スロープカー」と称する乗り物だ。

跨座式斜面走行モノレールだって。メーカーも紹介されていて、メーカーサイトを覗いたらいくつかのモノレールが実際に運行されている現場写真で紹介されていた。

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写真は(株)嘉穂製作所及び十国峠(株)のwebサイトより

なかなかいいね!

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そして、十国峠で採用されようとしているデザインイメージが次の写真。

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何か楽しみになってきた。次は来秋、一年半後になるが少し涼しくなったところでまた来よう!

2026年5月16日 (土)

成りたくてではなく縁あって噺家になったと言う桂南光さんの半生が面白く、落語演目集めをしてみたよ!

例によって「人生の贈りもの」(朝日新聞文化欄シリーズ)で桂南光さんを見つけた。

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わが家のバラが開花した

南光さんは噺家でありながら美術愛好家でもあるそうだ。

70歳になったらパリで暮らすことを夢見てきた。しかし、コロナで頓挫した。それでもここにきて一昨年、昨年とそれぞれ2週間ほどパリに滞在することができた。夢が少しだけど実現した。そんなこともあって、人生の最終目的に変化が生じた。どのように変わったか?

それは『新聞の片隅に「噺家南光パリに死す」と載ること』だって。

南光さんが高校3年生になり皆が就職が決まっていくとき、彼はまだ進路がはっきりせず挫折を感じていた。そんな時ラジオから聞こえてきたディスクジョッキーの桂枝雀(当時は小米(こよね))のトークに惹かれ「この人ええひとやな」と感じた。そんな縁もあって、小米の居場所を突き止め、いきなり弟子にしてくださいと頼みこんだ。

小米が「私の落語を聞いたことあるか」と聞いたので、落語は聞いてはおらずディスクジョッキーが良かったのでと応えると、とりあえず私の落語を聞いて感想文を送れと言うことになり、書き送ったところ師匠に大いに受けた。結果、以後丁寧に対応してくれ、落語に向き合えることになった。なんやかんやと言いながらも高座にも出られることになった。

「人生の贈りもの」は連載14回で最終を迎え、弟子入りから56年たった現在の心境に触れていた。「同じネタでも、ウケる日もあればウケない日もある」。でも「今日のお客さんとはセンスがあわなんだなと思うようにしている」とか。

最近はマネージャーも南光さんのことをよく理解してくれていて、キツイ仕事を前にしたとき「この仕事のギャラでパリに行けますよ」って耳元でささやいてくれるんだって。てなことで、お後がよろしいようで。  というか、この度は落語を少し聞いてみるかと言うきっかけを桂南光さんが作ってくれたいうわけで、本日この後に書くことのマクラとして南光さんのお話を使わせてもらった。さて本題に入ろう。

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桂南光 2021年の高座 演目は「青菜」

久しぶりに、じっくり落語を拝聴しようと思い、先ずはテレビで放送されているだろう寄席番組を探ってみた。

驚かされた。落語を番組として扱っているテレビ局が少ないのだ。

落語家や漫才師がタレントとして司会やらバラエティに出演者し、活躍しているのはよくお見受けするのだが、高座などで見ることはあまりない。

わが家で視聴できるテレビ局は地上波で8局、BS無料局12局の20局。その中で寄席などを番組として用意していた局は4つのテレビ局のみだった。

南光さんの連載が3月13日に終わり、それから数日後からビデオで「落語」の番組検索を開始。ヒットした番組を録画し始めた。最初にヒットしたのが3月20日。それから今週木曜日5月14日までの55日間に40余の番組が録画できた。

多くが30分ものだった。

番組を放映していたテレビ局を紹介すると古くからある局はTBSのBS、そしてNHKのEテレだった。

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BS TBS 「落語研究会」

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NHK Eテレ 「日本の話芸」

あと新規参入局が二つ。BSよしもと及び j:comBSだ。

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BSよしもと 「よしもと落語の会」

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j:com BS 「千客万来 がおら寄席」

「BSよしもと」は御存じ「上方お笑い」で名の知れた「吉本興業グループ」が運営している。2022年3月開局と新しい。地域の活性化に寄与することを目的にしているということも、ここで知ることになったが、中々頼もしいではないか。でも、わたしにとって「BS よしもと」視聴は今回の落語が初めてとなったけれどね。

もう一つの「J:COM BS」はもっと新しい。昨年7月に「BS松竹東急」を買収してBS放送に参入した。

この局については開始直後に番組をチェックしていたら「キーハンター」の再放送があることが分かった。

丹波哲郎や千葉真一が活躍したアクションドラマであることは聞いていたが観たことがなかった。

早速録画をセットした。ところが昔のドラマの放送回数・期間は長いのだ。なんと100回を超えた。録画を続けることを止めた。

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さて、3月以来南光さんの登場を待っていたのだが漸く会えた。

J:COM の「千客万来~がおら寄席」第17回目(5月12日放送)だった。(「がおら」って何と思って調べて見たらどうも以前CS デジタルでやっていたものの再放送みたいだな) J:COMのポリシーはやたらと新しいコンテンツを増やしたり、作ったりでなく、客が喜ぶものだったら再放送も含め探すだった。なるほど。これからもう少し注目してみるか。

さて、南光さんの演目は「青菜」。

本題は商家の御隠居夫婦と隠居宅で庭の手入れをしていた植木屋の話から始まる。隠居のねぎらいで酒を御馳走になったところから段々面白くなっていくところなのだが、落語は本題の前に「枕」があり、最後に「オチ」で終幕となる。

通に言わせれば「枕」を聞けば落語家の腕がわかるのだそうだ。

南光さんはどうだったか?

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南光さん、幕が開き始めた時から、頭を下げていて、開ききっても暫く下げっぱなしだった。

実はこれが伏線だった。

「板付き」について語り始めた。「板付き」とは幕が上がった時に役者がすでに舞台に出ていることだそうだ。初めて知った!

南光さんのこの姿を観て、落語はいつもこうだったけ?と思ったけど、確かに落語を観ていると、お囃子に合わせて登場する演者も見たことがあったなと思い出した。

幕開きに頭を下げっぱなしという特別の登場の仕方を自慢するように「扱いがよろしやろ」としゃべり始めた。「それができるのは私が米朝事務所の常務取締役だから」「ざこばは専務」と言って笑いを取った。そのあと、すぐ、(そんな役員で)事務所(の経営)は大丈夫かなとオチを付けたけど。

続けて酒の話になった。「暑くなって、酒、ことにビールが美味しい」「燗がいい」「冷酒もいい」ときて、今は冷蔵庫があるけど昔だって酒を冷やしてきた。だんだん話が現在から時代を遡り始めた。昔は酒を紐で吊るして深い井戸の冷水につけて冷たくしたのだと本題の時代に入っていった。江戸までたどり着いたかな。

「青菜」も飲酒のつまみとして出てくる。出そろったぞ!

面白かった。録画された中で「青菜」とは別に、同じ演目を何人かがやっていた。

せっかくの機会、今度は各噺家の「枕」や「オチ・サゲ」を比べての感想を書いてみよう。

さて、まだ五月も半ばだというのに暑くなってきた。今日は冷酒でいくか!

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2026年5月 7日 (木)

2028年の大河は「ジョン万」。主人公万次郎は江川太郎左衛門に仕えていたんだって!知らなかった!

テレビを観ていると大河ドラマの放送予告が流れてきた。

なんと来年ではなく再来年の演目が紹介がされていた。タイトルは「ジョン万」。ジョン万次郎の一代記だ。万次郎を演ずるのは大河初出演であり、尚且つ主演にも抜擢された山崎賢人さんとのこと。早速、万次郎の生涯についてアウトラインを繙いてみた。

大体において私の知識は一知半解であることは自覚している。事象についても人物であっても断片的なのだが、万次郎についてもそうだった。

知っていたことは、漂流し、アメリカに渡り、帰国したという大雑把な事だけだった。

ところが、実は万次郎は14歳で漁に出て遭難し、アメリカの捕鯨船に救われ、アメリカで教育を受ける機会を得、帰国後は持つ力が評価され、先ずは土佐藩の士分に取り立てられ、その後幕府に招聘され直参の旗本の身分を授かることにもなった。さらに江川家に仕えることになった。71歳で亡くなるまでの生涯はまさに波瀾万丈だった。

可笑しなことも記録されていた。咸臨丸などの遣米使節団に加わりアメリカを再訪した折りには通訳として働くのだが、エピソードが面白い。口語の通訳は宜しいのだが、日本語の文字による文章翻訳をするのは苦手だったそうだ。14歳で難破するまで日本での教育を受ける機会がなかったからだ。江戸時代の漢字主体の文体は難しそうだものね。そんなことも知って、ドラマが待ちどうしくなった。でも、ここで万次郎の生涯を語ろうとしているわけではない。

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中濱万次郎銅像  ジョン万次郎資料館公式サイトより

 エピソードの中でも知らなかったことの一つが万次郎が韮山代官江川太郎左衛門に仕えていたことだった。今日はその江川さんに因んだ話だ。

私は江川太郎左衛門のことは子供の頃から反射炉とセットで知っていた。

反射炉は大砲鋳造用の鉄や青銅を溶かす炉だ。江川氏は大砲も作り、アメリカの艦隊などの侵攻に備え東京湾にお台場を造った人でもある。

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韮山反射炉

子どもの頃現地を訪ねた時のことを少し覚えている。

その当時、現在のように利用料を払って見学するのではなくフリーで傍まで行けたようだった。ただ反射炉の周りは柵で囲まれていた。その柵の構造が凝っていた。銃剣の木部を除いた金属部分を縦に並べ柵にしていたような気がする。夢と現実がごっちゃになっているかもしれないけどね。

曖昧だけど、日露戦争の時に203高地などの戦場から持ち込んだロシア兵の放棄した銃だったとあやふやな記憶に残っている。今じゃ、そんな甘い防備じゃ守れない。次の写真のような砲弾が使われているのだ。

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江川氏については何十年にもわたって私の断片的知識が新情報に更新されてきた。先に触れたお台場建造もそうだった。

つい最近、といっても十年ぐらい前だろうか、「太郎左衛門」について新たに知ったことがあった。

私などは子供のころその名を知り、「太郎左衛門」とは幕末に反射炉建設に関わった個人の固有名詞だと思っていた。ところが違った。幕末の時の本人の名は「英龍(ひでたつ)」であり、なお反射炉を完成させたのは息子の英敏だった。江川太郎左衛門とは江川家の代々の当主の通称だったそうだ。もともと江川家は中世以来続く名家で、現在にも続いているようだ。英龍は36代当主であり、現在生きる当主は42代だそうだ。

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英龍像

江川家は平安末期に伊豆に移住して、鎌倉、室町の時代まで、その時代ごとの当地の支配者に仕えていた。

しかし秀吉の小田原攻めの際に、寝返って家康に従い、結果それ以来代官を任じられたようだ。

江戸時代の代官と言えば、その地は天領だ。つまり江戸幕府直轄の領地であり、代官は幕府の役人としてその地を支配し、年貢の収納などを司っていたわけだ。

そのことで新たに加わった知識は、天領の年貢は諸大名直轄地よりも安かったのだそうだ。

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江川邸

ゴールデンウイークに江川邸とその周辺を訪ねた。

5月6日で祝日最後の日だったのだが、何かのブームに乗った時は千客万来なのだが、ちょっとブームが去ると閑散としてしまうようだ。駐車場がガランとしていた。同じく反射炉もそうだった。

「ジョン万」で再び賑わうかな。

この日は、傍にある「韮山城跡」にも行って見た。

話しには聞いていたが初めての参上だ。

北条早雲の根拠地だった。

城跡登り口にある城池の傍らを歩いた。

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カメが迎えてくれた。数秒ごとに空気を吸うのか浮かんできた。

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釣り人がのんびり糸を垂れていた。何が釣れるのかな?

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城と言うよりも,小山の散歩道と言った感じだ。

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途中、三の丸跡に神社が建てられていた。

低山なのだが、この城、秀吉の4万の軍勢の包囲に対し3か月も持ちこたえ、その後開城したという。その為か境内にこんなものがぶら下がっていた。

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落ちない城なのだ。絶対合格するぞー。

中腹から富士山が覗けた。

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本丸跡にたどり着いた。其処には、やはり後北条氏の居城だった山中城に見られる障子堀と言われるものと同じような堀があった。早雲が亡くなったのも韮山城だったというから、当然なのだろうな。

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それほどの山登りにはならなかったが、少し寛いて帰途に就いた。

帰りのアスファルトの道の真ん中で「まだ帰るな」とばかりに猫が通せん坊していた。

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「また来るね、ジョン万の時だけどね」と言ったらすんなり通してくれた!

 

 

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