九州の大震災。刻々と被害の実相が明らかになってきた。その時、知人が熊本にいた。
ボランティア活動で顔見知りとなっていた知人が2026年7月28日に熊本市に滞在中だった。
彼の実家は市内にあり、十年前にも親の病で帰郷していた。そして大地震に見舞われた。
家屋の被害もあったが負傷することはなかった。
10年前の地震からしばらく経って、ボランティア仲間で被災した彼の「励ます会」を開いた。
そんなことが2016年熊本地震直後の当ブログに書いてあった。すっかり忘れていた。
その際、文章に並べて挿絵的に地震発生3年前の2013年に旅しながら撮影した九州各地の名所・旧跡を載せた。
二番煎じになるが、今回もやってみよう。
熊本城の石垣 再び崩れたようだけど無事であってほしい
その後、親の病状は一進一退が続き、兄弟で分担し交代で親の看病・世話をしていた。
今年の年明け早々親御さんがお亡くなりになった。
先々週久しぶりに彼と会い、そんな話を聞いたばかりだった。
ただ、これからしばらく実家の片付けもあって、熊本に行ったり来たりだと言っていた。その矢先だった。二度目の大揺れとの遭遇となったが、実家は今回も揺れたものの被害はなかったようだ。
まさに天下の名城
28日当日のニュースで、製紙工場の煙突が倒れたことやショッピングセンターで何らかの爆破事故があったことなどが、ヘリコプターから撮影された映像と共に報じられていた。
しかし、その時点ではその現場にけが人や死者がいることなどは明らかになっていなかった。
その後、夜を徹しての救助活動が進む中で刻々と被害の実態が見えてきた。
7月31日時点で死者が35人と発表された。
10年前の4月の地震では直接的死者が50人で、関連死はその4倍を超える228人だったという。
酷暑が続く中、水道が止まり、冷房も十分とならず、さらに土地の亀裂や隆起などがある中で大雨の心配もある。救助活動に奮闘されている皆さんには頭が下がる思いだが、手を尽くし、ぜひ関連死を未然に防いでいただきたい。
それにしても、感心したのは、当日は眼にすることがなかった映像が短時日のうちに多く寄せられ、テレビ各局で放映されていることだ。
揺れの真っ最中の現場やショッピングモールのガス爆発の瞬間、高速道路の橋げたのずれ、貨物の脱線転覆、住宅の倒壊などなど。
街の各所にある防犯カメラや、ドライブレコーダーの映像など、すごいね。
吉野ヶ里遺跡にも寄った
震災から5日目の2日朝刊に主な被害状況(8/1 午後2時時点)がまとめられていた。
死者は36人に達し、住家被害が3429棟にも及び、そのうち全壊が181棟にもなるというから大変なことだ。そして酷暑日が予測されているなかで断水が6万9千400戸で続いていた。さらに停電もまだ解消されていなかった。
そして、熊本城にも再び被害が及んだことも明らかになった。石垣40カ所が崩れ、建物の壁の崩壊など8カ所もあったそうだ。
かつて、レンタカーで阿蘇も廻った。そこにいた牛や馬たちは元気でいるかな?
上掲の鎮魂碑は阿蘇山中に立つ第二次世界大戦で犠牲になった馬1445頭の魂を鎮める「愛馬鎮魂之碑」だ。
動物たちも様々な所で人間と共に苦労しているんだね。いや、人間の犠牲になっているのか?
8月3日の朝刊一面トップの見出しに「車中避難の70代死亡 初の災害関連死か」と出ていた。危惧していたことが起きてしまった。記事によれば、ガソリンが切れ、車のクーラーは止まったままだったと記されていた。
4日になり朝刊に3日午後2時時点の被害状況が示された。
それを見ると、断水などの改善は進んでいるものの、被害の実態がさらに深刻なものであることが見えてきた。
断水は24,120戸が正常化し45,280戸となったものの、死者は38人、全壊・大規模半壊は519戸も増加して720戸となり、半壊・一部損壊は4,822戸も新たに確認され6,466戸となった。
大事故となった製糸工場の煙突倒壊についても状況が明らかにされてきた。落ちた場所は事務室で、そこで働いていた方たちが巻き込まれたようだった。
8月6日の新聞で新たな問題の指摘があった。
これまでの多くの被災の経験の中で全国どこであろうと他人事と思わず支援物資を用意し現地に送る方や組織が増えている。ところが必要とする方々に届いていないようだ。
新聞の見出しが次のようだった。
「山積み物質 進まぬ分配 人手·運送車両·集積施設 不足指摘」
大宰府天満宮で復興を祈願しよう
大宰府天満宮の御祭神は菅原道真公だ。学業・豊穣の神として祀られている。でも、実際の所、多種多様な面で信仰されていて、厄除けにもよろしいとのこと。なんとかなりますように!


















































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