ウェブページ

2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

音楽

2023年8月17日 (木)

待ってました!居酒屋ライブ★盛夏の一夜

毎年二回から三回ほど開催される居酒屋ライブ。

今回も、とても良かった。

Img_9685-2

豪勢ではないけれどとても美味しいおつまみ

ここでの催しに参加できているのは、実はこのお店、我が弟のゴルフ仲間や飲み友達の集合拠点なのだ。

おかげで私にも声がかかり、もう数年にわたってライブを堪能できている。しかも、総勢20数名という限定された観客としてだ。

数メートルしか離れていないところからリズミカルでメロディアスな音波、調べが身体全体にぶつかるように届くという幸せな時間を過ごすことができる。

Img20230804_17475442-2

この日のライブはサプライズ続きだった。

サックスをメインとしてキーボードとドラムがセッションに加わることは承知していた。

そこへコルネットとボーカル二人がゲストとして加わった。テーブルで飲んでいた人たちが前に出て歌い演奏を始めたのだ。

Img20230804_17475442-3

コルネットの奏者は高卒後渡米しアメリカの大学でクラッシック音楽を学んだという。ジャズを仲間と楽しむこともあったそうだ。

演奏は見事だった。そのコルネット奏者から意外な発言があった。「ジャズは難しいです」と。

Img20230804_17475442-4

クラシックでは一音一音の音符にしたがって奏でていくのだが、ジャズのセッションに誘われたとき驚かされたという。いざ演奏と言うとき、楽譜でなくコード進行メモしか用意されなかったのだそうだ。

ちょっと横道にそれるけど7月11日に音楽家の外山雄三さんが92歳でお亡くなりになった。新聞の追悼文で外山さんの指揮について「安定した棒さばきで楽譜を正確に再現した」とあった。クラシックとはそうなんだね。

ボーカリストも「えー」と思うような方が登場した。かって深夜番組として名を馳せた「11PM」のフィナーレで歌っていた方だと紹介された。私はあまり見ることはなく、存じ上げていなかったのだが、大橋巨泉さん達の番組だ。

Img_9731-2

ジャズで始まり、クラシック、ビートルズ、石原裕次郎、映画音楽、そして最後がラテンに戻りテキーラだった。

世界各地で不穏な動きが気になるご時世、司会担当のマスターがウクライナに思いを馳せながらと紹介した映画「ひまわり」のテーマも流れた。

ソフィア・ローレンの顔が脳裏をよぎった。

Img_9755-2

「ひまわり」タイトル 「I GIRASOLI」原題

このひまわり畑が撮影されたのは、ウクライナ中部にあるチェルニチー・ヤール村だそうだ。

美しいのだが、実はこのひまわりの下には無数の兵士の骸が埋められている。

ソ連の人々に加え、ドイツの枢軸国としてソビエト東部戦線に送られ戦死したイタリア部隊の兵士達も。

Img_9762-2

戦死者たちの墓標が林立する丘~映画より

Img_9753-2

ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ共演 1970年作

今日は8月17日。アジア太平洋戦争が終わり78年たった。戦争は絶対よくないね。

 

 

2022年12月30日 (金)

もういくつ寝るとお正月~♬♪ 久しぶりに忘年会に行ってきたよ!

今年の暮れは久しぶりに外食日程が立て込んだ。週三回もの忘年会となった。

但し一回は昼間の酒無し昼食会。

二回目は友人夫婦との四人での晩餐会。

そして三回目の場所は居酒屋なのだけど、チェロとキーボードのコラボレーションが眼前で繰り広げられるという西洋貴族しか成し得なかった贅沢な飲み会だった。ただし、飲むこと、聴くことは好き放題だったけど上った食膳はごく質素なものだった。

Img_8272

コロナ第八波進行中の現在なのだが、この間の感染回避手段の習得やらワクチンの摂取等私達の努力と、美味しい飲み物、食べ物を提供しながらも万全のコロナ対策をして迎えてくれたお店の頑張り、さらに付け加えれば国と言うか官僚機構の恥ずかしげもない責任回避と感染時個人責任制の周知徹底もあって飲み会が可能になった。そう言えば隣の習さんもそんなことを考えたのかな。

Img_8283-3

チェリスト

ミュージック居酒屋とも言えそうなこのお店、弟の行きつけのお店であるとともにゴルフ仲間の居場所なのだ。こちらでは毎年2~3回ライブが開催される。私も声が掛かると、ほとんど参加してきた。

主催者であるお店のオーナーが趣味というか才能が溢れている方で、もともと音楽関係でお仕事をされていた。そのため、集まるのは飲兵衛やゴルフ通ばかりでなくミュージシャンも大勢いるのだ。

これまでもサックス、トランペット、バイオリン、ドラマー、そしてキーボード奏者と多彩な御仁が演奏を披露してくれた。

実際耳元でチゴイネルワイゼンが奏でられ、コルトレーンの迫力あるフレーズが耳に飛び込んでくるなどなかなか体験できないことだ。

そして、今回はチェロだった。

Img_8271-2

ビールはやはりジョッキがいいね!

Img_8286-2_20221230174601

シンセサイザーだけでなく古典的オルガンまで登場

演奏が始まった。第一曲は映画音楽から「ひまわり」。

ウクライナの戦禍を終わらせたいという思いを込めて。

演目は多彩だった。サンサーンスの「白鳥」、タイスの「冥想曲」と続いたと思ったら「りんご追分」、「与作」へつながった。

なかなか素晴らしライブだった!

年末にきてコロナやインフル、そして鳥ウイルスと病原体がまん延してきた。

みなさんくれぐれも感染に注意してください。それでは、よいお年を!

 

 

2022年4月 8日 (金)

さすがショパンコンクール挑戦者!久方ぶりのクラッシックライブ良かったよ!

久しぶりにクラッシックコンサートに行ってきた。

以前は都心に比較的近い所で生活していたこともあって妻と共にTV局の公開収録等にでかけていきオーケストラの生演奏を楽しめた。おかげで、N響、読響、都響、日フィル等の名演奏を鑑賞することができた。

Dsc_5840-3

コロナ対策で人数制限された会場

私はどちらかというとロック好きであったが、さすが一流の演奏家達、ほどなく私をクラッシック好きにしてくれた。

今回はフルオーケストラでなく、弦楽八重奏団にトランペット、ピアノ、ソプラノ、メゾソプラノ、そして指揮者が加わった14名による「ザ・クラッシクステージ」だった。

Img20220406_14580136-9Img20220406_14580136-10

写真は会場配布パンフレットより

開幕はトランペット協奏曲(ネルーダ)で始まった。

トランペットが鳴り響き、ストリングスが流れた。

トランペットを主とした協奏曲は初めてだった。

素養のない私の琴線にも触れた。

Images

次のステージにピアノ奏者登場。

演目はショパンのピアノ協奏曲一番 op-11。

ショパンと言えばポーランド出身。ウクライナ戦争の避難者支援で注目されている国だ。

さらに、はじめて知ったのだがこの協奏曲はショパン・コンクールの最終選考曲であって、この演奏の巧拙で入賞者が決定するのだそうだ。

この日ピアノ演奏をされた横山さんは第12回ショパン国際ピアノコンクールで入賞をされていた。

さすがの技巧とアンサンブルの妙を感じることができた。

Dsc09735-2_20220407181401NHKBSプレミアム 2021年12月25日放送

ショパン・コンクールなど頭の隅にもなかったのだが、たまたま昨年の10月21日に発表された第18回コンクールで反田恭平さんが2位になり、小林愛実さんが4位となるなどで注目され、テレビや新聞で何度となく紹介された。

このコンクールは5年に一度開催され参加資格は30歳未満だ。 

反田さんの2位は1970年第8回大会の内田光子さんの2位受賞以来51年ぶりの快挙だったそうだ。

そんな中で、ショパンと聞けばまだ頭が反応してくれる絶好のタイミングで入賞者の演奏を生で聴くことができたのだ。

Dsc09738-2_20220407181901

コンクール会場 反田さん NHKBSプレミアム 12/25

以前もピアノ演奏に感動したことがあったが、音楽の専門的なところでの評価やら感動の表現はできないのだが、素人らしく肉体が反応した。「鳥肌が立つ」というか「肌が泡立つというか」言葉が出る前に「ぞくっ」としたのだ。人間技ってすごいね。オリンピック・パラリンピックで見た体操、スキー、スノボーの選手の皆さんの技も。

 

2022年2月24日 (木)

居酒屋であれ、古代遺跡であれ、やっぱりライブはいいね!

年末から㋀中旬までだったけど、おっかなびっくり二つのライブに行ってきた。

Img20220117_17013576文化庁の「JAPAN LIVE YELL project」のチラシ

文化庁とは何の義理もコネもないのだけれど、やっぱりライブは力をくれるかな。

音の響き・広がり、人の可能性、技(ワザ)への感動、空間その物の素晴らしさ、そこにいる皆との共有・共感。生きる力になるね。

先ずは2年ぶりの居酒屋ライブだ。今日は居酒屋ライブを振り返ってみる。

Dsc07359-3_li

サックスとキーボード。それに今回はドラマーが正規にメンバーに加わった。

前回はこの太鼓を叩く方はスネアドラムをかかえての飛び入りだった。

でも、セッションは凄く良かった。

Dsc07344-2_li

 居酒屋さんだから、皆さんちょっとほろ酔い。

そこにラテンやジャズそして歌謡曲までポピュラーなメロディが奏でられ、さらに童謡まで流れた。

テーブルに座りながらもドラムのリズムにのって体が動く、いや揺れた。

ライブが開催されたころは、まだコロナは小康状態だった。

でも、ヨーロッパ・アメリカではオミクロンが猛威を振るっており、いずれ日本もそうなるだろうなと気になっていた。

主催者の居酒屋マスターはそれなりに気を使って迎えてくれた。先ずは採算ぬきで人数制限をして、各テーブルにはアクリル製の飛沫ガードパネルを設置していた。結果、現在まで発祥者ゼロだ。

Dsc07353-3

このお店、家庭料理が売り物。豪華じゃないけど、体にぶつかってくる音の波と料理がコラボして生ビールをこの上なく美味しく浴びるように飲むことができた。

ところで、標題の「古代遺跡であれ」ってなんだということなのだが、実は東京国立博物館で1月14日から4月3日の期間で開催される特別展「ポンペイ」がスタートし、そんなポンペイ遺跡でのライブを思いだしたのだ。

Dsc08350-2

新聞掲載広告

イタリア・ポンペイ遺跡そのものには2017年6月のイタリア旅行の時に我が身内4人で寄っている。

遺跡の中をゆっくり巡った。想像以上に広く、建造物も見事であった。2000年以上も昔のものとは思えないものであった。

Dsc02295

この石畳の道もモザイクロードも素晴らしい。

Dsc02291_20220220174001

この見事な遺跡をじっくり見ることができたのだが、残念なことに発掘された至宝を展示しているナポリ国立考古学博物館には寄ることができなかった。オミクロンが収束したなら特別展に是非行ってみよう。

思い出したライブは「ピンク・フロイド」の円形闘技場での演奏だ。ライブは1972年のことだが私はリアルタイムには知らず、多分1980年代に入ってから、たまたま彼らの演奏曲「原子心母」(Atom Heart Mother)を聴いた際に知ったのだと思う。

Dsc08348-2

そこで、我がライブラリーを探してみた。1972年のライブは当然なかったのだが、メンバーだったデヴィッド・ギルモアの「ライブ・アット・ボンベイ」のライブ映像があった。

これはデヴィット・ギルモアが2016年7月7日と8日の二日間「ピンク・フロイド ポンペイライブ45周年」と銘打ってポンペイの円形闘技場で開催したものだ。観客は2000人に絞られていたそうだ。

Dsc02425

円形闘技場とは違うがこんなに立派な野外劇場が残っていた

ギルモアのボーカルもギターテクニックもすごくよかった。

昔、「電子心母」を聴いた時、ロックバンドがずいぶん難解なものを演奏するなと思った。

でも、改めて聞いてみるとメロディアスで結構いける。ここにきて又違った印象を持った。

当時はプログレシッブロックなどと呼ばれていたが改めてその意味を見れば「進歩的ロック」で「クラッシックやジャズや現代音楽を取り入れたロック」なのだ。

2016年のライブもインストルメンタル曲で開幕となり、「Rattle That  Lock」「Face of Stone」「The Great Gig in the Sky」「Wish You Were Here」と続くのだが総じてメロディアスであって、演奏に使われている楽器も多彩だった。アコースティックな12絃ギターやアコーディオンそしてクラリネットが登場したと思ったらギルモアがスティールギターを演奏していた。

Dsc08368-2_20220221212501

ライブはいいね👍

それにしても、21世紀も20年を超したのに、ウクライナではミサイルが飛び交い始めた。なぜ戦争なんだろうね?

コロナだけでもあたふたして、マスクやらパネルでガードしているのに、ミサイルでは個人じゃガードしようがない。

これからパラリンピックだというのに!

2016年12月18日 (日)

ボブ・ディランについて何も知らなかったことがわかったよ !

ボブ・ディランのノーベル賞授賞が報道された時、フォークソング歌手の彼が何故という思いをした。

それは私自身が「ディラン」のことをあたかも知っているかの錯覚をしており、その上に醸成された思いからの意外性だったと気がついた。
 
Dsc02675
 

 

 

 

実はディランのことなど、ほとんど知らなかった。

 

知っていたことといえば、60年代フォーク歌手の筆頭に挙げられ「風に吹かれて」を歌って、日本のフォーク歌手にも影響を与えたなという程度。

 

 

しかも、その代表作の歌詞もほとんど知らない。ただ、たまたま、彼も歌った「朝日のあたる家」を私が好きでアニマルズやベンチャーズとの関わりからその経緯について知り、昨年一度このブログにも書いたことがあるぐらいか。

 

しかし、あとは無知。

 

 

例えれば、中学生の社会科試験で歴史上の人物を問う出題に答え、100点を取って有頂天になり、実は名前しか知らず功績など何も連想できないのに歴史通になったかの錯覚をしていたのと同じだ。

実際はそのことがきっかけとなり歴史に興味を持つことにつながるのだけどね。
 
Dsc02713
 

ノーベル賞の発表を契機としてテレビでディラン特集がいくつも組まれた。

私が録画し視聴したものだけでも4本ある。しかもそれぞれ濃密な内容だった。

 

一は「ノー・ディレクション・ホーム」マーティン・スコセッシ監督の映画だ。

前・後編で200分を超える大作。

ディランが自ら初期の創作活動について語っている。NHK BS

 

二は「ノーベル賞詩人・魔法の言葉」 NHK 地上波 51分

 

三は「BOB  DYLAN MASTER OF CHANGE ~ディランは変わる」NHK BS 106分

 

四は「祝 ノーベル賞!ボブ・ディラン特集」21分 BS朝日の小林克也さんの番組

これらのTV番組だけでなく新聞でもいくつかの報道記事や論評があった。

 

なかなか見応え、読み応えがあり、漸くだが、少しばかりディランが見えてきたような気になった。

Dsc02673

 

 

TVでも新聞でもディラン本人の言葉や、音楽活動を共にしてきた人の話はリアルでわかりやすかった。

 

一番直近の本人の弁としては12月10日の授賞式に寄せたメッセージだ。自らの読書歴を語りながら受賞の喜びを率直に表明している。

 

私が感心したのはシェークスピアに触れながら「彼の言葉は舞台の為に書かれていた。話されるべきもので、読まれるべきものでなかった。彼の一番遠くにある問は『これは文学だろうか?』だったに違いありません。」と書き、最後に「『自分の歌は文学だろうか』と自問したことは一度もありません。スウエーデン・アカデミーがその問にすばらしい答えを出してくれた」と感謝した。(朝日新聞 12月13日)

 

 

 

まあ、ディランは自らの詩を文学だと自認したのだろう。

 

Dsc02714

 

 

でも、私はなかなか理解できなかった。

 

正直言って、録画を視聴する前は、以前に演歌がどれも同じように聞こえてきたと同じようにディランの作品もあまり聞き分けられなかった。

 

でも、聴くだけでなく論評なども読んでいく内になんとなく分かってきた。

 

何がわかったかというと、私がディランの詩を理解できなかった理由が分かったのだ。

 

第一は私が英米詩というものを何にも知らないということだ。偉そうに言うことじゃないかな。

 

Newsweekの10月25日号がディランを特集している。読んで分かったことは彼が英米詩の伝統をしっかり踏まえた詩人だということだった。

 

「古くから語り継がれて来た民衆詩からの影響を受け、その引用をしたり、聖書や言い伝えなどの言葉を歌詞に挟むとか、又一定のルールのなかで韻を踏むこと」などがしっかりやられているということだ。

 

つまりそういうことを知らない私などは言葉の洪水としか感じられなかったわけだ。

詩人のアラン・シャピロなどは「ホメロスの作品を文学と認めるなら、ディランの作品も文学だ。彼はアメリカ文学を新しい次元に引き上げた」とまで褒めあげた。(Newsweek10月25日号P20

Dsc02698

 

第二は私がディランの詩を日本語訳でしか見てこなかったことだ。

 

聴くのは当然米語だけどね。

 

日本語になると翻訳いかんで詩的にもなるし散文にもなる。最悪は無味乾燥な文字の羅列にもなるということだ。さらにスラッグをどう訳すかなどでも差が出るね。

 

先ほど紹介したTV番組で曲が紹介されるのだが、ディランのなかでもポピュラーなものはどの番組でもおなじように紹介された。そのため気がついた。訳詞が違うのじゃないかと。

 

よく見ていくとそれは必ずしも訳が下手だというのでなく、純粋に詩として訳しているものがあり、それだとメロディに上手く乗らない。

 

もう一つは、曲によく乗り、ラップのように訳しているもの。

 

あとは、ただ散文的に訳しているもなどがあった。受け止める方は大きく変わってくる。

 

 

 

このことを感じたのは「Subterranean Homesick Blues」の様々な訳を見てからだ。

 

次のフレーズの日本語訳の違いは面白い。

 

 

 

You don’t need a weather man

 

To know which way the wind blows

 

 

 

 

  天気予報がなくても 風向きぐらいわかるだろう

 

 風向き測ろう 予報士不要

 

 オマエには気象予報士はいらない どっちに風が吹くのか知るためには

 

 気象台に電話しないでも 今の風向きは自分でわかる

 

 風向きを知るのに予報官なんていらないのさ

 

 風向きを人に聞く必要はない

 

 君は必要としないさ 気象予報士を 

 

知るためのね どっちの方向から風が吹くのかを

 

 

 

まあ、日本語訳を見るとディランも混乱するね。ラップにはなんかいいと思うし、詩的といえばなどいいのだが、はたして曲に乗るのかね。

 

そんなことでディランの詩を理解できないことを翻訳のせいにしてしまった。

 

TVの中で小林克也さんが面白い事を言っていた。抽象画のピカソのキュビズムと対比してディランを語った。

 

「いろいろなモノをバラバラにして、あるものを表現する手法。音楽でも言えるのでは」と。

 

なるほど、ディランは絵画の抽象画のようにデフォルメして世界を語っていたのか?なんて。

 

ディランはものすごいメモ魔で、一つの詩を作るのにノートいっぱいにメモし、それを推敲していた。そして記憶力は抜群だった。レコードを二回聞くと曲を覚えてしまったそうだ。歌いっぷりを見て、その場で感じることを音楽に載せているように見えるのだが、そうじゃなくよく練りあげ創作し、それをしっかり覚えていたのだ。

 

 

 

それはともかくノーベル賞は改めてディランのことに関心を持たせてくれた。

 

600近くあるという、ディランの曲のいくつかを改めて知ることとなった。

 

Like a Rolling Stone」などはまさに諸行無常を歌っているかのようだ。

 

朝日新聞の12月13日の「折々のことば」(鷲田清一さん)で本居宜長の言葉が紹介されていた。

 

「歌ノ本體、政治ヲタスクルタメニモアラズ、身ヲオサムル為ニモアラズ、タダ心ニ思ウ事ヲイウヨリ外ナシ」

 

歌の本領は心を飾らず「意にまかす」ところにあるのだそうだ。江戸のディランだ。

 

 

2016年8月13日 (土)

財津和夫さんって、知っていますか?

知っていますかなどと聞いたら呆れられ、場合によっては怒る方もいるかもしれませんね。

戦後は早70年。

財津和夫さんはその半分以上の活動歴。40年を超えるのでしょうか?

ポップスグループ「チューリップ」で作詞作曲のほとんどを手がけた人なのですが。

Zaitu002

             フアンクラブ案内書より

 

実は彼のライブに行ってきたのだ。

 

冒頭に失礼とは知りながら「知っていますか?」などと発したのは私自身「チューリップ」とか「財津」の曲と意識して聞いたことがなかったからだ。

妻に誘われて行ってきた。

今年の初めに行ったイルカと伊勢正三のジョイントコンサートもそうだった。

 

彼らに限らず、和製ポップスとかフォークは馴染んでいるのだが、どれがどの歌い手かグループかなどとあまり意識することがなかった。

吉田拓郎でさえも、気に入ったのはつい数年前のNHKの歴史ドラマ「新選組血風録」で主題歌「慕情」を聴いてからだ。

そういえば、最近武田鉄矢の刑事物語全5回をまとめてみたのだけど、この映画のテーマ曲「唇をかみしめて」も吉田拓郎さんだった。ストーリーは面白く、主題歌もマッチしていた。

 

まあ、最近はあまりないのだがいっとき飲み会があれば二次会はカラオケというコースが多かった。

歌は苦手で、出来るのならば避けたかったのだが、そのときはどういうわけかフォークや和製ポップスを歌うことになった。

まあ、普段口ずさむことはなかったけど耳慣れていたのだろうか。

 

だからといって何も知らぬまま行くのはどうかと思いチューリップのベストアルバムを聴いて臨んだ。

Zaitu001

 

          アルバムジャケットより

 

Zaitu004

 

でも、ほとんど知っている曲は披露されなかった。

 

でも、発見した。

彼の歌は、初めて聴いたにも関わらず心地よく馴染んだのだ。

途中ビートルズのイエスタデイなども流れたのだが、メロディラインなのかコード進行なのか何か通ずるところがあるのだろうかと思った。

 

チューリップ時代の歌詞を見ると全部がそうではないのだが、平凡な男が心の内を飾らぬままに吐露しているように読めるものがたくさんあった。

 

それらは自信のないこと、孤独、自責の念、弱い自分、思い出、別れ、悲しみと頻出し、そうかと思うと嬉しかったこと、願望、希望、愛などのフレーズが所々にでてくる。

全体としてわかりやすい歌詞と心地よいメロディが共感者を生んだのかな。

アンコールに答えた「心の旅」が参加者全員のスタンディングと唱和でエンディングとなった。

Zaitu003

2014年3月 8日 (土)

まいったよ!ローリングストーンズ!

六日夜七時。東京水道橋後楽園ドーム。

ついにローリングストーンズライブが始まった。

Rolling_001

「まいった」の第一は演奏がすばらしかったことは言うまでもないが、ミックも聴衆もあまりに元気だったことだ。ミック・ジャガーは飛び跳ねるは舞台の左端から右端まで全力疾走するはで予想はしたものの70歳の高齢者とは思えぬパフォーマンスだった。

Rolling_002

そして聴衆も老若男女、というか若い人が目立ったがミックに負けぬぐらい元気だった。

開演直前、流れていたバックグランドミュージックがとまり、ドーム内が暗くなった。

大きな拍手が巻き起こると同時にいきなり皆スタンディングだ。

それから二時間ずっと立ちっぱなしだった。

Rolling_012          開演前にここで一服

Rolling_013             美味しかったイタリアビール

「まいった」第二はドームを埋めた観衆だ。

日経PB雑誌「大人のロック」の冒頭で大鷹俊一さんが書かれているが「どこにこれほどのストーンズ・ファンがいたの?」と私も同感できる人々の多さだ。

しかも20代、30代と思われる人々が周りを囲んでいた。

まさに行ってみなければ分からない。やってみなけりゃ分からない世界だ。

Rolling_006

ある意味では「自分は決して少数派ではないのだ」という安心感とか、そこにいる人々との共感に基づく同志的連帯感を感ずるのだが。

似たようなものとして反原発集会などでマスコミなどの原発推進に対し代々木の森に問題意識を共有する人々が二万人も集まったという時の高揚感にも似ている。まあ、これは自己満足していたらダメな課題だけどね。

Rolling_009

それはともかくとして、ローリングストーンズコンサートに参集した人々のフアン度に驚いたのはミック・ジャガーが会場に向かってリフレーンを呼び掛けた時、即座に多くが応え、きれいなコーラスに聞こえたことだ。

私など、古いフアンだと謂えど、歌える曲など一曲もない。にもかかわらず英語でコーラスできる人々が多くいたことには驚いた。

Rolling_005

「まいった」の第三は人々の優しさだ。

音楽への共感がそうさせるのか、優しさがみなぎっていた。

サプライズの布袋寅泰の登場時の会場一体になっての拍手のみならず、バックコーラスの黒人女性の紹介時、ベイシストの黒人男性の紹介時、アンコール時の日本人コーラスグループへの拍手など、本当に暖かく感じた。

巷で物議を醸すヘイトスピーチの醜悪さに比べたら格段に素晴らしかった。

Rolling_003

そんな「まいった」コンサートだったけどミックも、キースもチャーリーもロンも鍛え上げた結果なんだろうけど、若さがみなぎっていた。だからこそ不滅のロックバンドとなったのだろう。

高齢社会を迎えているけれど、20世紀とは少し違った社会になるなという期待を抱かせた。

Rolling_019

    水道橋駅からドームに行く道で「ピア」の方々が配っていたグッズ

キースが歌った曲をのぞいてほとんどが馴染んだ曲だった。

ちょと世間のローリング・ストーンズの楽曲評価を示しておこう。

先ずはWOWOW洋楽倶楽部で紹介されたベストテン。

1 JUMPINJACK FLASH

2 SYMPATHY FOR THE DEVIL

3 ANGIE

4 SATISEFACTION

5 PAINT IT BLACK

6 BROWN SUGAR

7 START ME UP

8 GIMME SHELTER

9 ITS ONLY ROCKNROLL

10 HONKY TONK WOMEN

 

次いで日経BP社の雑誌「大人のロック」2014「春」号の特集「ローリング・ストーンズの名曲10」では次のようになっている。

1 SATISEFACTION

2 JUMPINJACK FLASH

3 PAINT IT BLACK

4 START ME UP

5 ANGIE

6 TUMBLING DICE

7 HONKY TONK WOMEN

8 BROWN SUGAR

9 GET OFF OF MY CLOUD

10 SYMPATHY FOR THE DEVIL

おおよそ重なっているね。

以上の曲は全米一位をはじめ多くが大ヒットした曲だ。

公の選から漏れたというかもうちょっと下位にランクされただろう曲の中で私が気に入った番外の曲を少し上げるとこんなもの。(順不同)

LITTLE RED ROOSTER

TIME IS ON MY SIDE

HEART OF STONE

AS TEARSE GO BY

RUBY TUSEDAY

WE LOVE YOU

WILD HORSES

SHES A RAINBOW

MISS YOU

BEAST OF BURDEN

START ME UP

STREETS OF LOVE

HARLEN SHUFFLE

LOVE IS STRONG

ANYBODY SEEN MY BABY

DONT STOP

 

結構あった。一つのアルバムができちゃうね。

まあ、比較的新しい曲だね。

そして何よりも大好きな一曲を忘れちゃいけない。

TELL ME だ。単純なメロディなのだがとても懐かしく感じる一曲だ。

2014年3月 2日 (日)

もう五つ寝るとローリングストーンズ生演奏♪♬!!

36日東京ドームのローリングストーンズのライブに行く。

224日の新聞報道で「ストーンズ8年ぶり来日」と報道された。(朝日新聞朝刊)

Stone001

 

羽田に降り立った彼らを迎える500人の中には入れなかったが「来たか」と胸躍った。

昨年のポールマッカートニーも感動ものであった。

次いでビートルズに並び立つグループといえばローリング・ストーンズ。

共に1960年代に生まれて、誰もが認める不滅の足跡を残してきた。

そして26日、六度目の日本公演第一弾が東京ドームで行われた。

期待にそぐわず聴衆を酔わせてくれたようだ。

翌日の新聞の見出しが「8年ぶり、大満足だぜ」だった。(朝日新聞27日朝刊)

Stone002

まあ確かに千載一遇のチャンスには違いない。

ポールが71歳、そしてミックジャガーが70歳なのだから。

もともと、ローリングストーンズは良く知っていたし、好きな曲もいくつかあった。

Ston_002

今回はたまたま身内がチケットを用意しプレゼントしてくれた。

おかげで夫婦でライブに参加できることになった。感謝しています!

常に思いたったら吉日の精神で行く私。

昨年末にローリングストーンズのベスト50曲の入った三枚組アルバム「The ROLLING STONES GRRR!」を聴き始めた。

Stone003

正直言って全曲になじみがあったわけではない。

馴染みは半分だった。それでも25曲だから他のバンドの曲に比べればよく知っている部類だろう。イーグルスなど「ホテルカルフォルニア」は大好きだけど、他はほとんど知らなかった。今では10曲は馴染んでいるけどね。

Stone004

ともかく、それから3か月。

ベスト50を繰り返し聴くとともに、WOWOW放映の「ザ・ローリング・ストーンズ ライブ イン ロンドン ハイドパーク2013」、「ローリング・ストーンズ・スペシャル ベスト50」そして「ザ・ローリング・ストーンズ チャーリー・イズ・マイダーリン」などの映像も録画後繰り返し観た。

見事、私の耳に馴染み、頭に染み込み始めた。

Ston_003

ことに、映像で見たキースリチャードのやんちゃぶりと演奏時に見せるドヤ顔が気に入った。

ミックジャガーはけっこうインテリなんだね。1967年のライブ映画の中で、もしミユージシャンになっていなかったらという質問に「大学に戻っていた」などと応えていた。ドラムのチャーリー・ワッツは当初から端正で姿勢が良い。20代の頃とヘアースタイルこそ変われど印象は同じだ。ロニー・ウッドもスーパースターだけどいつも控えめで謙虚だ。

Ston_004

さあ、あと五つ寝るとお正月じゃなくてストーンズライブだ。

2013年11月23日 (土)

ポール・マッカートニー、元気すぎる―!

マッカートニ アウトゼア ジャパン ライブの当日。

御茶ノ水で三方向から来たメンバーが合流した。

総勢6名。
予定通りイタリアンレストランで初物のボージョレヌーボを傾け乾杯後ドームに向かった。
Domu_005
ポールへの思い一つで繋がった三万人がドームに結集しつつあった。
Domu_009
開演まで数十分あったが既に会場の中は大音響のBGMでムードが醸し出されつつあった。
Domoda_003
予定の19時到来。
センターと両脇二つずつのスクリーンの映像が変わった。
少しストーリー性を帯びてきたような感じの動画。
BGMの音質もちょっと上質になった。
気持ちが逸り、期待で膨らむ。
少し、じらすのか。
アリーナの皆さんが既にスタンディングオペレーション状態。
19時半近くになった。
満を持してエイトデイズ・ア・ウイークの大音響が響いた。開幕だ。
圧巻・感服そして感動。
Nitten012
それから二時間半、アンコールも含めてポールは歌い続けた。
この6月で71歳になったとは信じられない。その動きとデビュー当時と変わらぬように見えるスタイル。
そして見事なエンターテイメント。。
ユーモアたっぷりに日本語を織り交ぜる語り。
「ありがとう」「さいこー」「もっとききたい?」
爆笑だけど、激しいロックの後にほのぼのとしたムードを醸し出した。
曲目はビートルズ、ウイングス、そして現在までのポール作品、半世紀の集大成だ。それに加えジョンとジョージの曲も織り交ぜた。
マルチプレイヤーぶりも披露した。
ベースとピアノはお手の物。それに加え、エレキギターでリードを弾き、アコースティックで弾き語り。
ジョージのサムシングではウクレレまで奏でた。
Live And Let Die でのサプライズは凄かった。
レットイットビー、ヘイジュード、そして最後のイエスタデー。 ビートルズが降臨し目の当たりにしているようだった。
Do_001
 
 

2013年11月 8日 (金)

ポール・マッカートニー!いよいよだよ~!

あと二週間。マッカートニーと対面の時間が迫ってきた。

とは言ってもドームの観客席の米粒のような一人としてだけど。
9月に「Out There in Japan」コンサートのチケットをゲットしたことを書いた。
結局六人で大挙していくことになった。
数日前にCDショップに寄ってみた。
ポールの来日にちなむアルバムが出ているのじゃないかと探りを入れたわけだ。
やっぱりありました。
「PAUL McCARTNEY /NEW」だ。
このアルバムの中にツアーテーマを冠した「Everybody Out There」が入っている。
本日は冷やかしでなく購入しました。
Nitten005
早速カーステレオで聴いてみた。
全て初めて聴くのだが馴染める。
解説の中に「ビートルズスピリットを継承したアルバム」と書かれていた。
納得だ。
Nitten007
このニューアルバムやウイングス時代の数々の曲、そしてポール自身が語っている「みんなそれぞれの曲にまつわる思い出があるんだ」というビートルズの何曲かをまじえて演奏してくれるのかな。
Nitten006
              アルバム内写真


そんなことを考えながら家にたどり着いたら夕刊のトップがマッカートニー来日のことだった。
Nitten004