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ドラマ 歴史

2024年3月14日 (木)

三体 最終三十話を観終った。怖かったけど迫力もあった。そして茫漠とした関係が少し繋がり、見えてきた!

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劉慈欣の著書「三体」は2008年の単行本出版以来20か国以上で翻訳されて累計2900万部を超える売り上げがあったというからすごい。

このたび日本での文庫化が実現し、先頃、ハヤカワ文庫SF「三体」三部作第一部の販売が開始された。早速購入。

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文庫表紙帯

観始めていたTV ドラマ「三体」も、少し時間がかかったが最終三十話「智子計画」までをなんとか観終わった。

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この最終話タイトルは私が時々ご挨拶することのある智子(ともこ)さんの計画ではないよ。

「智子」を中国語のピンインで記すと「zhizi」となる。(四声は示さず)

これと同じ発音に「質子」がある。意味は陽子(ようし proton)だそうだ。

かつ、この最終話のタイトルには「智恵のある粒子」という意味も持たせている。

今回、ドラマ最終回を見るとともに、併せて中国に関わるドキュメントも視た。

2月8日にアップしたブログに「三体」を視聴しての感想を書いたが、そこでは現在のマスコミ報道から見えてくる中国のイメージ、・・偏見かもしれないが・・と少し違う印象を持ったことに触れた。

 

たまたまであるが、2月27日朝日新聞コラム「天声人語」で中国映画を観ての思いが書かれていた。映画は「黄色い大地」(監督陳凱歌 1984)だ。映画の中で、中国北西部の寒村で党の任務の為各地を旅する若い兵士が、村の少女に外の世界のことを教え、誰もが平等な理想の未来について誇らしげに語っていた。コラム著者はその正義感ぶりを「何とも宣伝臭く感じた。でも、次に観たとき、これは暗喩かもしれないと気づいた。それは、もっともらしいことを言いながらも党は目の前の不幸な少女一人さえ救わないからだ」と。

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朝日新聞2月27日朝刊より

私の感じたこととは少し違うが、三体を見て違和感を感じたことは確かで、それを解きほぐしたいとドキュメントを視た。

何を見たかというと、一つ目が「映像の世紀 バタフライエフェクト 二つの超大国 米中の百年」(2024年 1月24日再放送 NHK)だ。これにより引っ掛かっていたことが少し解けたのだ。

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ドラマ「相棒」で水谷豊さん演じる特命係警部の杉下右京が事件の真相に迫っていくなかで突然「繋がりました」と言うシーンがある。事件の全貌が明らかになった瞬間だ。

私も、繋がったのだ。

ドキュメントに出てくる一つは清華大学だ。

この大学、世界大学ランキングで12位であり、アジアでは最高位なのだ。

この大学を通して、いくつかのことで「なるほど」と頷かせてくれた。

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一つは主人公のナノマテリアルの研究者であるワン・ミャオも、さらに地球三体協会の精神的なリーダーであったイエ・ウエンジェも清華大学出身であり教授であった。

この大学の誕生は110年前の清朝末期に遡り、アメリカの協力の下、中国の若者をアメリカで学ばせるための予備校「清華学堂」として誕生し、後に清華大学になる。この学堂の出身者にロケット科学者となってアメリカのロケット開発にも貢献した銭学森さんがおり、後に彼は中国で核ミサイルを開発し、人工衛星を飛ばした人となった。清華大学は中国が宇宙と繋がった所だった。

そしてなんと習近平さんも出身者であった。

二つ目は文化大革命のことだ。

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「造反有理」の騒然とした中、そこをどう評価し、描くかなのだが、ドラマのなかで「文革」に幾分か批判的なところが伺えたのだ。

地球文明滅亡の危機に追い込んだイエ・ウエンジェは、お父さんが文化大革命の中で殺されていた。その事が現在の自分の生きる地球文明に失望し、三体文明に期待するところとなったとされ、暗に体制を批判するかのようなニュアンスに私は戸惑ったわけだ。

 

三体文庫本を読みはじめて、はっきりした。

「第一部 沈黙の春 1、狂乱の時代 1967年、中国」

冒頭から血が飛び散る闘争の場だ。

ある大学のグランウンドで批判闘争大会が始まっていた。

そこで、最後に糾弾の対象として壇上に連行されたのがイエ・ウエンジェの父、葉哲泰だった。反動的学術権威として徹底的に吊し上げられ最後に怒り狂った女性紅衛兵達にベルトバックルで殴られ続けて息を引き取った。その前段でイエの母であり葉の妻でもある紹琳も壇上に上がり「あなたに騙されていた。反動的世界観と科学観で私を惑わせていた」と夫を厳しく批判した。それら一切を目の前で見せられていたのがイエ・ウエンジェだった。

文革について幾分どころか厳しい見方が現れていた。

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文庫帯

「映像の世紀」を見て驚いた。

なんと習近平さんのお父さんも当時政府の要職についていたのだが、問題のある出版に関わった容疑で失脚させられ、習さん自身も文化大革命の紅衛兵集会に10数回引っ張り出されて糾弾の対象となり、なんと4回も投獄されていた。その後、下放で延安に送られた。それでも1974年に入党し、75年に清華大学に入学している。なるほどと、自分なりに納得。

二つ目に視たドキュメントは「Asia  Insight あの日、私たちは勇気を出した~中国"白紙運動"の若者たち~」だ。

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2023年2月13年 NHKImg_37267

これを視聴したのは、ドラマの中の若者たちの風俗が日本とほとんど変わらない印象があり、それを確かめたかったこと、そして彼らの意識の有り様を知りたかったことからだ。 

 

この番組は2022年11月から始まった中国国内でのゼロコロナ対策への不満や、様々な言論統制に抗議する活動の各地への広がりを取材したものだ。

そもそものきっかけは新疆ウイグル自治区ウルムチでのマンション火災で逃げ遅れた住民10人が死亡したことから始まった。原因はきびしいコロナ対策で避難経路が閉鎖されていて救助が遅れたことによるものだった。このことで「国民は人災で命を失った」と抗議が始まった。しかし、抗議は無視された。それどころか、事実を伝える記事や投稿はすべて消されてしまった。「白紙」が用いられたのは、この現状への皮肉からだった。

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Asia Insight NHKより

上海での慰霊と抗議、それへの警察の介入などから、この白紙活動がSNSで拡散され広がった。弾圧があり捕縛された人もいたが、その後のゼロコロナ施策は変化していった。

白紙運動は今後、中国国内でどのように継承されていくか分からないが参加した人の声を聞くと一定の方向が見えてくる。

ある人は「白紙運動を経験して同じ考えの人は確実にいて、しかも、少なくないことが分かってきた」「国が植え付ける『正しい記憶』を拒絶しましょう」と語った。

短い期間に、みんなの変化を感じたことは33年前の天安門事件以来だそうだ。どうなることやら。いずれにしても、ドラマの中で見られたやり取りや言動が事実として行われている現実の中国社会の今が見えた。

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 さて、ドラマのストーリーに戻ろう。

 最終話では三体人の侵攻が2年前から始まっていたこと、科学者の自殺や目に写るカウントダウンもその現れであったことが明らかになる。そのことで自暴自棄になっているワン・ミャオらを人類と害虫との攻防に例えながら諦めず闘うことを説いたのは警官の史強(シーチャン)だった。

三体人の艦隊の地球への到達は光速の10分の1を出せる宇宙船であってもあくまでも、その速度は最高速度であり宇宙船の質量もあって加速に時間がかかり結局地球までは400年かかることが分かった。

しかし、三体人はこのまま年数が過ぎれば400年後の地球文明は自分達の科学レベルを凌ぐことになると恐れ地球の科学発展を止める手を打ってきた。それが「智子計画」だった。

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それは物質の構造の探求を阻止し、基礎科学を停滞させる手だてだった。

6年前三体世界は水素原子核を光速近くまで加速し、太陽系に向けて発射した。水素原子すなわち陽子(プロトン)は2年前に太陽系に達し、その後地球に届いた。人類科学を縛り、滅ぼす枷となるものだ。第一話からのもろもろの事件はそれによるものだった。

全体を通してもそうであったが、最終話に近づくにつれ科学者たちによる自然、宇宙を巡っての物理学などの理論的な会話が多くを占めた。素人である私などには見たこともない数式やら議論は何もわからないのだが、敢えて理解しようと思わずバックグランドミュージック的に聞き流していた。それはそれでよかった。

ワン・ミャオのナノマテリアルの研究は三体人の恐れる科学成果、その最たるものだった。実際、29話でその威力を見せた。

Img_36967 マイク・エバンズの艦船

多国籍企業CEOの御曹司マイク・エバンズ率いる地球三体協会が三体人との連絡手段として使う巨大アンテナを搭載し交信データも保存しているタンカー改造艦艇がパナマ運河を通過している時、その恐ろしさを見せつけた。ナノマテリアルの研究から生まれた細い糸が鋼鉄を切り刻んだのだ。

作戦名は古箏作戦。パナマ運河に琴のようにナノマテリアルの糸を張った。金属であれ人であれ裁断してしまった。

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ネタバレとなるので筋書きはこの辺にしておこう。

ドラマとして制作された30話は物語で言えばまだ序章のようだ。文庫版で言えばTV ドラマは第一分冊が終わった所であり、さらに後には「三体Ⅱ 黒暗森林 上 下」「三体Ⅲ 死神永生 上 下」が控えている。今回視聴した30話の四倍もの分量に当たる物語が控えているのだ。

2024年1月25日 (木)

「光る君へ」がきっかけで、紫式部や源氏物語、そして平安時代が少し見えてきそうだよ!

平安時代と言うと「泣くよ(794年)坊さん平安遷都」や遣唐使、そして藤原氏、さらに括りとして武家社会先駆けの平清盛か。

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ザ・プロファイラーより 平安京

不勉強な私や仲間の間では日本史は暗記科目でしかなく要領よく覚えさえすれば点数をとれるかもしれない教科だった。

言い換えれば名称と年号の暗記だけで時代把握、時代の流れなど何も見えてこない歴史学習だったね。(「鳴くよウグイス平安京」と言うのもあるんだね) 

※※1/14に大学入学共通テストの問題が公開された。日本史Bを見たがとても歯が立たない。でも、設問を見て今はこんなことを学ぶのか、面白そうではないかと感じた。第一問は8世紀の印刷物「百万塔陀羅尼」に関わってだった。※※

さて大河ドラマ「光る君へ」が始まった。平安朝の宮廷が主な舞台になる物語は、60年以上続く大河ドラマ史上で初だそうだ。(朝日1/6夕刊)

紫式部や源氏物語は当然知っていた。でも、名前だけ。

でも、新聞やネットで大河について話題にしたり、吉高由里子さんなどキャストに注目したりするなかで少し興味が湧いてきた。

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ところが、「光る君へ」初回放映は視聴率は12.7%で大河では過去最低だったと記事が出た。

そんな結果だったが、紫式部役の吉高由里子さんは、「下剋上大河として最後に沢山の人に愛される作品になっていたらいいな」とおっしゃった。(朝日1/13夕刊) さすが式部。きっと剋つでしょう。

まあ、私も観るのは完結後の一年後だしね。

ところで、大河応援の意を受けてか10日に「新源氏物語」(監督森一生 大映作品 2023年度4kデジタル修復版 )がNHK BS で放映された。

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早速観た。1961年公開のクラッシク作品で主演は市川雷蔵だ。凄い。

雷蔵さんの演ずる光源氏の顔が誰かに似ていると思ったらプロスケーターの羽生結弦さんだった。

切れ長の平安貴族の目だ。

光源氏は仕草こそ厳かであるが、やることは奔放だ。

林の中を牛車で進んでいると笛の音が聞こえてきた。音に誘われて近づくと、そこに若い姫がいた。藤壺の姪にあたる紫の姫だった。

一目惚れした光源氏は思いを即行動に移し、姫を強奪した。

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 一夫多妻的で、なおかつ通い婚が一般的であった平安時代の貴族としてはなんら咎められることのない行為と自認していたかもしれない。

でも光源氏の正妻であり子を身ごもっている身の葵の上としては見過ごすことのできない出来事だった。

葵の上が光源氏に対し、「なぜ、もっと清らかな生活をしようとなさらないのですか?」と責めると、源氏は「それは、まだ(自分は)若すぎるのだ。長いことではない、私を憎んでもいいから嫌わないでおくれ。憎まれたのは取り返せるけど嫌われたら取り返せないから」と現代人の私が聞くに呆れてしまう返答だった。けれども葵の上はそんな言葉に絆(ほだ)されて咎めることをやめた。

それも束の間、葵は物の怪に取りつかれ絶命した。光源氏は華やかだけれど自制心のない罪深い人物として描かれていた。

市川雷蔵の映画では「陸軍中野学校」(公開1966年~)シリーズを見ている。なかなか芸達者な役者だった。

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光源氏を演じた時、市川雷蔵は30歳。中野学校帝国陸軍諜報機関員役の公開時は34歳だった。

それから3年後病魔に襲われ、若くしてこの世を去った。

源氏物語に話を戻せば、紫式部はこの物語で「平安時代における貴族男性の醜悪な部分をあぶり出すと共に、貴族女性にとって宮廷社会が当てにならない世の中であることを」これでもかと暴くものとして描きあげたようだ。(朝日新聞1/1、14面「記者が読む源氏物語」)

そういうことなのだがドラマ「光る君へ」では「源氏物語の場面の映像化はしない予定」(朝日新聞1/6夕刊)だそうだ。

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あわせて11日放映の番組「ザ・プロファイラー 書き尽くせぬ思い 『源氏物語』作者 紫式部」や「歴史探偵 平安京ダークサイド」なども観た。

いや、勉強になった。

下級貴族の家に生まれながらも、父親から文学の才を受け継いだ才女として頭角を表した紫式部。

藤原道長との出会いもあり、宮廷に仕え貴族社会の恋愛模様や権力争いを目の当たりにする。そして執筆の機会を得て源氏物語を書く。驚かされるのはその膨大な長さ。400字詰め原稿用紙でおよそ2400枚前後に及ぶと言う。

このプロファイラーで面白かったのは歴史的事実や推測が明らかにされたことに加え、清少納言役で登場する「ファーストサマーウイカ」と言う名の女優のコメンテーターとしての喋りだった。

カタカナ名なのだがれっきとした日本女性。

本名初夏(ウイカ)を和製英語的に造語したのがfirst summer だ。それを本名の前につけた。実際の英語では初夏(しょか)はearly  summer みたいだ。

喋りも名前と同じくユニークだった。

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歴史探偵 平安京ダークサイド より

一方、その時代、「平安」でありたいと願いながらもそうとはならず、例えば朱雀大路を内裏に向かって進んだ左手の右京エリアは西堀川の氾濫などの自然災害により人が住めない地となった。さらに治安も覚束ず、群盗と呼ばれる武装集団が跳梁跋扈して貴族も含めた住人は常に脅かされていたそうだ。

分横道にそれた。「光る君へ」の前に、そろそろ「どうする家康」を見始めるか。

2023年1月13日 (金)

大河ドラマを見ているうちに鎌倉、室町時代のイメージが変わっちゃったかな!

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伊豆の国市蛭ケ島の政子と頼朝

私の頭の中の鎌倉時代と言えば「いいくに作ろう鎌倉幕府創設(1192年)」から「いざさんざん鎌倉幕府滅亡(1333年)」そして、「いつも(敗)はい走 弘安の役・蒙古襲来(1281年)」、そしてその時活躍した北条時宗だった。もっとも最近は「いいはこ作ろう鎌倉開府(1185年)」だそうだけど。

それにあと何人かの名前。

源頼朝、平清盛、後白河、後鳥羽、法然・親鸞・日蓮等、それから義経と弁慶だ。

そして事件や施策。

保元・平治の乱、摂関政治、承久の乱、執権、御成敗式目、建武新政等々。

これらを丸暗記してさえいれば中学生ぐらいまでの中間、期末テストはそれなりの点数が取れるものだった。だからそれ以上深めると言うか勉強しなかった。大学受験はそうもいかなかったけどね。

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NHK オンデマンド案内より

大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」は、いつもの通り溜め録した。

視聴開始は、大団円が間近に迫った昨年11月22日だった。そして、2話、3話視聴の日もあって見終わったのが最終回が放映された次の週。まあ一ヶ月ちょっとで追いついたのだ。(全48話)

基本的にしっかり録画されていたのだが一回だけ何かと重なったのか録画されていない週があった。それでも今は大丈夫。NHK オンデマンドで、しっかり視聴できた。

ただ、少しばかり今回は何時もと違う視聴方法を試みた。

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北条一族の里にある小山(かつらぎ山)から富士を仰ぎ見る頼朝

前述した通り、小中学校時代は歴史といいながらも、学習方法は分子式を丸暗記するのと同じで本質については一知半解のまま、歴史の流れや周りとの関係性など一切お構いなしだった。

高校生の時、世界史の教師が学期の始まりに「史実の前後の因果関係や取り巻く状況、環境、流れをとらえその教訓を現在の事象に照らす」とおっしゃったことがあった。なるほどと思うところもあって以後歴史の見方、学びかたが少し変わることがあったけどね。

話を戻して何が違う方法かということだけど、先ずは脚本をお書きになった三谷幸喜さんも目を通したという「吾妻鏡」・・・原典とはいかないので解説書を読んでみた。

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 それと共に大河ドラマにあやかるようにTV各局の歴史番組が鎌倉時代前後を題材にしたので良い機会と思い視聴した。(関口宏の一番新しい中世史、にっぽん!歴史鑑定、英雄たちの選択、歴史秘話ヒストリア、歴史探偵等々)

ドラマだけでなく他の情報も活用しながら周辺のことも知りつつ、子供の頃の不勉強も反省しながら楽しもうというのが今回の視聴方法だった。

そんなことで見始めた「鎌倉殿」だったけど、初めのころの頼朝の姿は、もう少し時代が進むと登場する織田信長の若き頃の「うつけ」やら「好色漢」ぶりで笑わせてくれた。また初代執権となる北条時政も権力に執念を燃やしながらも後妻の尻に敷かれる男として描かれるなど三谷イズムが発揮されているなと感じた。

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かつらぎ山から見える富士山と駿河湾

先にも触れた通り私は鎌倉滅亡までの北条にとっての最難関は蒙古襲来だと我流時代把握に止まっていた。だが、とんでもなかった。頼朝伊豆配流以来の権謀術策、裏切りや寝返り、離合集散、殺戮には改めて驚かされた。

しかもそれは親族間でも例外でなかった。およそ150年間あまり続いた鎌倉幕府だったのだが、関東武士団は決して一枚岩ではなく、血で血を洗う壮絶な時代だったとイメージが転換された。そして、鎌倉幕府御用達で創られた「吾妻鏡」なのだが、その辺りにも触れており、三谷シナリオもこの叙述に近いところで描かれていると感じた。

Dsc04574 北条氏の館跡と天城山から流れ下る狩野川

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ただ、並行して放映された歴史番組で平安末期の「保元・平治の乱」などを見ると、前述の鎌倉時代の残酷性は、そこで始まった訳ではなく以前からだったと改めて認識した。

保元の乱では平家も源氏もそれぞれが崇徳上皇側と後白河天皇方に分かれ肉親を敵として戦い、平清盛・源義朝連合軍の勝利となったのだが、それぞれが敵側となった同族を皆殺しにしていた。義朝は父為義や実弟達を処刑し、清盛は叔父平忠正とその息子達、さらに摂関家である藤原氏も例外でなく藤原忠通は弟の頼長をという具合だった。

これには一つは歴史的到達がそうさせた。所有領地を引き継ぐのは長男に約束されたという嫡子相続制というものがこの時代には未だ確立しておらず、いわば実力次第だったこと。二つは朝廷が天皇と上皇に別れていたこともあり、このことも己の力を発揮できる側につくということを促したのか。もひとつ後白河天皇の側近ブレインであった「信西」が武士の台頭を危惧し武家の力を分散するという面もあったようだ。(関口宏の一番新しい中世史より)

北条氏だけが歴史上で突如出現した残虐無比の一族ではなかったのだ。

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かつらぎ山から15分ほどの海辺から眺めた富士山

こんな風に鎌倉時代をなぞることができたのだが、偶然、続く室町に至る時代にも触れる機会が用意された。

以前に少し述べた新聞小説だ。

元々新聞小説を読む習慣などなかったのだが、エッセイを時々読ませてもらっていた池澤夏樹さんの「また会う日まで」が連載されてから習慣付いた。そして多和田葉子さんが続き、現在毎朝読ませていただいているのが今村翔吾さん作の「人よ、花よ、」だ。

この小説の舞台が建武の新政以降のことで楠正成の息子の「多聞丸」が主人公なのだ。

室町そして戦国が少しは分かって来るかな。

テストには間に合わなかったけれど、勉強になりました!