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文化・芸術

2024年6月 6日 (木)

いやー、あらためて広重の凄さと素晴らしさに感じ入ったよ!

新聞紙面で『広重「五十三次」高画質で映像化』という見出しを見つけた。

なんだろうかと記事を読むと、なんと「東海道五十三次」を1億5千万画素の高精細カメラで撮影して、出来たデジタル素材を活用し大画面プロジェクションとしてリミックスすると言うのだ。

私が日ごろ使っているデジタルカメラは2,110万画素だ。これだって初期のデジタルカメラに比べれば相当精細だ。その約7倍の画素だというから驚きだ。行って見て納得した。

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箱根 湖水図 と 現在の芦ノ湖

こんな大きなサイズで見ることができたのだ。にもかかわらず画像に粗さを感じることが全くなかった。なかなか素晴らしかった。

歌川広重の作品は、教科書で見たのが最初だったと思うが、その後、弥生美術館など各所で見ることがあった。

でも、教科書は言うまでもないが、本物もサイズが小さい。私などは素晴らしいと思いながらも描写された技法のあれこれよりも、ここは○○の宿場だで終わっていた。サイズの所為ばかりではないだろうがね。

毎年のように訪れている「日展」などで展示されている作品のキャンバスは大きなものでは500号Fサイズで「3333ミリ × 2485ミリ」にもなる。

それに対して浮世絵木版画は大判で「390ミリ × 270ミリ」だったそうだ。

大画面の精細画像を見て改めて浮世絵木版画の素晴らしさをよく知ることができた。

ところで、この催しがどこで開かれていたのかを紹介するのが後回しになってしまった。

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美術館の入り口にあった展示案内

熱海市にあるMOA美術館で開催されていた。

訪れたのは10年ぶりぐらいだろうか。

入口は二か所あった。美術館は山の斜面を上手く生かして建築されていて、三階部分も山道に続くロータリーに接しており三階入場口となっていた。そこから入場すると2階の展示会場まで階段やエレベーターで下りることになる。もう一か所は展示会場の建物のはるか下方にエスカレーター入場口があって、そこから長い、しかも幻想的なムードを醸し出しているトンネルの中をエスカレータを乗りつぎながら上に向かうのだ。

そこを通り抜けるだけでも価値があるというのは言い過ぎか。

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エスカレーター入場口

さあ、ここからトンネル。上を目指す。

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エスカレーターで上りきると芝生広場もある「ムアスクエア」と名のついた展望台に出る。

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ヘンリー・ムーアのブロンズ像「王と王妃」、だからムアスクエアなんだ

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展望できるのは相模灘と伊豆半島の南方向。熱海城も見えた。

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その後、2時間ほどゆっくり鑑賞して帰途に就いた。

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今回の鑑賞が出来たことで、さすがゴッホに影響を与えただけはあるなと再認識した。

以前はそれほど感じなかった構図のすばらしさ、遠近法の活用、立体的描写そして風俗や人物の表現の仕方などなど。

江戸時代も末期になると庶民もなんとか旅が可能になったようだ。関所が各所にあり、なかなか厳しいものだったようだが、湯治や社寺参詣といった旅目的の場合は比較的甘かったようだ。それに加え、大名などの参勤交代などのために道も整備されてきていた。

庶民も、広重などの絵などに見えた各地の様子を知って、旅を思い立ったそうだ。

Digital Remixは7月1日まで、あと一か月催しているよ。

併せて言えば、4月の終わりにTV NHK BS で「広重ぶるう」というドラマが放映された。

広重がまだ画業でなく、家業の火消しで生計を立てていた頃から話は始まり、試行錯誤の末にようやく画風が庶民に受け入れられてきた頃までを描いていた。寄り添い、生活費の工面までしていた妻の加代は道半ばにして先立ってしまった。

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ドラマを観て、改めて私は広重について苦節何年などとは縁がない最初から名声ある「五十三次」の浮世絵師としか認識していなかったようだと思った。ドラマを通して見えてきた「実像」は思っていた者とは全く違っていた。広重理解が少しだけど深まった。(配役 歌川広重 : 阿倍サダヲ、妻加代 : 優香)

 

2023年12月14日 (木)

文展から百十余年の歴史を引き継いだ新「日展」。戦時中など大変な時期もあったんだねー。

 お腹も満たし、身体も休めた。さあ、洋画から鑑賞再開だ。

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日展に足を運び始めた昔、日本画展示会場から洋画の会場に移った際、日本画で得た感動はそのままであるが、それまで自ら思い込んでいた和洋の違いはなんだったのかと戸惑いを感じた。それは描かれる対象についてだった。

前にも触れたが、子供のころの感覚で言えば、日本画は浮世絵や山水画さらには屏風画等など歴史教科書で紹介された作品群のイメージだった。それが描画対象だけで言えば和洋共に「・・でなければならない」と言うものがないことに気付いたのだ。

その時点で調べ理解したのは伝統技法や画材(日本画で言えば墨、糊粉、岩絵具、膠、絹、和紙など)の違いで分けられると言うことだった。

この辺りのことは、年々の変化著しく、和洋融合しているところもあり、美術館によっては区別せずに共に絵画とし、彫刻等他の美術作品と分けているところもあると聞いた。

今回は日本画も、洋画も出品作品が多く描く対象も多彩だった。

それにしても洋画も凄い。

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Smorzando  西房浩二さん  

内閣総理大臣賞

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ベランダ 橋浦尚美さん 

特選

会場で「日展ニュース」パンフをいただいた。

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パンフ冒頭で日展理事長の宮田さんが挨拶していた。

「コロナ禍が少し落ち着いた今、触れ合い可能なイベントができその解放感は計り知れない」

「この時にこそ、文化の力、芸術の力、美術の力をもって、世にときめきを発信する大きな役割が日展にある」と語っていた。

本当にそうだね。大いにときめきをいただいた。

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木造船 ‘23  吉田定さん

特選

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パンフに広島大学名誉教授の金田晋さんが寄稿していた。

戦争で中断した日展がアジア太平洋戦争終戦の翌年3月には早くも再開されたことについてだ。

その時尽力された方として南薫造さんが紹介され、そのお話に考えさせられた。

南さんは終戦前年1944年に戦局で困難になりつつあった東京での生活からの退避と、自らの「絵画のぎりぎりのところから生き直そうとする決意」(原文通り)のもと故郷の広島県安浦町に帰った。

そこはオランダ軍医のシーボルトも絶賛した瀬戸内の多島美が眺望できるところだった。

ところが、軍は「軍事機密漏洩防止のため」瀬戸内海の描画を禁止していた。そこを通過する呉線列車の海側の窓は外を見れないように遮蔽されていたという。

南さんは故郷で絵筆を持つことができなかった。(日展ニュース6頁)

そして広島に原爆が投下された。

そういうことも手伝って日展再開に尽力したのだろうか。

(第1回は文部省美術展覧会「文展」として1907年にスタートし、「帝展」「新文展」「旧日展」そして現在につながる。)

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ロマネスク追憶 松井茂樹さん

特選

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輝きの朝 白井秀夫さん

入選

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漁港の朝 出口貴子さん 

入選

軍部は「漁港の朝」のような海の風景を描くことさえも禁じたのだ。

現在世界を震撼させているロシア、ウクライナ、そしてイスラエル、ガザ、さらにはミヤンマーなど軍が政治を牛耳る所では、結局は人々の生活など顧ることなく軍の論理が優先してしまうのだな。ましてや美術工芸などを語れば反軍思想だとされ抑えられかねない。

ちょっと気を引き締めるか!

さて、あとは彫刻と書。

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まなざし 石膏 窪信一朗さん

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パンジーは俯瞰する 石膏 田原迫華さん

特選

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うん、いい!美しい!でも読めない!

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討伐 筈井淳さん

特選

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彪如 石川靑邱さん

特選

書の会場は3階だった.

そこから1階のカフェ バントリーがこんな風に見えた。

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雨も上がったので、正面玄関から表に出て美術館の外周をぐるーっと回るように歩いて地下鉄駅に向かった。

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半日かけた鑑賞となったが、なかなか見応えがあった。

2023年11月30日 (木)

「日展」に行ってきた!対象・構図・描画法混在の展示作品ヤッパリいいね!

晩秋から、初冬にかけて恒例としているのが日展(日本美術展覧会)と菊祭りを覗きに行くことだ。

遠かろうが、近かろうがである。

ただ、コロナ禍でちょっと中断したけれど。

で、今年はまずは日展に行ってきた。

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 地下鉄千代田線乃木坂に着いて、そのまま階を上がるとそこは、もう国立新美術館。

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絵画素人である私などにとっては多様なジャンルが一同に会し、多彩な絵画を見ることのできる日展のような展示は大変楽しい。

 

先ずは日本画から覗いた。

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中学生のころに美術の授業で教えてもらった「日本画」のイメージが頭の隅に残っているのだけれど、ことごとくそのイメージは壊される。まさに「嘘をー」なのだ。

 

毎回のことだけれど、写真撮影が許されている。

ただ以前は受付で写真を写したい旨伝えると、許可のしるしに腕章のようなものを渡されることがあったが最近は壁に貼り付けられた注意書きを守ればいいようだ。

注意書きにはフラッシュや動画はだめだよということに加えて、今回のようにブログなどで作品を紹介するときには必ず作家の氏名も併記することなどが書かれていた。当然ながら商売に利用していけないことは言うまでもないけど。

先ずは日本画作品で評価されたものから。

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「驟雨」 山田浩子さん 

入選

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「古梅香香(飛鳥)」 久保嶺爾さん  

特選

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「天体観測」 福田季生さん 

特選

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「舟屋」 竹内昌二さん 

特選

特選作品はまだ何作かあったが紹介は以上とする。

今年は出品作品というか展示作品数が多いように感じた。

日本画だけでも24のフロアーがあった。そしてフルに展示されていた。

ユニークに感じた二作品を紹介して次に移ろう。

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「地球のドラマ」 古澤洋子さん 

東京都知事賞

絵上部の方がどのように描かれているかよく見えない。少し拡大すると、なるほどドラマだ。密集した建物が描かれている。

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「とき」 山形彩月さん 

新入選

以上、すべて日本画なのだ。認識していたイメージとはちょっと違うな!

観賞を開始したのが午前10時台だった。

日本画の区画を出たのが、すでに12時台に入っていた。

疲れた。

外は雨が降り始めていた。

昼食は中で取ろうと探ると各階に飲食コーナーがあり、地下にもカフェがあった。

今までは昼食は街に出てレストラン等に入っていたが、今回は雨も降り始めたし中のお店を使うこととした。

食事の前に、日本画に隣接して展示されている工芸美術を見てみよう。

工芸美術は9区画に展示されていた。

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工芸美術と言われても総体としての美術品というイメージで捉えるだけで、細かいジャンルはよく知らなかった。日展では、陶器、磁器、象嵌、染、織、刺繍、藍染、人形等など多彩に分けられていた。それに加え立体作品、平面作品、壁面作品などのとらえ方もあるようだ。

高く評価されていたものを見てみよう。

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「大地を渡る風の詩をきいて」(人形)

山田和子さん 

入選

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「大地のうた」(木) 谷口信夫さん 

特選

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「風に乗って」(鍛金) 石黒美男さん 

特選

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「月の器・想日」(磁) 武腰一憲さん 

東京都知事賞

なかなか素晴らしい。

審査員の方が仰っていた。審査というと落とすためということがすぐ浮かぶが、そうでなくいいところを探していい作家を見つけるという姿勢で審査したと。

さて食事だ。B1のカフェ「カフェテリア カレ」で美味しいスパゲッティをいただいた。

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さて、食後に洋画コーナーとなるのだけれど、はや明日は12月だ。シーズンも気にしながら次は「菊祭り」での美しい花々を紹介し、その後再び国立新美術館にもどることとしよう!

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2023年10月 5日 (木)

山下清展 「百年目の大回想」へ行ってきた!

身内にメキシコ展の話をしたら、自身も上野に行ってきたことに触れながら、あそこもなかなかだったけど新宿で開催されている山下清展も良いよと教えてくれた。

私は山下清展が開催されていることを全く知らなかった。

以前たまたまTV番組をチェックしていたら「裸の大将」(主演 芦屋雁之助 BS 12トゥエルビ)の再放送が始まっていることを知った。

なんとなく山下清が気になってはいた。というより、なんで今頃清さんが再放送?なんて思った。あとで分かったが今年は山下清さんの生誕100年だったんだ。(1922年~1971年)ドラマの録画も考えたけど、結局その時はセットせずにいた。

そんなこともあったからか「そうか、行ってみるか」とすぐその気になった。

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この日はもともとは連れ合いの実家菩提寺への墓参が決まっていた。

先ずは、そこへ。

中央線の最寄駅からそれ程遠くない寺なので、その後新宿に行くのも億劫ではない。

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境内にはいくつかの庵があってそのうちの一つに納まっていたのがこの像。稚児二人と戯れているかのようだが、なんというお名前か分からないものの、何となく親しみが沸いた。

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お墓を清めて最後に金剛力士像にご挨拶した。

ご奉仕を認めてくれたのか👌オーケーサインをくれた。

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寺を後にして新宿に向った。

山下清展会場は駅西口からそれほど離れていない「SOMPO美術館」だ。

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損保ジャパン本社ビルの敷地内に造られた外観ユニークな美術館だ。

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 山下清さんの作品は絵葉書などで見ていて知っていた。

生の作品を観賞したのは今回が初めてだ。

会場には山下清作品がおよそ190点展示されていた。

美術館五階展示場の第1章「山下清の誕生~昆虫そして絵との出会い」から始まり階下に降り三階の第5章「円熟期の創作活動」までじっくり観賞した。作品の写真撮影は禁止されていたけど各階の階段踊り場に作品を大きくデザインしたタペストリーが吊るされていてこれは撮影が許されていた。

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自画像をデザインしたタペストリー

観覧が進む中で、それまでの「貼り絵と放浪」という山下清のイメージが覆された。

 第一章は鉛筆画で始まった。清さん8歳から10歳ごろまでに描いたもののようだ。

12歳になって千葉県の養護施設に入園し、ちぎり絵の才というか画才が見出されたようだ。蜂や蝶々、カタツムリなど昆虫など小動物を貼り絵、ペン画などで表現していた。

山下清と名前が出れば作品として浮かぶのが冒頭のポスターに使われている「長岡の花火」の貼絵だろうか。そして、イメージとして浮かぶのが半ズボンとシャツで放浪した旅姿だろうか。さらに旅先で絵を描くというものか。

私もそんなイメージを長く持っていた。でも、それらは今回の「山下清展」で変わった。

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 スイスの町 1963年 貼絵のタペストリー

私などが抱いていたイメージなどは映画やドラマから作られ、それこそ拡散されたものだろうか。

私が知っている限りで言えば、最初に映画化されたのは1958年の東宝作品「裸の大将」のようだ。

この作品では小林桂樹さんが山下を演じている。

脚本は山下自身が綴った「放浪日記」をもとにしたようだが、山下はこの映画で描かれた「自分」と現実の「自分」とのギャップに悩んでいたそうだ。実際はおしゃれで外出するときはベレー帽をかぶりジャケットを着こなしていたそうだ。

もう一つ映画によって作られたイメージは旅先で描くというもの。これも実際は現場では描かず、驚異的な記憶力により、旅から戻ってきてから見たことをキャンパスに再現していったようだ。それも貼絵だけでなくペン画、水彩画そして油彩まで。

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パリのエッフェル塔 1961年 水彩画のタペストリー

展示会場でさらに驚かされたのは有田焼の皿に描かれた「長岡の花火」だった。素人的評価で言えば、貼絵の「花火」より素晴らしく見えた。

とても良かった。

なお、東京での展示は終り、10月7日(土)から11月26日(日)まで宮崎県立美術館に会場を移し同じタイトルで「山下清展」が開催される。

山下清さんをここにきて見直すこととなった展示会だった。

鑑賞後、清さんがギャップを感じたという映画やドラマの「山下清像」をあらためて知りたくなった。

遅ればせながらもドラマの録画を始めた。「山下清」で検索したところ、予定していた芦屋雁之助さんのドラマ(BS12)はすでに半分ほど回が進んでいたが、おまけというか塚地武雄さんが山下清を演じている別ドラマ(BSフジ)もヒットした。小林桂樹さんの映画はDVD版で我が家にある。3者の演じ方を比べてみるか!

 

2023年3月23日 (木)

久しぶりの観劇、結構リアルな芝居だった!演技もテーマも! そうそう、WBCのステージもすごかったな!

劇場は新橋演舞場。

JR 有楽町駅から歩き始めた。銀座四丁目の交差点に差し掛かった。

前方を見ると、雨の日も風の日も三越へのお客様の安全を見守ってくれている獅子が座していた。しっかりと感染防止のマスクをしながらも睨みを利かせていた。でもコロナマスクの所為か威嚇力というか威厳が落ちちゃったね。

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獅子の奮闘を讃えて先に進むと左手に歌舞伎座が見えてきた。そこを右に曲がると目の前にそそり立つお役所のような建物。

新橋演舞場、ここだ。

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ぐるっと回って正面玄関前にでると、劇場らしい雰囲気が漂ってきた。ここまで凡そ十五分。

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開演まであと三十分。早速予約席に向った。

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まさに演舞場。同じ演じる場であっても汎用的ホールとはちょっと趣が違う。

まだ席は埋まっていないが続々と観劇客が入ってくる。

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私たちの席は2階の舞台に向って右サイドにあった。俳優たちの顔がオペラグラスなど使わずともしっかり認識できた。もうすぐ開演。写真撮影はここまで~~。

さて、演目は「老後の資金がありません」

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中心人物二人を演じたのは渡辺えりさんと室井滋さんのW主演者。加えて、それぞれの夫として登場したのが、やはりお馴染みの羽場裕一さんと宇梶剛士さん。

 リアルなのは目の前の舞台で生身の役者が演じ得られる臨場感のみならず、もう一つは大袈裟に言えば演劇の主題、扱っている老後問題だ。

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ロビーではこのような作品も販売されていた

政府は現実を知ってか知らぬか老後には二千万円必要だなどと喧伝するものの、実行する施策は実態とかけ離れた年金ダウン支給やら受給開始年齢を七十才にする等々であり預金などままならぬのが実態ではないか。

一般市民の預金は政府や行政機関が示す水準にはとても及ばない。

演劇の中ではそんなことに加え、子供たちが自らの稼ぎを省みることなく結婚相手の親の乞うままに豪華な結婚式を予約してしまい、結局親の脛をかじってしまった。預金の相当部分が無くなった。あげくのはてに夫の失職。

全く身につまされた。まさにリアルなのだ。俳優たちの演技もすばらしかったからね。

同じころ原作が共通の映画も見た。(監督前田哲 出演天海祐希、松重豊)

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現実の老後問題は演劇、映画で描かれた所にとどまらない。

事実、老後もそうだけど少子高齢化の問題は深刻だ。

昨年度の出生人数と団塊の世代の出生数の比較がニュースで報道されて愕然とした。

2022年中に生まれた赤ちゃんは799,792人だった。前年はそれでも811,604人と80万人を上回っていた。

でも、団塊の世代の出生状況と比較されて驚いた。1947年には2,678,792人、1949年には2,696,638人の出生なのだ。’49年と比較すると昨年は三分の一なのだ。

そう言う流れからの帰結なんだろうけど、現在、生まれるのが少なく、死者が多いのだ。

2022年の死者数は1,582,033人で戦後最多だった。生まれた子供の約2倍だ。

そんな状況も反映して映画のテーマも「老後」が目立つ。

先週録画したばかりの映画「PLAN 75」(監督早川千絵 出演倍賞千恵子)は75歳になった人に安楽死を奨励する制度の名称をタイトルにしている。

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まあ、そこまで行かずとも、プアー老人とセレブ老人の存在を浮き彫りにした「我らがパラダイス」(NHK BS ドラマ  原作林真理子 出演木村佳乃、高岡早紀 他)も放映され、面白く観たけどね。

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もっとも人口減少が悪いというわけではないからね。

北欧を見ると驚く。スエーデンは国土は日本の1.2倍の広さなんだけど人口は1,045万人。フィンランドは554万人、そしてノルウエーは548万人だからね。

日本の国土、そして生産関係、生産力からするバランスのとれた人口はどうなんだろうね。

一説によれば8,800万人だって。(日刊工業新聞2017年10月19日)

 

ところで話は飛ぶけど、こちらのステージもよかったね。

WBC 、日本チーム優勝だ!

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2022年11月18日 (金)

迷いながらも久しぶりに「日展」に行ってきた。素晴らしかった!

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コロナ第八波が確実に押し寄せている。繁華な所への外出はちょっと躊躇する。

おまけにロシアとウクライナの戦争が悲惨な状態を残しながら先が見えずにいる。ロシア軍がドニプロ川西岸地帯から撤退したという報道があったが、穿った見方をする人に言わせれば核使用の前触れとも見れるようだ。

実際9月30日にプーチン(敬称略)が東部三州のロシアへの併合を宣言した時「州民は永遠にロシア国民だ。核を使っても領土を守る」と言った。(朝日新聞11月11日)

16日にはロシアミサイルの迎撃のためだったと言われているがポーランドの村で爆発があり二人が犠牲になった。

フェイクニュースだとしてもこんな状況下では Jアラートが鳴ろうとなるまいと防空壕にでも入っていたい心境だ。我が家に地下壕を掘らなくっちゃー。そんなこんなで行きあぐねていた「日展」だった。

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そんな折、新聞の文化欄で福田美蘭さんが、始めて日展に応募したと出ていた。

私はこの方については全く知らなかったのだが、実は福田さん、芸術選奨文部科学大臣賞やVOCA賞など実績十分な芸術家なのだ。

その方が「美術史への現代的美術的な問いを含んで」応募したと述べた。しかもその作品は、練馬で同時期に開催されている区立美術館の「日本の中のマネ展」に出品しているものだ。

結果は選外だった。ご本人は「納得いくところまで仕上げた作品なので、評価していただけなかったことは考える必要がある」と。

日展・洋画の外部審査員を昨年務めた東京ステーションギャラリー館長の富田さんがコメントを寄せた。

「日展の洋画は写実的具象の王道のような存在で、その辺りからどう評価されたか。傘下団体も多いので、無所属の人がいきなり出して入選する確率は決して高くない」と。(以上、朝日新聞11月1日付)

俄然、日展に行ってみたくなった。

でも、注意しなければいけない。

地下鉄を利用したのだが、皆マスクをしているものの乗客数は以前とあまり変わらなく座席は埋まり多くの方がつり輪につかまっていた。

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国立新美術館

いつ来ても目に留まるのが斬新なデザインの建物。外観も内装も。

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今回は新しいオブジェもセッティングされていた。

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いつもの通り日本画から鑑賞を始めた。

やはりと言うか「写実的具象の王道」。素人の私にも分かりやすい。

展示場に入るとすぐ写真撮影についての注意書きが掲示されていた。撮影はオーケー、但し作品を(ネットなどで)紹介するときには作品名と作者氏名を提示してくださいと書かれていた。スマホの拡散力なのか以前と違った流れだ。

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開館直後からスタートしたのだが日本画鑑賞だけでお昼近くになった。

会場近くのイタリアンレストランでスパゲッティを食べた。なかなか美味だった。

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戻っての鑑賞再開は書から。

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自慢ではないが自分の字について褒められたことなど一度もない私にとって、「芸術」の中でも「書」はよくわからない。絵やら彫刻などは小中学生のころ授業でやったが、それっきりで以来自分で描いたり、彫ったりは殆どない。でも書くことは乱筆であったとしても子供の時から現在までずっとやってきたことだ。にもかかわらず一番分からないことだから面白いと言えば面白い。

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「魚龍百戯」 宮本耕成さん

先日、書家の先生が「書」について講評していたのだがなるほどと思った。

「この書は構造的、技法的、空間的に素晴らしい。字間も行間もなかなかだ。磨かれた感性によるものだ」などとおっしゃっていた。そんなバランスが素人でもなんとなく凄いと思える字となるんだね。

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「閻爾梅詩」 竹山昶伯さん

確かに、私でも綺麗な字とかバランスがいい字などなど美しい字であることは感じる。多分、難しいと思わせるのは字の意味がよく分からないことからきているのかな。作品の出典を見ると「古今和歌集」「小倉百人一首」「万葉集」などよく知られた古典であったり、「萩原朔太郎の詩」やら、「国木田独歩の詩」などの作家の皆さんの作品もあったが、なかなか耳慣れないものが多かった。

その辺で納得したつもりになって「洋画」の展示場へ。

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絵心などないものの大いに目の保養になった。

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コロナ禍をかいくぐって来てよかった。

彫刻を堪能して帰途に就いた。

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2022年9月23日 (金)

絵画のみならず展望休憩室からの眺めも芸術だな~! 国立近代美術館 !

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国立近代美術館展望休憩室からの大手町方面の眺め

昼食を済ませ、国立近代美術館を目指した。

ゲルハルト・リヒター展だ。

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リヒターの展示作品を眺め観た。

正直言って、鑑賞後に何の疑いもなく世評と同レベルの称賛ができたのかと言うと、できなかったのが事実。

始めて観る者には作品は難物だった。

ではあったが 「Oh !」 と嬉しく思ったのは、こちらの美術館も写真撮影が可能だったことだ。

このところ行く先々で撮影オーケーだね。

そこで撮影写真を表示しながら作品やリヒターについて見えてきたことを辿り、探ってみよう。

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作品の鑑賞中、予備知識なしの私の目に入ったのはピントのずれた写真であったり、色使いに玄人の捌きを感じながらも何を表現しているのか見いだせない作品群だった。でも、傍らの解説を読んでいるうちに、ぼんやりと分かったような気になってきた。

単純に納得させられたのがステンドグラスとの対比だった。

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カラーチャート作品

このモザイク何?となるのだが、リヒターが制作に携わったケルン大聖堂のステンドグラスを見て合点がいった。

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壁一面のモザイクとステンドグラスでは同じデザインでありながら全く違う印象だ。

美術品等は見た目、視覚一番だと思い込んでいたのだが、作品解説が頭に入ったり、創作の背景やら目的が分かると理解がぐっと深まったような気にさせる。理解は視覚にも影響を与えるようで作品が違った風に見えてきたから面白い。

そんな私に、取って置きの番組が放映された。

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NHKEテレ2022年9月11日放映 日曜美術館

「ビルケナウ 底知れぬ闇を描く ゲルハルト・リヒター」と題する「NHK日曜美術館」の番組だ。待ってましたというほど素晴らしいタイミング。     

そして、もうひとつが、半年前に録画してあった放送大学青山昌文教授による「西洋芸術の歴史と理論」の講義。 但し45分講義が15回もあり一時に全講義受講は無理。先ずは1、2と最後の14、15講義の4講義を拝聴した。

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BS放送大学 2022年3月17日~放映

この二番組で知ったことがいくつかあった。

リヒターは第二次大戦前のドイツで生まれ育ち13歳で終戦を迎えた。

ドイツは東西に分断された。リヒターは住んでいた地理的条件で東側(ドイツ民主共和国)国民となった。

そしてドレスデン美術大学で学ぶこととなり、いわゆる社会主義リアリズム=「理想化された社会を写実的に描き、プロパガンダを目的とした絵画」(日曜美術館)を主とするアカデミックな美術教育を受けた。

後日、「社会主義リアリズムとは愚の骨頂です。中身もなく無意味で、ただのイラストに過ぎない。もちろん何の役にも立たない」(リヒター談 日曜美術館)等と言っていたが、「大学での基礎教育自体は有益だった」(new  art  style 2021 09 10)と振り返っている。

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外が見えるところにブロンズ像らしきものが立っていた。

大きなガラス板にその姿が映っていた。

と思いきや、内と外にそれぞれ立っていた。

1961年、リヒターはベルリンの壁ができる直前に西ドイツに移住(亡命)してデュッセルドルフ芸術大学に入学した。そこで、新しい絵画と出会い衝撃を受ける。

一つはアメリカ抽象表現主義美術家として自在な精神で表現活動をしていたジャクソン・ポロックの絵画だった。ドリッピングと言う方法で描かれていた。

※ドリッピング Dripping  = キャンバスの上に絵の具を染み込ませた絵筆をかざし、絵の具を画面に塗布することなくその飛沫を散らして着色する技法。(現代美術用語辞典web マガジンより)

もう一つはアンディ・ウーホルの「32個のスープ缶」に代表されるポップアートだった。マリリン・モンローをモチーフにした作品も有名だね。(日曜美術館より)これらアーティストとの出会いや技法が後のリヒターの作品に結実したようだ。

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アブストラクトペインティング 1

青山昌文教授は「芸術が、好き嫌いのレベルを超え、感覚的な趣味のレベルを超えた、奥深いものであるということが分かるようになることが、この講義の第一の目標です」とおっしゃり、講義の1~2講でプラトン、アリストテレスまで遡り、芸術がただ美しいと言った印象にとどまらず「いかに同時代の哲学・思想と根本的に結びついていたか」「社会の危機的諸問題を見据えていたか」ということを強調された。

また、後半の講義ではピカソからウーホル、村上隆の作品まで取り上げていた。

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アブストラクトペインティング 2

私事であるが、あくまでも私的思い込みの域を出ないもののリヒターが微かに見えてきた気になった。

でも、私にはいまだに写実的なものの方が分かりやすいし、好きであることには変わりはない。

リヒターの作風は多彩であるが手法別にシリーズとして見ると、さらに理解できたような気になってくる。

 

先ずは「フォトペインティング」シリーズ

 先に「ピントのずれた写真」と見えたものの一つが下の作品「モーターボート」。

写真をキャンバスに投影しながら忠実に描くが、輪郭を微妙にぼかしている。

写真のように見えながら、まさに絵なのだ。

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 モーターボート (1965年作品)

「アブストラクト・ペインティング」シリーズ

上掲のアブストラクトペインティング1、2とタイトルをつけた抽象画がその作品だ。

スキージと呼ばれるゴムベラやキッチンナイフなどを使い何層にもなった絵具を削ぎとりながら色彩を露出させるそうだ。ちなみにリヒターの作品の中で一番多いシリーズだそうだ。

「オーバーペインテッド・フォト」シリーズ?

写真の上に油彩やエナメルでペインティングして、写真を抽象的な絵画に変化させる画法のようだが、では下の作品は何だ?

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 ビルケナウ (2014年作品)

 ビルケナウとは「アウシュヴィッツ第二強制収容所ビルケナウ」のことだ。ここには多い時で90,000人もの人々が収容されており、その内70~75%がガス室に送られ殺された。主にユダヤ人だった。その収容所名が作品名だ。

まさに主題はホロコーストだ。

リヒターはこの作品を2014年に完成させているのだが、ナチスの絶滅政策・大量虐殺=ホロコーストという主題に取り組むにあたって、適切な表現方法を見つけられず苦労していたとのこと。完成させた後ようやく「自分が自由になった」と感じたそうだ。(Exhibition  Highlights  東京国立近代美術館)

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一休みしてお堀端の花を愛でよう!

作品「ビルケナウ」は第二次大戦中に収容されていた者が隠し撮りしていた写真を下地に、オーバーペインテッド的手法で塗りつぶし始めた。ところが、そこに止まらずアブストラクト的手法が続き、下地がほとんど伺えないまでに絵具が塗り重ねられていった。そんな風に見えた。

素人目にはよくわからないことが多かったが青山教授の講義を頭の中でモグモグ反芻すると「そうか」と思えてきた。

頭が少し整理できてきたかな。

今回の週記は期末テストの急拵えの試験準備みたいだった。でも、前よりちょっとリヒターが分かってきたみたい。

2022年7月 1日 (金)

美味しい看板料理で腹ごしらえして、竹細工の展示場に向かったよ!

長八美術館を出たところで遅い昼食をとることにした。

道路を挟んだ向かいに料理屋さんがあった。

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食べたのは、まさに看板メニュー「磯めん」。そして「ところ天」、こちらは無料の食べ放題サービスだった。

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蕎麦が用意できるまでの間、「ところ天」を客が自由に盛り付け食べたいだけ食べることができるのだ。

久しぶりに食した「ところ天」だったが、この原材料は地元のさらし天草(てんぐさ)だ。美味しかった。

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海藻が練りこめられた麵、その名が磯めん。コシがあり磯の香りが漂う。かき揚げは、かりっとなかなかの味。これらを食べることができただけでも来た甲斐があった。

腹ごしらえができて竹細工の展示場「伊豆文邸」に向かった。

「伊豆文邸」は松崎町が管理する築112年の歴史建造物だ。

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伊豆観光公式サイトより

かつては呉服屋さんだったそうだ。

たしかに、入ると時代劇に出てくるような土間があって上がり端は呉服が並べられるようなスペースが広がっていた。ま、その奥に算盤をもった番頭さんが座っていたんだろうな。

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側面はなまこ壁に覆われていた。

この6月14日、たまたま竹細工についてのTV番組があった。

NHKBSの「イッピン」。2018年の再放送だがタイトルは「ピーンと張って 優雅に曲がる~大分 竹細工~」。

財前直見さんがリポーターとなって九州大分の竹細工を紹介していた。なかなか美しい工芸品だ。和傘の伝統を活かした和傘行灯、竹で作られたイヤリングなどなど。ここでは真竹が使われていた。イヤリングなどはなるべく真っすぐに伸びた若い竹を選んで素材としていた。

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寺の裏山の竹林

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一方、「伊豆文邸」に展示されていたのは150点もの竹細工だった。大分に決して引けを取らない。しかも、この作品群、松崎在住で御年77歳の斎藤さんという方の創作。40年前に趣味で始めてコツコツ作ってきたというから驚かされた。

その長い間の試行錯誤の結果なのか材料が竹であることには違いないのだが、独特だった。

古い民家の建材として使われてきて囲炉裏の煙にいぶされ続けた「すす竹」なのだ。

それでは作品群を観賞しよう。

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やはり竹行灯はいいね。

放射状に映る影もいい。Dsc00999-2_20220628183401

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白川郷のミニチュア。これも光が灯る。

日用品もある。

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そして美人像。Dsc_6247-2

これらの作品、展示最終日に希望される方々に無料で譲られたとのこと。

粋な趣味人だね!

2022年6月24日 (金)

西伊豆松崎町へ!漆喰と竹細工の技巧を堪能! 感心したなー‼

伊豆半島西側にある町、松崎町を目指した。

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松崎町への途上にある「恋愛パワースポット 恋人岬」(伊豆市小下田)で一休み。

展望デッキの「愛の鐘」を3回鳴らしながら愛しい人の名前を呼ぶと愛が実るという霊験あらたかな地。

『🔔○○○、🔔○○○、🔔○○○』 💖 ❗

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我が家の奥方の情報収集で、松崎町を訪れることが決まったのだ。

「西伊豆、松崎町に住んでいる方が趣味で始めた竹細工が公開展示されて評判みたい。とても素敵だから行ってみよう」と車運転の要請をしてきた。

そこまで行くんだったら「長八美術館」や「岩科学校」等の名所も覗いてみようかということで話がまとまり出かけることになった。

コロナ前までは年に一回は仕事など所用で下田を訪れていた。

伊豆半島の先端に行くルートは主として三つある。

一つは熱海から国道135号線の東海岸を南下する道。

二つ目は沼津・三島から136号線を通り、途中で414号線に移り天城越えをする道。

三つは沼津からずっと海岸線、あるいは136号線で土肥から海岸線に出る道。

おまけに加えれば小田原から箱根峠を超えてそのまま伊豆スカイラインに入る方法だ。

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海は終日霞がかかり、時折太陽が顔を出す感じだった

この日は136号線で伊豆半島西海岸に出た。

下田に行っていた折は帰り道では様々なルートを通った。松崎も通過点だった。何回も通りながらも実は観光の目的地としたことが一度もなく今回が初めてだった。

驚いたのは伊豆中央道を通過して修善寺温泉への登り口にあるトンネルを抜けた時だ。

全く違った光景が広がっていたのだ。

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以前ならトンネルを抜けるとそこは下田へつながる昔ながらの街道だった。ここをのんびり進もうと思っていたのだが、なんと眼前には高架とトンネルが続く自動車専用道路が伸びていた。(伊豆縦貫道の一部、天城北道路)日進月歩だ。

この新しい道路はコロナ危機の中、工事が進められ開通にこぎつけたようだが伊豆縦貫自動車道の一部区間だ。この自動車道が全区間開通すると東名高速沼津インターから下田まで従来なら150分かかっていたものが60分まで短縮されるとのこと。あと何年かかるのかな?

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 まず向かったのは、「岩科学校」(国指定重要文化財)。

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岩科とは地名だ。1873年、明治維新から5年たった時、岩科村戸長だった佐藤源吉が「中央の文化に遅れるな」と学校を開設した。校舎は7年後の1890年に完成した。

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正面玄関に掲げられた「岩科学校」の扁額は時の太政大臣三条実美の書だそうで、その上に浮彫のように掲げられている龍はこの日のもう一つの目的地の名称にもある「長八」の作なんだって。

長八美術館に向かった。

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美術館を訪れるたびに思うことは、展示されている作品もそうだけれど収蔵している建物そのものも立派な芸術作品だということだ。

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この建物は美術館ではないね。どちらかというと作品。本格的な「なまこ壁」の蔵だ。蔵の名は「夢の蔵」。この建築に携わったのは松崎蔵つくり隊など左官屋さんを含む有志だ。美術館前の町有地に「なまこ壁技術伝承事業補助金」3,000,000円を資金にして実に19か月もかけて落成にこぎつけた(2010年3月)。「なまこ壁」の本格的蔵が建てられたのは実に70年ぶりだそうだ。失われていく技術というか技(わざ)は色々とあるのだろうけれどこういう取り組みはすばらしいね。

さて、美術館などでは展示されている美術作品は多くが撮影禁止だ。長八美術館でも一部を除いて撮影はできなかった。そこで、美術館の雰囲気だけでもブログに留めておくため建物を角度を変えながら撮影してみた。

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さあ、正面から入ろう。

その前に、階段下にある「老人と子供」像を鑑賞。

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入り口を抜けると、両脇がなまこ壁で囲まれた青天井の石畳だった。

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敬虔な祈りが聞こえてきそうな佇まい。

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Dsc01030Dsc01035Dsc01040さあ出口だ。つぎは竹細工の鑑賞だ。

今回のブログ、写真・図が19枚も使ってボリュームが大きくなった。竹細工作品の紹介は次の機会にしよう。

どこであってもそうだろうが、せっかく来たところ、通りすがりの地で終わらせず、とどまり、ゆっくり歩いてみると、結構魅力を感じるものだ!

2022年6月 3日 (金)

チラシに釣られて平塚市美術館へ向かった! よかったな!

チラシに釣られて平塚市美術館(神奈川県平塚市)へ行ってきた。

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作品はもちろん素晴らしく、また面白かったが、表現方法というか手法について大変いい勉強になった。かと言って私が芸術、とりわけ絵画や彫刻に挑戦できる訳じゃないけれど。

昨年の町田市美術館での版画について得た知見もそうであったが視野が少し広がったような気にさせてくれた。

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Dsc09904-2美術館自体もなかなか立派だった。

館内もユニークというか、訪れた人を楽しくする着想がある方のコンセプトかなと素人なりに感じた。

受付で迎えてくれたのは等身大のユニコーンだった。

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チケットを購入して展示場に向かった。

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内装もいい!

「リアルの(写実の)ゆくえ」の展示会場の入り口前にリアルなイグアナがいた。

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 生々しく今にも動き出しそうだが金属製なんだよね。

 展示場に入ると作り物ではなく本物かと見まがう作品がいくつも目に入った。

満足した。

この展示については朝日新聞(2022年5月17日付夕刊)の特集「彩る」にベネチア・ビエンナーレの案内とともに掲載されていた。

記事の中で「出品作品のうち7割ほどが立体表現、3次元の対象を2次元に変換する絵画と異なり、モノとしての存在感が見逃せない。立体表現は本物以上の生々しさ」とあった。確かにそうだった。冒頭のチラシの関取の動きやら筋肉の表現もそうだったが、驚いたのは義手が作品として展示されていて、その精巧さには驚かされた。

さあ次は、「けずる絵、ひっかく絵」だ。

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この展示の中で、知人からも勧められていた山内若菜さんの作品に圧倒された。

彼女は「原発事故や原爆で傷ついた『いのち』をテーマに制作を続けている」そうだ。

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山内さんの作品は撮影が許可されていた。

福島原発事故を題材にした「牧場 放(はなつ)」

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長崎をテーマにした「天空 昇」

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広島をテーマにした「刻の川 揺」

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作品の大きさが分かるね!

説明に創作手法が出ていた。

「和紙の上に墨や絵の具を塗り重ね、布で画面をふき取り、洗い流し、紙やすりで削り取るという作業を繰り返して描く」そして「奪われていった命の大きさ、事故の現実が小さくされているからこそ、現実の大きさと同じ感覚で見てもらいたい」のだそうだ。

視野が広がりました。私も引っ掻いたり、削ったりしてみよう!

ちなみに6月12日(日曜日)まで平塚市美術館にて展示中。

 

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