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旅行・地域

2026年7月16日 (木)

懐かしいなマレーシア、身内が久しぶりの海外旅行、東南アジアを満喫だ!!

某国大統領の千変万化とも言えるような言動もあって、期待した戦争収束も覚束なくなった昨今だけど、我が身内は危機を回避しながらマレーシア、シンガポールへの旅を楽しんできた。

中東での戦は東南アジア方面には直接災いが降りかかることはないものの日本と同様にじわじわと生活に影を落としつつあるようだ。

そんな中ではあったが、楽しい旅を終え、お土産と撮影写真を持って寄ってくれた。

私もアジア諸国を何度か訪れているけど、マレーシアは2007年3月に訪ねた。はや19年も経ったんだな!

今回はその時に撮影した写真と直近の写真で現地の様子を見てみよう。

今回の夕景写真には圧倒された。

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マレーシア マラッカの水上モスク

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私もマレーシアで印象に残ったエリアはいくつもあった。

ペトロナスツインタワーもそうだ。1996年の完成だった。

事前に調べで分かっていたツインタワー建設での韓国と日本の企業の競い合いと協力に注目しながら出来栄えを見た。

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2007年撮影 タワー1日本(左) タワー2韓国(右)

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2026年撮影

バツ―洞窟も大変魅力的だった。

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2007年撮影

この長い階段を上ったところに洞窟がある。

現在はヒンドゥー教の聖地となっているのだが、1989年の平和協議まで、この地はゲリラのアジトだった。

今もミヤンマーやタイで続く軍事政権など、決して人々にとって安穏に暮らせているとは言えないものの、第二次世界大戦後から続いたベトナムやカンボジアでの戦争やここマレーシアでのイギリスからの独立戦争や内戦等々は収まり、現在は平和な日々が続いている。1940年代の日本軍の進駐など日本も無関係でないけどね。

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階段の上からふり返って見た

人々がハーハー云いながら洞窟を目指していると左手の岩の下の木陰から覗いているものがいた。

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猿の母と子だ。人を恐れず、また何かをねだるでもなかった。

さて、クアラルンプールでは夜ごとライブハウスでロックを楽しみながら、アルコールも嗜んだ。

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その際のことだけど、たまたまその日その時間は外国人は私だけだったようで、リーダーらしき人がステージから降りてきて、私に声をかけ握手を求めてきた。マレー語でなくて英語でね。わかる範囲でうなずき対応した。演奏後の拍手のタイミングが良かったからかな?

市内も散策。

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中華街かな?

セントラルマーケットの中でこんな方ともお会いした。

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マンツーマンのライブもとても良かった。

そしてマラッカに向かった。

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左手はキリスト教会の遺跡だ。

外見はしっかりしている風だけど、中に入ると壁が周りを囲んでいるだけで天井のみならず屋根もなかった。

石造りなので雨が降れど大丈夫なんだね。

そして、右手に立つ方はかの有名なフランシスコ・ザビエルさん。

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近づいて拝顔すると、何か違う。日本の教科書で馴染んできた印象と違うのだ。

たまたま昨年2月に放映された放送大学の「歴史の中の人間 第7回 フランシスコ・ザビエル」の中で教科書でよく見た「ザビエル像」が紹介されていた。

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17世紀初頭に描かれたとされている

そう、ヘアースタイルが違うのだ。マラッカのザビエルは現代人を思わせるダンディなヘアーだ。

日本に来た時とマラッカにいた時では歳が違うのではと思ったのだがそうでもない。

ザビエルは1506年4月生まれで、1552年12月に亡くなっている。46歳だった。若かったのだ。

生まれたのはスペインに併合されたバスク地方。

1541年になり、キリスト教伝道の旅を開始する。リスボンを出港して一か月後にインドのゴアに到着。

1545年9月にマラッカ。この時39歳。

1547年12月にマラッカで日本人アンジローと出会った。日本滞在中はアンジローが通訳を務めた。

いったんゴアにもどり1549年4月、ゴアから日本を目指して出港。43歳だった。

8月15日薩摩に到着。島津家では鷹揚に対応してくれた。

キリスト教への改宗者も増えつつあったが列島全域での布教は実現できずいったん中国大陸に渡った。

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1552年になり中国・上川島で不運にも発病し、12月3日死去された。

マラッカのザビエルと日本滞在中の彼との年齢の差はわずかだ。ヘアースタイルの違いは日本での苦労が大きかった所為かな?

さて、我が身内はシンガポールに渡った。

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マーライオンのお土産だ。楽しい旅、そして無事の帰還良かった!

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2026年1月22日 (木)

年末年始富士山七景!やっぱり日本一の山だね!

身内が正月休みに我が家に泊まり、新年初行動のベースにした。4日の夜明け前の真っ暗闇の中、友人たちと富士五湖の河口湖に向かった。

初日の出から3日遅れだけれど、やはり富士山は神々しく美しい!

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2026年1月4日早朝、河口湖から望んだ富士山

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さて、この美しい新年の富士山の美勇姿に続けて、年末年始に撮影した富士山を紹介したい。

先ずは、やはり富士五湖の一つ、西湖からの眺め。

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昨年末には久しぶりの御殿場富士山仏舎利塔訪問をして、富士山の撮影ができた。

東名高速御殿場インターで降りて、箱根方面に上っていくと程無く着く。

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晴天に恵まれ、美しい富士山がそこにはあった。

この日も、外国から訪れた人々が楽しそうに散策していた。

欧米人が多かったけれど、中々マナーも良く、すれ違うとニコニコと笑顔で挨拶してきた。

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もう少し近くで見ようと、富士登山道御殿場口を目指した。

左手に米軍基地、右手に自衛隊の駐屯地、時には武装した兵士の一群を見ながら向かったのだが、時期が時期、当然だが入口は閉鎖されていた。

インターに戻りながら見つけた脇道に入った。なんとか撮影することができた。

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海からの富士山も観たいと、そのまま下り、沼津インターから駿河湾に向かった。

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沼津市の海岸

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見返りカラス

晴天だ。夕焼けもキットいいだろうな。もう少しだ。

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見事!

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足を伸ばして、伊豆縦貫道沿いの狩野川からの富士山も見た。絶景だ。

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このところ、日本列島のあちこちで激しい揺れや山火事やらと災害が相次いでいる。加えて、危惧されている一つに富士山の噴火がある。前回の噴火は江戸時代の宝永噴火(1707年)だった。それから319年が過ぎた。その前は西暦864年に始まり866年に治まった貞観大噴火で宝永の841年前だった。それぞれ大きな被害をもたらした。

下の写真、富士山中腹の窪んだところが宝永噴火の傷痕だ。

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なんとか、この景観をいつまでも観られるように願うばかりだ。

2024年5月 9日 (木)

我が身内が黄金週間のゴールデンツーリングで酒蔵巡りと名城を訪れる旅を楽しんだって!

今年のゴールデンウイークは、人によっては10日間連続休暇も可能だったようだ。

前半、所によっては天候不順だったところもあったが概ね旅人にはいい日を過ごせたみたいだ。

我が身内も6日間を酒蔵巡りと名城を訪れるバイクツーリングで楽しんできた。

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旅程は先ずは長野諏訪地方の酒蔵巡りから始まり、岐阜、愛知、静岡を訪れ、そして山梨で湖と富士を眺めながら帰途につくというものだった。全6日間の旅だ。

 

私はお土産の酒蔵直買いの日本酒とツマミに舌鼓しながら、ほろ酔い気分の中、土産話を聞かせてもらった。

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諏訪市 麗人酒造(株) にごり酒 麗人

「にごり酒 麗人」は旨味と甘味が絶妙にバランスよく、美味しかった。砂糖や人口甘味料を加えない米由来の純粋の甘さだそうだ。日本酒は日常的にはほとんど飲むことはないのだが、これならば「最初はビール」でなくてもいけそう。

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諏訪市 宮坂醸造(株) 真澄蔵元

私の味覚が変わってきたのか、醸造方法が進化したのやら。でも、アルコール度数15度なので、飲みすぎに注意。

 

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岐阜県恵那市 岩村醸造(株) 濃州岩村城 女城主

酒蔵巡りも、こういった名酒に出会えるからいいね。

ちなみに私もかつて福島会津の酒蔵を廻りながら鶴ヶ城を眺めたっけな。

次は濃州岩村城だ。

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岩村城の石垣

岩村城、見事な石垣だ。まさに要害堅固。日本三大山城の一つであって、江戸諸藩の府城の中で最も標高の高い所に築城されていた。そして、酒の名前にも使われているように、城主は女性だった。しかも、その方は織田信長の叔母さんだ。

そして、岐阜城へ。

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金華山の山頂にある、と言えば斎藤道三の居城があった。そう、もとは稲葉山城。

信長は道三の娘・濃姫と結婚していた。信長16歳、濃姫15歳だった。

岐阜城は信長の義父の城だったのだ。次は木曽川沿いの犬山城へひと走り!

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信長誕生の地近傍だから当然なのかもしれないけれど、この城も信長の親族が築城した。

叔父の織田信康が1537年に創建している。

面白いと言っては無礼に当たるか、この年に秀吉が生まれている。

犬山城は日本最古の木造天守で、最上階には回り縁が作られている。国宝なのだ。

ここまで、すでに三泊。少し雨も降りそう。

近辺を少し回って、明日は静岡だ。

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愛知県新城市 長篠城址 合戦のぼりまつり

雨が上がった。静岡県に入る。目的地と定めたのは大井川蓬莱橋、駿府城、久能山東照宮などだ。

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チケットにも書かれているように、ギネス認定(1997年)の世界最長の木造歩道だ。

全長897.4m、通行幅2.4m。

いよいよ駿府城。

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家康が秀忠に将軍職を譲った後の居城だ。

1607年に天下普請として築城させた。3重の堀が囲み、7階にもなる天守を配置した相当勇壮な城だったようだ。ただ、1635年の火災で焼失してから天守は再建されなかった。その跡地が現在発掘調査中なのだ。先日、テレビ番組「絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城」(NHK)で奈良大学千田嘉博先生が説明されていたが、相当大きな天守台と天守だったようだ。

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駿府城発掘現場

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久能山東照宮社殿・博物館入場券

1616年家康は75年の生涯を閉じた。遺骸は久能山に埋葬された。

明日は伊豆半島西海岸散策だ。夕食を居酒屋でちょっと豪勢に食した。

刺身は地元駿河湾の深海魚なのだ。

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そろそろ渋滞が始まっているようだ。もう一泊してコースを考えながら行こう。

決定。富士五湖・山中湖経由で帰ることとした。

17147974496690山中湖と富士山

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カバ4号!落ちるよ!

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落ちた~! でも大丈夫、水陸両用車でした~。

人々も楽しく過ごしていたけど、彼らも家族水入らずでくつろいでいた。

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一休みして、道志川沿いに続く国道413号線(道志みち)を家に向かって走った。

高速道路を利用しなかったのは正解だった。道路情報の予測では5月5日の中央高速大月ICから八王子ICまで30㎞の渋滞だと発表されていた。

ひさしぶりの長旅だったけど、楽しいツーリングだった・・・・とさ。

ほろ酔い加減でいい土産話を聞かせてもらいました!

2024年2月15日 (木)

四年振りの長野・白馬でのスキー、滑って、飲んでを楽しみにしていたんだけど~

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太平洋側も大雪だった。朝7時前富士山を望遠で捉えた。

友人達から「久しぶりに白馬に行こう」と誘いがあった。

2020年まで、毎年同じスキー場で滑り、馴染みのペンションで飲んで談笑してきた。

ところが、突然のコロナ禍。3年間も行くことができなかった。

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先ずは八ヶ岳

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今回やっと望みが叶って行くことが決まった。鈍ったままの足腰ではゲレンデで覚束ないと、10日前ぐらいから普段の倍以上歩き柔軟体操も始めた。

当日午前6時、家を出た。寒かったためか、前日にビールを飲み過ぎたのか、変にトイレが近かった。

それでも高速道路には適当な間隔でサービスエリアがあり用を足せる。

Img_30623諏訪湖サービスエリア

ところが、諏訪湖辺りから、尿意があるものの出なくなってしまったのだ。

頻尿も大変だが出すものを出せば辛さはない。それが今回初めての経験で排尿困難がこんなに辛いと知ることになった。

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安曇野

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なんとかゲレンデに着いた。白馬五竜スキー場だ。

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しばらく休んで体調が整ったところでリフトかテレキャビン(ロープウエイ)に乗って滑ろうと思った。

驚いたのは広い駐車場が満車状態なのだ。

そして、さらに凄いと感じたのはすれ違う人々、休んでいる人々の半数以上が外国からのお客様、ことに欧米系の人々が目立ったことだ。

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常宿のペンション

しばらく休んだのだが、体調は一向に良くならなかった。

先に到着していた友人達に相談したところペンションのオーナーに聞いて近くの病院に行ったほうが良いとアドバイスを受けた。

直ぐ行った。速やかに対応してくれて、カテーテルの措置で楽になれた。

明日以降が不安なのでゲレンデを見て、スキー場の空気を吸うだけで帰ることとした。

外国からのお客さん達に混じって滑りたかったけど、渋々帰途についた。

でも、途中のサービスエリアで写真を撮ることができた。

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17時30分前に再び諏訪湖に

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17時40分ごろ空を見ると月がきれいだった。

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さあ、まだ先は長い。家にもどったら油断せず養生に努めよう。

 

2024年1月18日 (木)

鉄道駅は廃線で減っているけれど、道沿いにはずいぶん駅が増えたね。「森の駅」には驚いた!

新東名高速道路沼津・長泉インターから伊豆縦貫道に入ってしばらく進むと最初のトンネルの手前にサービスエリアがある。その名は「道の駅 伊豆ゲートウエイ函南」

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そこに併設されている「川の駅」からの眺めがいい。

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狩野川だ。

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川の駅では日本で唯一富士山に向かって流れる川・狩野川をウリに、川の流れや土手の遊歩道を活用しながらカヤック・面白自転車等で川上の市町とも連携した楽しい企画を用意しているそう。

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ドッグランの施設もあって犬連れの方々が散歩していた。

道の駅、川の駅に続いて、ここから10分ほどの所にある「村の駅」にも行ってみた。

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ここでは地元の農家の方が丹精込めて育てた野菜や果物を生産者名表示ラベル付きで販売していた。

その為、観光客ばかりでなく、地元の方にも人気で大層賑わっていた。

さて駅名のことで書き始めた。

「村の駅」まではこれまでも目にすることもあり知っていた。

驚いたのは「森の駅」だ。

村の駅から熱海に向けて進み、熱函道路を経由して伊豆スカイラインに入り十国峠に向かった。

30分ほどで着いた。数年ぶりに訪れたのだが驚かされた。

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森の駅になっていた。

ケーブルカーに乗った。

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山頂からの眺めは素晴らしい。

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富士山、相模湾、そして駿河湾も。

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もしかして、ここにある建物は「天空の駅」?Img_25389

夕刻が迫っている。「川の駅」での夕日がきれいだと聞いていた。もう一度行ってみよう。

下り電車に飛び乗った。

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富士山に夕日がさし始めた。

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伊豆縦貫道の側道を走っているとこんな夕景が見られた。三日月が出ている。

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川の駅にたどり着いた。

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何とか間に合った。

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そして帰路に就いた。

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北陸の方々には申し訳ないほど好天が続く。

被災地の方々への支援を何とかしたいが、現状行くことは困難だ。可能なことを探ってみよう!

 

2023年11月16日 (木)

山梨にテルマエ・ロマエのローマ風呂?

ローマ風呂だ。

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実は、山梨県立美術館でテルマエ展「お風呂でつながる古代ローマと日本」と銘打たれた展示会が開催されたのだ。Img_07591

開催の最終日が迫っていた。

とにかく行ってみようと、先ずは新東名高速道路で新富士インターから北上した。

このコースは富士山を右に見ながら北を目指し、富士五湖の一つである精進湖を経由して甲府に向けて進み山を下る。

途中「道の駅 朝霧高原」で一休み。ここは最終目的地には未だ道半ばであるが富士を仰ぎ見る場として必ず寄るべき所のひとつである。

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見事な富士山をとらえることができた。

駐車スペース入り口にも秋らしさが。

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少々休んで、出発。

甲府市内に入って昼食休憩としたので、山梨県立美術館駐車場に着いたのは午後2時近くになった。

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銀杏がきれいだ。甲府市中を走ってきたが道の街路樹に銀杏が目立った。

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山梨県立美術館

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今回の催しは古代ローマの人々の生活を「お風呂文化」を中心に紹介しているのだけど、古代ローマ研究の第一人者である青柳正規さんと芳賀京子さんに加え、漫画「テルマエ・ロマエ」の作者・ヤマザキマリさんの協力によって実現したとのこと。

映画「テルマエ・ロマエ」(第1作 2012年 第2作2014年)二作とも楽しく見た。

主演の阿部寛さんや北村一輝さんもまだ若く、今でも彫りの深い顔をされているが、若さゆえかそれなりにローマ人らしく見えた。

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第一作タイトル

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第一作 一場面

原作者のヤマザキマリさんはTVに出演されているのを時々お見掛けするが、その弁舌と言うか博識ぶりに感心させられている。生い立ちを見たがなかなか数奇な運命の持ち主だと感じた。

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日頃時間が許せば博物館や美術館を覗いてみているが、展示物のみならず、どこでも建物そのものの様式やら内装にいつも感心させられる。

山梨もそうだった。

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今回の展示物も一部を除いて撮影可能だった。

この催し、ナポリ国立考古学博物館との交流の中で実現した展覧会であった。

ナポリから届いたメッセージが掲示されていた。

この展覧会は「古代ローマの浴場を紹介するのみならず、浴場をテーマに据えて、古代ローマ世界と日本を比較します。両国の文明には相違点が多いように見えますが、実際には多くの共通点が、両者を結び付けています。火山をはじめ、医療、豊かな風土、人々の出会いや社交、考古学と地質学の綿密な関係など、両国に共通する要素が、2つの世界を結び付けています」とのことだった。

展示物としては被写体になるようなものはあまり多くなく、どちらかというと学んでいただきたいといった風な資料が置かれていた。

それでも、日本古来の銭湯というか風呂も紹介され再現展示が面白かった。

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驚いたのは古代ローマにおいて市中に大規模な公共浴場(ローマ風呂か?)が11もあって、それのみならず、小規模なものは900軒前後に上っていたというもの。

また江戸時代に定着した日本における入浴習慣なのだが、現在においても、東京だけでも約700軒の公衆浴場が存在しているとのこと。

納得したが、やはり実践検証が肝心だという信念の下、学んだことを忘れぬうちに、世に知れた「ほったらかし温泉」に向かった。

新日本三大夜景が眺められるという海抜700メートルの露天風呂だ。

甲府市から山梨市へ車を飛ばした。

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夕景が美しい。

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夕闇も迫り、富士山も夕陽に照らされていた。

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眼下には新日本三景はこれかという景観が広がっていた。

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一休みして帰路についた。

売店の前で佇んでいた黒猫さんが見送ってくれた。

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勝沼インターから中央高速に乗り帰路に就いた!

急なことだったけど来てよかった!

 

2023年8月 3日 (木)

ワン!近頃は人と一緒に泊まれる温泉宿があるんだよ! いい湯だな~♪♬

先週、おいら、身内と北関東から信州まで廻ったよ。

行く先々で驚いたのは、おいらと人が一緒に泊まれる宿が増えたことだ。

しかも温泉つきだよ。

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なかなかいい湯だ!

この湯舟、おいらたち、つまり人でない者専用なんだって!

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ここは天下の名湯、草津の湯!

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おいらも湯もみに挑戦だ!1690532565009-6

群馬の猛暑は承知していたけど、熱い温泉につかると気持ちよくて外の暑さなど忘れちゃうね!

さて、受付カウンターで冷たい物を頼もう。

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部屋でリラックスだ!

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部屋から見渡すと丘やら山々がいい!

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国道292号線志賀草津高原ルート

極楽極楽!

秋にまた来ようかな!お休み!

2023年7月13日 (木)

七夕だー!飲めや、踊れや、お祭りだ!

この季節、草花の生育にはとてもいいようだ。

光がさし、雨も降る。前日まで見なかったものが突然出現する。

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鬼ユリが開花した

タイタンビカスの赤い蕾が顔を出したことを伝えたのは先週木曜日の7月6日だった。

7月7日 奇しくも七夕の日の早朝。6時前、見事に開花していた。

赤花と白花との逢瀬は一年ぶりだ。

赤の織姫が白の彦星とやっと会えたのだ。

でも、そこには天の川のようにランタナが横たわっていた。

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白の彦星は川向こうに佇む織姫を見遣るばかりだった。

などなど、七夕は元々少し悲しい話のようだけど、私たちにとってはそんな悲しいイメージはない。

この季節になると仙台の七夕飾りを筆頭に各町の商店街が祭り気分で飾り付け華やかになっていく。そんなことを思っていたところネットで見つけた。

「ミズベリング・プロジェクト」なるものだ。

このプロジェクトが、7月7日に各地の水辺でイベントを開催し、午後7時7分になったならば、全国各地一斉に乾杯をするのだそうだ。どうも国土交通省が絡んでいるみたいだ。・・・川べりには天下り先などないよ!

※ミズベリングは「水辺+ring(輪)」、「(水辺+R(リノベーション)+ING(進行形)」の造語だって。水辺に興味を持つ市民や企業、そして行政が三位一体になって、かつての賑わいを失ってしまった日本の水辺の新しい活用の可能性を創造するのだそうだ。

行けそうなところを探した。あった。間に合った。

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午後7時を回っているのだが、まだ明るい。

7時7分 時来る!乾杯!

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小さなカップ一杯、でも、なんと価格は高級酒並みだった。けど、久しぶりのビアガーデン風飲み処、なかなか旨かった!

明るいうちは、各所のキッズダンスクラブだろうか、次々とステップを踏んだ。

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ステージは用意できた。

さあ、リズムに乗って踊りだそう!

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勢ぞろいしたぞ!

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次から次へ繰り出して!

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お姉さんたちも負けていないよ!

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思いがけずキッズダンスを楽しめた。

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宵闇が迫ってきた。

ほろ酔いのうちに、電車にのらなくっちゃ!

2023年6月29日 (木)

ペリーロードから寝姿山へ・・・下田散策!

下田公園のアジサイを満喫した。

次はペリーロードだ。

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港から了仙寺までの昔ながらの街並みをぬける遊歩道だ。

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1853年にペリー率いる黒船来航があり翌年日米和親条約が締結された。条文に下田は即時そして函館(当時は箱館)は1年後に開港することが謳われた。

了仙寺はアメリカ人の休憩所の一つだったようだ。

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町中には狼藉者を威嚇する大砲が今でも睨みを利かせている。

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石造りの蔵もいい味を出してくれている。(地元で切り出された伊豆石を使用)

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地元産のナマコ壁もいい。

江戸から明治にかけての街並みに興趣を添える。

Dsc07637-2Img_9291-2山門が見えた。ここは、創建1635年(寛文12年)の日蓮宗の寺で別名ジャスミン寺とも呼ばれている。

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本堂の前のアジサイも味があるではないか。

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アメリカ人が利用した寺だからというわけではないだろうが、何となく異国情緒を感じる。

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ここで情報が届いた。ぺリーの搭乗するフリゲート艦「サスケハナ号」が出港するという。

先ずは了仙寺を出て港に向かおう。

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無事の航海を祈りつつ、我々は寝姿山に向かった。

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山頂まで数分で着いてしまうのだが、この日は「天気晴朗なれど風強し」でロープウエイは揺れた。

上りはよかったけど、下りはそれなりのスリルを味わうこととなった。

まあ、ゴンドラの中を風が通り抜けられるような構造だったので揺れはかなり制御されてはいたけどね。

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なかなかの景観。

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黒船の航海も始まった。

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法隆寺夢殿を模して建造された”縁結び愛染堂”。(夢殿を三分の二のスケールで復元)

その横手には寝姿地蔵150体ばかり。

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俳句が添えられていた。”山かげに あかき椿や 野の仏”

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今回の旅は台風やら線状降水帯などが各地を襲う天候の定まらない日々の中で予定されたのだけど、晴天に恵まれた。全く幸運だった。

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感謝を込めて奉納し、帰途に就くこととした。

ありがとう!

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またねー!

2023年4月 6日 (木)

奈良の都は今も昔も政争続くも、いにしえの匂い、良さは今も残るね!

末の弟は大阪に親しい人たちがいるため、関西方面によく出かける。年明け早々に奈良に旅立った。旅の土産話と共に撮影された写真が届いた。

私も何年か前に奈良を旅している。古写真も交え平城京の都旅を振り返ってみることにするか。

(私の写したものと、弟の写した時季が違うのでちょっとおかしいかもね)

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そんなことを考えていたところ、総務省「捏造」騒動が新聞を賑わした。放送法をめぐる一件だ。

当事者は政権政党の奈良県連会長ではないか。この騒動に加えて奈良県知事選挙をめぐっても波立っている。結果、今、選挙戦最中の情勢は混沌とし、現職も、県連会長推薦候補も共倒れになりそうだ。そのあたりも含めて奈良を深堀りすると面白そうだけど、今回は風景と歴史建造物の写真だけとしておこう。

ただ、一言だけ言っておけば、この会長さんが数年前にTVニュースで勇ましく「テレビ局の電波を停止することがある」と仰っていた姿を、はっきり覚えているけどね。

間違いなく、あれではTV 局のみならず官僚も萎縮するなと感じた。(ネット情報を見たらその事を指摘するネタも早々に流れていて、思い出したのは私だけでなかったようだ。2016年2月のことだったけどね。)

それはさておき、古都にも外国からのお客さんが戻ってきたみたいだね。

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やはり、先ずは東大寺と大仏さんだね。Img_8376 Img_8375-3

廣目天さん(下の写真)は今の世相をどうご覧になられているのでしょう?

この方、四天王の一人として衆生を観察し、悪人を罰し、仏心を起こさせるのだそうだけど、期待したいね。

東大寺を巡りながら正倉院やら春日大社もゆっくり散策した。

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廣目天像

寺社仏閣もいいけど、こんな佇まいもいいいな。

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鹿だって、横になりたいよ!

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とは言え、見所は沢山ある。

一つは平城京の再現かな。

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8世紀に唐の長安にならって建設された平城京。大したものだね。

東西4.3キロメートルの広大な敷地。中央を朱雀大路が貫く。

それが復元されつつある。

でも、遺跡を発掘しながらの復元なので、ゆっくりだね。

そう言えば、4月3日に奈良市教委が発表したばかりだけど、日本書紀編纂に関わった「舎人親王」の邸宅跡地と思われる宅地遺跡が発掘されたね。その広さに驚いた。なんと、6万1千平方メートルだって。

平城京は今回の様子も以前訪れた時とそれほど変わっていないようだな。

Img_8460Img_8433以上は現在の姿(2023年現在)

10年以上前に訪れた時イベントが開催されていた。

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あと遣唐使船も実物大で設置されていた。

この後、薬師寺や唐招提寺そして法隆寺まで足を伸ばした。

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情報によれば、まほろばの里も今サクラが満開だそうだ。

背景に寺が佇む、しだれ桜なんていいね!

我が家の桜桃も今年は花が先行してくれた。

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 どうだんツツジとチューリップのコラボも実にいいよ👌

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ちょっと足を伸ばせば、こんな花見もできたよ!

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