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2026年8月13日 (木)

久しぶりに「男はつらいよ」を観た。分かっちゃいるけど面白かった

熊本のショッピングセンターのガス爆発にはビビった。

おかげで、ここは大丈夫かと日頃寄る買い物先まで訝しく思ってしまうのだが、そうも言っておられず通ってはいるけれど。

先日もショッピングセンターに出かけ、買い物の合間に喫茶コーナーで休んだ。

置かれていた新聞に目を通した。身辺雑記風のコラムに伊豆諸島の式根島に触れたものがあった。担当したコラムニストの祖父が昔住んでいたようで、子供の頃行ったきりで久しぶりの訪問だったと記していた。

伊豆諸島と下田を結ぶフェリーが就航10周年を迎え、それを記念して特別に用意された日帰り臨時便に乗船し式根島で遊んだと言うもの。フェリーは各島を巡り、七時間後に迎えに来てくれる。

海は感動するほどに透き通っていて、波打ち際で湧き出す温泉や白い砂浜を満喫したようだ。

その話の中で紹介されていたのが「男はつらいよ」のロケが、ずっと昔、島内で行われていたことだった。

調べてみた。

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41年も昔、1985年12月28日に封切りされた第36作「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」だった。

年末の公開日程を見て古いことを思い出した。

昔、正月になると映画館には大きな看板が並べられ、人気作品を二本立てで上映していたっけな。この映画もそうだったんだな。

式根島のことを知りたくなった。寅さんの行動も見たくなった。

わが家のライブラリーを探した。ここ十数年、テレビで映画上映が予定されると、チェックし、好みの役者や記憶にあるもの、また見逃していた「名画」等を録画してきた。「寅さん」は必ず録画したような気がする。

やっぱりあった!

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2012年1月9日にWOWOWシネマで放送されたものが録画されていた。14年以上も経つのだけどブルーレイに収まり、劣化は一切なかった。

ところで、私がこれまでに伊豆諸島の島々で下船し、その地を踏んだのは大島だけだ。

昔、まだ会社などの慰安旅行やら、大所帯の社員が泊りで忘年会を開催するということが当たり前だった時代のことだが、同一部署のメンバー30人ほどが熱海港から大島に向かい、観光し、夜は熱海で泊りの宴会だった。

あと、友人たちと小笠原に行った際、何かの補給の為だったのか八丈島に寄港し、上陸はしなかったものの島の人たちの歓迎アトラクションに船上から拍手を送ったことを覚えている。

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竹芝桟橋近く

竹芝桟橋を午前10時台に出航して、八丈島に着いたのは午後6時30分ぐらいだった。結構な距離だね。

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八丈島

伊豆諸島を訪ねる方法は船と飛行機。

船の場合は次の各港から乗船できるようだ。以前より増えたのかな? 6港あるね。他の図を見ると伊東と下田の間にある稲取からの便もあったな。

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東海汽船 航路図より

寅さんは、下田港から式根島に向かった。

ここに至るまでの映画の筋は細かくは伝えられないが、「とらや」の隣の工場に「タコ社長」がいて結婚している娘「あけみ」がいる。事の起こりはその娘夫婦が何らかの事情で喧嘩し、あけみが家出してしまったことから始まった。

家出先は下田だった。寅はタコ社長に哀願され彼女を連れ戻しに来たのだ。二人は会えたのだが、結果、式根島に行く流れになった。

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そんなことで島に渡った二人だが、寅は船の中で知り合った若い衆=島での同窓会に行くという人たちと懇意になり、結果、いつものことであるが宴席に入り込み彼らの恩師である先生に惚れてしまった。その先生とは、栗原小巻さん演じる若く美しい女性教師だった。

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式根島の美しい浜

一方あけみは泊まった宿の若旦那に見初められて、求婚までされてしまった。

彼女は「私は人妻です」と逃げるのだが、結果柴又に帰らざるを得なくなった。

寅も当然帰らなければいけない。結果、寅が一方的に期待して胸膨らませていた先生とのことを諦めなければいけなくなった。ここから「恋やつれ」で生気を失った寅の日々が始まる。

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京成バス 東京EDO観光より 柴又

 この後の展開が面白かった。

とらやの「おいちゃん」や「おばちゃん」が気を配り、皆に寅が女先生を諦められるように、思い出すような言葉を口にするなと戒めるのだが、話の流れで出てしまい寅の恋煩いを深めてしまった。

結局思いを果たせず、フィナーレはいつもの通りどこかの屋台で寅は元気に的屋商売に奮闘するのだった

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正月 浜名湖の遊覧船乗り場で

この物語で感じたのは山田監督の眼力だ。渥美清さんのキャラクターをよく見つけ、「寅」として成長させた。

また、今シリーズで言えば、さくらの息子「満男」を演じた吉岡秀隆が将来を髣髴させる演技を見せていた。この時15歳の中学生だった。

もう一人、気になったのが、女先生と再婚することになったロシア語翻訳者を演じた川谷拓三さんだ。彼のイメージは、どちらかと言うとヤクザ者とかチンピラのような役だった。実際1960年に東映の大部屋俳優として採用されたものの、切られ役として日に三回も死ぬ役をやったという。人呼んで「3000回殺された男」だったそうだ。

その川谷さんが仕事でロシア語翻訳に打ち込んでいる姿や、女先生と会ったときのスーツにネクタイ姿を見て印象が変わった。

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会う場所について娘と電話していた場所がまた良い。電話ボックス越しに見えていたのがロシア正教のニコライ堂だ。先日話題にした御茶ノ水駅近くだった。こんな偶然と言うか、縁が面白いな。

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浜名湖舘山寺温泉

渥美清さんは1996年8月に68歳でお亡くなりになった。

「男はつらいよ」は2019年12月に公開された「お帰り寅さん」で50回となった。

 

 

 

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