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日記・コラム・つぶやき

2025年12月18日 (木)

熱海梅園もみじまつりが開催され、ライトアップもあるとの新聞記事を見た。行ってきた!

熱海梅園には梅の花が見頃の時季に訪れたことがあるが、もみじ祭は今回が初めてだ。

わが家のモミジもいつになく色づいてくれた。

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わが家の玄関横で枝を伸ばすモミジ(12/14撮影)

以前にも紹介したことがあるのだが、このモミジ、なかなか趣があるのだ。

写真で分かるように下部に生い茂っている葉と、上に伸びた枝に着く葉が全く別物なのだ。

どうも盆栽用に挿し木にされたものと知らずに購入したようだ。もう10年以上前のことで忘れてしまった。今年も上に伸びた枝の葉は、下部より2週間ほど早く葉を紅く染め、今は枯葉が残るのみだ。

そう言えば、以前友人のお母さんにいただいた桃花の盆栽が同じように違いを見せたっけ。

成長を見つつ花壇に直植えした。当初はしゃれた真っ赤な花をつけた。

しばらくすると、太い枝が上に伸び、春近くに蕾を付け開花した。

やはり同じ木からなのに何故と思わせる桃色の花が出現した。赤花を咲かしていた枝は伸びることもなく枯れてしまった。

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入園時にいただいたチラシ

記事の中でも、チラシに書かれているように「日本でもっとも遅い紅葉」をアピールしていることを紹介していた。

熱海梅園は東海道線熱海駅からJR伊東線に乗り換えて一つ目の来宮駅で下車する。駅前を通る熱函道路を右方向に坂を上っていくと見えてくる。

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ライトアップは16時30分からだ。およそ一時間ほど前に着いた。

先ずは、園内をじっくり散策し、自然光の紅葉を楽しんだ。

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紅葉ではないけれど、入園してすぐ目についた。なかなか素敵だ。

ツワブキだ。花言葉が時宜にかなっている。

「寒さに抗う渋い花姿に見る『詫びさび』の心」だって。

さて、明るいうちにこれまで行ったことがない最奥まで歩いてみよう。

そこには足湯があり、澤田政廣(さわだせいこう)記念美術館がある。

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園内を流れる「初川」のせせらぎもいい。とても情趣に富んでいる。

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古風な橋もぴったりだ。

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お見事!

Img_08034 もうすぐだ!

先ずは足湯を覗こう。

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なかなかいい感じ!

今日は足を浸けず、前進だ。

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この橋は梅園橋だって。向うに見えるのが澤田政廣記念美術館の建物。

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入口で人魚像が迎えてくれる。澤田は著名な彫刻家だ。この人魚も彼の作品で、名称は「海の賛歌」。同じものが平塚駅南口と八戸にもあるという。人呼んで三つ子の人魚だそうだ。

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そろそろ、日が沈むころかな。

韓国庭園を覗いて、ライトアップを待つことにしよう。

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未だ、明るいのだけど、月が顔を見せたぞ!

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さあ、いよいよライトアップだ。

 

 

2025年12月11日 (木)

バカリズムって何者?初めて知った。脚本を書くんだって。

溜め録りドラマを観た。

このところ、夕食時に家族が揃った時など録画しておいたドラマを一緒に見る機会がある。

そんな時は、用事がなければ大体2話分ぐらいずつ。約二時間ほどかな。

映画やドラマ、ドキュメントなどの録りっぱなしが少しは減る。

今回はドラマ「ホットスポット」。(日テレ 2025年1月12日~3月16日放送)

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脚本を書いたのはバカリズムだった。

主演は市川実日子。

バカリズムは役者としては登場しない。

結構面白かった。

巧妙なストーリーに魅了されたわけじゃない。

実日子さん達、出演した女優たちの交わす会話の自然さ、つまり、たわい無いおしゃべりが続き、自然というか、日常、普段を感じさせた。

普通であるはずの日々に、ホテル従業員の同僚に宇宙人が出現した。しかもETやらタコのような火星人でなく平凡な日本人の中年男だ。役者・角田晃広が好演している。

彼が言うにハーフなんだと。母親は地球人で父親が宇宙人なのだ。

ハーフ宇宙人の消耗した時の、力の回復の術が面白い。

彼が宇宙人らしい働きをしてエネルギーを使い果たしたとき、それを補い、回復させるのが温泉につかることなのだ。人類であり、日本人でもある母親の血を引いたのか。

そんな彼の前に新たに未来人が登場し、さらに超能力者が加わる。

最初はちょっと変わったドラマだぐらいに見ていたのだが、途中、はたと思った。

これがバカリズム流なのかと。

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WOWOW の番組表をチェックしていると、たまにバカリズム単独の公演を収録したものが出てくるのに気付いた。でも、どうせお笑いの単独ライブか何かだろうと決めつけて、あえて見ようとはしなかった。

でも、この度は「もしかしたら」と何となくインスピレーションを感じた。そして調べ検索して録画予約をセットした。

バカリズム流とはギャグの是非なのかプロットの良し悪しか、それとも彼の語り口、顔、体型?

例えば「バカリズムライブ番外編『バカリズム案9』」(WOWOW ライブ10月4日)。

番組が始まって間もなく、舞台上でバカリズムが立つ横の大型スクリーンに「人はなぜ電源を切らないのか」とのメッセージが出てきた。

これは何処の会場でもよく聞く公演が始まる前の観客へのお願いで「スマホの電源を切ってください」と館内放送されるもので、それが流れた直後だった。切ってくれと言っても切らずにマナーモードにするだけの人や、聞く耳無しの人、世間は多様な人々の集まりなんだという所から、バカリズムは話に入っていった。

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民放地上波でも、彼のあたらしい番組があった。

いくつか視聴した。

やっぱし、発想が斬新だと感じた。と言うか着想力なのかな。以前の番組の再開だったのだが、かつては撮影は大きなビデオカメラを使ったのだが、科学の進歩と言うのか、今じゃ同じレベルの撮影結果をスマホの動画機能で実現可能にしてしまうというところから始まった。(「バカリズムのワンカット紀行2第1夜、第2夜」テレ東10月14日、10月15日)

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カメラの撮影者がバトンタッチするように次から次へ変わり、場面も変わっていくのが面白い。それもスマホだから可能なんだけどね。まあ、同じバトンタッチでも切り口を変えるとユニークになるね。

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実はバカリズムの名はたまに見聞きすることはあった。でも、敢えて出演番組を探し見るほどには関心が強まることもなかった。

何故、芸名がバカリズムなのかと調べたところ、以前、お笑い芸人として相方とコンビを組んでいた時の名を引き継いでいるとの答があった。バカとリズムの組み合わせだって。

と言うか、世間で通用している言葉で名をつけると、そのイメージが一人歩きするので、一般にないだろう言葉を使ったということらしい。

何を気に入ったのかピン芸人になってもコンビ名を使っているんだって。ここで、バカリズムの着想力を真似て、ちょっと横道に入ってみた。

ピンって何だろうと調べてみた。初めて知ることになったのだけれど、なんとポルトガル語だって。意味は点(pinta)。

ピンキリと言う言葉もあるが、そのピンも語源は同じであり、キリも同じくポルトガル語で十字架やキリストを意味する(cruz)とのことだって。

南蛮貿易(16世紀半ば~17世紀初期)の絡みもあってポルトガル語が日本に入ってきたのだが、ピンキリは主としてサイコロ賭博で使われていたそうだ。ピンは「1」の目であり、「最上のもの」だって。キリは十字架が転じて十。十は終りを意味するから、最高から終りまでと言う意味かな。(十は漢字。と言うことは東アジアだけで通用する隠語と言うか符丁だったのかな)

いや、バカリズム的にごく自然に横道に入って行くと面白いね。

ところで、10月からバカリズムがMCを担当する新番組が始まった。

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「バカリズムのちょっとバカリハカってみた!」(テレビ東京10月15日~)だ。

これも着想の斬新さかな?

最初のテーマが「東京で一番ハイカロリーな料理」だった。

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それで、各店の料理のカロリーを測って出てきた答えが次のもの。

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11月22日の朝日新聞朝刊を見て驚いた。

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たまたま、注目していたバカリズムのことが出ていた。なんと2027年の前期朝ドラ「巡るスワン」の脚本をバカリズムが担当することになったという記事だった。

まあ、期待したいね。

 

2025年11月13日 (木)

立冬もすぎた。朝晩冷える。草木も装いを変えつつも、少し季節の変化に違和を感じているのかな!

先週立冬を迎え、我が家でも掛布団とともに毛布も使い始めた。やはり、暖かく安眠できる。多少は冬らしくなってきたかな。

玄関先で、例年以上に長く花を見せてくれたハイビスカスも最後の2輪が萎み、蕾も無となった。

タイタンビカスも徐々に数を減らしながら10月中に最後の花を見せた。

11月に入り、バトンタッチするように菊が開花した

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花壇に咲いた二種の菊(11月13日撮影)

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この花たちも特別に養生をするわけでなく、せいぜい水遣りと多少の肥料を施す程度の関りだ。それでも毎年律儀に花を見せる。

そうかと思うと、花壇の外でハクモクレンを囲むように枝を伸ばすシャリンバイが、時期外れの花を見せた。通常は5月~6月に開花するのだが。

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実際、他の枝は、たわわに実を付けている。変則的に打ち寄せる寒暖の波に戸惑ったのかな?

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シャリンバイの実

実と言えば、キンカンが色づいてきた。

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キンカン

わが家で食べることが可能な果実は、このキンカン、そして桃、梅、サクランボがあるが、宅地整備する際に使った土や石とか、瓦礫がちょっと気になって一切口にしない。あくまでも庭を彩ってくれる実だ。

今年、今までになく実らせたのがモチノキだ。

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モチノキの実

そして、マンリョウ、センリョウ。

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マンリョウ(万両)

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センリョウ(千両)

名称だけ見ると、近親種かと思ってしまうのだけど、ぜんぜん別種なんだね。

マンリョウはサクラソウ科ヤブコウジ属。センリョウはセンリョウ科センリョウ属だって。

調べたところ、センリョウは花の少ない冬に実をつけることから値千金と言われて千両の名がついたそうだ。それでは、マンリョウの名の由来は?一つの説ではマンリョウの実は重く、センリョウの実は軽いので、重い方が万両に値するとのことで名付けられたみたいだけどね。まあ、不確かな説だけど。

 

面白いなと思わせてくれたのが、ヤツデだ。

つい最近まで葉をどんどん伸ばし広げ、繁らせてきたのだが、ここに来て葉に焦げ目がついたように部分枯れするものがでてきた。ところが、茎の頂点から実が飛び出すように成長してきたのだ。

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今回紹介した花や実は全くリアルタイムに現在咲き、実っている植物たちだが、ちょっと時間を作って、それなりに観察してみると新しい発見がある。

紹介しなかったが、他にも花々が4種類ばかり、今を盛りと咲き競っている。

カランコエもこれから花を咲かすのかな?

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カランコエ

でも、変わらぬ季節感で色づき始めたものもいる。カエデだ。Img_06423

玄関横のカエデ(11月13日朝撮影)

11月も間もなく中旬。桜、梅、桃が、それぞれ葉を少し残すだけとなってきた。カエデも間もなく散り始める。

花壇に菊が咲いてくれたが、三島楽寿園の菊祭りが始まったとの新聞記事が出ていた。

出かけてみるかな!開催は11月30日までだそうだ。

彼の地は、数年前から初冬に足を向け楽しむ場としてきた。

やっぱり、今年も行って見よう!

2025年10月23日 (木)

コスモス開花の話が伝わってきた。ちょっと足を伸ばして秋を探った!

夕方のニュースで各所のコスモス開花が報じられた。

我が家の花壇でも以前はコスモスが花を見せたが、今はアジサイやらランタナ、タイタンビカスが枝葉を伸ばしている。

そこで、明日にでも、ちょっと足を伸ばし、コスモスを追いながら、秋を探ってみるかと決めた。

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翌朝6時過ぎ、空を見上げるとこんな雲が広がっていた。これが秋の空か!

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ところで、花壇ではランタナが今が盛りとばかり枝を伸ばし次から次へと花を咲かせているが、ちょっとネットで調べてみた。

なんと「ランタナは植えてはいけない」との警告文がでてきた。その理由は毒性、旺盛な繁殖力、そして茎にあるトゲの3つだそうだ。

確かに、繁殖力の凄さは実感している。ただ、花が多彩で長持ちなことも間違いない。うまく剪定しながらしばらく様子を見よう。そんなランタナに蝶々が蜜を吸いに来てくれた。

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さて、開花報道で紹介されていた一つは、箱根山麓に続く山あいの休耕田で育てられたコスモスだ。

なかなか見事だった。

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さらに秋の彩りを求めて周辺を巡った。

やっぱり、秋と言えば果物。その一つが柿だ。

たわわに実っていた。

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敷地に柿の木が林立し、食べごろと思われる柿が沢山だ。

車で巡っていて気が付いたのだが、セイタカアワダチソウなのかブタクサなのか私には判別できないのだが、いわゆる外来種とか帰化植物と言われている草花が此処彼処に伸びていたことだ。

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一昔前にはそれほど見なかったような気がするのだけど。

こんな野草も、ススキなどとコラボすると味わい深く秋を感じさせてくれる。

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小川の縁など、明らかに私有地でないと思われるところに「素晴らしい」と声を出したくなるような素敵な草花の姿を見ることがある。きっと誰かが、手をかけているんだろうな。

 

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お見事!

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この朝顔のような花、名は知らぬが美しい。

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そうそう、出掛ける前に改めて我が家を見渡したら金木犀が満開だった。

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これら、すべて同じ日に観察できた。やはり秋だな。

夕闇が迫ってきた。

富士山を見ると、雪はまだない。まさに秋。

夕焼けの空に覆われ、雲海に浮かぶ姿もいいね。

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ところがだ。一気に冬が来た。

今日(23日)は部屋の中も16度。昨日から毛布も出したよ。

報道によれば富士山にも雪が降ってうっすら積もったって

短い秋景色を写せて良かったな!

2025年10月 2日 (木)

「野火」を読んだ、観た ! 酷い! 惨い! やっぱり”改めるか、積ん読”、”録して観ず”を !

十代後半から二十代ぐらいの頃は、仲間の中で本が話題になれば、書店に立ち寄り買い求め、電車の中やら、喫茶店でコーヒーを飲みながらなど、それなりに読むことができていた。

その後、車通勤になったり、仕事の忙しさにかまけてとかで書籍を購入はするものの「積ん読」状態が増え、さらに映像録画機器の改良進歩と、そんな機器を入手できたことで、結果、残したい映画等の「録して観ず」状態が常態化した。つまり現状、読むべきものやら観るべきものに数多囲まれているのが実情だ。

そんな日々ではあるのだが、時折、新聞記事やらエッセイが目に止まり、目を通すことで何とはなく動機づけられ、クローゼットの奥などから本やら録画ディスク等を引っ張りだし読み、観始めることがある。

今回もそうだった。

8月2日付け朝日新聞オピニオン欄で映画監督塚本晋也さんがインタビューを受けていた。

タイトルは「『野火』の上映は続く」、サブタイトルに「戦争ダメの熱薄れ、不安増す世の中、世界の底が抜けた」。

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たまたまではあったが最近「野火」が気にはなっていた。

どういう分けか、ずっと以前に録画したのか、Blu-rayのケースに書いてあったタイトル、「野火」が目についていた。でも、すごく凄惨でドキュメントタッチの映画だということを聞いていたこともあって、観るのを先延ばしにしていたのだ。

そこで、塚本さんに触発されてなのだが、遅くなったけれど原作「野火」(大岡昇平さんの文庫本)から取りかかってみるかと言うことになったのだ。

初刷は昭和二十九年四月だ。約七十年前だ。読み始めた文庫は平成二十九年八月の百十七刷だったけどね。文庫表紙に広告帯が巻かれたていた。そこに"NHK 「100分de名著」で話題!"と出ていた。

この番組、今も放送が続き、時々観るが、もしかしたらその時も、視聴しており、さらに録画もしたかもと探してみた。

あった。2017年(平成29年8月)に録画したDVD があったのだ。もう8年も前のことだね。結局、番組に刺激され、文庫本を買ったみたいだ。でも、やはり積んでおいたんだな。

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 塚本さんのインタビューは次のようなお話だった。

今から10年前、2015年7月に映画「野火」(監督・主演 塚本晋也)を製作し公開した。塚本さんは以来10年もの間、終戦の日に合わせて「野火」の上映を続けてきた。

 それは、戦争への不安、嫌悪感を伝えたかったからだそうだ。

その嫌悪感について「いきなり弾が飛んできて、体から内臓が噴き出て、人生が終わる。そんな戦場を肌感覚で体験してほしいと思って(映画を)作りました。殺されるのはもちろん、人を殺すのは、どれほど嫌か。理屈抜きで戦争への嫌悪感を伝えたかったのです」(2025年8月2日付朝日新聞オピニオン欄)と。

そして、福島の原発事故も製作を促した。

核のごみを何万年も地下に埋めることに驚愕し、地形が変化したらどうなるかという思いがあった。

しかし原発推進当事者は「未来の子供たちの危険よりも目先の経済を重視」「一人一人の命はそれほど大事にしなくていいんだと言われているような気がして、これは戦争とつながっていると感じました」。そして与党の憲法改正草案にも驚かされ、もう待っていられないと、映画の自主製作を決めたそうなんだ。

そんなお話を聞いて私もそうだそうだと賛同しながら、先ずは原作を読む決意を固めたわけだ。

ちょっと時間がかかったけれど、なんとか読了した。

文庫本の巻末に吉田健一さんが解説を書いている。

大岡作品について驚くような評価をしていた。

「日本の現代文学に、始めて小説と呼ぶに足るものが現れたという感じがする」と。

ただ吉田さんの執筆は昭和29年4月だから、およそ70年も前だもんね。その後川端さんや大江さんがノーベル賞を受賞しているからな。

トランプさんはまだだけどね。あ、彼は文学でなく「平和」賞狙いか。

私は文学論は語れないけれど、大岡さんの表現されたことは文学的言い回しやら、使われた語彙でしっかりイメージできた。

いずれにしても、その描写で凄惨な現場が頭の中に広がった。

戦場と言うよりも、まさに腐臭漂う現場だった。

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歴史写真館 村田さん撮影 1944年学徒出陣

♬~勝って来るぞと勇ましく、ちかって国を出たからは、手柄たてずに死なれよか~♪(露営の歌 作曲古関裕而)

 と、家族と涙ながらに分かれたのだが、第二次世界大戦で日本人はおよそ310万人が亡くなった。

その内軍人・軍属は230万人も死に至った。さらに驚かされるのはその死者の内60%以上の140万人が戦闘ででなく、餓死やマラリヤなどの病死だというからひどいではないか。

よく引合いに出されるのがインパール作戦だ。東インドのインパールへの侵攻作戦だが。イギリス・インド軍の猛攻と補給の途絶で悲惨な退却となった。この地では兵士の8割以上の3万人が飢餓と病で命を絶たれた。

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インド北東部kohimaからビルマへの撤退途上の日本軍

様々な戦場で軍上層部は自らの戦闘能力の過信・・つまり相手の戦力を正しく見ないことや自軍の武器や食料の補給を無視しての作戦実行で、そんな結果を招いた。

野火の舞台となったレイテ島はフィリピンの島の一つなのだが、この地では、もっとひどかった。

派遣された兵士8万4000人の内9割近くの8万人が命を落とした。

フィリピン全体での戦死者は50万人にも上ったと言われているが、その内の40万人が餓死だそうだ。

「野火」ではその実態が見えてくる。

当然、現地で先祖代々生活してきた人達の多大な犠牲も。

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戦争はジャングルでなくとも飢餓をもたらす。ガザ、食糧空中投下。

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いずれにしても、これら提示している「事実」については厳密なるファクトチェックが必要なことは言うまでもない。そんな中で、面白いことが検索でヒットした。

「総力戦研究所」だ。

太平洋戦争直前の1940年9月に設立されている。

内閣総理大臣直属の機関であり、官民軍の垣根を超えた純粋な研究機関だったそうだ。

研究の中でも特筆されるものとして二つが挙げられていた。

一つは「皇国戦争指導機構ニ関スル研究」。

陸海軍の統帥権に関する提言で、総力戦段階に適合した戦争指導は軍部による統帥権独立はふさわしくなく、「政府を戦争指導の実行責任者とする機構。陸海軍は『強力なる支援』の立場にあるべき」というものであった。

二つは「第一回総力戦机上演習総合研究会」で報告されたもの。

その結論は、「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争末期にはソ連の参戦もあり、敗戦は避けられない。ゆえに戦争は不可能」と言う「日本必敗」のシナリオだった。(出典 Wikipedia、読売新聞オンライン、飯村和彦さんBLOG)

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真珠湾攻撃:映画「Pearl Harbor」より

そしてこれらの報告は当時の近衛文麿首相や東條英機陸相などの前で行われたが、東條英機の「これはあくまでも机上の演習」「軽はずみに口外するな」で内密にされ、結果「必敗」の戦争に突入していったのだそうだ。思い上がりと忖度の蔓延か。いや、異論発言必罰か。さらに、国籍問わぬ普通の人々の命の軽視。

 そして、戦争から80年が過ぎた。

ぴったり80年目の8月15日の朝日新聞天声人語に「第二次世界大戦では、飢餓や栄養失調に関連する病気で少なくとも2千万人が亡くなった」とでていた。

昨日10月1日の天声人語も面白いエピソードを紹介してくれた。

終戦直後、当時外相だった吉田茂が戦後の危機的状況を前にしてGHQ に数百万の餓死者が出そうだと救援を求めた。ところが、後にマッカーサーに数字がでたらめだと叱られた。それ自体面白いが、吉田茂の言い分けがいい。

「当たり前だ。統計が正確なら、あんなバカげた戦争はしない」だって。

戦争、内戦が止まらない。やはり、塚本さんなどの意思と実践は大事だ。

さあ、映画「野火」を観よう。

先ずは1959年の市川崑監督作品から、そして塚本晋也監督作品だ。

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白彼岸花も見事に咲いた!

2025年9月25日 (木)

猛暑やら竜巻やらと、かつて列島では見られなかった異常気象が続くけど、植物や昆虫はなぜか鋭敏な季節対応感があるみたい!

21日、ポストから新聞を取り出し1面を見た。

「昨日20日は彼岸の入りだった」と出ていた。

私達も墓の掃除に行った。

寺から家に戻り花壇を見ると、なんと曼珠沙華(彼岸花)が開花しているではないか。

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先週、例年咲くお定まりの位置に曼珠沙華の茎がスーっと延びているのを認めた。五センチ、十センチと日々背丈が延びていくとともに本数も増えていった。

そして21.日の開花だった。人が定めた「彼岸入り」の日に一日しか違わず、彼岸花が花開いたのだ。

新聞の1面では続く記事にこの2週間は蚊も子孫を残すため繁忙期を迎えるので気を付けようとも出ていた。

確かに、朝だというのに蚊がまとわりついてきた。

こんな記事やら身の回りで生起することを見る中で、植物やら昆虫はいったいどの様に季節を感知しているのか興味を持った。

ひとまずわが家での様子を見た。

三日ほど過ぎただけなのに彼岸花は数倍に増え、隣に並んで咲く白花の茎も伸びてきた。

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白彼岸花は毎年紅花に遅れる事一週間ぐらいで開花してきた。

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直ぐそばでヤブランが伸び始めた。

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短命でありながらも、見事に咲き乱れ、数日で花を閉じるのがタマスダレ。驚いたことにこの花、ヒガンバナ科なんだって。でも、良く咲いてくれる。今年に入って3回目の開花だ。

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そして、何と言っても、長期にわたって咲き続け、さらには自らの生息領域を広げていくのがランタナだ。

ほっておくと他の花を押しのけるように枝を伸ばしていく。そして、初夏から初冬まで花咲かす。しかも和名「七変化」を具現化するかのように色とりどりの花を見せてくれる。

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ランタナに覆われるように静かに咲いていたのがこの花。

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トレニア

そこで、ちょっとネットで調べてみた。「植物 季節 感知」の検索項目でヒットしたのがGarden Storyとそれに続く「AIによる概要」。

これによると植物の季節感知メカニズムとして●日長感知●光受容体●気温感知●体内時計●情報伝達があり、さらに季節の感知が引き起こす現象として●開花時期の調整●成長の変化●冬芽の形成と休眠●紅葉、黄葉とあった。

じっくり学ぶと面白いかな!

もう一つ我が家でも生命力の強い植物を紹介すると、タネが自然にこぼれた自主的繁殖の口なのだが、綺麗に咲いた。コリウスだ。今回は家裏に通ずる通路に集団で芽生えた。結構綺麗に咲いたのでそのままにした。どんな風にして子孫である種を撒き散らすのやら。

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花々と共に、季節ごとに現れるのが昆虫類だ。

猛暑が続いてきた、と言うかまだ続くようだけれど、木々は落葉し始めている。

ごみ収集日の時など、早朝から葉を拾い、一緒に集積場にもっていくのだが。戻ると早何枚かの葉が落ちている。そこで、手の届く範囲でもう寿命だと思われる葉を枝からとるのだが、注意していないと突然ビリっとひどい痺れに見舞われる。虫に触れたのだ。葉裏に潜んでいるのだ。

正体はこの虫様。

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図体は、ほんの1センチほどしかないのだが、威力が凄い。

刺されているのやら、ただ伸びている毛に触れただけなのか知らないが、触れた手先やら腕のかなり広い範囲で痛みがビリビリと走る。すぐ、水でこすり、流すのだけどしばらく痺れと痛みがとれない。

桜の枝葉には別の虫もいた。

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何の幼虫なのかね?

蜘蛛もここにきて急成長した。立派になった。

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虫たちについても、少し調べた。岡山大学の自然科学研究グループの説によると、昆虫の季節感知メカニズムは主に「日の長さ」と「温度」に依存し、幼虫の成長速度や脱皮を制御して、繁殖期や休眠時間を決定しているのだそうだ。これも昆虫は熱帯に起源をもって、生息域を冬が来る温帯にまで拡げてきたことから季節に適応した生活の術を獲得したのだそうだ。

我らを狙う蚊達も日が短くなったことや朝晩涼しくなったことを感知して子作りを始めたのか。なるほど!

彼岸前後には確かに朝晩少しだけど涼しい風がそよいだ。でももう一回ぐらい暑さに見舞われるみたいだ。

今年は秋短く、冬きびしいかな?

 

 

2025年9月18日 (木)

久しぶりに訪れた白糸の滝、子供の時より大きく見えた!そんなことってあるんだ?

知人から声がかかり、静岡県富士宮市に赴いた。

行きも帰りも新東名高速「駿河湾沼津SA]で一休み。

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小トリップ(小旅行)なのだが、こんな異国情緒を感じさせる建物を見ると、それなりに旅行気分を味わうことができる。

駐車スペースの向うを見ればヘリポートの先に駿河湾に浮かぶ伊豆半島のシルエット。

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新富士インターで降りた。旧インターよりずっと富士宮に近く、今回は思ったより早く目的地に着いた。

知人と会う約束の場は、富士山の西側に位置して、ちょっと小高い所にあるレストランだ。

富士山の裾野に広がる市街が一望できる。

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何度か訪れている富士宮市なのだが、このように裾野に広がる街を見たのは初めてだった。

これだけでも価値ある小トリップとなった。

後ろを見るとこんな風景も。

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ひとしきり美味しい食事をしながら談笑し、ちょっと足を伸ばして「白糸の滝」に行くことになった。

若い頃行ったきりで久しぶりの訪問となる。

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先ずは「音止の滝」。

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天照大神に挨拶し、滝を見下ろした。

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中々の迫力。

そして、白糸の滝へ!

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おお、凄い!

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素晴らしい景観。子供のころ感じたスケールよりずっと大きく迫力も感じた。

今までの感覚であると、子供のころ大きく感じたものも成人を過ぎて再度見ると、意外に小さく感じることが多かったのだが、「白糸の滝」は違った。

帰途に就いた。

空を見上げると、不思議な雲が広がっていた。

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数か月に一度ぐらい、日常と違った感じの中で過ごすのもいいね!

2025年9月11日 (木)

久しぶりの盛り場だ!ハタチのお祝い、乾杯解禁だ!

街に出ての乾杯は久しぶりだ。コロナ禍の中で、人との交流が極端に少なくなった。

外での飲酒が憚れるのみならず、町内会の集まりさえ無くなった。

私事を言えば、2020年の年明けの飲み会以来、昨年2024年の忘年会再開まで、5年近くの自粛期間があった。

その間に家飲みが馴染んでしまったのだろうか、コメ騒動などの物価の高騰も相俟って、今回の外飲みも今年に入ってでは二回目であり、遡ること五ケ月ちょっとの今年3月に古仲間と飲んだきりだった。

ネオンがまぶしい。

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ここは小田急線とJR横浜線の交差する街の一角。

4人で待ち合わせをし、途中一人が合流した。

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この日は、ちょうどハタチを迎えた身内をお祝いする宴席が設けられた。

アルコール乾杯が解禁になったのだ。

乾杯!

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祝福される本人と、撮影当番の私は彼らの対面にいる。

このお店、人気店のようだ。早い時間から賑やかだった。

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 お祝いされる本人はアルコール 解禁なのだが、堰を切ったかのように、飲めや歌えや、てなことにはならず、ジューシーな少しアルコールが含まれるドリンクを飲んでいた。懸命だ。

思い返せば私など、その当時、言われるままに飲んで、何度苦しい思いをしたことか。

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このジューシーなドリンク。実は美味しかった。私も飲み始めた。

料理もなかなか。

また来てみるかな。

こちらのお店、予約すると飲み始めから2時間は飲み放題なのだ。

飲み放題リミットちょっと前に運ばれてきたのが素敵な花火ケーキ。

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ハッピーバースディの文字とケーキ、そして花火なのだ。

さらに嬉しかったのが、煌びやかな火花が消えかかった時、この日対応してくれた若い女性マスターが再び新しい火花飛び散る一本をケーキに刺し加えてくれたのだ。

ありがとう。とても楽しいハタチの日となった。

 

2025年9月 4日 (木)

熱海の海上花火大会に行ってきた! みごと! この美、人間技じゃないね!

熱海海上花火大会に何年か振りに行ってきた。

一言で言って「凄かった」。

このところ、熱海花火大会の人気はうなぎ上りのようで、昨年秋に決めた翌年開催予定日を2月と6月に更新し、開催日が4日も増えた。2月21日に始まり、最終回を12月19日として17回もの開催になった。

私達は8月中に行ってきた。

雲一つなく花火にふさわしい闇に包まれた熱海駅に降り立った。

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この時間は、落ち着いた感じの駅前なのだが、花火後に駅を目指し汗をかきかき坂を登ってきたところ、待っていたのは立錐の余地のない電車待ちの人の群れだった。

在来線利用と新幹線利用の人の列は区別されてはいたけれど。

だからと言って待機しているSLを利用するわけにもいかないし。

ま、私たちは混雑を予想し帰りの切符を買っておいたからまだ良かったけれどね。

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 駅を出ると、海岸の会場へ向かう人々の流れができていた。

これに着いていけば最短距離で会場に着く。案の定、ずっと以前来た時に通った道とは違う所を曲がり、坂を下り始めた。ほどなくして海岸通りに出た。

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遠くにライトアップされた熱海城が浮かび上がっていた。

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砂浜は早人波で埋まっていた。

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なんとか場所を確保し腰を下ろした。

でも、砂浜は意外に座り心地が良くない。平らでなく、凸凹しているのだ。

階段状の所に場所を確保した方々がいたが、そちらの方が良かったかな。

花火は浜から離れた海上で打ち上げられて、海に多少近く座ろうが見え方は変わらないのだから。

打ち上げが始まった!

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見事!

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人間技と思えぬ競演が続き、いよいよメインイベントだ。

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始まった!

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なかなか素晴らしかった!

動画でも撮影したけど、ブログにうまくアップできなかった。

YouTubeにアップした。"熱海花火" で見ることができるかも。

2025年8月28日 (木)

俳優 金子貴俊さんが馬上の武者として登場した。頼朝公旗挙げ行列だ。

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三嶋大祭りは、8月15日から始まり3日間催されるのだが、どんな訳なのか、その内の一日が雨になることが度々あると聞いたことがある。

でも、今年は大雨もなく、また酷暑と言う程でもなく、祭としては恵まれた天候だったようだ。

その為か、見物客数も伸び、久しぶりに50万人を超えたとのことだ。

この日私は、頼朝行列が始まる40分ほど前に出立点でなく行列の目的地点に行き、そこから三嶋大社方面に向かって歩き始めた。

こうすると頼朝以外の諸パレードが15分置きか30分置きに大社前を出発するので、これらのパレードや行事とすれ違うことができるのだ。そして私が大社に着いたところで頼朝公の御出立なのだ。

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三島広小路駅前の様子

見物客の人波の中を大社を目指した。

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先ずは、頼朝行列出立の一時間前に動き始めた当番町山車パレードだ。

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各町ともに住民総がかりで山車やシャギリだけでなく衣装の映えでも競っているかのようだ。

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こんなおじさんも!

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次に出会ったのが、山車パレードの15分後に出た「踊り屋台パレード」。

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続くは音楽パレードだ。

先頭を行くのは消防団ラッパ隊。

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続いて、ジュニアバンド。

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カッコいいよ!もちろん音もいい!

楽隊のしんがりを務めるのは富士学校音楽隊のみなさん。

Img_90956Img_91067 楽隊に続くはダンシングチーム。

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ダンサーの最後尾は大柄で屈強なボーイズグループだ。

汗だくだくになって大社前に着いた。

そろそろ、頼朝のお出ましだ。大勢の人々が待っていた。

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いざ、出陣だ!

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率いるは、ご存じ金子貴俊演じる源頼朝。

頼朝は1159年の平治の乱で伊豆に流された。

雌伏21年、頼朝は決意した。

1180年、頼朝は三嶋大社で戦勝祈願をして旗挙げをした。1185年には平家を壇ノ浦に追い詰め勝利し、全国を平定した。(幕府成立時期については諸説あるようだけど)

私などは、子供のころ「いいくに」=「1192」の語呂合わせで「鎌倉幕府成立」と覚えていたけどね。

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頼朝は満面の笑みで市民の声援に応えていた!がんばって!

 

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