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映画・世の動き

2024年4月 4日 (木)

久しぶりに映画「肉弾」を再観賞した!(岡本喜八監督作品) それにしても、21世紀も四半世紀、まだ戦争とはね❗

新聞訃報欄に寺田農(てらだみのり)さんが81歳で亡くなったと載っていた。

見出しに並べて説明するように書かれていたのが「俳優、『肉弾』、『ムスカ役』」だった。

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映画「肉弾」はずっと以前、銀座並木座だったか池袋文芸座かで観ていた。

寺田さんのことはほとんど記憶になかったけど、共演していた大谷直子さんの初々しい印象は残っていた。(大谷さん 撮影時18歳)

寺田さんはこの映画で「毎日映画コンクール男優主演賞」を獲っていたんだね。

「ムスカ」とは「天空の城ラピュタ」(スタジオジブリ 1986年制作)で寺田さんが声優として「ムスカ大佐」を務めたことからだ。

これも評判だったようだ。

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ムスカ大佐

ずっと渋い脇役として活動されていて、時々映画やドラマで観ることはあった。今思えば、このところお見かけしてないなと感じていた。偶然というか、1ヶ月半ほど前の2月6日に「肉弾」がWOWOW で放映された。懐かしい思いで録画した。

久しぶりに観賞したけど、終戦間際が舞台だったという記憶があったものの、画面の流れは全く初めて観るのと同じだった。寺田さんが主役だったことなど何も覚えていなかった。

この映画は1968年に岡本喜八監督によって創られた。(日本ATG 提携作品)

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スタート画面で上の文字が表示された。改めて思ったのだけど、この時、100年前というとちょうど1868年の明治維新の時だった。つまり、そのちょっと前はまだ江戸時代だったんだね。今なら江戸時代は遡ること157年にもなるんだけど。

この映画はアジア太平洋戦争の終戦前後のことを題材にしているのだが、再視聴してすぐ感じたのが、戦争そのものに対してと、軍部や開戦を領導した為政者に対する痛烈な批判と皮肉が貫かれていて、加えてユーモアも忘れない映画だった。ところどころで面白かった。

ブラックなユーモアだったけど主人公が特攻隊員として神になる前日(当時特攻隊員の任務に就くとその時から神になった)、24時間の自由時間を与えられ、先ずは古本屋で本を探した。敵と遭遇するまでの間に読み続けられ、尚且つ寝るときには枕になる本だ。

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最初の特攻は爆弾を抱えて敵戦車に

突っ込むことだった。穴ぐらで待機

笠智衆さん演じる古本屋の店主が勧めてくれたのがハードカバーで厚手の聖書だった。その店主から頼まれたことがあった。実は彼は爆弾によって両手を失っていた。一人では小用が困難なのだ。寺田さん演じる主人公は店主の排尿を手伝った。

たまたま最近自分が排尿困難になったばかりだったこともあって、そういう苦労もあるんだと共感したりして。さらに砂丘で自殺しようとした婦人を助けた時の言葉が面白い。「死ぬことはないですよ。生きていれば小便することだって楽しい」だって。

そんな風に笑わせながらも、全編通して戦争及び戦時中の理不尽と悲惨さはしっかり描いていた。

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作戦が変わり特攻の相手は海上の敵。

敵艦船に魚雷ともども突っ込むのだ。

結局、主人公は魚雷にドラム缶をつなぎ、缶の中で寝起きしながら敵艦を待っていたのだが、いつの間にか遠州沖から東京湾まで流されていた。その時、敵艦と思われる船影を見つけた。魚雷を発射するのだが数メートル進んだだけで海底に沈んでしまった。

敵艦と思っていたのはバキューム舟というか大小便を海に捨てる業者の船だった。

今は放射能汚染の排水を海に捨てるが、昔は各家庭から汲み取り集めた大小便を海に捨てていたんだね。知らぬは一般市民だけだ。驚いた。

伊藤雄之助演じる船主がドラム缶内の主人公を見つけ「戦争は10日前に終わったよ」と教え、陸まで曳航してくれることになった。でも、縄が切れて流されてしまい、そのまま帰らぬ人となった。それから20年余、海を漂うドラム缶の中に白骨死体があった。

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戦争ということではもう一本観たいものあがあった。ただ古い映画であったので新作を先にしていたことから現在まで観ることなくいた。良い機会と思い観賞することにした。終戦一年前、戦意高揚を期待されて作られた木下恵介監督の「陸軍」(1944年松竹作品)だ。

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この映画は陸軍省から依頼されて制作されたものの、作品は狙いとは違った印象をもたらすものとなったようで、以後木下監督は当局からにらまれ戦後まで映画制作に携われなかったと聞いている。

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「陸軍」を観た。確かに皇国史観と戦意高揚に貫かれているように見える。だがそれは時代ごとのエピソードの冒頭のメッセージだけだった。

最初は明治維新に至る戊辰戦争で官軍が攻め込んできて街が危ないという場面だ。でも結局は庶民が苦しい思いをすることが描かれる。

その後も日清戦争、遼島半島の日本帰属への三国干渉そして日露戦争と続く。

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勇ましいようでいて結局は怪我や病気の苦しみが描かれていた。病気で苦しむ陸軍大尉を演じたのは笠智衆さんだった。制作時40歳だった。若い。当然か。「肉弾」に出演した時の24年前だものね。

あと加山雄三さんのお父さんの上原謙さんも出演していた。日露戦争で負傷した兵隊を演じていたけど、まだ35歳で若大将のようだった。

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陸軍省はこの映画が戦意を煽ることを標榜しながらも、厭戦気分を醸すストーリーが気にくわなかった。

映画のラスト近く、息子が上等兵になったことを喜んだものの戦場に赴くことなく新兵教育係として内地に残った。元大尉の父親はがっかりし、怒った。

その後、戦況が悪化していく中で息子も大陸に出征することが決まった。喜び、周りの人からも「おめでとう」を言われた。

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しかし、ほぼ戦死が間違いない状況だ。

父親は「戦死が避けられなくとも、兵隊は喜んで進んでいく。他の国では滅多にないこと」と皇国日本を誇り、母親は「死ぬることに、妨げがあっては何もならん」と二人揃って勇ましく息子を送り出す。

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ところが陸軍省の怒りへの 駄目押しがジ・エンドの直前にあった。

勇ましいはずの母親が出征する息子との別離を悲しみ、それをスクリーンいっぱいに吐露してしまったのだ。

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出征兵士の隊列の中から一生懸命息子を探し、涙を流しながら別れを惜しんだのだ。

陸軍省の怒りも爆発した。🔥😭💣

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それはともかく21世紀が四半世紀過ぎようとしている今でもウクライナ、ガザ、スーダン、ミヤンマーなどでは殺戮が続いている。

イスラエルはシリアにあるイラン大使館領事部の建物にミサイル攻撃をし、さらにガザで食料支援をしていたアメリカNPO のスタッフ7人をも爆殺した。

どうなるのか?

まったく!!

 

2024年3月21日 (木)

アカデミー賞・日本映画が二作品受賞でジャイアントキリング (大物食い ) だ! we did it!

「ジャイアントキリング」とは第96回米アカデミー賞で日本作品がダブル受賞したことを報じた朝日新聞記事の筆者小原篤記者が「並み居る大作を蹴散らした受賞の快挙」を表現した言葉だ。(朝日新聞3/12朝刊32面)

そして「we did  it !」は「ゴジラ-1.0」の山崎貴監督が受賞挨拶の最後に言った「やったぞ!」という意味の英語だ。(3/11朝日夕刊)

新しい年になったばかりだけど、年末の2024年新語・流行語大賞に選ばれそうな雰囲気を持っているね。

ともかく最近の我が同胞は豪放磊落だ。

確かに一昨年の「ドライブマイカー」(濱口隆介監督、西島秀俊主演)のアカデミー国際長編映画賞や今回もノミネートされていた役所広司さん主演の「PERFECT  DAYS 」(’23年第76回カンヌ国際映画祭で役所さん男優賞受賞)にしても日本関係の作品や役者が注目されていることを強く感じるし、監督も演者も堂々としているな。

発表前日のTV ニュースで役所さんがノミネートされたことで インタビューされ「レッドカーペットや授賞式に自分が行くのが想像しにくくて、ちょっと緊張しています」と応えていた。

その翌日の朝刊のトップに下の記事が出ていた。

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朝日新聞3月12日朝刊一面

結果は役所さん出演作品は残念だったものの、二つが受賞した。

過去に日本映画がダブル受賞したことが2回ある。

最初は黒澤監督の羅生門受賞から3年後、1954年第27回アカデミー賞での衣笠貞之助監督「地獄門」の名誉外国語映画賞と同映画の衣装に携わった和田三造さんへの衣装デザイン賞だ。

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NHK(2011年5月放映、録画)

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次は2008年第81回アカデミー賞での「おくりびと」の外国語映画賞と「つみきのいえ」への短編アニメーション賞だ。

あと監督及び作品で言えば黒澤明監督が1951年の「羅生門」で名誉外国語映画賞、そして1989年に黒澤明として名誉賞を受賞している。

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BS 松竹東急(2024年3月15日放映、録画)

その辺りを考えると宮崎駿監督は凄いのだね。

2002年に「千と千尋の神隠し」で先ずは長編アニメーション賞を受賞し、2014年に宮崎駿として名誉賞を受賞。そして今回再び長編アニメーション賞受賞と三度目の受賞となった。

因みに名誉賞とは生涯の功労、映画芸術と科学への貢献、アカデミーへの寄与に対して授与されるものだ。この賞は第一回から創設されていた。

「羅生門」が受賞した名誉外国語映画賞は1956年に外国語映画賞となり、2019年に国際長編映画賞と名称変更されて現在に至っている。凄い賞を受賞したことは分かった。

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WARNER BROS PICTURES「GODZILLA」2014年(2020年5月録画)

写真はここ数年の間に上映されたゴジラ映画だ。

一つは2014年のアメリカ映画「GODZILLA 」そして日本映画の「シン・ゴジラ」(2016年)。

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シン・ゴジラ  脚本・総監督 庵野秀明 監督 樋口真嗣

今回改めて知って驚いたのだがゴジラ映画はかなりの本数が制作されていた。

2016年の「シン・ゴジラ」が第29作目だったそうだ。そう言えば昔、「モスラ対ゴジラ」など聞いたことがあったな。

今度の「ゴジラ-1.0」はどんなふうに映像化されたのか観るのが楽しみになってきた。

受賞作品はすぐには観られないので少し過去作品を観てみようと思い立ち、一本のアニメを観ることにした。

アメリカ映画であるにも関わらず封建時代の日本を舞台にしたアニメ「KUBO 」だ。

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クボ 二本弦の秘密 2016年アメリカ映画より

この映画を特に注目するのは、やはり第89回アカデミー賞(2016年)でノミネートされながら受賞に至らなかったのだが、何の候補であったかというと、今回「ゴジラ-1.0」が受賞した視覚効果賞と「君たちはどう生きるか」が受賞した長編アニメ賞なのだ。(ちなみにKUBOはこの年、英国アカデミーのアニメ映画賞を受賞している。)

始まりは荒れた海を一人小舟に乗った女性が登場。

波に翻弄されながらも三味線をしっかり抱え、正面からの波にはモーゼさながらに海を切り裂き進んでいたが後ろからの大波に襲われ岸に流れ着いた。

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KUBO 2018年12月録画 WOWOWシネマ

装束を観たら、間違いなく日本が舞台だと思えるのだが、時代は平安時代かなと感じた。ところが進行につれ町行く人々の髪型、着物の着こなしから江戸時代としか見えない。それでいいのだ。物語展開に大きな影響はなし。

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主人公のKUBO は三味線の音色で折り紙に命を与える不思議な力を持つ少年だ。

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全編、分かりやすく、ストーリーも波瀾万丈で面白かった。

何よりも凄いと思ったのはこの映画は「ストップモーションアニメーション」なのだ。

この創作手法は根気がいる。

静止している物体を一齣毎に少しずつ動かしカメラで撮影して、あたかもそれ自身が連続して動いているかのように見せる映画の撮影技法だって。

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KUBO撮影現場

このすごさを実感したのは登場人物の表情の変化だ。目の微妙な動きや頬の動きで表情が変わっていくのだが、そこにすごさを感じさせた。

そして嬉しかったこともあった。ストリーが大団円を迎えスクリーンにはDirected  by  Travis Knight と表示されるとともに流れてきた音楽だ。先ずは三味線の1弦によるリードメロディが流れてきた。そして続いて女性ボーカル。

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さらに Music by  Dario Marianelli と表示された後に出てきたのが "While My Guitar Gently Weeps"  written  by  George Harrison だった。まさかここでとは思いもしなかった「ファイル マイギター ジェントリー ウイープス」が流れてきたのだ。

最終的にはギターも交えたバンド演奏になった。ビートルズ及びメンバーの楽曲は大好きなのだがその中でも私にとってはベスト5に入るお気に入りがこの曲だ。終わり良ければ全て良し。 

2023年12月28日 (木)

どの映画が面白いのか、タイトルの選択ヒントをくれた新聞コラム、なかなかだ!

Img_19189 我が家の木々も葉を落とし小鳥たちが飛来しやすくなった!

朝食前、私は配達された朝日新聞をポストからだし、先ずは決まったタイトル三本を読むことが朝の決まりごとだ。

最初に一面下段のコラム「天声人語」、次に題字下の連載「折々のことば」(著者 鷲田清一さん)、そして三つ目が連載小説「人よ、花よ」(著者 今村翔吾さん)だ。読み終わると新聞は奥様に渡し、その日はもう当日の朝刊は見ない。

事件事故はTVやらYahooで充分。

ウクライナ、ガザ、派閥キャッシュバック、検察・警察のねつぞう冤罪、それから司法の政権への忖度・沖縄米軍基地、原発等々。

私は朝飯を食べ始める。

納豆や海苔、御新香など朝飯定番のおかずに加え味噌汁の具を炊きたての御飯に乗せ食べる。

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具は白菜やホウレン草、大根、人参そして豆腐も良いのだが油揚げを細く切ったものと麩が混ざった物は汁味が染みこみ歯触りもよく白米に合う。そして旨いのだ。最後に自家製ヨーグルトを食するのだが、私はその辺りから数日前の新聞を持ってきてチェックに取りかかる。目についた記事やらコラム等を数本決めて自分なりにゆっくり読む。

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クリスマスイブの24日朝刊は28ページだった。これを端から読み始めるといくら時間があっても足りない。さらには頭に入らないし残らない。でも、絞りこんだ数本だけの記事ならば読んで頭に残る。あれもこれもより、かえって世の中が見えてくるような気にさせる。

まあ頭が軟化しつつと言うか軟弱化してきている私の脳リハビリにちょうどいいと言うのが本音だけど。

イブの日にチェックした新聞は前々日の22日と23日の夕刊だった。

この夕刊で目に留まったいくつかのコラムの内三本が表題に書いたような映画鑑賞のタイトル選択をサポートしてくれたのだ。

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一つが「現場へ」と言うタイトルで様々な対象を取り上げている連載もの。この間のテーマは「隠れキリシタンのいま」。18日から22日までの5回続いた。長崎市の浦上地区や平戸市、五島列島など隠れキリシタンの歴史を取材したものだった。江戸末期の「浦上四番崩れ」と呼ばれる弾圧は酷いものだった。

そんな隠れキリシタンのことを考えている内に、観てみるかと頭に浮かんだのが遠藤周作さんの「沈黙」を原作としたアメリカ映画「沈黙ーサイレンス」(監督マーティン・スコピッシ)。江戸時代初期のキリシタン弾圧を背景とした映画だ。

我がBlu-rayに収録されているのだがテーマの重さと上映時間2時間40分と言う長尺物であったことから躊躇して観ていなかった。

Img_20545Img_20590Img_20578 二つ目がタレントの清水ミチコさんが綴るエッセイ「まあいいさ」。

彼女は最近「JAWS」(1975年公開)をやっと観たとのこと。なぜ観なかったかという理由が私と一致した。「どうせサメだろう」としか思えていなかったのだそうだ。ところが配信で観始めたらストーリーも面白く、さらにはサメ映画と言うより人間模様がドラマの主軸になっていることが分かったんだって。面白かったみたい。私も観る気になった。ただこれは我がライブラリーにない。wowowで再放映されたらゲットしよう。

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三つ目は「三谷幸喜のありふれた生活」だ。この連載も長い。2023年12月21日掲載分で1162回目だからすごい。

この回ではご自身の新作映画「スオミの話をしよう」(長澤まさみ主演 公開予定 2024年9月)について語っていた。

参考にしたのが黒澤明監督作品「天国と地獄」(1963年制作)なのだ。誘拐事件なのだが犯人が狙った者とは別人を誘拐してしまう話のようだ。本来の誘拐対象者は会社重役の息子であったのだが手違いで重役の使う車のお抱え運転手の息子を誘拐してしまったのだ。

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三谷さんはこれをヒントにして長澤演じるスオミの失踪から始まるシナリオを産み出したとのこと。

幸いにして「天国と地獄」は我が家にあった。2020年11月に「生誕100年三船敏郎特集」の一つとして放映されていた。この映画も結構長い。2時間25分だ。でも面白そう。

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今回は「天国と地獄」に挑んでみよう。

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そして、観た!

面白かったと言うよりも見ごたえがあった!

逮捕された犯人に語らせたセリフがタイトルに使われたようだ。天国のような邸宅にすむ会社重役それに対して古びた集合住宅で夏は地獄のような暑さに耐え冬は縮こまってしまう寒さの中にいた境遇を医療実習のインターンだった犯人が語った。その生活の違いを発端としての誘拐事件。犯人の策略から捜査過程や結果を報告し意思統一を図る捜査会議まで今のTVの刑事物をはるかにしのぐ面白さだった。黒澤明の監督力だったのか、三船敏郎、仲代達矢、山崎努等々の演技力だったのか?

2023年7月20日 (木)

「私の笠智衆」と称賛された役所広司さん!カンヌ国際映画祭男優賞!

今年開催された第76回カンヌ国際映画祭で役所広司さんが男優賞を獲得した。

出演した作品はドイツ人監督ヴィム・ヴェンダースの「パーフェクト・デイズ」だ。

ヴェンダース監督がインタビューに応え「ここに私の笠智衆がいる」と役所さんへの賛辞を送った。(朝日新聞2023年5月29日)

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「三大巨匠奇跡の名画」(2018年11月NHKBS)より。笠さんは前列右から2番目

ヴェンダース監督は小津安二郎監督と彼の作品に心酔していて、それらの作品で欠くことのできない俳優が笠智衆さんだった。

ヴェンダース監督にとって自分の映画で欠かせぬのが役所さんだというのだから俳優冥利につきるではないか。ヴェンダース監督は、役所の演じる「平山」の人物像を「私の好きな人たちや小津安二郎映画の笠智衆さんから作り上げた」と語っていた。(2023/5/31朝日新聞)

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東京物語より

ところで、笠さんは小津作品ではいつの日からか老け役で出演するようになっていた。

一番上の写真は「東京物語」の出演者揃っての家族集合写真なのだが、笠さんは前列真ん中にいて妻役の東山千恵子さんと並んで座り、両脇に孫役、そして後段右側に長男夫婦、そして長男の隣に長女、そして左端は戦死した次男の妻だった原節子(当時33歳)さんがいる。

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東京物語より

東山さんは1890年の生まれで、東京物語が1953年公開作品であるから、撮影時62歳か63歳だ。映画の中では68歳の妻として演じていた

並ぶ笠さんはと見れば少なくとも妻より何歳か上で70歳前後に見える。

山村聡さん演じる長男がが40代ぐらいだから、そんなところだろう。ところがびっくり、笠さんはこの時まだ49歳なのだ。(1904年5月生まれ)

ちなみに山村聡さんのこの時の実年齢は43歳だった(1910年2月生まれ)。

まあ、親子で6歳違いなどあり得ないからね。見事な老け役だ。笠さんと言えば、なんと言ってもあれだよね。

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男はつらいよ 純情篇(1971年)より。笠さん67歳(実年齢)

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寅次郎 夕焼け小焼け(1976年)より。笠さん72歳

そう!「男はつらいよ」の柴又の帝釈天題経寺の御前様だよね。源公を演じた佐藤蛾次郎さんもよかったけど、皆もういないんだね。私が映画館で笠さんを初めて見たのは多分「寅さん」映画だったと思う。

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東京物語より

今回の受賞に触発されて小津作品2本を見た。

「東京物語」(2015年11月録画 NHK BS )と「お茶漬けの味」(2022年12月録画 BS 松竹東急)だ。

「お茶漬けの味」は「東京物語」が公開された前年1952年の作品だ。

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「お茶漬けの味」の笠さん。(右側)1952年

笠さんは「お茶漬け・・」ではパチンコ店の店主として登場した。その姿を見て「東京物語」の老けぶりに改めて感心した。

「お茶漬けの味」は今回始めて観賞したのだが、出演陣を見て嬉しくなった。

一人はなんと若き鶴田浩二さん。(上写真左の人物・ずいぶん美男子だ・・渡世人には見えない)

二人目は昨年コンサート活動の引退宣言をした加山雄三さんのお母さんだ。私などは小桜葉子さんとして写真だけで知っていたのだが、1936年に上原謙さんと結婚して出演者名は上原葉子となっていた。(動画で見たのは初めて)

そして、もう一人が北原三枝さん。石原裕次郎さんの奥さんだ。女給役としてちょっとだけだったけど。

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東京物語より

役所広司さんの受賞をきっかけにしてだったけど小津安二郎の国際的評価に改めて関心を持つ機会となった。

あれこれの映画評論やドキュメントで紹介され評価されているが、なんといっても有名なものは「サイト&サウンド」誌の10年に一度の「映画のオールタイムベスト」の投票結果だろう。

「The Greatest  Films  of  All  Time 」での2012年の発表だ。

ご存じの方もいらっしゃるでしょうが五位までは次のように並んでいる。

1位 東京物語

2位 2001年宇宙の旅

同じく2位 市民ケーン

4位 8½

5位 タクシードライバー

小津監督の映画創作でよく言われているのは次のようなことだ。

★ローアングル ★家族 ★セリフの反復 ★作り込められたセット ★完璧な演技指導 等など。

それからもう一つ、今回二本の小津作品を観て感じたことがあった。

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お茶漬けの味より

それがたまたまであるけれど、なんと上記ランクでも5位につけた「タクシードライバー」の脚本を提供したポール・シュレイダー監督についての記事(朝日新聞6月16日夕刊)に私が言いたいことを分かりやすく書いてあった。

シュレイダー監督の新作映画「カード・カウンター」の中に「悪夢を思わせるアブグレイブ捕虜収容所など独創的な空間が随所にある。とりわけ無人の空間が効果的に使われる」という記者の論についてシュレイダー監督が語った。

「無人の空間は何も起こっていないと多くの映画監督が誤解しているようですが、ちゃんと起こっています。そこには時間の流れが起こっています。無人の空間は時間が流れていることを表現するために使っています。この手法を、私は小津安二郎監督の映画から学びました」

東京物語を観ていて「無人の空間」が再々出てくるのを感じた。決して流れを遮るものでなかった。と言うか、物語の流れを歯切れよいものにもしているように感じた。

実はこのブログ二番目の写真「洗濯物干し」から始まる何枚かがまさに「無人の空間」カットとしてちりばめられていたものだ。

 

こんな事を書き連ねていたら、遅れて読む新聞の書評欄(朝日7月8日付)に目が留まった。

著者平山周吉さんの書名「小津安二郎」。その物ズバリのタイトルだ。

その本では、28歳で戦病死した山中監督と小津の関係や「東京物語」で「紀子(のりこ)」役で出演していた原節子さん等が新しい視点で取り上げられていることを紹介していた。(評者 椹木野衣多摩美大教授)

その中で「紀子」三部作にも触れていた。晩春(1949)、麦秋(1951)、そして東京物語だ。

・・春、・・秋、こんど視てみよう!

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朝日新聞2023年5月29日

 

2022年8月 5日 (金)

ウクライナの人々は蒙古(モンゴル帝国)に対しても勇敢に戦ったんだ!

21世紀も20年余が経ったというのに、外敵の侵略と戦わざるをえないウクライナの人々。

前世紀のナチスともそうだったが、さらに800年も遡った13世紀、蒙古とも戦っていた。

映画「ライジングホーク 猛軍襲来」(2019年 ウクライナ、アメリカ)で描かれていた。

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「ライジングホーク猛軍襲来」2022年7月27日WOWOW放送より

舞台は13世紀のウクライナ西端の山村。

モンゴル帝国はチンギス・ハーン以来、版図を広げ続けヨーロッパにまで至った。

日本でも1274年の文永の役、1281年の弘安の役の二度の蒙古襲来があった。鎌倉時代だ。

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NHKBSプレミアム「最強の王は誰だ」(2022年2月6日放送)より

1237年~1238年、モスクワは焼き払われ、1240年キエフ(ルーシー)も陥落した。この戦いの中でキエフの人々の一部は西のはずれにあるカルパティア山脈に生活の場と安全を求め逃げた。

※(カルパティア山脈) ウクライナ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアにまたがる山脈

※(ソ連時代) スターリンはこの蒙古による侵略の恨みを忘れないぞとモンゴル人民共和国に対して「チンギス・ハーン」の名を語ることを許さなかったそうだ。でも、モンゴルの人たちはチンギス・ハーンを忘れることがなかった。

※(上の地図の遺伝子とは) モンゴル人の遺伝子を持った人々が侵略ルート上の地に今でも2000万人もが健在だそうだ。残留兵の子孫と凌辱の痕跡か。

映画は、この山の中で蒙古軍の先遣隊を跳ね返したウクライナの人々の戦いを描いていた。

山間の台地を切り開き、谷をせき止め水を確保し、農業と狩猟で生きながらえていたが、一方で同族であるにもかかわらず二つの集団が反目しあい、それぞれの共同体を作っていた。

それぞれの集団は各長(おさ)のもとに共同生活を送っていたが、一方には「領主」を自認する者がいて武装集団を従えていた。蒙古軍が近づいているとの情報のもとにこの「領主」に対してもめ事は後にして共に力を合わせて戦おうと一方の長が呼びかけるのだが、結局「領主」は同意しないばかりか裏切り、蒙古軍の道先案内となってしまった。

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蒙古軍先遣隊の頭領

 蒙古軍は「逆らえば殺戮と破壊を平然とやってのける」という一面を持ちながら宗教や人種の違いには寛容だったようだ。それどころか優秀であれば異人種、異民族、異教徒であれ抜擢して幹部に据えたそうだ。

そのことが版図を広げることのできた一要素であったと言われている。

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国立公文書館「13世紀の日本モンゴル関係」より

1274年の元寇の前にフビライ・ハーンが日本によこした親書「蒙古國牒状」でも次のような事を書いてきた。

「これからは国と国の交わりを通して親睦を深めていこう。私はすべての国をひとつの家だと考えている。」

平和主義者にしか見えないではないか。

しかし、時の執権北条時宗はこれを無視した。すると手のひらを反すように1274年蒙古軍と高麗軍が4万人の兵士と900艘の軍船で攻めてきた。対馬の人々の多くが犠牲になった。

さらに、1281年蒙古軍は南宋を攻めつつ南宋の降兵も含め14万人以上の大軍で攻めてきた。

まさにヨーロッパの人々がタルタル人と恐れた蒙古人の本領を発揮した。(タルタル人とはタルタロス=地獄の意味から)

先に登場した「領主」はこの「蒙古軍の本領」を恐れ、蒙古の寛容を期待したのか。

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手前が「領主」・・日本の戦国武将にそっくりな鎧を身にまとっている

でも、蒙古軍の頭領は「領主」を自認する彼の本質を見抜いていた。

「領主」は頭領に言われた。

「お前は真の権力を得られないだろう。民をまとめないからだ。我々の偉大なるチンギス・ハンは民を統一した。お前たちと違い、私たちは生き残りを賭けて戦う。食うためだ。お前は民のことなど気にかけていない。驚くべきことだな。お前のような奴が領主と言われ、死よりも屈辱を選んだ。」

寝返って付き従っているにもかかわらず見透かされて、こんなことまで言われるなど恥辱もいいところだ。

蒙古軍が攻めこんできた。部落の長の妻が殺された。

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長の妻の火葬が執り行われた

集落の人々は作戦を練った。女性、子供、高齢者を裏山に避難させ、残ったものが戦い、蒙古軍を峡谷におびき寄せたところで溜め池を決壊させて水攻めにしようと。

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手作りで武器を準備した

「領主」がモンゴルに組したことに怒った実の娘は父親と袂を分かち村の人々と共に戦うことを決意した。

その中で、長(おさ)の次男との間に愛が芽生えた。

作戦は成功した。

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「領主」も土壇場で蒙古軍に逆らったものの命を落とした。

単純な物語ではあったが、戦闘などのアクションからロマンスまでを入れ込んだストーリーは見ごたえがあった。ネット上の評価は賛否両論あったけれどね。

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面白い映画だった。併せてモンゴル、スラブなどの歴史も少し読み返すことができ、ちょっと分かった気にさせてくれた。

ウクライナの戦争が早く終わることを祈念します!

 

2022年6月18日 (土)

新聞連載人生談から得た映画鑑賞へのモチベーション第二弾、崔洋一さん!

崔さんが映画監督だということは知っていた。風貌もなんとなくイメージしていた。強面の方だとの印象をぼんやりとだが持っていた。

とは言いながら肝心の作品やら作風については無知に近かった。

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野花も味がある

新聞連載の「人生の贈り物」に崔さんが登場した。(朝日新聞2022年5/10~5/27)

面白い思い出やら撮影エピソードが語られた。連載「人生の贈り物」はこれまでも多くの方が登場し、それぞれの半生を振り返っていた。

ある人は自叙伝的に子どものころから現在までを語り、ある人は現在の成功を「立志伝」風に語っていた。崔洋一さんにおかれては人と映画現場との出会いだろうか。

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我が家に風に乗ってやってきたシロツメグサ

人との出会いなどは何が縁になるかなどわからない。

崔さんが10歳のころ、家の近くに映画館ができて、一人で観に行ったそうだ。

タイトルは「太陽の墓場」。子供ながらに思った。「画面からほとばしるダーティなヤバいエネルギーを感じた。この映画を見たことは誰にも言っちゃいけない」のだと。これが大島渚との出会いだった。

1971年、専門学校生時に活動していた学生運動に挫折感を持ち始めていたころ、先輩の紹介があり映画撮影の照明助手の見習いをすることになった。その後、順風満帆とはいかないものの小道具係から演出に転じ、1970年代にはテレビドラマ「キーハンター」などの助監督を仰せつかるところまできた。

そんな中で、若松孝二監督との出会いがあった。若松はその時「愛のコリーダ」のプロデューサーとなっていた。その映画の監督は大島渚だった。

結局、崔さんはこの映画のチーフ助監督をやることになる。この時は藤竜也さんとの深いつながりもできたようだ。縁は異なもの味なもの!

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戦場のメリークリスマス タイトル

話は飛んで1999年になって大島監督は病により中断していた新選組をモチーフにした映画「御法度」の製作を再開しようとしていた。正月の2日、大島監督から電話があった。「一軍の将はやっぱり一軍の将が演じないとね」「君、近藤勇」。

というわけで、映画、しかも大島作品に出演することとなった。一軍=新撰組の将として。

 

私もこれが縁と俳優崔洋一出演の「御法度」を観ることとした。我が家に大島作品は「御法度」に加え「戦場のメリークリスマス」「儀式」「新宿泥棒日記」の4作品があった。

 

大島作品観賞は「戦場のメリークリスマス」以来だ。

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作品の原作は司馬遼太郎の「新選組血風録」の「前髪の惣三郎」と「三条磧乱刃」。

舞台は1865年の京都。

奇遇だったのは物語の中心的存在である美少年惣三郎をデビューしたばかりの松田龍平が演じたのだ。崔は彼のお父さんの松田優作とは1978年の「最も危険な遊戯」で助監督をやって以来1989年に亡くなるまでの飲み友達というか明友として付き合っていた。その10年後の息子との共演だった。

崔洋一さんはなかなか堂々と演じていた。

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なるほどと感じたのは、大島監督の画面作りだ。画面の彩度、明度がかなり落とされていた。

夜の宴席の場面でも蠟燭が六本ともるだけの照明で時代の空気を彷彿させた。時代考証をしっかりされているのかなと感じたのだが、一方で新選組メンバー同士での会話では「君はどうした、僕はこうだ」とか「土方君」とか君、僕が使われたり、書物の内容を説明する時「本を読んだら」という表現を使っていた。まあ、事実はどうだかしらないけれど、時代を超えて身近に感じられるけどね。それにバックミュージックを担当したのは「メリクリ」と同じく坂本龍一さんだった。「君」の呼称と並んで従来のチャンバラ映画のイメージとは全く違い良かった。

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それにしても、この時代の人々は早死にだね。

先の宴席は近藤勇が長州藩毛利家を敵情視察してきた報告も兼ねていたのだが、その時攘夷について異論を放ち新選組を離れた「伊東甲太郎」は半年後に暗殺された。享年34歳だった。

近藤勇は鳥羽伏見で敗退し1968年4月に武蔵の板橋で斬首されたのが35歳。土方歳三はさらに1年後函館で35歳で戦死した。

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1995年の松竹映画の冒頭タイトル

崔洋一さんは父が朝鮮半島出身で母が日本人だ。

インタビューをした記者がその辺を踏まえて代表作は在日コリアンのリアルを描いている「月はどっちに出ている」とか「血と骨」ですかと水を向けたのだが崔さんの答えは違った。

「(自分が)死んだ時に棺桶に入れてほしいのは『友よ静かに瞑れ』と『マークスの山』です」だった。

我が家所蔵の崔作品は「クイール」「カムイ外伝」そして「マークスの山」だった。早速見始めた。

奥様とビールを乾杯しながらの観賞だったのだが、それがいけなかったのか、2時間半の長尺ものであったからか、私は不覚にも眠ってしまった。日を改めて見直した。

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マークスの山は高村薫さんの小説で1993年に直木賞を受賞した。

時代背景は学生運動熱が冷めかかった70年代から90年代にかけてだろうか。

親子心中で生き残り、精神を病んだ子供と全共闘の内ゲバにからんだ連続殺人事件が繋がり物語が進む。

映画の中では若い中井貴一、萩原聖人、名取裕子が熱演した。

また、さすが映画というかテレビドラマとは違うリアルな描写が素晴らしかった。

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親子心中が図られた雪中の車

「人生の贈り物」の中でこの映画をめぐって高村薫さんと崔さんのやりとりが出ていた。

「高村薫さんからは『血が流れすぎだ』との批判をいただきました。でも、僕としてはまだ血が足りない(笑)。殺人場面を執拗なほど長いカットで取りました。」(連載13回)とあった。

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南アルプスのロケ映像も素晴らしかった

出演者はすでにお亡くなりになった方も何人かいたが、現在大活躍の俳優たちの若かりし姿を見れたこともよかった。遠藤憲一、寺島進、岸谷五朗などとともに西島秀俊が30歳の巡査部長役で登場した。役回りの年よりもずっと若く見えて高校を卒業したばかりか現役大学生のような少年的風貌だった。

まあ、新聞記事にきっかけをもらった映画鑑賞だったけれど録画映像をお蔵入りさせずに済んで良かった。

崔さんは現在病を患いながらも日本映画監督協会の理事長を務めておられる。面白いことに10歳で出会った大島渚監督も1980年からこの任についていた。その大島さんが16年間も理事長職を務めていたのだが、崔さんは現在すでに其れを二年も上回って18年間にもなるというから凄い。この協会のホームページに崔さんの理事長挨拶が掲示されていたが共感できた。さあ、次は松田優作さんの映画を何本か観てみるか。

2022年4月 1日 (金)

美しい桜が満開だ!でも、人の死を桜の散りざまになぞらえて美化してはいかんですね!

各地からの桜の開花情報が聞こえてくる。

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近くの小学校で校庭を囲むサクラが満開となった。なかなか見事!

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やはりサクラは美しい。しかし、散るのも早い。

我が家ではこれまで梅が咲き、桃の花も開いた。そして長い時間楽しませてくれた。

この桜花の「散る」ことの美しさや潔さを兵士の死に結びつける空気が、かつて、そして今もあるが、そうじゃないよという新聞コラムが続けて掲載された。

一つは鷲田清一さんの「折々のことば」(3/27付朝日新聞)で石垣りんさんの詩を紹介していた。

 さくら、さくら

 散るのが美しいとほめ讃えた国に

 おちるがいい

 花びら

 涙

 いのち

  死の灰 

ビキニ環礁での水爆実験のあとの創作。

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 保育園のお散歩かな

もう一編は朝刊コラム「天声人語」(朝日新聞3/29)

「若者に勇ましさを強制し、命を差し出させる。

それを美化する装置として、美しく散る花が使われた。」

長期化するウクライナ侵略を憂え戦前日本を省みての文章だ。

日本国会でウクライナ大統領のリモート演説があった。それを受けて日本の参院議長が返礼の発言をした。返礼の中にあった死を賭して戦うことへの称賛を捉え「いま他国の政治家たちがなすべきは勇ましさをたたえることではない。戦争を終わらせる術を探ることだ」とエッセイは戒めてもいた。

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読者の声の欄にもウクライナ侵略を憂える投稿が続いた。

その中にはウクライナをロシアの安全にとっての生命線ととらえる露大統領の考えが大日本帝国の朝鮮・満洲進出の口実と同じだと指摘するものだとか、ウクライナ危機を日本軍備増強の好機だととらえ手ぐすね引いて待つ方々もいる中で、それらの人達をひとくくりに「保守」とするのでなく、戦前回帰志向の「反動」だとし保守と区別するべきと主張する人もいた。その方は保守を自認し保守政党支持を公言する方だった。

さて、我が家のサクラ。桜桃(おうとう)なのだが、ソメイヨシノなどに比べ開花が3週間ぐらい遅れるのが例年のことだ。

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桜桃はまだこんな具合

今年はというと、ちょっと心配なのだ。昨年末、思い切った剪定をしたのだ。

「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿」と言うけどね。

今はまだ自分で脚立にも上り、長短の剪定鋏も使い分けしながら自ら枝を切り落としているのだが、足腰が立たなくなった時も自らできるようにと桜木の背丈を小さくしたのだ。

併せて梅、桃も剪定したが、こちらは期待以上の花を観賞させてくれた。

桜桃も多分期待に応えてくれるだろう。

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 見事だけれど、こんな巨木になったら困るものね。

 

2021年11月14日 (日)

いや面白いもんだ ! ひょんなことで探し物に出っくわす。突然「スローなブギにしてくれ」が現れた。

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我が家の紅葉・黄葉 ①(タイタンビカス)

訪ね先に約束よりちょっと早めに着きそうだったので、時間調整で書店に入った。

そろそろ来年用のダイアリーを買ってもいいなと店内を回った。目に入ってきたのが角川文庫の棚だった。「そうだ」と思い著者別の陳列「か行」の段を探した。

なんと「片岡義男」があるではないか。しかも「スローなブギにしてくれ」だ。

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早速購入。奥付けをみたら、ごく最近の出版だった。初版は平成13年(2001年)と20年も前なのだが我が手に入った文庫は今年6月発行の第8版だった。絶版でなかったのだ。

数日後の話になるが、新聞を見ていた連れ合いが「12月に山崎豊子の『女系家族』が放送されるんだけど、監督が鶴橋康夫で以前『白い巨塔』を監督した人みたい。「巨塔」では岡田准一が主演したんだけど録画してなかったっけ?」と尋ねてきた。その記事では鶴橋監督は俳優達に高く評価されていた。それもあり、彼の監督作品を観たくなったようだ。

あちこちに収納されているDVD・BDを探した。1960年代に映画化された山崎作品の録画はいくつか見つかった。

「女系家族」(1961年大映制作、監督 三隅研次、出演 若尾文子、高田美和、京マチ子、田宮二郎等)も「白い巨塔」(1966年大映制作、監督 山本薩夫、出演 田宮二郎、東野英治郎、藤村志保等)もあった。

しかし、TVドラマ化された「白い巨塔」は見つからなかった。

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2016年5月録画「スローなブギにしてくれ」他

ところが、なんと「スローなブギにしてくれ」の録画BD が出てきたのだ。すっかり忘れていた。再生もされずに眠っていた。この日を待っていたのか。

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録画したのが2016年5月。5年も前だ。

映画が制作されたのは1981年4月。40年前。出演は浅野温子。彼女の初主演作だった。彼女が19歳の時だ。小悪魔として登場し、この後スターダムにのしあがっていく。

 先ずは小説を読んでみた。

文庫は短編集だった。表題は「スローなブギにしてくれ」だったけど、「スロー・・・」は61ページの短編で他に4本、「モンスター・ライド」「ハートブレイクなんて、へっちゃら」「マーマレードの朝」「さしむかいラブソング」が収まっていた。

「主人公」は「ゴロー」と「さち乃」、わきを固めるのはムスタングの男やスナックのマスターなどの人物そして「子猫達」だ。

ゴローは18歳で転校させられた高校生。理由は成績の悪さと素行の不良のため。さらに新しい高校でも気が向いたら学校へ行き、そうでない日はオートバイに乗ってぶらぶらして過ごしていた。乗るバイクはHONDA CB500。

さち乃は高校二年生の時に家出して、それ以来家に寄りついていない猫好きの女の子。

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映画「スローなブギにしてくれ」より

物語のスタートはゴローが第三京浜をバイクで走行中に前方を走っていたムスタングから猫とさち乃がほうりだされるところからだった。

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猫が中空を舞った

猫に振り回されながらも生活を一緒にするようになった(神奈川県大和市にて)が結局彼女の猫好きが高じたところで、ゴローが癇癪を起し猫もさち乃も捨てることになった。それもドライブ途中の静岡県三島市でだ。だが、最後にさち乃が戻り、働いていたバーのマスターがリクエストに応え聴かせてくれた曲が「スローなブギにしてくれ(I want you)」(作詞:松本隆、作曲、歌唱:南佳孝)だった。小説も映画もプロローグとエピローグはほとんど共通していた。

小説のほうは、自分とは違う生き様の若者達だと強く感じたが、まださわやかな印象を持った。

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さち乃はムスタングに乗せられ海岸まで来た(映画より)

映画はちょっと違った。ゴローも成人の男で、全体としてドロドロしたところが混じり、エピローグのさち乃が戻るところなどは似た展開だったがさらに続きがあった。山崎努演じる事業に失敗した中年男、ムスタングの男なのだが小説と違って深く絡んでいた。もう一人関わってきたのが室田日出男が演じたスナックのマスターだった。

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最後にムスタングは海に突っ込んだ!山崎演じるムスタングの男は生き延びたけど同乗していた女性は死んでしまった。

実は、映画の脚本では「スローなブギにしてくれ」に加え片岡作品から「ひどい雨が降ってきた」と「俺を起こして、さよならと言った」の二作品の内容を織り交ぜていたのだそうだ。

まあ、タイトルが同じでも小説・映画とそれぞれ違った印象を持った「スローなブギにしてくれ」だったが偶然が導いた作品との出会い。よかったよかった。

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我が家の紅葉 ②(もみじ)

 

2021年8月27日 (金)

70年たってもテンポよく、古さを感じさせない黒澤映画、「羅生門」

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大映映画「羅生門」冒頭より

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1950年作品であるにも関わらず、時代を感じさせるのはモノクロだというだけで、テンポも良いし皮肉も風刺も今でも通ずるものばかり。

とても面白かった映画「羅生門」。

映画の原作「藪の中」は芥川龍之介が1922年(大正11年)に発表した。

中国から帰ったばかりの芥川は健康を害し、懐疑的、厭世的な感を強めていたそうだが、時代は日清、日露、第一次世界大戦を経て軍部の台頭もあり、為政者と市民との間の気分は今と似たようなところもあったのかな?

今年8月21日の朝刊コラム「天声人語」は上記芥川の時代からおよそ20年ほど経ち軍部が実権を握ったころのこと。「吉沢久子」(生活評論家)さんの「東京大空襲の話」を引用しながら、「戦時中であるが『為政者への不信、不満は、すでにそれを通り越したのではないかと思われる』。首都爆撃を防げない指導者たちへの強い不信感である。76年前の現実をどうしてもコロナ禍と重ねてしまう」と書いてあった。

・・で、先ほどだけどびっくりしたよ!東京で若者向け接種会場を作ったものの、希望者殺到で抽選だって?(8/27 Yahooニュース)  感染者自宅待機と同じくらい驚いた。

時代ということで言えば20世紀に入って最初のパンデミック「スペインかぜ」(1918~1920)が収束して間もないしね。

この時三波まで襲われた日本でのスペインかぜ患者数は2300万人余り。死者38万8千人余だった。こんなことも余計に近く感じさせ、コロナ第五波の今に通ずるのかな。

芥川の世間をみる目はやはり見事だ。

もう100年も前のことになるのだけどな。

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金田一耕助が藪の中の真相を究明するのか?

 「藪の中」の面白さは紛う事なき確かな「事実」があるにもかかわらず、目撃者のみならず当事者の語ることもすべて違ったことだ。

事実は侍夫婦が旅の途上だったこと、多襄丸が二人と関わったこと、そして侍が死んだことだ。

検非違使が「お白洲」で証言やら罪状認否を求めるのだが、登場する7人《木樵り(きこり)、旅法師、放免、媼(おうな、年取った女性)、多襄丸、女(侍の妻)、巫女》が語ることが全て異なっていた。このちぐはぐさが、今にも通ずる面白さか。

ex 検非違使の庁:検非違使(けびいし)は犯罪者を検察、裁判し、京中の秩序の維持をつとめる役職。「庁」はその役所 、 放免(ほうめん):徒刑・流刑を免ぜられ、そのかわりに検非違使庁で使役される下級官吏、

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権力への風刺は多襄丸の検非違使への白状に見てとれる。

多襄丸曰く「私は殺すときに腰の太刀を使うのですが、あなた方は太刀は使わない、ただ権力で殺す。金で殺す。どうかすると、おためごかしの言葉だけでも殺すでしょう。」

今も変わらないな。芥川が執筆の当時は維新の薩長出身に胡座をかいた者が権力の座にいたけど、今じゃ世襲の坊っちゃん嬢ちゃんだからな。

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小説「羅生門」について言えば、映画でも「羅生門」と名の付いた門と小説にも登場した下人がいるものの小説のエピソード自体は描かれず下人も楼上に上る事もない。ただ楼上に死骸が何体も転がっていることを話す場面はあった。

羅生門は人が雨止みを待つ場だ。

激しく降る雨の中、雨露をしのぐために飛びこんできた下人に木樵りと旅法師が検非違使庁での訊問と見聞してきたことを話す。

ex.下人:身分の卑しい者

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映画「羅生門」より。(以下同じ)

二人は「わかんねえ、さっぱりわかんねえ、なにがなんだかわかんねえ」と繰り返すが、何が真実なのかわからないのか、人間の本性がわからないのか、初めのうちはよくわからない。

旅法師がふと洩らす。「恐ろしい話だ。今日と言う今日は人の心が信じられなくなりそうだ。盗賊よりも飢饉や火事や戦よりも恐ろしい」。どうも「わかんねえ」のは人の心のことか。

検非違使庁での訊問は木樵りや旅法師の目撃談から始まり当事者の罪状認否へと続く。

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ただ、映画らしく小説とは少し違う展開が二つあった。

一つは死体発見者の木樵りが検非違使庁で証言したことを二人の前ではひるがえし、「事件」を見たままに語り始めたことだ。役人の前では嘘をついていたわけだ。

証言者および当事者の語りは映画では進行に合わせて映像で再現されていくのだが、木樵りの「本当の話」を除いて多襄丸も武士もそれぞれ勇ましく戦い、武勇伝のように描かれ、そのように見え、聞こえた。

だが「本当」の話では実は武士も多襄丸も恐る恐る刀を構えビクビクしながら戦ったようだ。

もう一つは木樵りが羅生門に捨てられていた赤児を育てることにしたエピソードだ。

三人の薮中談義の途中で聞いた泣き声で真っ先に見つけた下人は赤児の纏っていた衣服を剥ぎ取り、我が物とした。木樵りは怒り下人は抵抗するのだが、そのやり取りはまさしく小説の中にあった死体が転がる楼上での老婆と下人の応酬そのものだった。

その点で映画シナリオは小説「藪の中」をストーリーの中核に据え、初めとおしまいを小説「羅生門」で締めた感じに見てとれた。

小説の中では老婆が死体から髪を抜き鬘にするのだと正当化しようとすることに下人は正義感から咎め止めようとした。これに老婆は「ワシのしていたことも悪い事とは思わぬぞよ。これとて、やはり、せねば餓死するじゃて、仕方なくすることじゃわい。その仕方ないことを良く知っていたこの女(髪を抜かれた遺体の女も生前詐欺紛いの事をしていた)は大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」と。これを聞いた下人は、それまで犯罪実行に躊躇していたのだが、ぱっとひらめき反転攻勢に出て老婆の衣類を奪い取った。映画ではこの犯罪正当化の理屈を赤子から衣類を穿いた下人に使わせた。老婆は死人から髪を抜いて餓えをしのごうとしたが、下人も食うためだった。また、咎めた木樵りも殺人現場から小刀をくすねていたのだった。

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映画「羅生門」では出演した俳優はわずか8人だった。三船は各証言ごとの再現ドラマで違った顔つきで登場する。八面六臂の演技だった。やんちゃだったり臆病であったりと多面の顔を見せ演じた。

いいなと感じさせてくれたのは羅生門で雨宿りしながら話し込む三人だった。

木樵りの志村喬(1982年没)、旅法師の千秋実(1999年没)そして下人の上田吉二郎(1972年没)だった。

 ご冥福を祈ります!

2021年4月 2日 (金)

これも韓流か、韓国大衆文化の今なのかな!映画「黒金星」面白かった!

二つのことについて思うところを並列して綴ってみる。

一つは「黒金星」のあれこれを画像(作品の中から)と共に、も一つは最近の「出来事」について思うことを。

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「黒金星」:「工作 黒金星と呼ばれた男」は1990年代の大韓民国(以下韓国)、朝鮮民主主義人員共和国(以下北朝鮮)、そして中華人民共和国(以下中国)の絡んだ物語。この映画は2020年12月11日にWOWOWで録画したものだけど、上映開始前に番宣があって板谷由夏、斉藤工、中井圭の三人が映画について語っていた。その中で中井さんは最大級の賛辞を贈った。

それは、この「黒金星」は「緊張感も作れるし、感動も生む映画。演出、脚本のお手本のような映画」だと。見終わって、それに近いものを感じた。

1988年にソウルオリンピックが開催されたが、驚くことに、その時点で韓国では地方議会議員選挙が実施されていなかった。1961年の軍事クーデター以来選挙はなく1991年になってようやく再開された。そして同年9月北朝鮮、韓国が国連に同時加盟した。

 

「出来事」:トランプさんは去ったのだけれど、置き土産をどのように処理するかでバイデンさんがご苦労なさっている。

トランピズムは「反グローバリズム、反リベラリズム、ナショナリズム、そして反エリート主義」を基調とし、「草の根の鬱積」を抱えた白人労働者などを結集してきたと言われている。(朝日米国総局長沢村氏)

この事は私など十分には認識できずにいたのだがアメリカの底知れぬ格差・貧富の差を反映したものだろうな。

一方「土産」が残した国際面の苦労を東アジアに絞ってみると、対中国及び対北朝鮮との軋轢、宥和問題がある。

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「黒金星」:韓国では1993年に金泳三が大統領に就任した。翌年北朝鮮では長く最高指導者であった金日成が死去している。このような状況の中で核問題が浮上する。北朝鮮の核拡散防止条約脱退で軍事的緊張が高まった。そこで登場するのが映画の主人公「黒金星」だ。韓国は北朝鮮の核開発の実態を探り、開発を阻止するため工作員を潜入させることを目論んだ。工作員として安全企画部(いわゆるKCIA の流れを汲むスパイ組織)に選ばれたのが韓国軍少佐の男・・黒金星だ。

 

「出来事」:先般行われた米中外交トップ会談でも深い対立が鮮明になり、北朝鮮のミサイルも飛んだのだけれど、誰しもが熱い戦争に至らぬことを望み 「口論で 済むなら どうぞ 好きなだけ」 (朝日川柳 3.24 広瀬一峰さん)と願わずにはいられない。

実際、米中双方とも熱い戦争は望んではいないだろう。実際に報道陣の眼前ではアメリカは中国の「強要」や「脅威」を非難し、中国は米国の「非礼」や「偽善」をあげつらったものの、非公開協議では冷静だったようだ。双方ともに自国向けに強硬さを演出する思惑があったとのこと。(朝日3/21社説)

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平壌空港にて

「黒金星」:敵地潜入、情報工作だと聞けば007並のアクションを思い描くが、この映画、暴力もカーチェイスもましてや銃撃戦など全くない。また、帝国陸軍中野学校出身者のような「切れ者」スパイも出てこない。実に泥臭いのだ。潜入スパイの実像はこうなのだろうな。

現実のスパイ戦は先ずは味方を欺くことから始まる。信用どころかプライドも失うような行為を繰り返す。友から借りた金を踏み倒し、酒浸りとギャンブルの放蕩生活を続け、ついには自己破産に陥る。いわば人生終わりのパターンだ。敵から見ても軍務を全うできずに除隊させられ社会的にも破綻した落ちこばれとしか見えない。内も外も欺いたところから工作者としての活動が始まり蠢いていく。先ずは北朝鮮からも韓国からも行き来ができる北京が舞台となった。

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上空からの平壌

「黒金星」:金日成の死後、1993年より国防委員会委員長だった息子の金正日が実質最高指導者の立場になった。黒金星の任務はこの金正日と単独で会える人物「対外経済委員会審議所長」と接点を作ることだった。この時中国では江沢民が指導者であった。改革開放が進み社会主義市場経済が成果を出し始めた頃だ。北朝鮮もこの機会を利用し公然非公然に外貨獲得を目指していた。(あくまでもシナリオがそうであるというだけで事実は知らない)

 

「出来事」:ところが、北朝鮮はここぞとばかりにミサイルを発射をしてきた。存在感を示そうとしただろうと言われているが、現実は国連制裁や自然災害で苦しみ、食糧不足も伝えられているという。さらにコロナ対策で経済の落ち込みは深刻のようだ。

ミサイルをどこかに打ち込んだとしても糊口をしのぐことにはならず、亡国自滅の結果しか招かないのは承知していることだろうけれど。

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「黒金星」:黒金星は数ヶ月の時間を費やしたものの工作対象の「所長」と接触できたばかりか昵懇の間柄になっていった。そして平壌で金正日と会えるまでになった。その間に、実際はどうなのだろうと思われることが描かれていた。

1995年となり金大中が再び政治の表舞台に出てきて新政治国民会議を結成し翌年の総選挙に総裁として臨んだ。だが落選した。その際の出来事がまさかと思うようなことだった。なんと敵対しているはずの韓国安全企画部と北朝鮮の対外関係の部署が接触し選挙情勢を変えるための謀略を考え、ミサイル発射という挑発行為実行を決めたのだ。そこでは莫大な謝礼が韓国側から渡され、結果として世論は政権側の狙い通りの反応をし金大中は落選した。

もう一つは、黒金星が北朝鮮の公安のようなものに疑われ、薬を飲まされ自白を迫られた。「公安」は朦朧とした「黒金星」に所属と上司を言えと迫るのだが、答えは見事だった。「上司? 事業家にとって上司はただ一人。スポンサー、金をくれる人」。事業家になりきっていて、拷問であろうが薬であろうが答えは先のとおりなのだ。結果疑いは晴れた。普段はお調子者の事業家のようにしか見えないのだが、その精神力に驚かされた。訓練でそこまで可能となるのだろうか?

 

「出来事」:それにしてもミヤンマー軍の国民弾圧はひどいな。3/30時点で死者が500人超えたと報じられた。

「北」もミヤンマーもそうだけれど、各国の歴史や国情を見なければ適切な対応はできない。異国にいる私たちは手をこまねくしかないのか。

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「黒金星」:黒金星は着実に成果を出しつつあった。ところが、1997年末大統領選挙が告示され、再び金大中が出馬することになった。与党ハンナラ党はなんとしても勝利をしなくてはと、執拗に金大中へのデマ宣伝を繰り返した。「北に通じている」「共産主義者だ」等など。また「安全企画部」は金大中が大統領に就任すると自分達に矛先が向かうと恐れた。そして有ろう事か、再び北と接触して金銭を用意し挑発行為を目論んだ。黒金星も偽装した事業が着実に成果を出しつつあったところで、ここで謀略が具体化すると場合によってはご破算となる恐れがあった。

結果、挑発行為決定寸前まで来たのだが、黒金星と所長による情報暴露で「安企部」と接触した「北」の担当部署が韓国からの金の一部を横領したことが公となり、挑発行動は取りやめとなった。

その結果僅差ではあったが、金大中が当選し、1998年2月25日第15代大統領に就任した。

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金大中の大統領当選を喜ぶ市民

「出来事」:ミヤンマーなどはイギリスに統治されていた植民地時代やら日本のインドシナ侵略時などの過酷な状況を経ながら、独立した後も多民族国家ゆえの複雑な事情から同国人同士が戦うようになるなど苦難の道をたどってきた。

最多人口のビルマ族からカレン族、カチン族、モン族などの民族の存在や何度かの軍事クーデターと流血が繰り返されてきた。数年前にはイスラム教徒ロヒンギャンの人々に対する残虐行為が報じられていた。彼らなど1982年には前軍事政権に国籍まで奪われている。私など弾圧の暴虐になんとかならないのか、各国はどうするのだとの思いを募らせるのだが、国軍は同国民同士の殺しあいが続いてきた歴史の中で我々には推し測れぬ感性と思考回路を持つのだろうか。それとも大日本帝国軍隊の「生きて虜囚の辱しめを受けず」のような戦陣訓でもあり同国民の射殺も厭わない何かがあるのだろうか?

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「黒金星」:その後黒金星も所長も時代に翻弄されながら生きた。核開発の阻止には至らなかった。映画では北朝鮮の平壌以外の所と思われる情景描写もされ、豪壮な招待所と対照的な庶民の生活もとらえられていた。

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そんなことで朝鮮半島の現実理解の一端になればと韓国映画「工作 黒金星と呼ばれた男」を観賞した。

北と南に分かれていても同じ民族。

微妙な関係を垣間見ることができ、これから半島に関わるニュースを見た時の捉え方が多少変化するかもしれないと感じた。